この恋は、曰く付き

あしゅ太郎

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秘密の扉が開くとき(2)

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■YouTube動画「呪われた猫の置物【閲覧注意】」

《再生中》

──動画の中、斎の語り口が、どこかぎこちない。

「……これは、メルカリで落札した、曰く付きの猫の置物です。
見た目は可愛いんですけど……耳だけ、異様に劣化していて……。
なんでも……持ち主の耳に、異常が起こるとか……」

カメラの前で説明する斎の表情が、途中から明らかに曇ってくる。

「……なんか、ちょっと、耳が……ぼわってしてて……えっと、音が……うまく聞こえ……」

そこで動画は唐突にカットが入り、テロップが現れる。

《※現在、撮影者のゆめ見屋斎は療養中です。次回更新をお待ちください。》


---

数日後・夜の斎のアパート。

「……誰……?」

インターホン越しに、かすれた声で問いかける斎。
耳がぼんやりして、相手の声が聞き取れない。

ドアを開けると、そこには少し息を切らせた月詩が立っていた。

「……やっぱり、お前アカンかったか」

「……なんで、来たんだよ……」

「そりゃ来るやろ。あの動画見たファン、みんな“斎くん耳おかしなってへん?”ってざわついとったわ。
俺なんか、見た瞬間わかってん」

そう言って、月詩は無言のまま部屋の片隅に置かれた袋の中身――猫の置物を取り出す。
白磁の本体に、明らかに不自然なひび割れと、欠けた耳。

「これが原因やろ。お前、いつから耳おかしい?」

「……3日くらい前。最初は、耳鳴りだけだった。でも昨日から……ほとんど片耳が聞こえない。
病院行ったけど、原因不明だって……」

斎の声は、明らかに怯えていた。
怪談を話すときの彼とは違う、ただのひとりの青年の震え声。

その姿を見て、月詩はそっと斎の肩に手を置く。

「……ようがんばったな」

そして、なかば自然に、月詩は斎の体をそっと引き寄せた。

「うわ、な……ちょ、なんで……」

「ええねん。今くらい、甘えとき。
怖かったやろ。ひとりで耳聞こえへんくなるとか、正直……パニックなるレベルやで」

斎は抵抗せず、ただその腕の中に身を預けた。
頬が月詩の胸元に触れる。心臓の鼓動が、ゆっくりと、でも力強く響いていた。

「……月詩」

「ん?」

「今の声、ちゃんと聞こえた」

「お。ええ兆候やん」

そのまま数秒、ふたりは静かに呼吸を合わせていた。

「お前、ほんと……すぐ抱きしめるよな」

「斎が抱きたくなる顔しとるからやろ?」

「……うっざ……」

けれどその声に、わずかに笑みが混じっていた。

月詩は猫の置物を慎重に袋へ戻すと、再び斎に向き直った。

「これでしばらくは落ち着くと思う。
けど、完全に治るまで、無理すんな。あと数日は俺が様子見に来るわ」

「来なくていい……って言っても来るんだろ」

「当然やん。俺、お前の怪談、もっと聞きたいもん」

ふっと、斎の目元が揺れた。

──こんな風に、誰かに守られるのは、久しぶりだった。

そしてその“誰か”が月詩であることに、
胸の奥が、ほんのりと熱くなるのを、斎はまだ自覚していなかった。

---

その後、呪物を回収してからというもの、斎の耳の状態は少しずつ回復し始めていた。

「……左はもうほとんど戻った。右も、さっき病院であと少しって言われた」

ローテーブルの上に処方薬を置きながら、斎はぽつりと呟く。

「そっか。よかったな」

月詩は、キッチンから湯気の立つティーカップをふたつ持ってくる。
ふわっと広がるジャスミンティーの香り。

「なんで俺んちのキッチン、もう普通に使ってんの……」

「いや、斎が療養中やからやん? 差し入れも掃除も、俺がやらな誰がやるん」

「いやでも普通にくつろぎすぎだろ……」

「なに文句言いながら、ちゃんと茶受けに手出してんねん。ほれ、ゆずまんじゅう」

斎は、ひとつ手に取って、むぐ、と口に入れた。

「……うま」

「せやろ? 湯の花温泉でな、あいつが薦めてきてん。碧生くん。やっぱりええセンスしとるわ」

その名前が出て、斎はふと目を細めた。

「……碧生も、“人が良すぎる”ってとこは、ちょっと月詩に似てるよな」

「それ、褒めてるん?」

「微妙……。でも、ありがとな。今回は、マジで助かった」

「そらな。お前に俺の歌届かんようになるとか、俺かてイヤやしな」

月詩はそう言って、また斎の隣に腰を下ろす。

「……そういや、次から呪物借りるときは、ちゃんと選定チェックしてからにする。
