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告解の幕が上がる時(1)
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県大会の開始を前に、会場ホールの舞台裏には、各校の演劇部員たちが緊張と熱気をまとって集まっていた。
燈ノ杜学園の控えスペースでも、部員たちはストレッチや台詞の確認に余念がない。
そんな中、顧問の宮吉皓介は、舞台袖のカーテンの隙間から観客席をちらりと覗き込みながら、にやっと口元を緩めた。
「……来とんな、今年も。久賀原女子」
「……あ、ライバル校っすよね。去年もここでぶつかったとこ」
横から顔を出したのは、舞台袖に来ていた桔平だった。
気を抜いたような顔でペットボトルを手にしながら、宮吉の視線を追って客席を眺める。
「へぇ……あの金髪ショートの先生っすか?」
「ああ、そうそう。あれが、鮫島鋭や。……ウチとこの、因縁の相手やな」
「因縁?」
「そりゃもう。こっちは“10年モンのバチバチ”やで」
桔平は軽く目を見開く。
「そんな前から?」
「せや。あいつとは、俺が燈ノ杜来てすぐの年に、初めて顔突き合わせてな──」
宮吉の目が、懐かしむように細くなる。
「まあ、出会いは……なかなか強烈やったわ」
---
「うわ~~、緊張してきよった……って、おい、舞台袖で寝とる奴おるやんけ!?」
その日、燈ノ杜学園の演劇部顧問として初めて県大会に足を運んだばかりの宮吉皓介は、舞台袖の隅っこで体育座りして台本を読みふけっている男を見つけた。
「……誰やねん、あんた」
「ん、あぁ? ……あー、悪い。集中してた」
男はダルそうに顔を上げる。鋭い目元、寝癖っぽい髪、ジャージの上にシャツというなんとも気だるげな服装。
「……久賀原女子の顧問、鮫島鋭。お前こそ誰だよ?」
「燈ノ杜の宮吉や。……にしても、女子高の演劇部顧問って、もっと優しそうな先生かと思てたわ。なんやその目つき、英語の教師やろ?」
「お前も教師にしてはうるさいな」
「……はぁ!? なんやとコラ」
睨み合い。秒で火花。
けれどその直後、舞台に立った久賀原の生徒の芝居を、隣で並んで見ていた宮吉は思わず息を呑んだ。
(……うっわ、芝居、ちゃんと骨あるやん。熱量もえぐい。こら……ホンマに指導力あるヤツや)
一方の鮫島も、燈ノ杜の生徒の自然体の演技に目を細めた。
(こいつの演出、きれいに空気つくってくるな……感情の流れ、緻密すぎる)
芝居が終わるや否や、ふたりは無言で顔を見合わせ──
「……アンタ、できるやつやな」
「そっちこそ、な」
──と、バチバチしながらも認め合った。
---
それから──
「来年も出てくるよな? お互い負けへんで?」
「言われなくても、出るに決まってんだろ。お前こそ、手ェ抜くなよ」
その年を境に、ふたりは毎年のように県大会で顔を合わせる関係になった。
負ければ悔しさを滲ませ、勝てばドヤ顔で煽り合い。 稽古の傾向、演出の切り口、役者の育て方……何ひとつ、譲りたくなかった。
「うちの生徒、今年は台本から書いとる。感情、演じるんやのうて、生きとんねん」
「うちは演技構成を叩き込んだ。感情なんて自然と出る、芝居は“設計”だろ」
会場の誰もが知っていた──
このふたりが同じ空間にいるだけで、県大会の空気がぴりつくことを。
けれど同時に、観客も他校の顧問も、密かに楽しみにしていた。
宮吉と鮫島が今年、どんな芝居をぶつけてくるか。
そして、どっちが勝つのか。
そんな“見えない勝負”を、誰よりも熱く繰り返してきたふたり。
---
そして現在──
かつて若手だったふたりは、いまや県内の演劇界では“宿敵”として名の知れた存在となっていた。
けれどその本音は──
「絶対にこいつには負けたくない」
ただ、それだけなのだった。
---
県大会・一日目。
午前の開会式が終わり、控室とホールをつなぐロビーには、各校の生徒たちの姿がちらほらと集まり始めていた。
燈ノ杜学園の面々がホール見学を終えてロビーに戻ってくると、向こうから見慣れたシルエットが歩いてくるのが目に入った。
