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スポットライトの届く場所で(1)
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蝉の鳴き声がゆるく鳴く、夏の午後。
大学の帰り道、翠心のスマホに一通の通知が届いた。
表示された名前に、心臓が一瞬だけ強く打つ。
《蓮真》「先輩、夏休みの部活来てもらえないッスか? OB指導、部長会で通したッス。桔平先輩にも声かけてます」
電車の中。窓から射す光がスマホの画面に映り込み、翠心はそっと目を細めた。
──桔平も来るんだ。
半年ぶり。あの日の春から、ほとんど連絡を取っていなかった。
連絡を絶ったわけではない。ただ、なんとなく、どちらからも触れなかった。
それでも──
演劇のこととなれば話は別だ、と心のどこかで思っていた自分に気づく。
《翠心》「了解。日程と内容、また教えて」
*
同じく、別の場所で。
東京の大学の広いキャンパスを歩いていた桔平もまた、同じようにLINEを開いていた。
《蓮真》「翠心先輩もOKッス! ぜひふたりに演技指導してもらいたいって、みんなで決めたッス」
「……そういうことかよ」
桔平は苦笑する。
自分が“部長の指名”として蓮真を推薦したこと、それを蓮真が覚えていてくれたことが少しだけ嬉しかった。
そして、翠心も来る──。
それだけで、胸の奥が少しざわめく。
でも、逃げるつもりはなかった。むしろ、もう一度ちゃんと向き合わなければと思っていた。
《桔平》「わかった。俺も行く」
*
──そして、夏休みのある日。
燈ノ杜学園・演劇部室。
午前の陽が差し込む部室の前には、数人の部員たちが集まり、準備に追われていた。
その扉の前で、桔平は立ち止まっていた。
「……久しぶりだな、ここも」
扉に手をかけようとした瞬間。
「……来てたんだ」
聞き慣れた、静かで芯のある声。
振り返ると、そこには翠心が立っていた。
高校時代よりも少しだけ短くなった髪が、夏の光に柔らかく揺れている。
服装もどこか大人びていて、雰囲気は確かに、大学生らしくなっていた。
「おう。お前も、来たんだな」
「うん……あの日のままじゃ、なんか嫌だったから」
桔平はわずかに目を見開いたあと、小さく笑った。
「僕も、たぶん同じ」
ふたりのあいだに流れた半年分の沈黙が、少しだけゆるむ。
目をそらすことなく、お互いを見た。
──そして、扉が開く。
「おーっす! 来てくれたッスか、先輩たち!」
坂本蓮真が部室から顔を出す。
笑顔はいつもの軽さだが、その奥にほんの少し、緊張も見えた。
「蓮真。……久しぶり」
「お前、背、伸びた?」
「ちょっとだけッスよ。そっちこそ、大学生っぽくなってるッス」
軽い会話に紛れて、怜央が奥から顔を出す。
「翠心先輩、桔平先輩……来てくれて、ありがとうございます。副部長、引き継ぎました。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる怜央に、翠心が微笑む。
「しっかりしてきたね、怜央。安心したよ」
「だな。頼りにしてるぞ、次世代」
怜央は照れながらもまっすぐ頷いた。
「演劇部、ちゃんと続いてますから。ふたりの背中、ちゃんと見てきたんで」
部室に差し込む陽光が、ポスターや衣装ラックを照らす。
「……じゃあ、やろうか」
翠心が言った。
「蓮真、台本と配役、見せて」
「はいッス!」
「動きのアドバイスは僕が入る。翠心、感情の流れと表情頼む」
「うん。久しぶりだけど、なんか懐かしいね、こういうの」
桔平がうなずき、ふたりで並んで立つ。
同じ舞台の上。
すれ違いを抱えたままでも、こうして再び、演劇という“共通言語”を通じて関われる場所があった。
桔平がふと、翠心の横顔を見やる。
淡い光の中、少しだけ笑っていた。
「……お前、まだ演劇、好きか?」
