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怒られた私
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「あの、断じてそんなことは言ってないんですが、私は私で取り組もうかと思います」
「分かったよ。社長の方には僕の方から伝えておくね」
「いえ、自分で伝えに行きます」
「うん、分かったよ。なら、一緒に行こう」
「いえ、一人で大丈夫です」少しだけ風を切るように歩いた。着いてきてほしくなかったから。
かく言う私も社長室は初めて入る。色々な感情が錯綜している。初めてのノックをした。
「失礼します」
「はい」扉越しに圧のある声がする。
「失礼します。少しだけお時間よろしいでしょうか」
「あぁ、どうした?」
「あの、申し訳ないんですけど、私、関東さんと一緒にはお仕事出来そうにないんですが」恐る恐るただそれだけを伝えた。
「おぉ、何でだ?」
「はい」戸惑いながらも事の全てを正直に伝えた。
「そうか、それは春奈に申し訳ないことをしたな」
「こうなるって分かってたの?」
「いや、ここまで嫌らしいことをするとは思わなかったし、やはり水谷もか」
「それで、私、どうすればいい?」
「そう不安になるな。私は経営者として、皆んなを平等に見てる。出来ない人に出来ない依頼なんかしない。血の繋がりは関係ない。平等に見てるからこそ、お前なら出来ると思ってお願いしたんだ。お願いというよりは指示だよな」少しだけ、社長というよりも父親の顔を覗かせた。
「私は代役じゃなかったの?」
「そんなつもりでお前を呼んだりはしない。お前だから呼んだんだ」そう言うと、大きく息を吸った。
「甘えるな!そんなことを俺の前で言うな!」大きな怒号は扉を超えて、事務所中に響いた。
「春奈、まずは七月にお前の成長を見せてくれ。期待してるぞ」初めてだった。
私に期待している。
東京に居たかった気持ちも、引き継ぎされない困難も、全て跳ね返そうと思った。この三ヶ月、無我夢中で取り組もう。私は環境や人のせいにして、全ての気持ちから逃げていた。
甘えるな。
その通りだと思う。涙がバレないように、これ以上何も喋らずに社長室を出た。全員の痛いほどの視線を一気に感じたが、全てを振り払って自席に戻った。
白紙のスライドをまず一つの作品にする。社会のニーズとキタグチの技術が交差する。そんな最適解を見つけるために、答えの無い方程式を幾らでも解いてやるんだ。
営業の林さんと怒肩の黒川君が営業から帰ってきた。
瀕死寸前の頑張ってる姿を笑ってはいけないが、黒川君も頑張っている。
社長に期待されて、黒川君にも応援されている。もう私に迷いはない。
今までの経験と柔軟さで「求められる製品作り」の計画を立て続ける日々が始まった。
走り梅雨が目立ち始めた頃、久しぶりに黒川君とエントランスで一緒になった。
「黒川君、お疲れ様」
「春奈さん、お疲れ様です。あっ!」
「何!?」
「あそこ行きませんか?お店、美味しかったところの」あの時と同じ週末の金曜日だった。断る理由なんか私にはなくて、すぐに意気投合した。
「いらっしゃいませ」
「すみません、予約してないんですけど、今から二人大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。前と同じお席も空いていますよ」ハッとした。前来たことを覚えてくれていたのだ。
「前と同じ席でもいいですか?」
「はい、もちろんです。こちら、メニューでございます」
「今日も本日のオススメありますか?」
「はい、本日は穴子丼と茶碗蒸しのセットでございます」二人同時に頷き、最速でメニューが決まった。
「黒川君はお昼とかどうしてるの?」
「僕のお昼は通勤途中にいつも買ってくるんです。近所にスーパーが二個並んでて便利なんです」
「え、私も近いんだけど。あのさ、ここの料理屋さんって通勤路?」
「はい、いつもこの前を通ってきます」
「えー、近いじゃん」
「近いんですね。春奈さんのお家は大きいですか?」
「私はアパートよ?」
「え、社長と一緒に住んでないんですか?」