「……あ」
一番に気づいたのは翠心だった。目が合ったその瞬間、向こうの双子のうち一人、真依が目を鋭く細めた。
「へぇ、来てたのね。燈ノ杜学園さん」
肩にポニーテールを揺らしながら、赤崎真依はまっすぐに歩いてくる。
その後ろを少し離れて、玲依が控えめな歩幅でついてくる。
「そっちこそ、元気そうだな」
翠心が少し気だるそうに笑うと、真依は鼻を鳴らす。
「もちろん。勝ちに来たんだから、元気じゃなきゃ話にならないわよね。ね、玲依?」
「……うん。あ、あの、翠心くん……来てくれて、嬉しい、よ」
玲依が小さな声で笑みを浮かべる。その柔らかな視線に、翠心がばつが悪そうに目をそらす。
「玲依、あんたはもうちょっと緊張感持って。ここは戦場よ?」
「……うん、わかってるよ。ごめんね」
そんなやりとりを背後から見ていたのは、燈ノ杜の他メンバーたち。
「……また癖の強いのが来たな」
桔平がぽつりと呟く。横で蓮真がニヤリと口元を緩めた。
「姉妹そろって美人っスけど、また雰囲気ピリピリっスね~。こりゃ面白くなりそうっス」
と、そこへ別方向から声が飛んだ。
「おーい、宮吉。久しぶりだな」
快活な声と共に現れたのは、スーツの上からでも分かる鋭い眼光と、シャツのボタンをラフに開けた男——久賀原女子演劇部の顧問・鮫島 鋭だった。
「あんた、相変わらず派手な登場の仕方やな、鮫島」
宮吉皓介もすぐに声を返す。が、口元は笑っていても目はまったく笑っていなかった。
握手のようでいて、睨み合うように手を出し合う二人。まさに“形だけの仲の良さ”だった。
「ま、今年もまた当たれるって思ってたわ。楽しみにしてるで。せやけど——うちの子らも、今年はええ仕上がりやで」
「それはうちも一緒だ。今年も最優秀賞、うちがもらってくから」
「ふん、口だけは達者やな。変わっとらん」
ピリッとした空気の中、後ろで双子と燈ノ杜の生徒たちが気まずそうに立ち尽くしている。
「……先生たちの方が火花散らしてるよね」
怜央が小声でつぶやくと、蓮真がコクリと頷いた。
「っスね。しかもあの感じ、10年選手っスわ……」
やがて鮫島が手を引くように振り返る。
「行くぞ、おまえら。次の視察行くぞ」
「はーい!」
真依は振り返りながら、翠心にだけ小さく指を突き立ててウインクをひとつ飛ばした。
「絶対、負けないから」
「……こっちこそ」
桔平も唇の端を上げて、負けじと返す。
玲依は何か言いたげだったが、姉に連れられて去っていった。
再び残されたロビーには、燈ノ杜の面々と、気まずい空気がほんのり。
「いや~、気合い入ってんなあ……」
桔平が笑いながら首をかしげる。
「ま、負けらんねーよな」
翠心の目は、すでに闘志に火が灯っていた。
---
県大会初日の日程がすべて終わり、夕食とミーティングも済ませた夜。
ホテルのツインルーム。ベッドの上に座って台本を見ていた翠心の手元に、ふと、静かな声が落ちた。
「……なあ、翠心」
隣のベッドに背をもたれかけていた桔平が、少しだけ体を起こしながら言う。
その声が、いつもの飄々とした調子と違っていたことで、翠心は無意識に顔を上げた。
「なんだよ」
「お前さ、明日……ビビってんの?」
一瞬、空気が張り詰めた。
翠心は苦笑して、頭をかきながらうつむく。
「……正直、ちょっとな。久賀女の出来、想像以上みたいだったし」
「でもさ」
桔平の声が、重なってきた。
「お前の実力は——今までずっと一緒にやってきた僕が一番、わかってる」
翠心が顔を上げる。
「最初の稽古でセリフかんでも、舞台で照明の位置ミスっても、細かい表情にこだわり始めてからの“演技”は、ずっとお前が引っ張ってきた。今回のシラユキも、お前じゃなきゃあの役、成立してねぇよ」
「……桔平」
「だから、ビビっていい。でもな、それでもやってきたこと全部ぶつけりゃ——絶対伝わる。僕はそう思ってる。……信じてるよ、マジで」
いつになく真っ直ぐな言葉に、翠心は一瞬、返す言葉を失った。
……くそ、やっぱこいつ、こういう時ズルいよな。
