カーテンコールは君の隣で

あしゅ太郎

文字の大きさ
14 / 30

幕間の祈り(1)

しおりを挟む
舞台に風が吹いたような空気の変化。
客席が静まり返る中、照明がゆっくりと灯る。

白木の鳥居を模したセットが薄く照らされ、奥には御神木。
その根元に、ヒナ(翠心)が静かに立っている。
白い羽織がふわりと揺れ、耳をすませば──篠笛の音。

ヒナは少し上を見上げていた。
“何かを待っている”ような、しかし“諦めている”ような──そんな表情。

そこへ──

「よう、神の娘……今宵は星がきれいやな」

柔らかな関西弁とともに、狐(桔平)が現れる。
銀の尾と耳を揺らし、桜の枝を踏みしめるようにして舞台へ。
警戒と親しみを混ぜたようなその目線は、観客席を含め、空間全体を遊ぶように動く。

ヒナは目を細めて振り返る。

「また来たのね、狐」

「そら来るわ。あんた、最近ずっと変な気配まとってるやろ。……放っとけへんわ」

「……ありがとう。でも、私はもう平気よ」

その言葉に、狐は軽く肩をすくめる。

「そやけど、平気な顔のときほど、だいたい平気ちゃうんやって。──人も妖もな」

狐は舞台中央にしゃがみ込み、裾を払って座る。
その所作に、桔平の緻密な演技が滲む。
言葉の間合いと視線の操作は、長年の舞台経験によって研ぎ澄まされていた。

鈴の音がひとつ、舞台上部からカランと落ちる。

扇の風をまとって、猫又(怜央)が登場。

「やれやれ、また狐にべったりですかい、巫女さま」

その声に観客から微かな笑いがこぼれる。
怜央は一瞬、微細な間を使って観客を巻き込みながら、狐の横にすとんと舞い降りる。

「まったく、あんたら……いっつも夫婦みたいにケンカして」

「うっさいわ、猫又。おまえにゃ関係ないやろ」

「はいはい、嫉妬されても困りますねぇ」

観客席がふっと和む。
それを切るように、場面転換。

笛の音が低くなり、照明が僅かに蒼へ。

舞台下手から、旅人の男(蓮真)が現れる。

無表情に近いその顔に、哀しみの影が差している。
観客の視線が、その佇まいに吸い寄せられる。

「巫女殿、少し……話をさせてほしい」

ヒナが一歩引き、警戒する。

「あなた……誰?」

「通りすがりです。ただ──風の噂を聞いて、来ただけです」

言葉少なに、蓮真はヒナをじっと見つめる。
感情を内に秘めたまま、だが目の奥には何かが灯っていた。

舞台後方の幕が、音もなく揺れる。

──重たい気配。
一気に舞台の空気が変わる。

照明が紫から赤黒く変わり、音響が低く鳴る。

“闇の主”(凌央)が、舞台奥からゆっくりと姿を現す。

堂々とした身振り。
一歩ずつ、その足音すら効果音として空気を支配する。

「……選ばれし者よ。貴様が“境”を守る理由は何だ。己の意志か、他者の幻想か」

その声に、客席が静まり返る。

ヒナが、観客に背を向けたまま一歩、闇の主へ進む。

「……私は、私のために、この“境”を守る。
誰かに言われたからじゃない。ここに生きる者を、私は──守りたいと思ったから」

その言葉に、狐と猫又が立ち上がる。

狐はヒナの右へ、猫又は左へ。
彼らは台詞なくただ、彼女の隣に立ち、その決意を支える。

そこへ、袖から神主(悠嵩)が登場。

「よくぞ、ここまで来たな……ヒナよ」

ゆっくりとした歩み。
袖に手を添えて、静かに舞台中央へ。

「お前はもう、人である必要も、妖である必要もない。
心のままに、生きよ。──それが、“境”を紡ぐ真実の力だ」

ヒナが息を吸い、ゆっくりと観客を見渡す。

「……私は、“私”として、生きる」

その台詞と同時に、天井から透明な布がふわりと落ちる。
