カーテンコールは君の隣で

あしゅ太郎

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幕間の祈り(2)

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数日後、秋の初め。

病室の窓から吹き込む風は、どこか冷たく、カーテンがかすかに揺れていた。
外には色づき始めた街路樹の梢が見える。夏が終わり、季節はゆっくりと次の色に変わろうとしている。

「こんにちはー。差し入れ、持ってきたッス」

ノックのあと、蓮真が病室に顔を覗かせる。
手には分厚い漫画の単行本数冊と、コンビニの紙袋。

「お、ちょうど読み終わってたとこ。ありがと」

ベッドの上で本を読んでいた遥登が微笑んだ。
その声はどこか穏やかで、でもほんの少し寂しげだった。

「……改めてッスけど、県大会。優秀賞でした。最優秀は久賀原女子。負けちまったけど、みんなで全力出し切ったッス」

「うん。LINE、ちゃんと読んだよ……そっかぁ」

遥登は、窓の外をぼんやりと眺める。

「これで、3年生は引退だよね。
部活で顔合わせるのも……もうなくなっちゃうんだなあ。蓮真とも」

そう呟いた横顔は、どこか遠くを見ているようだった。

蓮真は、少し黙ってからベッド脇の椅子に腰を下ろす。

「……でも、俺は。これからもずっと、一緒にいたいッス」

遥登がゆっくりと振り向く。

「……え?」

蓮真の耳がほんのり赤い。
けれどその目は、まっすぐに遥登だけを見ていた。

「俺、実は前から……遥登先輩のこと、好──」

言いかけた言葉を、遥登がそっと笑って塞ぐように、
自分の胸へと蓮真を静かに抱き寄せた。

「……僕も」

たった一言。けれど、すべてを包む声だった。

「っちょ……!! まだ最後まで言ってないッスよ……!!」

腕の中でもぞもぞと抗議する蓮真を、遥登はくすりと笑って、頬を彼の髪に寄せた。

「もう分かってたよ。おまえの顔、すっげぇわかりやすかったもん」

「う、うわー、マジっスか!? やっべぇ……俺……うわ、でも、うれし……」

ぽつぽつと漏れる言葉が、ふたりの間に笑いと温もりをつくっていく。

秋の風が、窓のカーテンを優しく撫でた。

誰にも邪魔されないこの病室で、
ふたりはようやく、夏の続きを紡ぎ始めていた。

---

放課後の部室。

窓の外には、うっすら色づき始めた木々。
秋の気配が漂う中、演劇部の部室には、まだ誰も来ていない。

凌央と悠嵩だけが、舞台用の備品チェックを終え、ソファに腰を下ろしていた。

しばらく無言が続いたあと──
凌央がふと、ぽつりと口を開いた。

「……なあ、悠嵩」

「ん?」

「俺さ。3年間、お前と一緒に演劇やれて、ほんとよかったって思ってる」

静かな声だった。
軽く言ったようでいて、その言葉には重みがあった。

悠嵩は一瞬、固まる。

「……は? なに、急に」

照れ隠しなのか、目をそらしながらぼそっと呟いた。

「なに改まって……バカじゃないの、そういうの……」

でもその横顔は、みるみるうちに赤く染まっていく。

「……おいおい、マジで顔真っ赤じゃん」

凌央が吹き出す。

「お前、顔に出すぎ。もっと素直になれよ」

「うるさい……! そっちこそ、急に真面目なこと言うなよ」

「たまには言うだろ、卒部前くらい。……俺はお前がいてくれて、ほんと助かったよ」

そう言いながら、凌央はにかっと笑った。

悠嵩はぷいっと顔をそむけながら、そっと小さく呟く。

「……俺も、だよ。バカ」

---

数日後。3年生による部長引き継ぎ会議。

夕方の部室。
窓の外ではカラスの鳴き声が響き始めていた。

引退前の3年生が集まり、テーブルを囲んでいた。

「……で、次の部長だけど」

凌央が口火を切る。

「桔平が、適任だろ。舞台の流れも読み取れるし、場の調整もできる。何より、自分で責任を背負う覚悟がある」


視線を集められた桔平は、少し驚いた顔を見せたが──
やがて真っ直ぐに前を向き、力強く頷いた。

「……わかった。引き受ける。次は、俺が部を引っ張る」

「副部長は?」

「翠心かな」

悠嵩が言う。

「舞台に対する情熱も、演出面の目もある。桔平を一番近くで支えられるのは、君だけだよ」

翠心は黙って一度深呼吸をし、そして──

「……責任、重いな。でも、やる。全力で」

その目には、悔しさと決意が入り混じっていた。

凌央が、静かに言った。

「来年こそ、久賀女に勝て。……この悔しさは、お前たちに託す」

桔平が、まっすぐに答える。

「必ず、県大会に進む。そして……次は、最優秀賞を獲る」

