この恋は、曰く付き

あしゅ太郎

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フラワーレターは誰に届く?(2)

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波音が、風に押されて足元まで届く。
さっきまで賑やかだった浜辺も、いまは夕焼けに包まれて穏やかだった。

砂浜の上、ふたり並んで座る。
持ち込んだ小型スピーカーから流れているのは、『デッド・ブーケ』の最新の新曲だった。
切なくて、それでいて温もりが残るようなラブソング。

曲が終わるのと、風がひとつ吹き抜けるのが、ちょうど重なった。

「……めっちゃ、いい曲ですね」
碧生が、ぽつりと呟くように言った。
「臨場感、っていうか……風景が浮かぶっていうか……。誰かを本気で好きな人が作ったんだろうな、って」

蓮華は、照れくさそうに笑う。
「そない言うてもらえたら、俺も報われるわ」

「……蓮華さんって、恋愛経験、やっぱり多いんですか?」

ふと、そんな言葉が碧生の口からこぼれた。
自分でも、なんでそんなことを聞いたのか、分からなかった。

蓮華は一瞬だけ目を見開いて、すぐに視線を外した。
そして、波の方を見つめたまま、肩をすくめる。

「そんなん、全然ないって。……俺、意外と奥手やで」
「そう、なんですか……?」

「うん。でもな――」
そう言って、蓮華がふっと笑った。

「今、ちょっとずつ、知り始めてるとこかも。……恋って、こういうことなんかなって」

その笑みはやわらかくて、でもどこか切なげで。

――碧生の胸が、ふいにぎゅっと締めつけられる。

(……誰か、いるんだ)

言葉にされてないのに、痛いくらいに伝わった。
蓮華の「今知り始めてる恋」は、自分には向けられていないのだと。

「……そう、なんですね」
碧生は、笑ったつもりだった。でも、その声は少しだけ震えていた。

蓮華は、気づいていないのか、気づかないふりをしたのか、ただ静かに砂をすくって、指でなぞっていた。

どこかに流れていく波音が、ふたりの間に、ひとつ距離を置くように響いていた。

---

静かに寄せては返す波音。
さっきまで子どもたちがはしゃいでいた浜辺も、今はすっかり夕映えのなか。
橙に染まる空と海を前に、俺と碧生くんは並んで座っていた。

スピーカーから流れているのは、自分たちの最新曲。
『デッド・ブーケ』として、こだわり抜いて作ったラブソングだった。

誰かを大切に想うことの、どうしようもない優しさと寂しさ――
音の隅々にまで詰め込んだ“その感情”を、碧生くんが口にした。

「……めっちゃ、いい曲ですね」
「臨場感、っていうか……風景が浮かぶっていうか……。誰かを本気で好きな人が作ったんだろうな、って」

一瞬、心臓が跳ねた。

そないに真っすぐ、まっすぐに聴いてくれるんや。
誰にも気づかれへんと思ってた“気持ちのにおい”まで、拾ってくれるんやなって。

「そない言うてもらえたら、俺も報われるわ」

素直に嬉しくて、そう返した。

でも、そのあとに続いた言葉で、少しだけ息を詰めた。

「……蓮華さんって、恋愛経験、やっぱり多いんですか?」

冗談っぽく聞いたつもりかもしれへんけど、碧生くんの瞳は、まっすぐで。
俺は一瞬だけ戸惑って、波の方に目を向けた。

「そんなん、全然ないって。……俺、意外と奥手やで」

本当のことや。
ずっと音楽ばっかりやってきて、誰かに恋してる余裕なんか、正直あんまりなかった。

でも――今は、ちょっと違う。

「うん。でもな……今、ちょっとずつ、知り始めてるとこかも。……恋って、こういうことなんかなって」

それは、ほんまに今この瞬間の気持ちやった。
少しずつ、少しずつ、日常の中に入り込んできたあの子の存在。
あったかくて、真っ直ぐで、誰より人を大切にする――そんな碧生くんのことを思って。

