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それでも、幕は上がる(2)
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「……明日、照明 cue 入るタイミングさ、やっぱりちょっと早めのほうがいいかもな」
「うん。シーン5の入り、繋ぎが早いからさ。翠心が立ち上がる直前にスポット落とした方がテンポ出ると思う」
二人の間に置かれた小さなテーブルには、プリントと台本と、コンビニのレモンティーが並ぶ。
ホテルの部屋は静かで、冷房の音だけがささやくように響いていた。
「なぁ……」 ふと、翠心が枕に肘をついたまま天井を見上げる。
「……負けたくねぇな」
「うん。負けたくない」
桔平も同じように、布団の上で膝を抱えて呟いた。
すると──
「お~い! お邪魔しま~す!!」
突如、部屋のドアがバンッと開き、パジャマ姿の辻井凌央が乱入してきた。
「うぉ!? おいおいおい、なにしてんすか凌央先輩!? ノック!!」
「……この状況で“お邪魔します”って何!? 入る気満々じゃねぇか……!」
二人があたふたする中、凌央はずかずかと部屋に上がりこみ、
何の迷いもなく──
「いや~、男子高校生の夜といえばこれっしょ! ペイチャンネル!!」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
突如、安楽悠嵩(同じく3年生)が後ろから飛び込んできて、テレビのリモコンをもぎ取る。
「いやホントやめて!? 明日大会だよ!?!? テレビに変な履歴残したら後輩の人生終わるでしょうがァァァ!!!!」
「おお~こわいこわい。青春潰し刑事か?」
「潰しにきてんのはお前だよ!! お前の手によって“演劇部、深夜に謎の視聴履歴事件”が爆誕しかけてんの!!!」
「てか、凌央先輩達、部屋割り違いますよね!?」
「そうですよ、ちゃんと戻ってください……っ、マジで先輩ら何やってんの……」
桔平が頭を抱え、翠心が溜め息をつく。
──明日の県大会を目前にして、
なぜかホテルの一室は、嵐のようなドタバタに包まれていた。
だが、少し前までの張り詰めた空気は、もうなかった。
それはきっと、こういうふざけた夜こそが、心を緩めてくれるからだ。
---
一方その頃、1年生の部屋。
中嶋怜央は、ベッドの上でずっとモゾモゾしていた。
「……なぁ、蓮真。今日の久賀女の、最初に喋ってた子……あの、前髪長めの……」
「ん?」
蓮真はベッドに寝転がったままスマホをいじっていたが、怜央のテンションに気づいて顔を向けた。
「……ちょっと、可愛くなかった? ていうか、めっちゃ綺麗じゃなかった……?」
「え、誰?」
「えっ……いや、あの……たぶん部長さんかな。はじめに舞監に挨拶してた子」
「え、あの人……? うーん……いや、すげぇとは思ったけど……可愛いか?」
「え、可愛かったよね!? なんか、気品ある感じっていうかさ……」
怜央は枕に顔を埋めた。
「……うわー、俺ちょっとあの人、気になってるかも……。いやでも無理だよね、久賀女だし……」
蓮真は、怜央の言葉にうなずきもせず、天井を見つめたまま目を細めた。
「……そっか」
「えっ、蓮真は? 誰か気になる子とか……いないの?」
「……」
怜央が覗き込むと、蓮真は少し黙ってから、静かに笑った。
「俺……別にいいんだよ、そういうの。今は」
「えっ、どうして?」
「……俺、好きな人いるし」
ぽつりと漏らしたその声は、いつもよりずっと静かだった。
怜央が言葉を飲み込む横で、蓮真はスマホの画面を裏返し、目を閉じた。
──あの病室で笑ってた人。
くだらない話をして、心配かけたくなくて、
それでもずっと舞台を誰よりも大切にしてた人。
「……バカだよな、あの人……」
誰にも聞こえないように、小さく呟いたその夜。
県大会前夜、少年たちの胸には、それぞれの想いが静かに灯っていた。
---
大会当日の朝。
ホテルの食堂には、緊張と高揚がない交ぜになった空気が漂っていた。
「パン食べる? 俺、トースター取ってくるけど」
「……あ、うん、じゃあお願い」
翠心と桔平はトレイを手に、短く言葉を交わす。
その表情は真剣だったが、どこか穏やかでもあった。
怜央はというと、緊張からか、ゆで卵を割る手が妙にぎこちない。
「……こ、これってどうやって剥くんだっけ……」
「おいおい朝から大丈夫かよ……」
蓮真が呆れながらも手を貸してやり、怜央は「すごめん……」と苦笑いを浮かべた。
その空気に、少しだけ和やかさが戻る。
---
会場に到着すると、舞台袖の空気は一変していた。
スタッフが走り回り、他校の演劇部たちが台詞を繰り返し、集中力を高めている。
燈ノ杜学園の部員たちも、各自の役割に散って準備を進めていた。
蓮真が衣装を直しながら、怜央に声をかける。
「どうした、顔こわばってるぞ」
「いや……なんか、実感が……。俺、ホントにここで“猫又”やんのかって……」
「お前がやるんだよ。誰でもねぇ、お前が。怜央の猫又、ちゃんと作ってきただろ?」
蓮真の言葉に、怜央はぐっと息を飲んだ。
「……うん。やる。俺、ちゃんとやるよ」
袖で息を整えながら、翠心が振り返って言う。
「本番前、最後にひとこと」
部員たちが一斉に顔を上げた。
「ここまで来た。もう迷うな。──楽しもうぜ」
その言葉に、全員が無言で頷いた。
舞台の幕が、静かに開く。