翠心もそれに重ねた。

「俺たちの“舞台”で、久賀女を見返す。……絶対に」

窓の外、秋の風がカーテンをそっと揺らした。

新しい演劇部の幕が、静かに、でも確かに上がろうとしていた。

---

秋が深まる、放課後の部室。

3年生が引退して数週間。
少し静かになった空気には、それでも新しい熱がゆっくりと満ち始めていた。

ホワイトボードには、次回公演の稽古スケジュールとタイトル。

演目名:『シラユキの告解』
脚本:クリアウォーター

「……にしてもさ、このペンネーム、ほんとに表に出すの?」

「出すに決まってんだろ。“透明で真っ直ぐな泉みたいに、心の奥を映し出す合作です”って」

「いや、照れるわ!! なんだその真面目さ100%のコメント……!」

翠心がファイルで顔を隠してわたわたするのを横目に、桔平はノートパソコンを軽快に叩きながら言った。

「……で、やっぱ“シラユキ”の変化の過程をどう見せるかが肝なんだよな。最初は誰も信じられない子がミナトと出会って──」

「はいはいはい、そっから“他人を信じる勇気を得て、ひとつだけ嘘をつく決意をする”って流れでしょ? 分かってるってば」

「じゃあ、その“シラユキ”は……やっぱおまえな」

「またかよ!! 俺だってそろそろヒロイン回避したいんだけど!」

翠心が立ち上がって抗議する。
しかし桔平は肩をすくめて平然と続けた。

「いやいや。むしろ今回こそ“おまえじゃなきゃ無理”な当て書きだって」

「なんでだよ」

「だってさ、信じることに慎重で、でも根っこはめちゃくちゃ誠実で。……最後の最後で、嘘をつく覚悟をする“強さ”を見せるヒロイン。書いてて、これはもう完全に“和泉翠心”だった」

「……うわ、ほんとに当て書きじゃん……」

「うん、完全に共犯」

翠心は机に突っ伏したまま、ぼそっと呟く。

「……自分で書いて自分に当ててくる脚本家、ほんと性格悪いと思うんだけど……」

「じゃあ一緒に書いたおまえも性格悪いな。“クリアウォーター”だから」

翠心は盛大にため息をついた。

---

数日後。部活の終わり。

部長となった桔平は、以前の自由さを残しつつも、全体を引っ張る言葉に芯を持ち始めていた。

「今日の稽古、テンポよかったな。でも△△の表情、ちょっと平坦だった。明日、重点的に見るぞ」

その指示に即座に反応して動く部員たち。
桔平は確実に、部の“顔”になりつつあった。

一方、副部長の翠心は──

舞台袖で静かに台本を持ち、演出や照明の細部を確認しながら、時折ふと見せる優しさで後輩をフォローしていた。

「□□、そこ、語尾のトーン落とすと“本音”に聞こえるよ」

「はい、ありがとうございます……!」

桔平の言葉が方向を示し、翠心の言葉が精度を磨く──そんな空気が、自然と部に根付き始めていた。

---

部活後、部室に残ったふたり。

机には『シラユキの告解』の草稿、そしてびっしりと書き込まれた朱筆。

「……おまえ、マジでこの話、好きだよな」

「……まぁな。シラユキの最後の“嘘”のとこ、自分で書きながら涙腺にきたわ」

「じゃあ、やっぱ“シラユキ役”はおまえだな」

「そこなんで繋がるんだよ!」

「繋がるだろ。誰よりも理解してる役なんだから」

翠心は一拍黙って、真顔になった。

「……俺、今回は裏方でちゃんと力を出したいと思ってる。脚本っていう、新しい軸でも結果出したいし」

桔平は静かに頷いた後で──それでも、と続けた。

「でもな、ステージの上のおまえは、やっぱり……いちばん、強い」

その声には、確信と少しの願いが混ざっていた。

「“シラユキ”には、逃げずに嘘をつく強さが必要なんだよ。……それを、演じられるのは、おまえだけだと思ってる」

翠心は、少しだけ俯いて、息を吐く。

「……ズルい。ずるいんだよ、桔平。そうやって逃げ道を一個ずつ潰してくんの」

「逃げ道、最初からなかったよ。“クリアウォーター”名義で書いたってことは、おまえのための物語なんだから」

「……だから言ってんだよ、ズルいって」

そう言いながらも、翠心の顔に浮かんでいたのは、あきらめ半分の笑みだった。

---

“クリアウォーター”の名の下に書かれた、
彼ら自身の物語──『シラユキの告解』。

次の舞台はまだ幕を開けていない。
けれど、ふたりの挑戦は、もうとっくに始まっていた。

今度こそ、絶対に県大会の頂点へ。
そして、いつか“久賀女”に勝つために。

桔平と翠心の“本当の戦い”が、静かに幕を開けていた。
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