「住んでないわよ。ゴールデンウィークの時はさすがに帰ってるけど、普段はいつも一人暮らししてるアパートに帰るわ」
「そうなんですね。春奈さんはお昼どうしてるんですか?」
「私もスーパーで買ってるよ。大学生の時は時々作ってたんだけどね。一回作らなくなると作るのがだんだん億劫になってきちゃって」
「料理難しいですよね」
「わたしはー、できるよ?りょうり!」何が作れるかと聞かれたらよく分からないが、とりあえず出来ると言った。
「えー、凄いですね。僕も作って欲しいです」
「またまたー、私が作ると高くついちゃうよ」
「えへへへへ」二人とも照れなのか、なんなのか隠してくれる夕陽は無く、一杯の水を飲んだ。
「お待たせしました」大きな丼に負けない穴子、可愛い茶碗蒸しにえへへと笑みが溢れる。
「いただきます」大きな穴子をガブリと一口、ほっぺたが茶碗蒸しに落ちそうになる。
今日もまた、美味しさと楽しさの幸せの食事。また君とここに来られてよかった。
少しだけ大人になったようにも見えなくもないけど、今ここに穴子を頬張る君がいてくれる。それだけで私は嬉しい。誘ってくれて、どうもありがとう。
「美味しかったですねー、穴子」
「穴子は知ってたんだね」
「バカにしないでください!僕だって穴子は知ってますよ。でもね、会社はね、よく分からないことがいっぱいあるんですよ」
「聞きたいかも。あのさ、二件のスーパー近かったらさ、その反対の居酒屋さん知ってる?」
「あ、知ってますよ。行ったことないですけど」
「少しだけ飲んだ方が話しやすいかもだから、そっちいこうか。一杯だけ、金曜だから」
「いいですね」ご馳走様をして、お店の人にはまた来るよと約束をした。
私の家からは歩いて五分位で一度帰宅してから服と髪型だけ変えて、居酒屋に向かい、黒川君を待った。
「春奈さん」
「お、黒川君来たね。行こっか」お店に入ると、奥の座敷が空いていると言うので、直ぐに入れてもらえた。
「春奈さん何飲みます?」
「私は梅酒の水割りにする。黒川君は?」
「僕はビールにします」
「お、いいねー」簡単なおつまみも注文して、お酒を待った。
「かんぱーい」じんわりとお酒が身体に染みる。お手頃なおつまみがちょうどいい。
「それで、よく分からないことといえば、会社のメールなんですよ」
「分かったよ。社長の方には僕の方から伝えておくね」
「いえ、自分で伝えに行きます」
「うん、分かったよ。なら、一緒に行こう」
「いえ、一人で大丈夫です」少しだけ風を切るように歩いた。着いてきてほしくなかったから。
かく言う私も社長室は初めて入る。色々な感情が錯綜している。初めてのノックをした。
「失礼します」
「はい」扉越しに圧のある声がする。
「失礼します。少しだけお時間よろしいでしょうか」
「あぁ、どうした?」
「あの、申し訳ないんですけど、私、関東さんと一緒にはお仕事出来そうにないんですが」恐る恐るただそれだけを伝えた。
「おぉ、何でだ?」
「はい」戸惑いながらも事の全てを正直に伝えた。
「そうか、それは春奈に申し訳ないことをしたな」
「こうなるって分かってたの?」
「いや、ここまで嫌らしいことをするとは思わなかったし、やはり水谷もか」
「それで、私、どうすればいい?」
「そう不安になるな。私は経営者として、皆んなを平等に見てる。出来ない人に出来ない依頼なんかしない。血の繋がりは関係ない。平等に見てるからこそ、お前なら出来ると思ってお願いしたんだ。お願いというよりは指示だよな」少しだけ、社長というよりも父親の顔を覗かせた。
「私は代役じゃなかったの?」
「そんなつもりでお前を呼んだりはしない。お前だから呼んだんだ」そう言うと、大きく息を吸った。
「甘えるな!そんなことを俺の前で言うな!」大きな怒号は扉を超えて、事務所中に響いた。
「春奈、まずは七月にお前の成長を見せてくれ。期待してるぞ」初めてだった。
私に期待している。
東京に居たかった気持ちも、引き継ぎされない困難も、全て跳ね返そうと思った。この三ヶ月、無我夢中で取り組もう。私は環境や人のせいにして、全ての気持ちから逃げていた。
甘えるな。
