カーテンコールは君の隣で

あしゅ太郎

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告解の幕が上がる時(2)

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宮吉が手を叩いて声をかけると、演劇部のメンバーたちが荷物を確認してうなずく。

「音響チェックは現地でやるからな。気ぃ抜くなよ、ええな?」

「「はいっ!」」

舞台衣装をまとめたスーツケースをそれぞれが持ち、ロビーで整列する。
緊張感が張り詰めつつも、誰もが昨日より少しだけ顔つきが変わっていた。

「翠心、大丈夫か?」

隣でそっと声をかけたのは桔平だ。
まだ本調子とは言えないが、翠心は軽く首を回して「平気」と答える。

「もうだいぶマシ。寝た分、体力戻ったしな」

「……そっか」

(ほんとかよ。顔色、ちょっと悪いけどな……)

桔平は言葉にせず、ただ背中を軽く叩いた。

「なら、あとは集中するだけだな。……ちゃんと、伝えに行こうぜ」

「……あぁ」

翠心はごく短く答えたが、その眼は静かに燃えていた。

---

県大会・会場内。

午前の部:久賀原女子演劇部『堕ちる花は空を知らない』

「すっご……」

怜央の小さな声が、客席の列の隙間に漏れた。

久賀原女子の舞台は、華やかさと狂気を両立させたような演目だった。
真依が演じる主人公の表情の強さ。玲依の儚くも芯を食った演技。
構成も照明も、洗練されていて隙がない。

翠心は食い入るように見つめていたが、次第に拳を握りしめていた。

(……やば……マジ、あれに勝てんのか?)

背中を伝う汗が、冷たい。
息を呑んだまま固まっていると、隣から桔平の肘が小さく当たる。

「落ち着け。深呼吸、な?」

翠心が目を向けると、桔平はいつもの調子でふっと笑っていた。

「お前の実力は、今までずっと見てきた俺が1番わかってる。大丈夫、ちゃんと伝わるから」

短く囁かれた言葉に、翠心の喉が一瞬だけ詰まる。

「……ありがと。マジで、助かる」

「感謝は終わってからでいいよ。俺らの番は午後だろ? やってやろうぜ」

こぶしを軽く突き合わせて、互いに目を合わせる。

翠心の瞳には、もう迷いはなかった。

---

県大会 午後の部。

燈ノ杜学園高等学校 演劇部
演目『シラユキの告解』

舞台袖で、深く息を吸う音がする。
翠心の手は冷たかったが、目の奥にはひとつの覚悟が灯っていた。

(ここで終わってたまるか)

