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スポットライトの届く場所で(2)
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稽古が終わる頃には、空の色がゆるやかに茜に染まっていた。
後片付けを済ませ、顧問や後輩たちに見送られながら、ふたりは並んで校門を出た。
「……なんか、疲れたな」
「久しぶりに声張ったからじゃない?」
校門を過ぎ、坂を下りながら、ふたりの歩調は自然と揃う。
夕方の風が、どこか懐かしい匂いを運んできた。
「……この道、ほんと変わんねぇな」
坂の途中、懐かしむように桔平が言った。
「なあ、まだあの角の自販機、あるか?」
「あるよ。……お前、相変わらず缶コーヒーだろ?」
「だって他に飲みたいもんないし。翠心は……」
「いちごミルク、だよな?」
翠心が歩く足をちょっと止めた。
振り返ると、桔平はいたずらっぽく笑っている。
「懐かしいだろ?」
「……覚えてんの、地味にうれしいんだけど」
「そりゃ、何回一緒に稽古して、何本飲んでるとこ見たと思ってんだよ」
ふたりとも笑って、少しだけ肩が触れた。
気まずさなんて、どこかへ消えたように思えた。
「……なあ」
ふと、桔平の声が落ち着いたトーンになる。
「玲依とは……どうなったんだ?」
翠心の視線が、ふっと斜め下に落ちた。
「……連絡、ちょっとは取ってたよ。演劇の話もした。何回か会ったし……楽しかった」
「……そっか」
「でも、そういう感じじゃなかった。……俺が期待してたわけでもないし」
「そっか。……いや、なんか気になってただけ。ごめん、変なこと聞いたな」
「……変なこと、じゃねぇよ」
翠心が、足を止めた。
「……こっちこそ、悪かった」
「え?」
「いや……“玲依とどうなったか”って聞かれてさ。……ちょっとだけ、期待した」
「……期待?」
「“そっち気にすんのかよ”って。なんか……俺のこと、気になってくれてるんじゃねぇかって」
「……」
「バカだよな。お前が何考えてるかなんて、いつもわかんねぇし。勝手に期待して、勝手に萎れて、また距離置いて──俺、ほんとガキみてぇだなって思った」
夕日が坂道を染める中、翠心の横顔がほんのり赤い。
それが夕焼けのせいなのか、感情のせいなのかは、桔平にもよくわからなかった。
でも、言葉はちゃんと届いていた。
「……バカじゃねぇよ」
桔平がゆっくり、短く息を吐く。
「僕も……お前が玲依の名前見た時、ちょっと止まったんだ。……ああ、そっち行っちまうのかって」
「……」
「期待……したかも。僕のほうが、たぶん」
翠心が顔を上げた。
目が合う。
真っ直ぐ見つめ返されて、ちょっとだけ翠心の呼吸が浅くなる。
「……なんか、お互い、めんどくせぇな」
「ほんとそれ」
「……でも、まあ。嫌いじゃねぇよ。そういうとこ」
「僕も、嫌いじゃねぇよ。……そのめんどくさい感じ」
ふたりは笑い合う。
ぎこちないけど、嘘のない笑顔だった。
さっきまで感じていた距離が、少しだけ縮んだ。
まだ、手は触れない。
でもその一歩が、確かに踏み出された気がした。
──夕焼けの坂道。
春より少し手前の季節に、ふたりの時間がまた、そっと動き始めた。
---
蝉の声が、頭の奥にじんわり響く。
夕立が通り過ぎたあとの公園。まだ舗道に残る雨の名残に、ふたりの足音が重なった。
蝉の声に混じって、どこかの家の風鈴が、かすかに鳴っている。
ベンチに並んで腰かけると、蒸した風がじっとりと肌をなでた。
「なあ、翠心」
桔平がぽつりと口を開いた。
「僕さ、東京でさ……まあまあ、モテたんだよ」
「は? なに急に」
翠心は、缶のいちごオレを持ったまま眉をひそめる。
「マジでマジで。クラスの女子。芝居観てくれて、飲みに誘われて、芝居談義で盛り上がって……」
「……ああ、なるほどね。そっから?」
「うん。普通に、いい雰囲気になった。手、触れそうな距離にいて、僕もちょっとドキッとはしたんだけど……」
桔平は前を向いたまま、少しだけ息を止めた。
「──でも、ダメだった。なーんか、違うなって。頭のどっかに、お前がいた」
翠心は言葉を返せなかった。
手に持ったいちごオレを、無意識に握りしめる。
「……髪ぐしゃぐしゃで稽古してたとことか、ムダに発声だけデカいとことか、なにかあるとすぐ怒るとことか──」
