この恋は、曰く付き

あしゅ太郎

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甘くて怖い、君のとなり(3)

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平日の午後、少し賑わいを過ぎた時間帯。
窓際の席に座った斎は、ノートPCの画面を前に、ペンを指先でくるくると回していた。

(うーん……“耳が聞こえなくなる猫の置物”の後日談、どうまとめるか……)

怪談としてどう締めるかを考えていると、カランッとドアベルが鳴る。

斎は何気なく顔を上げて――思わず、目を見張った。

サングラスにマスク、帽子までかぶって、いかにもな変装姿の人物が入ってきた。

……それは、明らかに不自然な“変装”をした、中辻蓮華だった。

蓮華は店内をぐるりと見渡し、斎に気づいてニッと笑うと、そのまま歩み寄ってきた。

「よっ。奇遇やな、ゆめ見屋斎くん」

「……れんれんさん、って呼んだらマズイ? その格好だと」

「お好きに。まぁ、ここで叫ばれたら困るけどな」

ふっと笑って、蓮華は斎の向かいに腰を下ろす。

「怪談ネタ、書いとったん?」

「うん、まあ……今度のイベント用の整理と構成って感じ」

「そっか。俺もな、歌詞のアイデアまとめに来とったんや。このカフェ、落ち着くし、気分転換になるねん」

「へぇ……なんか、イメージと違う」

「どんなイメージしてたんや、それ」

ふたりで小さく笑い合ったあと、蓮華の表情がふと和らいで、少しだけ視線を落とす。

「――ところでさ、最近、月詩とよう一緒におるよな」

斎は少し驚いたように目を瞬かせる。

「……うん。まあ、呪物のことで関わることも多いし」

「せやな。……あいつ、昔から不器用でな。何でも抱え込むくせに、ほんまの気持ちは見せへんタイプやから」

「……」

「でも、お前といるときの月詩、なんかちょっと柔らかくなっとる気がする。……せやから、ちょっと安心しとるねん」

蓮華はふうっと息をついた。

そして、言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。

「――月詩のこと、頼んだで。……お前なら、きっと」

「……俺、そんな大した人間じゃないけどな」

「そんなん、月詩がとっくにわかっとるやろ。……それでも、あいつがそばにおるってことは、そういうことや」

斎は、少し黙ってカップの中を見つめた。

その胸に、ほんの少しだけ、温かくも重たい感情が広がっていく。

「……わかった。俺なりに、ちゃんと考えるよ」

「うん。それでええ」

斎の返事に、蓮華はにっこり笑って、立ち上がった。

「んじゃ、またどこかで」

「……また、偶然を装って来そうな気がするけど」

「さあな。ほな」

そう言い残して、蓮華は店を出ていく。

その背中を見送りながら、斎は思う――
“月詩のことをちゃんと見なきゃいけない”。そう背中を押された気がした。

そしてそのとき、不意に月詩の笑顔が脳裏に浮かび、胸の奥が少しだけざわついた。

---

ある日のゆめ見屋斎の配信チャンネル。

カメラが回り、画面に映るのはいつものゆめ見屋斎――そして今回は、その隣にもうひとりの姿。

「どうも、“ゆめ見屋斎”です。本日も、曰く付きの呪物をご紹介します」

「今日は特別ゲスト回やで! この呪物の持ち主、神坂月詩が一緒に出演しまーす」

画面に向かって手を振る月詩。黒のシャツにアクセを重ね、まさに“映える”ビジュアル系アーティスト感が溢れている。

「どーもどーも、神坂月詩やで。音楽やりながら、趣味で呪物集めとる変なやつやけど、今日はちゃんと語らせてもらいます~」

「……そのテンションで“拷問木偶”紹介するの……?」

「真面目な話もちゃんとできるもん。なあ?」

月詩がテーブルの上にそっと置いたのは、掌ほどのサイズの、木でできた奇妙な人形。妙に間の抜けた顔つきをしているが、どこか痛々しい印象がある。

「……これが、“アルゼンチンの拷問木偶”です」

カメラが寄って、木偶の姿を捉える。