舞台後方に配置された“境界”の演出──薄布が光を透かし、空間を切り裂いて溶けていくように広がる。

桜吹雪の映像が舞台全体に投影され、花びらが客席の上にまで舞うような感覚。

照明が全体に広がり、演者たちは中央に集う。

狐、猫又、旅人、闇の主、神主──そしてヒナ。

最後に、全員が静かに振り返り、観客席をまっすぐに見つめる。

数秒の、完璧な静寂。

──そして、暗転。

その瞬間、客席が爆発するような拍手に包まれた。

---

大会ホール。
灯が落ちた静かな空間に、再び緊張が戻っていた。

審査員がマイクを手に、結果を一つずつ読み上げていく。

「──優良賞。◯◯高等学校」

軽い拍手が会場を流れる。
息を詰めるような時間。

そして──

「優秀賞。燈ノ杜学園高等学校」

その瞬間、空気がほどける。

翠心が小さく息を吐き、桔平が無言のまま拳を握りしめた。
肩を揺らすように、目元で笑う。

怜央はというと──

「……え、俺たち、優秀賞……? あ、すご……」

ぽかんと口を開けたまま。実感が追いついていない。

「おまえ、リアクション薄ッスね」

蓮真が呆れたように笑って、怜央の頭を軽くぽんと叩いた。

──そして最後に、最優秀賞の発表。

「最優秀賞……久賀原女子高等学校」

会場の一角で歓声が上がる。

その瞬間、燈ノ杜の一角に、少しだけ静かな空気が流れた。

だが──誰も、声は上げなかった。

「……そう、だよな」

翠心がぽつりと呟く。

「勝てなかった、か……」

桔平が、隣で静かに口を開く。

「でも──全部、出しきった」

その言葉に、誰もが静かに、しかし力強く頷いた。

---

帰りのバスは、夜の国道を静かに走っていた。

窓の外には、街灯とガードレールがリズムよく流れていく。
室内灯は落とされ、窓に映る自分の顔を、翠心がじっと見つめていた。

「……終わったんだな、俺たちの“大会”」

ぼそっと桔平が呟いた。

「うん。でも、悪くなかった。……あれが、俺たちの精一杯だった」

「優秀賞って、十分すげぇはずなんだけどな。……でも、やっぱり、ちょっと悔しいよな」

「悔しい。でもさ。悔しいって思えるくらい、ちゃんと本気だったんだよ、俺たち」

桔平が小さく笑って、シートに身を預けた。

「……まったくだ」

---

後方席──

蓮真と怜央は並んで座っていた。

「……終わったね。蓮真、俺……ちゃんとできてたかな」

「できてたよ。全然、俺より落ち着いてた。びっくりしたわ」

「そ、そう……? へへ……よかった……」

怜央はカーテンの隙間から、星のない空を見上げた。

---

もっと前の席──

凌央は腕を組み、窓の外を眺めながらぽつりと呟いた。

「……引退、か。なーんか、あっけねぇな」

悠嵩が、隣でふっと笑う。

「でもさ、きっと明日も、演劇部に来ちゃうんだろうね、僕ら」

「来るよな、そりゃ。後輩の稽古つけに。……でも、俺たちの“本番”は、もう終わりなんだよな」

凌央がゆっくり目を閉じる。

前方席で、翠心がそっと顔を上げた。

「──引き継ぐよ、ちゃんと。俺たちで。
だから……安心して引退してくれよな、先輩」

しばらく沈黙が続いた。

そして──怜央が、ぽつりと声を落とす。

「……先輩たちと一緒に舞台やれて、俺、ほんとによかったです」

その一言に、蓮真が真っ直ぐな声で応えた。

「だよな。……ほんと、だよな」

誰もが口に出さずに、同じことを思っていた。

バスは学園へと戻っていく。

その車内には、少しの寂しさと、確かな誇りがあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

処理中です...