目をそらして、喉奥で苦笑いを漏らす。
「……そーゆうの、先に言えっての。緊張してんのバレんだろ」
「ばれてんだよ、最初から」
ふっと、ふたりで笑った。
そして、そのままどちらからともなく、言葉少なに台本を閉じた。
明日は本番。
静かな、でも確かな“決意”の夜だった。
---
同じ頃・蓮真&怜央の部屋。
「っつーかさぁ、今日の久賀原女子、顔面偏差値バリ高くなかった!? あれ全員3年だったら泣く~」
怜央がベッドにダイブしながら、枕を抱えてごろごろ転がる。
「真依ってさ、あの強気な部長。ちょっと怖いけど……なんかもう、むしろ踏まれたいまである」
「おまえ、正気かよ……」
蓮真が横目で呆れながら言った。片手には化粧水のパウチ。肌ケアは毎晩欠かさない。
「マジで何考えてんのか分かんねぇな。演技もすげーけど、そういう見方するやつ、たぶん怜央ぐらいだって」
「え~? だってさ、玲依ちゃんも透明感やばかったじゃん? あれで同い年くらいとかありえないって。天使だったね、完全に」
「はいはい。惚れるなら勝手に惚れとけよ」
蓮真はそう言いながら、化粧水を軽く頬に叩く。
「……でもまぁ」
ぼそっとつぶやく声は、怜央には届かない。
(ぶっちゃけ、俺は……うちの遥登が一番だと思ってんだけどな)
演技の深さも、存在感も、何よりあの芯の強さも。どれをとっても、俺の中じゃ一番で当然。
怜央の恋バナを流しながらも、蓮真の中にはずっと一人の人間の輪郭が浮かんでいた。
「てかさ、蓮真は? 誰か気になる子いないの? 久賀原の玲依ちゃんとか、タイプじゃない?」
「……俺は今、そーいうの別に」
「え~? なんか隠してんじゃないの? 実はもう彼女います、的な」
「ねーよ。てか、いてもおまえにだけは言わねぇ」
「ひどっ!?」
「……ま、気が向いたらそのうち教えてやるよ」
はぐらかしながら、スマホを伏せる。
ロック画面の下には、“遥登”の名前がチラッと光った通知。
怜央の騒がしい声の中で、蓮真はひとり静かにため息をついた。
燈ノ杜学園の控えスペースでも、部員たちはストレッチや台詞の確認に余念がない。
そんな中、顧問の宮吉皓介は、舞台袖のカーテンの隙間から観客席をちらりと覗き込みながら、にやっと口元を緩めた。
「……来とんな、今年も。久賀原女子」
「……あ、ライバル校っすよね。去年もここでぶつかったとこ」
横から顔を出したのは、舞台袖に来ていた桔平だった。
気を抜いたような顔でペットボトルを手にしながら、宮吉の視線を追って客席を眺める。
「へぇ……あの金髪ショートの先生っすか?」
「ああ、そうそう。あれが、鮫島鋭や。……ウチとこの、因縁の相手やな」
「因縁?」
「そりゃもう。こっちは“10年モンのバチバチ”やで」
桔平は軽く目を見開く。
「そんな前から?」
「せや。あいつとは、俺が燈ノ杜来てすぐの年に、初めて顔突き合わせてな──」
宮吉の目が、懐かしむように細くなる。
「まあ、出会いは……なかなか強烈やったわ」
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「うわ~~、緊張してきよった……って、おい、舞台袖で寝とる奴おるやんけ!?」
その日、燈ノ杜学園の演劇部顧問として初めて県大会に足を運んだばかりの宮吉皓介は、舞台袖の隅っこで体育座りして台本を読みふけっている男を見つけた。
「……誰やねん、あんた」
「ん、あぁ? ……あー、悪い。集中してた」
男はダルそうに顔を上げる。鋭い目元、寝癖っぽい髪、ジャージの上にシャツというなんとも気だるげな服装。
「……久賀原女子の顧問、鮫島鋭。お前こそ誰だよ?」
「燈ノ杜の宮吉や。……にしても、女子高の演劇部顧問って、もっと優しそうな先生かと思てたわ。なんやその目つき、英語の教師やろ?」
「お前も教師にしてはうるさいな」
「……はぁ!? なんやとコラ」
睨み合い。秒で火花。
けれどその直後、舞台に立った久賀原の生徒の芝居を、隣で並んで見ていた宮吉は思わず息を呑んだ。
(……うっわ、芝居、ちゃんと骨あるやん。熱量もえぐい。こら……ホンマに指導力あるヤツや)