「……好きだよ。桔平は?」
「僕も。多分、ずっと好きなんだと思う」
“演劇”も、“お前のこと”も。
でもそれは、今ここで言う言葉ではなかった。
──それでも、もう逃げない。
---
部活の見学という名目だったはずが、気づけばふたりとも立ち上がり、演技に熱が入っていた。
発声をチェックし、立ち位置を整え、細かな仕草まで口を出す。かつての自分たちと重ねるように。
「怜央、もっとセリフの最後、語尾残せ。余韻、意識して」
「はいッス……!」
「あと、蓮真。間で空気止まってる。感情がそこで止まっていいか、一回自分に聞け」
「うわ、怖っ……懐かしい感じしてきた」
蓮真のぼやきに、後方から声が飛んだ。
「ほんま、懐かしい光景やなぁ。桔平に翠心。やっぱり息ぴったりやわ」
演出席に座って腕を組んでいたのは、演劇部顧問の宮吉 皓介。ラフなシャツ姿にスニーカー、相変わらずの気さくな雰囲気だ。
「高校んときの稽古、そのまんま戻ってきたみたいやで」
「そりゃ、長い付き合いですからね」
桔平が肩をすくめると、宮吉はにやりと笑った。
「せやな。……けど、懐かしい言うて油断しとったら、怜央あたりに足元すくわれるで?」
「うっ……がんばります……!」
怜央が真顔で立ち直る横で、蓮真も苦笑いを浮かべる。
「まあでも、ええ空気になっとる。こうやって先輩が戻ってきてくれるんは、後輩にとってもでっかい励みやさかいな」
顧問の言葉に、一同の表情が少しだけ引き締まる。
翠心が、苦笑いしつつも真っ直ぐ前を向いて言った。
「……部員に見られてるんだから、いい加減な指導できないよ。こっちも、覚悟して来てるし」
「さすがやなぁ。相変わらず真面目や」
宮吉は満足げにうなずき、稽古場を見渡した。
「ほな、今日の稽古。しっかり追い込んでいこか。今日の二人の指導、ちゃんと盗んどきやー。タダで見れるもんやないで」
「え~、マジで……」
蓮真のぼやきに笑いが起き、稽古場の空気は一気に和んだ。
けれどその和やかさの奥には、どこか懐かしく、熱を秘めた時間が確かに流れていた。
大学の帰り道、翠心のスマホに一通の通知が届いた。
表示された名前に、心臓が一瞬だけ強く打つ。
《蓮真》「先輩、夏休みの部活来てもらえないッスか? OB指導、部長会で通したッス。桔平先輩にも声かけてます」
電車の中。窓から射す光がスマホの画面に映り込み、翠心はそっと目を細めた。
──桔平も来るんだ。
半年ぶり。あの日の春から、ほとんど連絡を取っていなかった。
連絡を絶ったわけではない。ただ、なんとなく、どちらからも触れなかった。
それでも──
演劇のこととなれば話は別だ、と心のどこかで思っていた自分に気づく。
《翠心》「了解。日程と内容、また教えて」
*
同じく、別の場所で。
東京の大学の広いキャンパスを歩いていた桔平もまた、同じようにLINEを開いていた。
《蓮真》「翠心先輩もOKッス! ぜひふたりに演技指導してもらいたいって、みんなで決めたッス」
「……そういうことかよ」
桔平は苦笑する。
自分が“部長の指名”として蓮真を推薦したこと、それを蓮真が覚えていてくれたことが少しだけ嬉しかった。
そして、翠心も来る──。
それだけで、胸の奥が少しざわめく。
でも、逃げるつもりはなかった。むしろ、もう一度ちゃんと向き合わなければと思っていた。
《桔平》「わかった。俺も行く」
*
──そして、夏休みのある日。
燈ノ杜学園・演劇部室。
午前の陽が差し込む部室の前には、数人の部員たちが集まり、準備に追われていた。
その扉の前で、桔平は立ち止まっていた。
「……久しぶりだな、ここも」
扉に手をかけようとした瞬間。
「……来てたんだ」
聞き慣れた、静かで芯のある声。
振り返ると、そこには翠心が立っていた。
高校時代よりも少しだけ短くなった髪が、夏の光に柔らかく揺れている。
服装もどこか大人びていて、雰囲気は確かに、大学生らしくなっていた。
