カーテンコールは君の隣で

あしゅ太郎

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交差点、心と声(2)

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午後の陽が差し込むガラス張りのロビー。
和泉翠心は自販機の前で、小銭を取り出しながら飲み物を選んでいた。

そのとき──

ゴツッ

「あ、すみません……っ」

「──あ、こっちこそごめんなさい!」

細い肩がぶつかって、ペットボトルがコロンと落ちる。
しゃがみこんだ翠心の手に、ひょいっと細い指が重なった。

「あっ……これ、あなたの……?」

「んー、たぶん……? どっちだっけ……?」

一瞬、互いの目が合う。

──ふわりと、前髪の奥から、伏し目がちにこちらを見る女の子。
翠心が手を伸ばすのを止めて、ぺこっと頭を下げたその子は、すぐに立ち去った。

(……なんだ、ちょっと変わった雰囲気の子だったな)

翠心が不思議そうに首を傾げながら、拾ったペットボトルを受け取る。

一方、その場を去った赤崎玲依あかさきれいは、遠ざかりながらそっと呟いていた。

「……かっこいい声だった、あの人……」

---

多目的ホールに、各校の演劇部が集まり始めている。

燈ノ杜学園演劇部の顧問、宮吉 皓介はスラックスにシャツのラフな格好で先頭に立ち、ひらりと手を振る。

「おーい、全員おるな? 今日はえらい豪華な顔ぶれや、気ぃ引き締めてこーや!」

翠心・桔平・怜央・蓮真らが頷き、ホールに入ろうとしたそのとき──

「はーい注目ー! そこ通る男子たち、今日からよろしくね!」

舞台の上で両手を広げて声を張るのは、華やかなツインテールの少女──赤崎真依あかさきまい

「久賀原女子演劇部、部長の赤崎真依よ! ま、うちの名前くらいは聞いたことあるわよね?」

その隣に、おとなしく立つ玲依の姿。
翠心は一瞬ぎくりとし、小さく息をのむ。

(……あの子!?)

怜央がすかさず耳打ちする。

「久賀原女子……やばい、全国常連の超強豪ですよね。双子の姉妹が有名で──」

蓮真がぽつり。

「マジで……名前見ただけでプレッシャー来るッス……」

真依がステージからこちらを見下ろすようにしてにっこり笑う。

「そちらさんはどこの学校?」

桔平が一歩前に出る。

「燈ノ杜学園。清水桔平、部長」

「男子校なのね、ふぅん……あたしら女子校だけど、遠慮はしないわよ? で──そこの、そっちの美形くんは?」

「……和泉翠心、副部長」

「“翠心”……いい名前ね。響きが綺麗。舞台映えしそう」

翠心が顔をしかめながら小さく肩をすくめる。

(……変なことにならないといいけど)

---

別室の待合ホール。
紙コップのコーヒーを手に、宮吉がのそっと入ってくる。

「うわ、冷房ききすぎやろ……誰やこんなガンガンにしてんの」

その奥、ソファで脚を組んでいたのは──鮫島鋭さめじまえい

革ジャンにTシャツというラフな格好、だがその目つきは鋭い。

「やあ、宮吉。燈ノ杜、今年は男子揃いか?」

「ほっとけ、うちは“男子校”やっちゅうねん。そっちは今年も例の双子がエースかいな」

「まあね。姉が暴れて、妹がまとめてる。うまく回ってるよ」

「……うちのはな、今年“ちょっと火ぃついた”やつがおんねん。そっちにゃ負けへんで?」

「楽しみにしてるさ。前回は悔しかったろ?」

「……あれはもう言うな」

ふたりの教師が、無言の火花を交わす。

---

ステージに集まる各校の代表者。

真依と桔平が真正面から視線を交わす。

玲依は静かに後方からその様子を見つめていた。

「……さっきの、翠心くん……やっぱりすごく雰囲気あるね」

一方、翠心も視線をわずかに横に流しながら思う。

(久賀原女子──全国の舞台に立った連中が、本気で来てる)