「……うるせぇな」
「……なんでか、それが消えなくて。……だから、結局なんもなかった。お前のせいで」
「……は?」
「チャンス、ふいにしたって言ってんだよ」
翠心の心が、大きく揺れた。
その言葉に、思わず視線が動く。
けれど桔平は、照れ隠しのように缶コーヒーのタブをいじっていた。
しばらくの沈黙のあと、翠心がぽつりとこぼす。
「……俺も、玲依に会った」
「……そうなんだ」
「県大会の後、向こうから連絡きて。久しぶりって、カフェ行って。そんとき、あの子──手、つなごうとしてきて」
桔平がわずかに眉を動かす。
「でも……俺、気づかないふりした」
「……」
「なんか、そういう感じじゃなかった。いや、違うな……俺の中で、そうなりたくなかった。多分、あの子に失礼だったと思う。でも……」
翠心は、蝉の鳴く空を見上げた。
暮れていく空が、わずかに茜色に染まっていた。
「なんでか……頭ん中に、お前がいた。声とか、笑い方とか。──勝手だよな」
桔平が笑った。静かに、でもどこか切なげに。
「……僕ら、めんどくさ」
「だよな」
「お互い別の方向向いて、別の人間と会って、それでもなんか引っかかって、結局……」
「──ここで、また並んでんの」
ふたりの視線が、そっと重なった。
どちらからともなく、照れ隠しのように目を逸らす。
でも、それだけじゃもう誤魔化せない。
翠心が、少しだけ声を落とした。
「──ちょっとだけ期待したんだよ。久しぶりにお前と話して……もしかしたら、またどっかでこっち向いてくれんじゃねぇかって」
「……バカだな」
「わかってるよ。だから今、超恥ずかしい」
桔平の喉が、小さく鳴った。
ひと呼吸置いて、彼も言う。
「……僕も。期待されたかった、って思ってる。バカはどっちもだな」
夜風が少しだけ涼しくなってきて、蝉の声が遠ざかった。
──まだ手は伸ばさない。
でも、今度はきっと。
お互いに、同じ方向を見ようとしている。
それだけで、今日は少しだけ──夏の終わりが、やさしかった。
---
「──で、ここが僕の城です」
桔平が軽くふざけた調子で言いながらドアを開ける。
間取りはワンルーム。8畳ほどのシンプルな部屋だが、整理されていて意外と居心地がいい。
「おー……意外と片付いてんな。もっと服とか積まれてんの想像してたわ」
「やめてくれよ。いちおー客人来るからな」
翠心はスポーツバッグを玄関の隅に置いて、スニーカーを脱ぐ。
駅で合流して、ちょっと遅めの昼飯がてら近くのカレー屋で外食を済ませてきたばかり。気兼ねない会話は、高校の頃からの延長のまま。
「つーか東京の空気、重てぇな。なんかずっと喉乾く」
「それ、ただの寝不足じゃね?」
「うるせぇ」
部屋のソファにどかっと腰を下ろした翠心は、ペットボトルのアイスコーヒーをあおった。
テーブルの上には、桔平が買ってきていたポテチとじゃがりこ。お菓子のチョイスも高校のままだ。
「さて、ゲームでもすっか?」
「おっ、あの頃やってたやつ、まだ持ってんのか」
「当たり前だろ、僕がどんだけレベル上げたと思ってんだよ」
ふたりはスイッチを手に取ると、画面に集中する。
昔のような、どうでもいい言い合い。
「それは俺のアイテム!」「先に拾ったの僕だろ!」「いや目測的に俺が……」
──そんな他愛ないやり取りが、ひとときの時間を心地よく満たしていく。
けれど──
1時間ほど経った頃、桔平が急に手を止めた。
「……翠心」
「ん?」
「……ちょっと、ゲームやめていい?」
「え、負けるから?」
「違ぇよ」
桔平が笑いながら、でもどこか真剣な目で画面を閉じた。
リモコンをテーブルに置き、少しだけ間をあける。
翠心も気づいて、真顔になる。
「……実はさ。今日、お前呼んだのって──遊びだけじゃなくて」
「……うん」
「伝えたいこと、あって」
翠心の喉が、ごくりと鳴った。
窓の外では、風が木の葉をわずかに揺らしている。
どこか遠くで、救急車のサイレンが微かに聞こえる。
そして、桔平がふっと視線を逸らさずに、言った。
「やっぱり──僕、お前にずっと隣にいてほしい」
翠心は、目を見開いた。
すぐには返せない。けれど、心のどこかで、待っていた言葉だった。
「……お前、マジで言ってる?」
「マジで。今までは、なんか言い訳して誤魔化してたけど……正直なとこ、もう他のやつといる自分、想像できないんだよな」
「……東京、遠いぞ?」