けど、たぶん俺の言葉は、うまく届かへんかった。

碧生くんの表情が、ふっと陰ったのが分かった。
「……そう、なんですね」って笑おうとしたけど、声が少し震えてて。

あ、これは――俺、勘違いされてるんやなって、気づいた。

“今、好きな人がいる”って思われたんや。
でもそれが、“自分じゃない”と思わせてしまったんやって。

訂正しようと思えばできた。
けど、その一歩が、なぜか踏み出せへんかった。

(なんやろ……こわいんかな、俺)

踏み出してしまえば、たぶん戻られへん気がして。
たとえば、碧生くんの答えが“NO”やったとき、自分はもう、今みたいに隣におれるんかなって。

そんな自分の臆病さが、少しだけ、情けなく感じた。

俺は黙って、手元の砂をすくって、指でさらさらと模様を描く。
何かを言うかわりに、それで心を落ち着けるように。

波の音がまた、寄せては返す。
言葉にできなかった気持ちを飲み込んで、ふたりのあいだに、静かに距離を置いた。

---

「せっかくやし、汗流して帰らへん?」

月詩の提案で、海辺にある日帰り温泉に立ち寄ることになった帰り道。
陽が傾き始めた頃、4人は温泉施設の前に到着していた。

「……ほんまに入るんや。てか、れんれん、その格好で?」

「当たり前やろ!? こちとらちょっとでも顔バレしたら週刊誌案件なんやからな」

そう言って蓮華は、つばの広いバケットハットに大きめのサングラス、マスクを着用し、長袖パーカーのフードまで深く被っている。
ほぼ全身“芸能人の変装テンプレ”状態。

「さすが……徹底してるな」

碧生は苦笑しながら蓮華を横目で見て、
「でも、さっきから逆に目立ってる気もしますけど……」と控えめに呟いた。

「ほんとそれ。完全に“変装してます感”が出てる」

斎が笑いながらそう言う横で、月詩はというと――

「どーも~、今日も汗だくの月詩でーす☆」と軽装のまま手を振りながら施設に突入。

「……うわ、Tシャツにハーフパンツて……」

「変装ゼロかよ……ていうか、それで見つかったらどうすんの?」

斎が呆れたように問うと、月詩は軽く肩をすくめた。

「見つかったら、『よく似てるって言われますぅ~』って笑って誤魔化すねん。ファンサやファンサ」

「……なんやそれ」

堂々とした月詩の振る舞いに、斎は思わず吹き出した。

---

館内に入り、着替えを済ませて浴場へ。

「じゃ、1時間後に集合な~」
斎と月詩は先に露天風呂方面へ。
蓮華と碧生は、サウナへ向かう。

---

「ふぃ~~……やっぱええわ、温泉」

ぬるめの湯に肩まで浸かって、斎は大きく息を吐いた。
ゆっくりと流れる湯気に、昼間の海の風がまだ残っているような気がする。

「……なんやかんやで、楽しかったな、今日」

「ん、なにが?」

隣で同じく肩まで湯に浸かっていた月詩が、にやりと笑う。

「いやー、昼間の追いかけっことか?」

「っ……あれはお前がいきなり顔に海水ぶっかけてきたからだろ!」

「だって斎が、ぽけーっと赤くなってるからやん。可愛すぎて反射的にやってもたわ」

「反射的にすんな! 心臓止まるわ!」

斎がぷいと顔をそらすと、月詩は湯面を手で揺らしながら、どこか懐かしむような口調で続ける。

「でも、あのあとみんなで食った海鮮丼、うまかったなあ。斎、ウニんとこ最後まで残して食ってたやろ」

「……ウニは最後の楽しみに取っとく派なんだよ……っ」

「そういうとこ、ほんまお前らしいわ」

ふとした沈黙のあと、月詩がそっと斎の肩に額を寄せた。
ぴたりと触れたぬくもりに、斎の体がびくっとなる。

「……な、なんなんだよ……」

「んー。今日一日、めっちゃ楽しかったなって思ってさ。斎と一緒におって。……お前の隣、落ち着くわ」

「~~~っ」

斎は一気に真っ赤になり、湯の中でばしゃっと水音を立てると、顔まで浸かってごまかす。

「おいおい、そんなんして溺れんなよ?」

「う、うっさい……!」

湯気の中で、ふたりの距離は、確かに今日のぶんだけ近づいていた。
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