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揺れる背中と、繋ぐ声(2)
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チャイムが鳴ると同時に、教室の椅子が次々と引かれる音。
廊下に出る生徒たちのざわめきが混ざり合う中、翠心は教科書を鞄に放り込みながら、やけにゆっくりとした動きで立ち上がった。
まだ本調子ではないのか、それとも――
そんな様子を、隣の席から桔平が無言でちらりと見ていた。
ペンケースを片付けながら、ひと呼吸だけ間を置く。
「……部活、行くぞ」
その声に、翠心はほんの一瞬だけ、動きを止めた。
「ああ。行く」
短く返したその声も、普段通りを装っていたけれど、やや硬い。
桔平のほうも、なんとなくそれに気づいていた。
ふたりは、無言のまま鞄を肩にかけ、連れ立って廊下に出る。
横並びになるその距離は、半歩ぶん遠い。
ふだんなら、無意識に並ぶ感覚がもっと自然だったはずなのに――。
「……もう大丈夫なんだろ」
少し歩いたところで、桔平がぽつりと聞いた。
翠心は前を向いたまま、やや間を置いて答える。
「ああ。もう熱もねぇし、今日の授業も普通に受けられた」
「……そっか」
その返事を聞いて、桔平はわずかに頷いた。
“ならよかった”と、言葉にはしないまま。
(でも……やっぱ、ちょっと気まずいのか? 俺ら)
普段どおりに話してるはずなのに、どこか呼吸が合わない。
昨日までの微妙な空気が、まだ身体にまとわりついているような感覚。
「……なあ」
階段を下りる途中、桔平が少しだけ声のトーンを落とした。
「こないだは、無理……すんなよ、って思っただけだから」
「は?」
「おまえがしんどいのに僕、気づけなかったのも悪かったけどさ。別に、おせっかいとか……そういうんじゃねぇから」
ぽつぽつと続ける桔平の言葉に、翠心は少し驚いた顔で振り返る。
けれど、すぐに視線を前に戻し、ふっと息を吐いた。
「……わかってる。ありがとな、桔平」
ほんの一瞬だけ、ふたりの間に視線が交錯する。
そのまま部室棟の前までたどり着くと、いつもの声や笑いが、扉の向こうから聞こえてきた。
日常が戻ってきたような音に、どこかホッとしながら、ふたりは扉を開ける。
さっきまでの微妙な距離は――
ほんの少しだけ、縮まっていた。
---
部室に着くと、すでに何人かの部員が集まっていた。
稽古用のマットが敷かれ、台本を開いたままセリフ合わせをしている者もいれば、柔軟体操をしている者もいる。
「翠心先輩~! 復活ッスか!」
真っ先に飛びついてきたのは蓮真だった。
ちゃっかり距離を詰めながら、したたかに笑う。
「いや~、俺、主役の不在でこのまま稽古どうなるかって不安だったんスよ? マジで助かりましたわ~」
「おまえ、心配してたのか茶化してんのかわかんねぇな……」
翠心が苦笑いで返すと、後ろから怜央も飛び込んできた。
「翠心先輩、元気になってほんとよかったです! でも無理はだめですよ!」
「お、おう。サンキュな、怜央」
「今日から、また全開で“シラユキの告解”仕上げていきましょうね!」
怜央の真っ直ぐな言葉に、翠心の頬が少し緩む。
すると、扉の奥からラフな足音とともに顧問・宮吉が現れた。
「お、主役が帰ってきとるやないか。ほな今日から本格的に立ち稽古再開やな」
「はいッス、宮吉先生!」
「ほんなら、怜央と蓮真は準備しとけよ。シーン5からいくで。桔平と翠心も、コンディション見ながらやれや」
「了解ー」
桔平が軽く手を上げ、翠心も「はい」と短く返す。
蓮真が小声で桔平に近づき、にやにやしながら囁いた。
「てか桔平先輩、先週翠心先輩送り届けてたじゃないスか~。あれ、ちょっと“甲斐甲斐しい”ってやつじゃないスか?」
「は? うるせぇよ」
桔平は鼻で笑いながら頭を軽くどつく。
「心配くらいするだろ、同じ主役ペアなんだからよ」
「へ~、“主役ペア”ねぇ……意味深ッスねぇ~」
「うっせぇ。おまえは台本覚えろ」
そんなやりとりをしているふたりをよそに、翠心は窓際で台本を開いたまま、どこかホッとしたような表情で風に目を細めていた。
(……やっぱここ、落ち着くな)
次の舞台は、県大会。