袖の奥にいる桔平が、視線だけで「行け」と合図を送る。
翠心はゆっくりと舞台へ足を踏み出した。

──舞台上。

開演の合図とともに、灯りが落ち、静寂が会場を支配する。
そこに現れる“シラユキ”の声は、低く、ひび割れた硝子のようだった。

「……あの部屋には、もう誰もいない。なのにまだ、声がする」

観客席が、ぐっと息を呑む。

瑞々しく、痛々しい青春の告白。
怒り、寂しさ、恐れ、赦し。
蓮真と怜央の対話に、客席の目が引き込まれていく。

──そして終盤。
桔平演じる“ミナト”が、翠心演じる“シラユキ”の背中をそっと支え、最後のセリフが静かに落ちる。

「……ありがとう。もう、怖くない」

暗転。静寂。

次の瞬間、客席から静かに、だが確かに拍手が湧き起こった。

---

夕方。県大会・結果発表。

張り詰めた空気の中、司会者の声が響く。

「それでは、今年度・高校演劇県大会――最優秀賞は……
燈ノ杜学園高等学校、演劇部!」

「やったぁぁぁぁっ!!」

怜央が叫び、蓮真が拳を突き上げる。
翠心は一瞬だけ固まり、ぽろりと小さく笑ってから、目を潤ませる。

「マジで……俺らが……!」

「当然だろ」
隣で桔平が笑う。

---

その後。県大会解散・ホールの片隅。

県大会の発表が終わり、ホールの空気がゆっくりと緩んでいく。
控え室に向かう者、機材を片付ける者、それぞれが静かな余韻をまとって動き始めていた。

そんな中、久賀原女子演劇部の双子、真依と玲依は、ホールの壁際に並んで立っていた。

「……ちっ……やられたわね、マジで……」

真依が、静かに爪を噛みそうな勢いで唇をかむ。
それは、同じステージに立った者にしかわからない、認めたくないけど認めざるを得ない敗北感。

玲依はそんな姉の隣で、しゅんとしながらもどこか柔らかい表情をしていた。

「……やっぱり、翠心くんが勝つと思ってた……最後、泣きそうになった……すごく、綺麗だったよ……」

「玲依……負けた相手に惚れるんじゃないわよ……!」

「ち、ちがうよっ……そ、そういうんじゃ……!」

玲依は目を泳がせて慌てて否定するも、耳がほんのり赤く染まっていた。
真依が盛大にため息をついて、頭をぐしゃっと撫でる。

「はぁ……ほんと、もう……」

---

ホールの別の隅では、鮫島と宮吉が久々の再会を果たしていた。

「……ま、しゃあないわな。うちの子ら、ちゃんと届くもん見せたやろ?」

宮吉がニヤッと笑いながら言う。

「……悔しいけど、確かに。やるな、宮吉」

鮫島は目を伏せながら言ったが、その口調は本気の敬意を滲ませていた。

「真依ちゃんの演技もキレキレやったで。脚本も攻めとったな。震えたわ。なぁ?」

「お世辞はいらん。……けど、ありがとな」

宮吉は軽く肩をすくめてから、急に顔を近づけてきた。

「せやけど――」

ドヤァッと自信満々の笑顔。

「やっぱ勝ったの、うちやけどな!!」

「…………ッッ!!」

鮫島のこめかみがぴくぴくっと動く。

「……それ、10年前も言ってたな、お前」

「言ってたっけ? いや~、懐かしぃな~~♪」

「キィィー……!!!」

ライバル同士の火花が再び、夜のホールに小さく散った。

---

舞台袖のあたりで荷物をまとめていた翠心の元に、玲依が遠慮がちに小走りでやってきた。

「あ、あのっ、翠心くん……!」

驚いたように顔を上げた翠心に、玲依はモジモジしながら手を振る。

「す、すごく……本当に素敵でした。
“シラユキ”の最後のセリフ……ずっと、胸に残ってる。……忘れられないと思う」

玲依の瞳は真っ直ぐだった。勝者を讃えるまっすぐな好意と、それだけじゃない“何か”を宿していた。

「……あ、ありがとな」

翠心は不器用に笑って頭をかいた。

その瞬間、すっと彼の横から手が伸び――
桔平の指が、迷いなく翠心の脇腹を“ぐにっ”とつねる。

「いってぇ!? な、なんだよ桔平っ!」

「別に? なんかムカついただけだし」

飄々とした声の割に、視線は妙に鋭い。

「……おま……嫉妬かよ!?」

「さぁなー。嫉妬とか、そんなかっこ悪いことするわけないじゃん?」

そう言いつつ、桔平の指先はまだ翠心の制服の裾を摘んだままだった。
玲依が思わず小さく吹き出す。

「ふふ……仲、良いんだね」

「ち、ちがっ……! こいつが勝手に……っ」

翠心が慌てて言い訳を始める。
桔平はその隣で肩をすくめながら、少しだけ口の端を緩めていた。

ふたりのやり取りを見ていた玲依の表情は、少し切なく、そしてどこか満足そうだった。

「……やっぱり、強いなぁ、燈ノ杜学園……演劇も、人も」

そう呟いて、玲依は姉の待つ方へと静かに戻っていった。

その背中を見送りながら、翠心はそっと深呼吸を一つ。
横では桔平がポケットに手を突っ込んだまま、空っぽになったホールの舞台を見上げていた。

「……なぁ、桔平」

「ん?」

「……次も、勝てるかな」

「さぁな。でも――お前が立つ限り、絶対負けねぇよ」

それはいつもの調子のようで、どこか特別な響きだった。

ホールの照明がすべて落ちる頃、
ふたりはゆっくりとその場を後にした。

---

窓の外はすっかり夕暮れ色に染まり、電車の中には部員たちの心地よい疲労感と、勝利の余韻が混ざって漂っていた。

向かいの席では、怜央と蓮真が戦利品のプログラム冊子を読み返しながら、なにやら盛り上がっている。
その横で翠心は、口を半開きにして座席にもたれ、うとうとしていた。

桔平はその隣で、カーテンの隙間から差し込む光に目を細めながら、ずっと黙っていた。

(ああ……やばいな、俺)

さっきのホールでのことが、何度も脳内でリピートされる。
玲依が翠心に駆け寄ったときのまっすぐな視線。
それに気づいた瞬間、反射的に動いてしまった自分の指。
無意識に、でも確かに――「取られたくない」と思った。

(ほんと、ちっせぇ男だな。俺)

でも、あのときつねった手の感触。
翠心が慌てた顔をして振り向いた時の、ちょっと赤くなった耳。
それすら、やけに胸の奥に残っている。

(俺……あいつのことが、好きなんだ)

気づいてしまった。
認めてしまった。

それは舞台の上で照明が切り替わる瞬間みたいに、急にすべての色が変わる感覚だった。

でも、今ここで「好きだ」なんて言ったら、 この関係が変わってしまいそうで、怖かった。

たぶん、翠心はまだ気づいてない。 もしかしたら、ずっと“そういう目”で見られたら、あいつは困るかもしれない。

(今は……まだ、言えねぇ)

でも、胸の奥では確かに熱が灯っている。
さっきの舞台、あいつと同じ呼吸をして立った時間――
俺にとって、あの瞬間が“本物”だったことだけは、きっと、間違いじゃない。

隣で寝息を立てはじめた翠心が、ぐらりと肩にもたれかかってきた。

桔平は動けなかった。
動かなかった。

(もう少しだけ、このままでいさせて)

不器用に、そっと目を伏せる。

電車の窓の外には、夏の夕焼けが広がっていた。
まるで、何かが終わって、何かが始まる予感のように。
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