藍は墓泣く

のんカフェイン

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言葉の力

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「黒川、定時ギリギリですまないが、お前も半年経ったから、一度業務整理するぞ」

「分かりました。進捗一覧があるので、A3でコピーしておきます」

「いいよコピーなんかしなくて。パソコンのまま持ってくればいいよ。第二会議室な」

「はい、分かりました」新人研修の時に、立見常務から頂いた進捗シートをずっと使っている。

春奈さんに間に入ってもらい、毎月進捗シートを見てもらっていた。

「なんなんだよ、このシートはやっぱりやる気ないのか?」

「いえ、このシートは立見常務から頂いたシートです。シンプルに分かりやすくしています」

「いえ、じゃねーだろ?まずはすみませんじゃないの?もう俺に質問にも来ないし、相談もないし、立見常務もうんざりしてるんじゃないの?

関係ない部署のお前がちょこちょこちょこちょこ質問に来てたら」

「なんで急に怒ってるんですか?」

「俺のシート見るか?怒る理由も分かるぞ」

見せられたそのシートはびっちりと文字で溢れていた。このシートを作るのにどれだけの時間がかかっているのだろう。

「メール文もそうだよ。もっと書けよ。

案件こなしたいのは分かるが、大切にしろよ。

シンプルにしやがって。

そう言うのは慣れてきた人がするメールなのよ。俺のメール見ろよ」

見せられたそのメールはびっちりと文字で溢れていた。

このメールを作るのにどれだけの時間がかかっているのだろう。

「分かったか」

不必要な仕事をしていることはよく分かった。これで数年経っているというのだから、尊敬しろと言う方が難しい。

「まぁ、新人研修もやりながらの半年だったろうから許してやるよ。添削しておいてやるから、今日はもう帰っていいぞ」

「え、何をされるんですか?」
「確認だよ。メールの」

「確認はいつもCC入れてるので、必要ないかと思うのですが」

「うるさいな、偉くなったもんだな、お前も」

「お前お前って、私には苗字があるんですが」

「いいから帰ってくれよ」

「分かりました。変なメール送信だけはしないでくださいね」

「それは約束するよ」かなり頭に来たが、バカと戦ってもメリットはないので、ここは折れることにした。

帰社前に立見常務と春奈さんにことの一連を口頭でお伝えした。

「すまないな、本当に。私のところへ質問に来るのは大歓迎だから、いつでも来ていいからね」

その言葉が救いだった。

人を傷付けるのも言葉、人を救うのも言葉。

生かすも殺すもその人の言葉次第。

心次第。

目に見える言葉の時代に生まれ、話し言葉でのコミュニケーションがあまり無い時代。

とても傷付くし、とても助けられている。

心のコップは壊れながら、直しながら生きている。


「黒川君」週明けの大切なプレゼンがあるのに、身体を向けて本心で僕の話を聞いてくれている。

名前の後に続く言葉は瞳を見れば、読み解けた。

「大丈夫です。僕は負けません。すみません、プレゼンの忙しい時に。来週のプレゼン、三人で頑張りましょう」

「黒川君、たくましくなったな」

「黒川君、ありがとね」

「それでは、今日は失礼します。また、来週」

これ以上そこにいると、泣いてしまいそうだった。悔し涙と嬉し涙が混ざりそうだった。

月曜に嬉し涙は取っておきたい。

悔し涙など、流したくはない。

児島湾より瀬戸内海より、日本海より大きい男になってみせる。

僕はそう誓ったんだ。

来る十月第一週の月曜日。

「おはようございます」立見常務の声色はいつも通りだ。

私は朝から二倍のメイクの時間をかけた。出来上がりに二倍の差があるかと聞かれたら、そんなことはない。

ただ、三倍にも四倍にも工夫をした。

特に写真に映るでもなく、特別な人に会う訳でもないのに。
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