その熱を孕んだ稽古が、いよいよ再始動しようとしていた。
廊下に出る生徒たちのざわめきが混ざり合う中、翠心は教科書を鞄に放り込みながら、やけにゆっくりとした動きで立ち上がった。
まだ本調子ではないのか、それとも――
そんな様子を、隣の席から桔平が無言でちらりと見ていた。
ペンケースを片付けながら、ひと呼吸だけ間を置く。
「……部活、行くぞ」
その声に、翠心はほんの一瞬だけ、動きを止めた。
「ああ。行く」
短く返したその声も、普段通りを装っていたけれど、やや硬い。
桔平のほうも、なんとなくそれに気づいていた。
ふたりは、無言のまま鞄を肩にかけ、連れ立って廊下に出る。
横並びになるその距離は、半歩ぶん遠い。
ふだんなら、無意識に並ぶ感覚がもっと自然だったはずなのに――。
「……もう大丈夫なんだろ」
少し歩いたところで、桔平がぽつりと聞いた。
翠心は前を向いたまま、やや間を置いて答える。
「ああ。もう熱もねぇし、今日の授業も普通に受けられた」
「……そっか」
その返事を聞いて、桔平はわずかに頷いた。
“ならよかった”と、言葉にはしないまま。
(でも……やっぱ、ちょっと気まずいのか? 俺ら)
普段どおりに話してるはずなのに、どこか呼吸が合わない。
昨日までの微妙な空気が、まだ身体にまとわりついているような感覚。
「……なあ」
階段を下りる途中、桔平が少しだけ声のトーンを落とした。
「こないだは、無理……すんなよ、って思っただけだから」
「は?」
「おまえがしんどいのに僕、気づけなかったのも悪かったけどさ。別に、おせっかいとか……そういうんじゃねぇから」
ぽつぽつと続ける桔平の言葉に、翠心は少し驚いた顔で振り返る。
けれど、すぐに視線を前に戻し、ふっと息を吐いた。
「……わかってる。ありがとな、桔平」
ほんの一瞬だけ、ふたりの間に視線が交錯する。
そのまま部室棟の前までたどり着くと、いつもの声や笑いが、扉の向こうから聞こえてきた。
日常が戻ってきたような音に、どこかホッとしながら、ふたりは扉を開ける。
さっきまでの微妙な距離は――
ほんの少しだけ、縮まっていた。
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部室に着くと、すでに何人かの部員が集まっていた。
稽古用のマットが敷かれ、台本を開いたままセリフ合わせをしている者もいれば、柔軟体操をしている者もいる。
「翠心先輩~! 復活ッスか!」
真っ先に飛びついてきたのは蓮真だった。
ちゃっかり距離を詰めながら、したたかに笑う。
「いや~、俺、主役の不在でこのまま稽古どうなるかって不安だったんスよ? マジで助かりましたわ~」
「おまえ、心配してたのか茶化してんのかわかんねぇな……」
翠心が苦笑いで返すと、後ろから怜央も飛び込んできた。
「翠心先輩、元気になってほんとよかったです! でも無理はだめですよ!」
「お、おう。サンキュな、怜央」
「今日から、また全開で“シラユキの告解”仕上げていきましょうね!」
怜央の真っ直ぐな言葉に、翠心の頬が少し緩む。
すると、扉の奥からラフな足音とともに顧問・宮吉が現れた。
「お、主役が帰ってきとるやないか。ほな今日から本格的に立ち稽古再開やな」
「はいッス、宮吉先生!」
「ほんなら、怜央と蓮真は準備しとけよ。シーン5からいくで。桔平と翠心も、コンディション見ながらやれや」
「了解ー」
桔平が軽く手を上げ、翠心も「はい」と短く返す。
蓮真が小声で桔平に近づき、にやにやしながら囁いた。
「てか桔平先輩、先週翠心先輩送り届けてたじゃないスか~。あれ、ちょっと“甲斐甲斐しい”ってやつじゃないスか?」
「は? うるせぇよ」
桔平は鼻で笑いながら頭を軽くどつく。
「心配くらいするだろ、同じ主役ペアなんだからよ」
「へ~、“主役ペア”ねぇ……意味深ッスねぇ~」
「うっせぇ。おまえは台本覚えろ」
そんなやりとりをしているふたりをよそに、翠心は窓際で台本を開いたまま、どこかホッとしたような表情で風に目を細めていた。
(……やっぱここ、落ち着くな)
次の舞台は、県大会。
その熱を孕んだ稽古が、いよいよ再始動しようとしていた。
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