「わかってる。でも、お前と話すたびに、距離なんかどうでもよくなる。でも……こっち、来てくれて嬉しかった」
翠心は、唇を噛んで目を伏せた。
静かに息を吐いてから、桔平の方に体を向ける。
「……実は、来る新幹線ん中でも、ずっと考えてた。お前と会うの、なんか怖かった」
「なんで?」
「……期待しちまうからだよ。変わってなかったらどうしよう、とか。……変わってたらどうしよう、とか」
桔平が、小さく笑う。
「変わってなかった?」
「変わってなかった。……相変わらず、ウザいくらい俺のこと見てんなって思った」
「……バレたか」
ふたりは、笑った。
小さな声で。
でも、まっすぐに。
そして──
翠心が、照れ隠しのように言った。
「……俺も、隣にいてほしいって思ってた。たぶん、前より強くなってる」
「──そっか」
桔平の表情が、ふわりと緩んだ。
ふたりの距離が、そっと近づく。
手が、自然に触れる。
そのまま、ゆっくりと桔平が身を傾けた。
翠心も、視線を逸らさずに、じっと見つめ返す。
呼吸の音がやけに大きく感じるほど、部屋は静かだった。
そして、ほんの一瞬の迷いのあと、唇が触れた。
熱くもなく、軽くもなく──
確かめ合うように、ゆっくりと重ねられたそのキスは、
たしかに今のふたりの距離だった。
やがて唇が離れ、ふたりは目を合わせる。
何も言わずとも、その目に映っているものは、同じだった。
東京の夜、まだ蒸し暑さは残っていたけれど──
ふたりの心は、もう迷いなく、静かに重なっていた。
後片付けを済ませ、顧問や後輩たちに見送られながら、ふたりは並んで校門を出た。
「……なんか、疲れたな」
「久しぶりに声張ったからじゃない?」
校門を過ぎ、坂を下りながら、ふたりの歩調は自然と揃う。
夕方の風が、どこか懐かしい匂いを運んできた。
「……この道、ほんと変わんねぇな」
坂の途中、懐かしむように桔平が言った。
「なあ、まだあの角の自販機、あるか?」
「あるよ。……お前、相変わらず缶コーヒーだろ?」
「だって他に飲みたいもんないし。翠心は……」
「いちごミルク、だよな?」
翠心が歩く足をちょっと止めた。
振り返ると、桔平はいたずらっぽく笑っている。
「懐かしいだろ?」
「……覚えてんの、地味にうれしいんだけど」
「そりゃ、何回一緒に稽古して、何本飲んでるとこ見たと思ってんだよ」
ふたりとも笑って、少しだけ肩が触れた。
気まずさなんて、どこかへ消えたように思えた。
「……なあ」
ふと、桔平の声が落ち着いたトーンになる。
「玲依とは……どうなったんだ?」
翠心の視線が、ふっと斜め下に落ちた。
「……連絡、ちょっとは取ってたよ。演劇の話もした。何回か会ったし……楽しかった」
「……そっか」
「でも、そういう感じじゃなかった。……俺が期待してたわけでもないし」
「そっか。……いや、なんか気になってただけ。ごめん、変なこと聞いたな」
「……変なこと、じゃねぇよ」
翠心が、足を止めた。
「……こっちこそ、悪かった」
「え?」
「いや……“玲依とどうなったか”って聞かれてさ。……ちょっとだけ、期待した」
「……期待?」
「“そっち気にすんのかよ”って。なんか……俺のこと、気になってくれてるんじゃねぇかって」
「……」
「バカだよな。お前が何考えてるかなんて、いつもわかんねぇし。勝手に期待して、勝手に萎れて、また距離置いて──俺、ほんとガキみてぇだなって思った」
夕日が坂道を染める中、翠心の横顔がほんのり赤い。
それが夕焼けのせいなのか、感情のせいなのかは、桔平にもよくわからなかった。
でも、言葉はちゃんと届いていた。
「……バカじゃねぇよ」
桔平がゆっくり、短く息を吐く。
「僕も……お前が玲依の名前見た時、ちょっと止まったんだ。……ああ、そっち行っちまうのかって」
「……」
「期待……したかも。僕のほうが、たぶん」
翠心が顔を上げた。
目が合う。
真っ直ぐ見つめ返されて、ちょっとだけ翠心の呼吸が浅くなる。
「……なんか、お互い、めんどくせぇな」
「ほんとそれ」
「……でも、まあ。嫌いじゃねぇよ。そういうとこ」
「僕も、嫌いじゃねぇよ。……そのめんどくさい感じ」
ふたりは笑い合う。
ぎこちないけど、嘘のない笑顔だった。
さっきまで感じていた距離が、少しだけ縮んだ。
まだ、手は触れない。
でもその一歩が、確かに踏み出された気がした。
──夕焼けの坂道。
春より少し手前の季節に、ふたりの時間がまた、そっと動き始めた。