一方の鮫島も、燈ノ杜の生徒の自然体の演技に目を細めた。
(こいつの演出、きれいに空気つくってくるな……感情の流れ、緻密すぎる)
芝居が終わるや否や、ふたりは無言で顔を見合わせ──
「……アンタ、できるやつやな」
「そっちこそ、な」
──と、バチバチしながらも認め合った。
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それから──
「来年も出てくるよな? お互い負けへんで?」
「言われなくても、出るに決まってんだろ。お前こそ、手ェ抜くなよ」
その年を境に、ふたりは毎年のように県大会で顔を合わせる関係になった。
負ければ悔しさを滲ませ、勝てばドヤ顔で煽り合い。 稽古の傾向、演出の切り口、役者の育て方……何ひとつ、譲りたくなかった。
「うちの生徒、今年は台本から書いとる。感情、演じるんやのうて、生きとんねん」
「うちは演技構成を叩き込んだ。感情なんて自然と出る、芝居は“設計”だろ」
会場の誰もが知っていた──
このふたりが同じ空間にいるだけで、県大会の空気がぴりつくことを。
けれど同時に、観客も他校の顧問も、密かに楽しみにしていた。
宮吉と鮫島が今年、どんな芝居をぶつけてくるか。
そして、どっちが勝つのか。
そんな“見えない勝負”を、誰よりも熱く繰り返してきたふたり。
---
そして現在──
かつて若手だったふたりは、いまや県内の演劇界では“宿敵”として名の知れた存在となっていた。
けれどその本音は──
「絶対にこいつには負けたくない」
ただ、それだけなのだった。
---
県大会・一日目。
午前の開会式が終わり、控室とホールをつなぐロビーには、各校の生徒たちの姿がちらほらと集まり始めていた。
燈ノ杜学園の面々がホール見学を終えてロビーに戻ってくると、向こうから見慣れたシルエットが歩いてくるのが目に入った。
「……あ」
一番に気づいたのは翠心だった。目が合ったその瞬間、向こうの双子のうち一人、真依が目を鋭く細めた。
「へぇ、来てたのね。燈ノ杜学園さん」
肩にポニーテールを揺らしながら、赤崎真依はまっすぐに歩いてくる。
その後ろを少し離れて、玲依が控えめな歩幅でついてくる。
「そっちこそ、元気そうだな」
翠心が少し気だるそうに笑うと、真依は鼻を鳴らす。
「もちろん。勝ちに来たんだから、元気じゃなきゃ話にならないわよね。ね、玲依?」
「……うん。あ、あの、翠心くん……来てくれて、嬉しい、よ」
玲依が小さな声で笑みを浮かべる。その柔らかな視線に、翠心がばつが悪そうに目をそらす。
「玲依、あんたはもうちょっと緊張感持って。ここは戦場よ?」
「……うん、わかってるよ。ごめんね」
そんなやりとりを背後から見ていたのは、燈ノ杜の他メンバーたち。
「……また癖の強いのが来たな」
桔平がぽつりと呟く。横で蓮真がニヤリと口元を緩めた。
「姉妹そろって美人っスけど、また雰囲気ピリピリっスね~。こりゃ面白くなりそうっス」
と、そこへ別方向から声が飛んだ。
「おーい、宮吉。久しぶりだな」
快活な声と共に現れたのは、スーツの上からでも分かる鋭い眼光と、シャツのボタンをラフに開けた男——久賀原女子演劇部の顧問・鮫島 鋭だった。
「あんた、相変わらず派手な登場の仕方やな、鮫島」
宮吉皓介もすぐに声を返す。が、口元は笑っていても目はまったく笑っていなかった。
握手のようでいて、睨み合うように手を出し合う二人。まさに“形だけの仲の良さ”だった。
「ま、今年もまた当たれるって思ってたわ。楽しみにしてるで。せやけど——うちの子らも、今年はええ仕上がりやで」
「それはうちも一緒だ。今年も最優秀賞、うちがもらってくから」
「ふん、口だけは達者やな。変わっとらん」
ピリッとした空気の中、後ろで双子と燈ノ杜の生徒たちが気まずそうに立ち尽くしている。
「……先生たちの方が火花散らしてるよね」
怜央が小声でつぶやくと、蓮真がコクリと頷いた。
「っスね。しかもあの感じ、10年選手っスわ……」
やがて鮫島が手を引くように振り返る。
「行くぞ、おまえら。次の視察行くぞ」