いくら動画映えしても、“音”失ったら、怪談師として終わるもんな」

月詩はそう言って、懐から一枚の紙を取り出した。

「斎、これ見てみ。呪物棚、俺なりに“危険度ランク”つけて分類したんや。レベル1~5まで。
次から貸すときは、まずここから選んでもらう」

「……何これ、意外とちゃんとしてんじゃん」

「“お前が無事に帰ってくる”ためやもん。そら真面目にもなるわ」

斎は言葉を失って、ランク表をじっと見つめる。

その横で月詩は、ふっと笑った。

「あと、斎。……耳治ったら、また“俺の歌”聴きに来てな?」

「……またそれ?」

「うん。今回は、お前の好きな曲、俺が歌うで。特等席、ひとり分空けといたる」

月詩の声は、どこまでも柔らかくて、
けれど斎の心の奥に、深く沈んでいく。

「……行くよ。お前がそんな顔で言うなら」

「ん、ええ子やな」

そして、軽く斎の頭をぽんぽんと撫でる。

いつもの“からかい”じゃない、優しい手のひら。

斎は、ちょっとだけ目を細めた。

(……この人に、甘えるのはズルいって思ってたけど)

(ズルいのは……多分、俺の方なんだ)

---

斎がインターホンを押すと、すぐに扉が開いた。

「よっ、待っとったで。耳、もう完全復活なんやろ?」

「……うん。先生から“問題なし”って」

「そらよかった」

月詩は柔らかく笑って、いつものように斎を中へ招いた。

高層マンションのリビング。 いつかと同じようで、少し違う。
――今夜は、斎の“好きな曲”を、月詩が歌ってくれる夜だった。

---

「んじゃ、準備するから、そっち座っといて」

そう言って、月詩はギターを抱え、斎の方へ背を向けてコードを調整する。

ふと振り返り、肩越しに問いかけた。

「……ほんまにこれでええん? あの曲」

「うん。あの歌……俺、初めて聴いたとき、ぞわっとした。言葉が刺さったっていうか」

「……そっか」

月詩は小さく笑い、指を弦に置いた。

月詩の部屋に届いたギターの一音が、夜の静けさを切り裂くように響く。
月詩は薄く目を伏せながら、甘く低い声で言った。

「“薔薇ノ檻”――お前にだけ、特別に聞かせたるわ」

言葉と共に紡がれた旋律は、まるで斎の胸の奥を撫でるように流れていく。
メロウで妖艶な旋律。
その中で月詩の声は、どこまでも真っ直ぐで、どこまでも艶やかだった。


“閉じ込めてしまえたら 永遠に傍にいられる
痛みさえ 愛に変えて
薔薇の檻の中で 二人きりで眠ろう
君が逃げても まだ追いかけるから”

――その瞬間、斎は、歌だけで心をさらわれる感覚を初めて味わっていた。

最後のコードが静かに部屋に溶けたあと、しばし沈黙が流れる。

「……すごい、な。やっぱり。
“歌”って、こんなに人の心動かすもんなんだなって」

斎の声は、かすかに震えていた。

月詩はギターを置き、斎の前に立つ。

「なあ、斎」

その声色が、少しだけ変わった。

「俺さ、ずっと“お前の怪談が好き”って言うてきたけど――
ほんまは、お前自身が好きやねん」

斎は一瞬、息を飲んだ。

「……だからさ。これ、返事いらんで。いま無理に言わんでええ。
けど、俺は……どうしても、伝えたかった」

そして。

不意に、月詩は斎の顔をそっと両手で包むと――
そのまま、唇を重ねた。

驚いた斎は、目を見開いたまま動けなくなった。
けれど、拒むこともできなかった。

心臓が跳ねる。熱がこもる。

(――あれ? なんで、俺、拒否してない……?)

月詩がゆっくりと唇を離す。

そのとき、ふたりの間には言葉にならない空気が流れていた。

斎が何かを言おうと口を開きかけたそのとき――

「……え? なに、いまの空気?」

背後から、明るい声がした。

ふたりが一斉に振り返ると、そこには部屋着姿の陽葵が立っていた。
洗面所から出てきたところらしい。

「ごめん、タイミング悪かった?」

「い、いや、ちが……!」

斎が真っ赤になって慌てて否定する横で、
月詩はまるで悪びれもせず、にやにやと笑っていた。

「おー、陽葵。お茶のおかわり、あとで頼むな」

「はいはい……。てか、お兄ちゃん、今日テンションおかしない?」

「あはは、まあなあ」

呆れたように眉をひそめる陽葵を横目に、
斎は胸の奥が、さっきからずっとざわついたままだった。

(――なんなんだよ、こいつ……)

けれどその“なんなんだよ”に、今の自分の気持ちが少しずつ滲み始めていることに、斎自身も、うすうす気づいていた。
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