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第四十九話「風に乗せる想い」
しおりを挟むティーナに海の場所を確認し、エリーは帝都の街の中を歩いていた。どこを見ても大きな家に広い敷地が見える。品揃えの豊富そうな店もあっちこっちに見える。来た時には好奇心できょろきょろと見回すばかりのエリーだったが、今はただ懐かしさを感じる。どうして思い出せなかったのだろう。
海辺が見えてくると、予想していた通りそこにはウィリアムの姿があった。ウィリアムもエリーが来ることをわかっていたのか、振り返っても驚いたような様子ではない。無言で見つめ合う二人。エリーは微笑む。
「ウィリアムさん……全部、思い出しました」
「ああ。そうみたいだな」
そう言って視線を海へ移す。エリーもまた、ウィリアムの隣に並び、海を眺める。静かな時間が二人の間に流れる。エリーは、何か思い出すまでウィリアムの家で世話になることになっていた。つまり。
「ウィリアムさん」
「何だ」
「何か思い出すまで、ウィリアムさんのお家でお世話になるというお話でした、よね」
エリーの言葉に、ウィリアムが黙り込む。そしていつもより低い声で答えた。
「……そうだったな」
「はい」
またしても無言になる。エリーはどこか穏やかな気持ちでいる。
「だが……」
ウィリアムがそこで止める。何か言いたげに口を開くが、すぐにまた閉じてしまう。エリーは苦笑した。
「ウィリアムさん」
「何だ」
「少し、ずるいこと言ってもいいですか」
「……ああ」
「……私、ウィリアムさんの気持ちが聞きたいです」
そう言ってウィリアムの横顔を見上げる。エリーにも考えていることはあったが、ウィリアムの言葉も聞きたいと思ったのだ。ウィリアムは少し言いにくそうに息を吐き、そしてエリーの目を見ずに話す。
「俺には妹がいた」
「はい」
「その妹の代わりというわけではないが……お前も、俺にとって」
そこで一旦言葉を止める。何を言おうか考えているのか。それとも、単純に言いにくいだけなのか。
「……家族同然の、かげがえのない存在になっていた」
だから、と言葉を続け、ウィリアムはエリーの目を見た。深い闇のような瞳に、吸い込まれそうになってしまう。
「できることなら、ずっと傍にいて欲しい」
そしてどこか切なそうに、不器用な笑みを浮かべる。
「どこにも、行って欲しくない」
その言葉に、エリーの心臓がドクドクと大きく鳴りだす。どこかぎゅっと苦しくなるような、でも不快じゃないような。ウィリアムの本心が聞けて、本当によかった。脳裏のどこかで、キラキラな笑顔を浮かべるリヒトの姿が見える。エリーもまた、切なそうに微笑んだ。
「……私、出ていきます」
ウィリアムが目を見開く。そして目を伏せ、再び海を見た。
「そうか」
「はい」
「……お前の決めたことなら、誰も止めはしない」
「……はい」
二人の間に、温かい風が吹く。
「いつまでもウィリアムさんのお家でお世話になるわけにはいきません。それに、ティーナをもう一度一人にすることなんて、できません」
エリーの言葉に、ウィリアムがふっと笑う。
「お前らしいな」
「そう、でしょうか」
「ああ」
二人の想いが、風に乗って海へと伝っていった。
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