「見ての通り、目のくぼみ、腕の破損、歯の抜けた口、ところどころ削がれたような肌の質感……かなりリアルに“傷み”を再現してます」

「で、こいつがなんで作られたかっちゅうと――拷問部屋の前に置いて、部屋の中でどんな拷問されとるかを示すための看板みたいな存在やったんよな」

「……看板って言い方やめろよ」

「ええやん、分かりやすいやろ? この木偶、目と腕が不能、歯が抜かれて、足の腱も切られとる。つまり、“中で今、こういう拷問やってまーす”ってこと」

斎は思わず息を呑む。

「……何その“本日の拷問メニュー”的な……怖すぎるだろ……」

「しかも、拷問された人が死んだら、この木偶、普通は焼かれて処分されるねんけど、こいつは残っとるんやってな。逃げたんか、誰かに助けられたんか……想像が広がるやろ?」

「……俺は広がってほしくないけどな」

「ちなみに見た目がちょっとゆるいからか、海外のコアファンの間で、地味に人気あるらしいで。TikTokで“#拷問木偶チャレンジ”とかあったし」

「そんなチャレンジ、俺は一生やらないからな!?」

ふたりのやりとりに、コメント欄も賑わっている。

【月詩くんテンション高いのやばいww】
【怖いけど見た目かわいいのずるい】
【斎くんが若干引いてるのリアル】
【このコラボ定期化してほしい】

斎が木偶をそっと持ち上げると、カメラに向かって真剣な眼差しを向ける。

「実際、ただの“形”じゃないです。この木偶、深夜になると“誰かの呻き声”みたいな音が聞こえたって話もあります。気軽に持ち歩けるサイズですが、扱いには十分注意してください」

横から月詩が真顔で付け加える。

「寝室には絶対置かん方がええよ。俺、一回それで夢の中で腕がもげた」

「それ……マジ?」

「マジや」

しんとした空気が一瞬流れた後、斎がため息混じりに口を開く。

「今日のゲストは、“呪物コレクターでちょっとお茶目”な神坂月詩さんでした。……もう、ただのミュージシャンって紹介できなくなってきたな……」

「俺はいつでも呪物ファン代表でおるからな。また呼んでな?」

そう言って、カメラに向かってピースをする月詩の笑顔を、斎は苦笑しながら見つめていた。

---

「……え、マジで?」

斎は、ノートパソコンの画面を見つめたまま、驚き混じりに声を上げた。

「昨日上げた“拷問木偶”の動画、再生回数いつもの倍いってんだけど。しかも、コメント欄めっちゃ活発……」

ソファに寝転がってスマホをいじっていた月詩が、顔だけこちらに向けてニヤリと笑った。

「ふふん、それはつまり――“俺のおかげ”やな?」

「……はいはい。ゲスト効果、すごいですねー」

斎が半分呆れたように言うと、月詩は嬉しそうにスマホを掲げて見せる。

「なあ見て見て、“このふたりの掛け合い好きすぎる”ってコメント、めっちゃついとる! “定期的に共演してほしい”とか、“夫婦漫才か?”とか……」

「夫婦漫才はさすがに言い過ぎだろ」

「えー? でも、コメントで“斎くんがツッコミで月詩くんがボケっぽい”って分析されとったで」

「分析されても困るわ……」

斎はむくれたようにカップを手に取り、麦茶をすする。
でもどこか、その頬はほんのり赤い。

(……なんでだよ。ちょっと嬉しいとか思ってんのか、俺)

月詩はそんな斎の様子を見透かすように、またソファの背に体を預けながら、気だるげな声で言った。

「で? 今日はこのまま……うち、泊まってく?」

「……は?」

あまりに軽いノリに、斎の手がピタリと止まる。

「は、はぁ!? な、なんでそうなるんだよ!」

「ええやん? せっかく再生数伸びた祝いに乾杯でもして、一緒に次のネタ考えるとか」

「いやいやいや、絶対それ今思いついただろ!」

「ふふっ、でも満更でもないやろ?」

「~~~っ……お前なぁ……」

顔を真っ赤にして目を逸らす斎に、月詩はますますご満悦の表情を浮かべた。

「でもさ、斎……ほんまにイヤやったら、そんな顔せぇへんもんな?」

囁くような声に、斎の鼓動が一気に跳ね上がった。
麦茶の味なんて、もう全然分からなかった。
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