「はーい!」
真依は振り返りながら、翠心にだけ小さく指を突き立ててウインクをひとつ飛ばした。
「絶対、負けないから」
「……こっちこそ」
桔平も唇の端を上げて、負けじと返す。
玲依は何か言いたげだったが、姉に連れられて去っていった。
再び残されたロビーには、燈ノ杜の面々と、気まずい空気がほんのり。
「いや~、気合い入ってんなあ……」
桔平が笑いながら首をかしげる。
「ま、負けらんねーよな」
翠心の目は、すでに闘志に火が灯っていた。
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県大会初日の日程がすべて終わり、夕食とミーティングも済ませた夜。
ホテルのツインルーム。ベッドの上に座って台本を見ていた翠心の手元に、ふと、静かな声が落ちた。
「……なあ、翠心」
隣のベッドに背をもたれかけていた桔平が、少しだけ体を起こしながら言う。
その声が、いつもの飄々とした調子と違っていたことで、翠心は無意識に顔を上げた。
「なんだよ」
「お前さ、明日……ビビってんの?」
一瞬、空気が張り詰めた。
翠心は苦笑して、頭をかきながらうつむく。
「……正直、ちょっとな。久賀女の出来、想像以上みたいだったし」
「でもさ」
桔平の声が、重なってきた。
「お前の実力は——今までずっと一緒にやってきた僕が一番、わかってる」
翠心が顔を上げる。
「最初の稽古でセリフかんでも、舞台で照明の位置ミスっても、細かい表情にこだわり始めてからの“演技”は、ずっとお前が引っ張ってきた。今回のシラユキも、お前じゃなきゃあの役、成立してねぇよ」
「……桔平」
「だから、ビビっていい。でもな、それでもやってきたこと全部ぶつけりゃ——絶対伝わる。僕はそう思ってる。……信じてるよ、マジで」
いつになく真っ直ぐな言葉に、翠心は一瞬、返す言葉を失った。
……くそ、やっぱこいつ、こういう時ズルいよな。
目をそらして、喉奥で苦笑いを漏らす。
「……そーゆうの、先に言えっての。緊張してんのバレんだろ」
「ばれてんだよ、最初から」
ふっと、ふたりで笑った。
そして、そのままどちらからともなく、言葉少なに台本を閉じた。
明日は本番。
静かな、でも確かな“決意”の夜だった。
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同じ頃・蓮真&怜央の部屋。
「っつーかさぁ、今日の久賀原女子、顔面偏差値バリ高くなかった!? あれ全員3年だったら泣く~」
怜央がベッドにダイブしながら、枕を抱えてごろごろ転がる。
「真依ってさ、あの強気な部長。ちょっと怖いけど……なんかもう、むしろ踏まれたいまである」
「おまえ、正気かよ……」
蓮真が横目で呆れながら言った。片手には化粧水のパウチ。肌ケアは毎晩欠かさない。
「マジで何考えてんのか分かんねぇな。演技もすげーけど、そういう見方するやつ、たぶん怜央ぐらいだって」
「え~? だってさ、玲依ちゃんも透明感やばかったじゃん? あれで同い年くらいとかありえないって。天使だったね、完全に」
「はいはい。惚れるなら勝手に惚れとけよ」
蓮真はそう言いながら、化粧水を軽く頬に叩く。
「……でもまぁ」
ぼそっとつぶやく声は、怜央には届かない。
(ぶっちゃけ、俺は……うちの遥登が一番だと思ってんだけどな)
演技の深さも、存在感も、何よりあの芯の強さも。どれをとっても、俺の中じゃ一番で当然。
怜央の恋バナを流しながらも、蓮真の中にはずっと一人の人間の輪郭が浮かんでいた。
「てかさ、蓮真は? 誰か気になる子いないの? 久賀原の玲依ちゃんとか、タイプじゃない?」
「……俺は今、そーいうの別に」
「え~? なんか隠してんじゃないの? 実はもう彼女います、的な」
「ねーよ。てか、いてもおまえにだけは言わねぇ」
「ひどっ!?」
「……ま、気が向いたらそのうち教えてやるよ」
はぐらかしながら、スマホを伏せる。
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