「うん。シーン5の入り、繋ぎが早いからさ。翠心が立ち上がる直前にスポット落とした方がテンポ出ると思う」
二人の間に置かれた小さなテーブルには、プリントと台本と、コンビニのレモンティーが並ぶ。
ホテルの部屋は静かで、冷房の音だけがささやくように響いていた。
「なぁ……」 ふと、翠心が枕に肘をついたまま天井を見上げる。
「……負けたくねぇな」
「うん。負けたくない」
桔平も同じように、布団の上で膝を抱えて呟いた。
すると──
「お~い! お邪魔しま~す!!」
突如、部屋のドアがバンッと開き、パジャマ姿の辻井凌央が乱入してきた。
「うぉ!? おいおいおい、なにしてんすか凌央先輩!? ノック!!」
「……この状況で“お邪魔します”って何!? 入る気満々じゃねぇか……!」
二人があたふたする中、凌央はずかずかと部屋に上がりこみ、
何の迷いもなく──
「いや~、男子高校生の夜といえばこれっしょ! ペイチャンネル!!」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
突如、安楽悠嵩(同じく3年生)が後ろから飛び込んできて、テレビのリモコンをもぎ取る。
「いやホントやめて!? 明日大会だよ!?!? テレビに変な履歴残したら後輩の人生終わるでしょうがァァァ!!!!」
「おお~こわいこわい。青春潰し刑事か?」
「潰しにきてんのはお前だよ!! お前の手によって“演劇部、深夜に謎の視聴履歴事件”が爆誕しかけてんの!!!」
「てか、凌央先輩達、部屋割り違いますよね!?」
「そうですよ、ちゃんと戻ってください……っ、マジで先輩ら何やってんの……」
桔平が頭を抱え、翠心が溜め息をつく。
──明日の県大会を目前にして、
なぜかホテルの一室は、嵐のようなドタバタに包まれていた。
だが、少し前までの張り詰めた空気は、もうなかった。
それはきっと、こういうふざけた夜こそが、心を緩めてくれるからだ。
---
一方その頃、1年生の部屋。
中嶋怜央は、ベッドの上でずっとモゾモゾしていた。
「……なぁ、蓮真。今日の久賀女の、最初に喋ってた子……あの、前髪長めの……」
「ん?」
蓮真はベッドに寝転がったままスマホをいじっていたが、怜央のテンションに気づいて顔を向けた。
「……ちょっと、可愛くなかった? ていうか、めっちゃ綺麗じゃなかった……?」
「え、誰?」
「えっ……いや、あの……たぶん部長さんかな。はじめに舞監に挨拶してた子」
「え、あの人……? うーん……いや、すげぇとは思ったけど……可愛いか?」
「え、可愛かったよね!? なんか、気品ある感じっていうかさ……」
怜央は枕に顔を埋めた。
「……うわー、俺ちょっとあの人、気になってるかも……。いやでも無理だよね、久賀女だし……」
蓮真は、怜央の言葉にうなずきもせず、天井を見つめたまま目を細めた。
「……そっか」
「えっ、蓮真は? 誰か気になる子とか……いないの?」
「……」
怜央が覗き込むと、蓮真は少し黙ってから、静かに笑った。
「俺……別にいいんだよ、そういうの。今は」
「えっ、どうして?」
「……俺、好きな人いるし」
ぽつりと漏らしたその声は、いつもよりずっと静かだった。
怜央が言葉を飲み込む横で、蓮真はスマホの画面を裏返し、目を閉じた。
──あの病室で笑ってた人。
くだらない話をして、心配かけたくなくて、
それでもずっと舞台を誰よりも大切にしてた人。
「……バカだよな、あの人……」
誰にも聞こえないように、小さく呟いたその夜。
県大会前夜、少年たちの胸には、それぞれの想いが静かに灯っていた。
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大会当日の朝。
ホテルの食堂には、緊張と高揚がない交ぜになった空気が漂っていた。
「パン食べる? 俺、トースター取ってくるけど」
「……あ、うん、じゃあお願い」
翠心と桔平はトレイを手に、短く言葉を交わす。
その表情は真剣だったが、どこか穏やかでもあった。
怜央はというと、緊張からか、ゆで卵を割る手が妙にぎこちない。
「……こ、これってどうやって剥くんだっけ……」
「おいおい朝から大丈夫かよ……」
蓮真が呆れながらも手を貸してやり、怜央は「すごめん……」と苦笑いを浮かべた。
その空気に、少しだけ和やかさが戻る。
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会場に到着すると、舞台袖の空気は一変していた。
スタッフが走り回り、他校の演劇部たちが台詞を繰り返し、集中力を高めている。
燈ノ杜学園の部員たちも、各自の役割に散って準備を進めていた。
蓮真が衣装を直しながら、怜央に声をかける。
「どうした、顔こわばってるぞ」
「いや……なんか、実感が……。俺、ホントにここで“猫又”やんのかって……」
「お前がやるんだよ。誰でもねぇ、お前が。怜央の猫又、ちゃんと作ってきただろ?」
蓮真の言葉に、怜央はぐっと息を飲んだ。
「……うん。やる。俺、ちゃんとやるよ」
袖で息を整えながら、翠心が振り返って言う。
「本番前、最後にひとこと」
部員たちが一斉に顔を上げた。
「ここまで来た。もう迷うな。──楽しもうぜ」
その言葉に、全員が無言で頷いた。
舞台の幕が、静かに開く。
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