演劇は、まだ始まっていない。
けれど、その空気にはすでに“勝負”の気配があった──

---

円形のステージのようなスペースに、各校の代表たちが輪になって座っている。
進行役のプロ俳優・早乙女 鷹也が、手を叩いて声を上げた。

「じゃあ、そろそろ即興やってこか。テーマは──“約束の裏切り”」

ざわつく会場。

「順番にいくぞ。まずは──燈ノ杜学園の清水桔平くんと、久賀原女子の……赤崎 真依さん、いけるか?」

「……お」

「へぇ、なるほど。これは見ものだな」

周囲が静かに色めき立つ中、
桔平は無言で立ち上がり、真依も負けじと足音を鳴らすように歩み出る。

---

即興エチュード:「約束の裏切り」

【出演:桔平(即興名:陽人)、真依(即興名:カエデ)】

 陽人(桔平):「……あれは、信じてくれたんじゃなかったのか」


カエデ(真依):「信じてたよ。でも、信じたのが間違いだったのかもね」


陽人:「俺は裏切ってない」


カエデ:「じゃあ、なんで来なかったのよ。あの時、あの場所に……!」


声がぶつかり合う。
桔平は一切目を逸らさず、言葉の間を最小限に抑え、鋭く感情を突きつける。
真依も一歩も引かず、指先にまで悔しさを込めて踏み込む。

 陽人:「……言い訳なんて、聞きたくないよな。わかってる。でも、それでも俺は──」


カエデ:「……黙って」


一瞬の静寂。

カエデ:「──今さら、“来たかった”なんて言葉で、私の一年を取り戻せると思わないで」


目が合ったまま、動かない。

拍手の指示が出るまで、誰も言葉を出せなかった。

「……っすげぇ……」

怜央がぽつりと呟き、
周囲の拍手が次第に広がっていく。

採点はなかったが、周囲の空気は明確だった。 このふたり、どちらも「演じに来ている」のではなく、「そこに生きていた」。

---

一方、別ブロック──

玲依と翠心は、即興課題「思いがけない再会」のペアに組まれていた。

事前の打ち合わせはほとんどなく、出たとこ勝負の流れ。
玲依は不安げに立ち上がり、小さく深呼吸をする。

(ああ、どうしよう……失敗したら、久賀原の看板に泥塗っちゃう……)

そんな思いを抱いたまま、即興のシーンが始まる。

---

即興エチュード:「思いがけない再会」

【出演:翠心(即興名:ユウ)、玲依(即興名:サラ)】

ユウ(翠心):「……サラ?」


サラ(玲依):「──え……ユウ?」


驚きに息を呑むような玲依の声。
その自然な反応に、翠心は優しく笑って返す。

ユウ:「よかった、まだこの街にいたんだ」


サラ:「……うん。でも、どうして、ここに?」


ユウ:「……探してた。ちゃんと、“ごめん”が言いたくて」


翠心の声には、優しさとどこか危うさがあった。
玲依は思わず、翠心の目をじっと見つめてしまう。

サラ:「……そんなの、ずるいよ。私、やっと忘れようとしてたのに」


ユウ:「忘れなくていい。俺も、忘れたくなかったから──」


その“まっすぐ”な台詞が、玲依の胸を打つ。

──翠心くんって、こんなふうに……人を見てくれるんだ。
ちゃんと、私の感情を拾ってくれて、受け止めてくれる。

(なんか、やだ……心臓、変な音してる……)

玲依は、無意識にほんの少しだけ、翠心の方に身体を寄せた。

そして。

サラ(玲依):「……じゃあ、もう一度、会ってくれてありがとう」


ユウ(翠心):「こっちこそ。ごめんと、ありがとう」


演技が終わった瞬間、玲依は軽く息を吐き──ふと、翠心の横顔を見てしまう。

その優しい笑みに、心臓がまた「ドクン」と鳴った。

---

終了後・控室前。

玲依は、水のペットボトルを抱えて呆然と座っていた。

「……ねえっ、玲依。大丈夫?」

真依が声をかけると、玲依はびくりと身体を震わせて小さく答える。

「……うん、なんか、ちょっと、変な気持ちになっただけ」

「……まさか、あの男子校の、演劇部の……」

「な、なにも言ってないよ!?!?!?」

玲依の耳が、真っ赤だった。
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