「おう。お前も、来たんだな」
「うん……あの日のままじゃ、なんか嫌だったから」
桔平はわずかに目を見開いたあと、小さく笑った。
「僕も、たぶん同じ」
ふたりのあいだに流れた半年分の沈黙が、少しだけゆるむ。
目をそらすことなく、お互いを見た。
──そして、扉が開く。
「おーっす! 来てくれたッスか、先輩たち!」
坂本蓮真が部室から顔を出す。
笑顔はいつもの軽さだが、その奥にほんの少し、緊張も見えた。
「蓮真。……久しぶり」
「お前、背、伸びた?」
「ちょっとだけッスよ。そっちこそ、大学生っぽくなってるッス」
軽い会話に紛れて、怜央が奥から顔を出す。
「翠心先輩、桔平先輩……来てくれて、ありがとうございます。副部長、引き継ぎました。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる怜央に、翠心が微笑む。
「しっかりしてきたね、怜央。安心したよ」
「だな。頼りにしてるぞ、次世代」
怜央は照れながらもまっすぐ頷いた。
「演劇部、ちゃんと続いてますから。ふたりの背中、ちゃんと見てきたんで」
部室に差し込む陽光が、ポスターや衣装ラックを照らす。
「……じゃあ、やろうか」
翠心が言った。
「蓮真、台本と配役、見せて」
「はいッス!」
「動きのアドバイスは僕が入る。翠心、感情の流れと表情頼む」
「うん。久しぶりだけど、なんか懐かしいね、こういうの」
桔平がうなずき、ふたりで並んで立つ。
同じ舞台の上。
すれ違いを抱えたままでも、こうして再び、演劇という“共通言語”を通じて関われる場所があった。
桔平がふと、翠心の横顔を見やる。
淡い光の中、少しだけ笑っていた。
「……お前、まだ演劇、好きか?」
「……好きだよ。桔平は?」
「僕も。多分、ずっと好きなんだと思う」
“演劇”も、“お前のこと”も。
でもそれは、今ここで言う言葉ではなかった。
──それでも、もう逃げない。
---
部活の見学という名目だったはずが、気づけばふたりとも立ち上がり、演技に熱が入っていた。
発声をチェックし、立ち位置を整え、細かな仕草まで口を出す。かつての自分たちと重ねるように。
「怜央、もっとセリフの最後、語尾残せ。余韻、意識して」
「はいッス……!」
「あと、蓮真。間で空気止まってる。感情がそこで止まっていいか、一回自分に聞け」
「うわ、怖っ……懐かしい感じしてきた」
蓮真のぼやきに、後方から声が飛んだ。
「ほんま、懐かしい光景やなぁ。桔平に翠心。やっぱり息ぴったりやわ」
演出席に座って腕を組んでいたのは、演劇部顧問の宮吉 皓介。ラフなシャツ姿にスニーカー、相変わらずの気さくな雰囲気だ。
「高校んときの稽古、そのまんま戻ってきたみたいやで」
「そりゃ、長い付き合いですからね」
桔平が肩をすくめると、宮吉はにやりと笑った。
「せやな。……けど、懐かしい言うて油断しとったら、怜央あたりに足元すくわれるで?」
「うっ……がんばります……!」
怜央が真顔で立ち直る横で、蓮真も苦笑いを浮かべる。
「まあでも、ええ空気になっとる。こうやって先輩が戻ってきてくれるんは、後輩にとってもでっかい励みやさかいな」
顧問の言葉に、一同の表情が少しだけ引き締まる。
翠心が、苦笑いしつつも真っ直ぐ前を向いて言った。
「……部員に見られてるんだから、いい加減な指導できないよ。こっちも、覚悟して来てるし」
「さすがやなぁ。相変わらず真面目や」
宮吉は満足げにうなずき、稽古場を見渡した。
「ほな、今日の稽古。しっかり追い込んでいこか。今日の二人の指導、ちゃんと盗んどきやー。タダで見れるもんやないで」
「え~、マジで……」
蓮真のぼやきに笑いが起き、稽古場の空気は一気に和んだ。
けれどその和やかさの奥には、どこか懐かしく、熱を秘めた時間が確かに流れていた。
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