この恋は、曰く付き

あしゅ太郎

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秘密の扉が開くとき(1)

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数日後のレコーディングスタジオ・控え室。

蓮華はギターを抱えたまま、ソファにぐたりともたれかかっていた。
今日は“デッド・ブーケ”の新アルバムのレコーディング日。歌入れを先に終えた月詩が、飲み物を片手に控え室へ戻ってくる。

「おつかれ~。お前のギター、今日もええ感じやったなあ」
「うるさい。俺はこれからや」

返す声には力がない。ギターを弾く前に、頭の中の整理のほうが先だった。
(……デートに誘いたいんは山々やけど、人目あるとややこしいしなあ)

「……なあ月詩」
「ん?」
「もしやけど、俺が誰かと、ふたりっきりでゆっくり話せる場所って、どこがええと思う?」

月詩は、唐突な質問にも関わらず、あっさり答えた。

「部屋、呼べばええやん」
「……は?」

「いや、外やと目立つやん。お前、結構顔バレしとるし。下手に個室予約とかしても、店員に気づかれたらあかんやろ? せやからもう、いっそ部屋に招いてまえ」

「……お前な、簡単に言うけどな……!」

蓮華は思わず身を乗り出した。
頬がうっすらと赤い。

「そもそも、そんなん付き合ってからすることやろ普通……!」

「え~、付き合う前に部屋呼んでもええやん。清い関係ってやつや。なにより、お前んとこのインテリア、意外と気ぃ使っとるし見せたらええって」
「誰が気ぃ使ってるっちゅうねん!!」

「それにさ」

ふいに、月詩の口調が少しだけ真面目になる。

「お前、今回の新曲……めっちゃ気持ち入っとったやん? “想っとる”んやろ、ほんまに。せやったら、場所やなくて“会いたい”って気持ちの方が大事やで?」

蓮華は言い返せなかった。

(……確かに。たしかにそうやけど……!)

「……あーーもう!考えとくわっ!」

顔を覆ってごろりとソファに寝転がる蓮華に、月詩はにやりと笑って、コーヒーをすするのだった。

---

香月碧生は、番台の交代を終え、麦茶の入ったペットボトルを片手に一息ついていた。
仕事終わりの夕方、館内は平日ということもあって静かだ。

すると、ふいにスマホが震えた。
LINEの通知には、見慣れた名前。

【れんれん】
今度の休み、ちょっと時間あるか?
良かったら、うち来えへん?



「……え?」

碧生は思わず声を漏らし、スマホの画面をまじまじと見つめる。
「うち」とは――つまり、蓮華の家、だよな?

休憩室で偶然近くにいた後輩から「どうかしましたか?」と声をかけられたが、「いや、なんでも」と返しながら手を振った。

【碧生】
行きます!!むしろめっちゃ嬉しいです!



即レス。文章を打ったあと、ややテンションを落ち着けてもう一文追記。

【碧生】
なにか持って行ったほうがいいものありますか?



【れんれん】
手ぶらでええ。
……強いて言うなら、笑顔と麦茶やな



【香月】
了解です!麦茶、ちゃんと冷やして行きます!



「……うわ、何言ってんだ俺……」

スマホを見ながら赤面して頭を抱える碧生。
だが、目元はどうしようもなく綻んでいた。

---

休日。中辻蓮華のマンション前。

夕日が差す頃、インターフォンが鳴った。

「……はあ。ほんまに、来たぁっ……」

蓮華は部屋をざっと見回す。
散らかったクッションを整え、ギターはスタンドに戻し、部屋の芳香剤の向きを調整する――どれも、誰かを迎える前の“そわそわした動き”。

「はい、開いてるで」

とインターフォン越しに応じる声が少し裏返ったのは、本人も気づいていた。

玄関の扉が開き、現れた碧生は、控えめに笑って一言。

「……お邪魔します。ほんとに、呼んでくれてありがとうございます、蓮華さん」

「ん……どや、迷わんかった?」

「はい。マンション、かっこいいっすね……っていうか、景色すご……!」

玄関から見える夜景に目を見張る碧生。
そんな姿に、蓮華は少し照れくさそうに笑って応じた。

「お前に見せたかってん、ここからの景色。俺のお気に入りやねん」

その一言に、碧生の頬もふわりと赤らんだ。

---

「……お前にだけ、ちょっとだけ、な?」

そう言って、蓮華は壁際に立てかけていたアコースティックギターを手に取った。
碧生が目を丸くして見守る中、ソファに腰かけ、ふっと短く息を吐いてから、静かに弦を鳴らす。

「この前、ユニットで出した新曲とは別やけど……今、作ってる途中の曲。
まだメロディも歌詞も、まとまってへんけど──」

その前置きのあと、ゆっくりと、旋律が部屋に流れ出す。
柔らかく、どこか切なさを含んだメロディだった。

碧生は、まるで鼓動を止めるように静かに聴き入った。
言葉にはならない音たちが、胸の奥にじんわり染み込んでくる。

──たぶんこれは、“誰か一人”に向けて、想いを込めて書いているんだ。

そんなことを感じさせる、丁寧で、まっすぐな音。

最後のコードを鳴らし終えた蓮華が顔を上げると、碧生はぽつりと呟いた。

「……ほんとに、素敵な曲ですね。れんれんのギター、生で聴けたなんて……夢みたいです」

「そ、そんな大層なもんちゃうけどな……! でも、喜んでもらえたなら、よかった」

ギターをそっと立てかけ直すと、蓮華は冷蔵庫から先ほど預かった麦茶のペットボトルを取り出した。

「はい、これお前が持って来てくれたやつな」

「ありがとうございます」

ふたりで並んでソファに腰かけ、グラスに注いだ麦茶で小さく乾杯する。

「かんぱい……って麦茶やけどな」

「でもなんか、今日って特別な日な気がするから、全然アリです」

その一言に、蓮華はふっと笑って、麦茶を口に含む。

テレビはついていたが、音量は控えめで、部屋の中はほとんどふたりの呼吸の音と、小さな生活音だけで満たされていた。

「あのさ、蓮華さん」

「ん?」

「今日……ほんとに呼んでくれてありがとうございました。
俺、こうして話してる時間、すごく嬉しいです。なんか……安心するっていうか」

「……そっか。ほんなら、また来る?」

「……え?」

「また、お前が来たいって思ったら、いつでもええから。
お前が来るってわかったら、ちゃんと部屋も片付けるし……麦茶も冷やしとく」

碧生の顔がぱっと赤くなった。

「……えっと、じゃあ、また……来てもいいですか?」

「うん。待ってる」

静かな夜のマンションの一室で、
小さな約束が、またひとつ積み重なった。

──まだ、はじまったばかりの恋の予感。
けれどその温度は、確かに、ふたりの間にほんのりと灯っていた。
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