この恋は、曰く付き

あしゅ太郎

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甘くて怖い、君のとなり(1)

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斎はアパートの部屋に戻り、靴を脱ぐとまっすぐベッドに倒れ込んだ。天井を見上げたまま、ふぅ、と長い息を吐く。

(……なんだったんだ、あれ)

頭に浮かぶのは、あのときの月詩の顔。柔らかく微笑んで、まっすぐに自分を見つめて、ためらいなくキスをしてきたあの瞬間。ふれてきた唇の熱と、胸の奥でざわめいた気持ちが、今でも鼓動と一緒に残っている。

「……俺、好きなのかな」

ぽつりと声に出してみる。けど、自分でも答えがわからない。

(まだ、確信なんて持てない。でも……)

斎は横になったままスマホを取り出し、連絡帳をスクロールする。画面に映った「神坂 月詩」の文字に、指先が一瞬だけ止まる。

(もう一回、ちゃんと会ってみよう)

そう思って、斎は月詩にメッセージを送った。

> 「今度、個室があるイタリアン行かない? ちょっと話したいことある」



返信は早かった。

> 「ええやん。空いてる日、教えて」



約束の日。夜、斎は少し早めにレストランに着いていた。イタリアンの落ち着いた照明の店内、予約しておいた個室で、少しそわそわしながら月詩の到着を待つ。

(あのキスの意味も、今の自分の気持ちも……今日、確かめるんだ)

数分後、月詩からメッセージが届く。

> 「着いたで」



斎はすぐに返信する。

> 「俺もう中にいる。個室の奥だから、周りに見られるのイヤだったらさりげなく入ってきて」



> 「ふふ、気ぃ遣ってくれてありがと。今行くわ」



間もなく、ドアが静かに開き、月詩が入ってきた。ラフな黒のシャツにシルバーのアクセサリーを合わせたスタイルは、舞台衣装ほど派手ではないけれど、やっぱり華がある。

「おつかれ。ええ店やん、斎のセンス、案外大人っぽいやん」

「案外は余計だ」

斎はむっとしながらも、思わず口元が緩んでいた。

料理は次々に運ばれ、ワインを少し飲みながら、仕事の話や、最近観たホラー映画の話で自然と盛り上がっていく。

気づけば、空気は少しずつあの日より柔らかくなっていた。

そして、食事が終わり、席を立とうとしたとき――

「なぁ、斎」

「ん?」

「……まだ帰りたない。なんか今日は、もうちょっとだけ一緒にいたい気分やねん」

その目はどこか、甘えるような、試すような光をたたえていた。

斎は一瞬ためらったあと、スマホを開き、近くのカラオケ店を検索する。

「じゃあ、ちょっと歩いたとこにカラオケあるから……行く?」

「お、ええやん! 歌う? 俺、斎の十八番聞いたことないし」

「……あんま期待すんなよ。てか、あそこ人多いかもだから……俺、先に入ってる。月詩、ちょっと時間ずらしてから来て」

「はいはい、気ぃ遣いさんやなぁ、ほんま」

冗談めかした口調とは裏腹に、月詩はどこか嬉しそうに笑った。

斎は店の自動ドアをくぐり、受付へと歩きながら、そっと胸の内を確認する。

(もう少しだけ、一緒にいたい。……それだけは、確かみたいだ)

ドアの奥で待つ数分が、いつになく長く感じられる――そんな夜だった。

---

先に個室に入って、斎はソファの端に腰を下ろしていた。落ち着かない手元でリモコンをいじるけれど、何の曲を入れるでもなく、画面だけが流れていく。

(……月詩、何歌うんだろ)

そんなことを考えていた時、ノックの音がして、ドアが静かに開いた。

「おまたせ~」

現れた月詩は、さっきのイタリアンの照明の下よりも、もっとくだけた空気をまとっていた。ライトに照らされた顔は、やけに近く感じる。

「結構ええ部屋やん。音響も良さそう」

「適当に選んだだけだけどな」

月詩は斎の隣に腰を下ろすと、テーブルのドリンクメニューをパラパラとめくりながら、ちらりと斎の横顔を盗み見た。

「緊張してる?」

「……してねぇよ」

「ふふ、顔が言うてる」

それでも月詩は、すぐにはマイクを取らなかった。代わりに斎の方にぐっと身を寄せて、ふっと笑う。

「俺の歌、聞きたい?」

「……い、いや、別に」

「そう? でも、せっかくやから歌うわ。今夜だけ、特別ライブや」

そう言って、月詩はリモコンを操作し始める。

イントロが流れた瞬間、斎は息を飲んだ。

(これ……“フラワーレター”のカップリングに入ってた新曲じゃ――)

聴き覚えのある旋律が流れ出す。柔らかく、でもどこか切なさを含んだラブバラード。月詩の低く優しい声が、狭い空間に染み込むように響いていく。

まるで、斎だけのために歌っているように。

――いや、たぶん、本当にそうなのかもしれない。

歌い終えたあと、月詩はマイクを置いて、ソファの背にもたれかかる。そして、ゆっくりと斎の顔をのぞきこんだ。

「どう? さっきの曲、好き?」

「……うん。すげぇ、よかった」

「そっか。じゃあ――」

月詩はすっと腕を伸ばし、斎の手を取った。

そのまま、指先をからめるようにして囁く。

「次の曲も一緒に聴いてくれる?」

斎が返事をする間もなく、月詩はまた距離を詰める。吐息が触れるくらいに近づいて、そっと、けれど今度はゆっくりと――斎の唇に、自分の唇を重ねた。

「……っ!」

ふいうちのキスに、斎はまた固まる。でも、前とは違った。

(――嫌じゃない)

心が、ざわざわして、でも同時にどこか温かくて。

「なぁ、斎」

目を開けると、ほんの少し不安そうな、でも真剣なまなざしの月詩がそこにいた。

「今の、嫌やったら言って」

斎は、何も言わなかった。ただ、首を横に振った。

その沈黙に、月詩は安心したように微笑んだ。

「……そっか。ほんなら、もうちょいだけ、このままでおらせて?」

「……ばか」

斎の言葉に、ふたりはまた静かに笑い合った。

今だけは、音楽もマイクも関係ない。ただふたりきりの静かな夜が、そっと流れていった。
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