その通りだと思う。涙がバレないように、これ以上何も喋らずに社長室を出た。全員の痛いほどの視線を一気に感じたが、全てを振り払って自席に戻った。
白紙のスライドをまず一つの作品にする。社会のニーズとキタグチの技術が交差する。そんな最適解を見つけるために、答えの無い方程式を幾らでも解いてやるんだ。
営業の林さんと怒肩の黒川君が営業から帰ってきた。
瀕死寸前の頑張ってる姿を笑ってはいけないが、黒川君も頑張っている。
社長に期待されて、黒川君にも応援されている。もう私に迷いはない。
今までの経験と柔軟さで「求められる製品作り」の計画を立て続ける日々が始まった。
走り梅雨が目立ち始めた頃、久しぶりに黒川君とエントランスで一緒になった。
「黒川君、お疲れ様」
「春奈さん、お疲れ様です。あっ!」
「何!?」
「あそこ行きませんか?お店、美味しかったところの」あの時と同じ週末の金曜日だった。断る理由なんか私にはなくて、すぐに意気投合した。
「いらっしゃいませ」
「すみません、予約してないんですけど、今から二人大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。前と同じお席も空いていますよ」ハッとした。前来たことを覚えてくれていたのだ。
「前と同じ席でもいいですか?」
「はい、もちろんです。こちら、メニューでございます」
「今日も本日のオススメありますか?」
「はい、本日は穴子丼と茶碗蒸しのセットでございます」二人同時に頷き、最速でメニューが決まった。
「黒川君はお昼とかどうしてるの?」
「僕のお昼は通勤途中にいつも買ってくるんです。近所にスーパーが二個並んでて便利なんです」
「え、私も近いんだけど。あのさ、ここの料理屋さんって通勤路?」
「はい、いつもこの前を通ってきます」
「えー、近いじゃん」
「近いんですね。春奈さんのお家は大きいですか?」
「私はアパートよ?」
「え、社長と一緒に住んでないんですか?」
「住んでないわよ。ゴールデンウィークの時はさすがに帰ってるけど、普段はいつも一人暮らししてるアパートに帰るわ」
「そうなんですね。春奈さんはお昼どうしてるんですか?」
「私もスーパーで買ってるよ。大学生の時は時々作ってたんだけどね。一回作らなくなると作るのがだんだん億劫になってきちゃって」
「料理難しいですよね」
「わたしはー、できるよ?りょうり!」何が作れるかと聞かれたらよく分からないが、とりあえず出来ると言った。
「えー、凄いですね。僕も作って欲しいです」
「またまたー、私が作ると高くついちゃうよ」
「えへへへへ」二人とも照れなのか、なんなのか隠してくれる夕陽は無く、一杯の水を飲んだ。
「お待たせしました」大きな丼に負けない穴子、可愛い茶碗蒸しにえへへと笑みが溢れる。
「いただきます」大きな穴子をガブリと一口、ほっぺたが茶碗蒸しに落ちそうになる。
今日もまた、美味しさと楽しさの幸せの食事。また君とここに来られてよかった。
少しだけ大人になったようにも見えなくもないけど、今ここに穴子を頬張る君がいてくれる。それだけで私は嬉しい。誘ってくれて、どうもありがとう。
「美味しかったですねー、穴子」
「穴子は知ってたんだね」
「バカにしないでください!僕だって穴子は知ってますよ。でもね、会社はね、よく分からないことがいっぱいあるんですよ」
「聞きたいかも。あのさ、二件のスーパー近かったらさ、その反対の居酒屋さん知ってる?」
「あ、知ってますよ。行ったことないですけど」
「少しだけ飲んだ方が話しやすいかもだから、そっちいこうか。一杯だけ、金曜だから」
「いいですね」ご馳走様をして、お店の人にはまた来るよと約束をした。
私の家からは歩いて五分位で一度帰宅してから服と髪型だけ変えて、居酒屋に向かい、黒川君を待った。
「春奈さん」
「お、黒川君来たね。行こっか」お店に入ると、奥の座敷が空いていると言うので、直ぐに入れてもらえた。
「春奈さん何飲みます?」
「私は梅酒の水割りにする。黒川君は?」
「僕はビールにします」
「お、いいねー」簡単なおつまみも注文して、お酒を待った。
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