---
蝉の声が、頭の奥にじんわり響く。
夕立が通り過ぎたあとの公園。まだ舗道に残る雨の名残に、ふたりの足音が重なった。
蝉の声に混じって、どこかの家の風鈴が、かすかに鳴っている。
ベンチに並んで腰かけると、蒸した風がじっとりと肌をなでた。
「なあ、翠心」
桔平がぽつりと口を開いた。
「僕さ、東京でさ……まあまあ、モテたんだよ」
「は? なに急に」
翠心は、缶のいちごオレを持ったまま眉をひそめる。
「マジでマジで。クラスの女子。芝居観てくれて、飲みに誘われて、芝居談義で盛り上がって……」
「……ああ、なるほどね。そっから?」
「うん。普通に、いい雰囲気になった。手、触れそうな距離にいて、僕もちょっとドキッとはしたんだけど……」
桔平は前を向いたまま、少しだけ息を止めた。
「──でも、ダメだった。なーんか、違うなって。頭のどっかに、お前がいた」
翠心は言葉を返せなかった。
手に持ったいちごオレを、無意識に握りしめる。
「……髪ぐしゃぐしゃで稽古してたとことか、ムダに発声だけデカいとことか、なにかあるとすぐ怒るとことか──」
「……うるせぇな」
「……なんでか、それが消えなくて。……だから、結局なんもなかった。お前のせいで」
「……は?」
「チャンス、ふいにしたって言ってんだよ」
翠心の心が、大きく揺れた。
その言葉に、思わず視線が動く。
けれど桔平は、照れ隠しのように缶コーヒーのタブをいじっていた。
しばらくの沈黙のあと、翠心がぽつりとこぼす。
「……俺も、玲依に会った」
「……そうなんだ」
「県大会の後、向こうから連絡きて。久しぶりって、カフェ行って。そんとき、あの子──手、つなごうとしてきて」
桔平がわずかに眉を動かす。
「でも……俺、気づかないふりした」
「……」
「なんか、そういう感じじゃなかった。いや、違うな……俺の中で、そうなりたくなかった。多分、あの子に失礼だったと思う。でも……」
翠心は、蝉の鳴く空を見上げた。
暮れていく空が、わずかに茜色に染まっていた。
「なんでか……頭ん中に、お前がいた。声とか、笑い方とか。──勝手だよな」
桔平が笑った。静かに、でもどこか切なげに。
「……僕ら、めんどくさ」
「だよな」
「お互い別の方向向いて、別の人間と会って、それでもなんか引っかかって、結局……」
「──ここで、また並んでんの」
ふたりの視線が、そっと重なった。
どちらからともなく、照れ隠しのように目を逸らす。
でも、それだけじゃもう誤魔化せない。
翠心が、少しだけ声を落とした。
「──ちょっとだけ期待したんだよ。久しぶりにお前と話して……もしかしたら、またどっかでこっち向いてくれんじゃねぇかって」
「……バカだな」
「わかってるよ。だから今、超恥ずかしい」
桔平の喉が、小さく鳴った。
ひと呼吸置いて、彼も言う。
「……僕も。期待されたかった、って思ってる。バカはどっちもだな」
夜風が少しだけ涼しくなってきて、蝉の声が遠ざかった。
──まだ手は伸ばさない。
でも、今度はきっと。
お互いに、同じ方向を見ようとしている。
それだけで、今日は少しだけ──夏の終わりが、やさしかった。
---
「──で、ここが僕の城です」
桔平が軽くふざけた調子で言いながらドアを開ける。
間取りはワンルーム。8畳ほどのシンプルな部屋だが、整理されていて意外と居心地がいい。
「おー……意外と片付いてんな。もっと服とか積まれてんの想像してたわ」
「やめてくれよ。いちおー客人来るからな」
翠心はスポーツバッグを玄関の隅に置いて、スニーカーを脱ぐ。
駅で合流して、ちょっと遅めの昼飯がてら近くのカレー屋で外食を済ませてきたばかり。気兼ねない会話は、高校の頃からの延長のまま。
「つーか東京の空気、重てぇな。なんかずっと喉乾く」
「それ、ただの寝不足じゃね?」
「うるせぇ」
部屋のソファにどかっと腰を下ろした翠心は、ペットボトルのアイスコーヒーをあおった。
テーブルの上には、桔平が買ってきていたポテチとじゃがりこ。お菓子のチョイスも高校のままだ。
「さて、ゲームでもすっか?」
「おっ、あの頃やってたやつ、まだ持ってんのか」
「当たり前だろ、僕がどんだけレベル上げたと思ってんだよ」
ふたりはスイッチを手に取ると、画面に集中する。
昔のような、どうでもいい言い合い。
「それは俺のアイテム!」「先に拾ったの僕だろ!」「いや目測的に俺が……」
──そんな他愛ないやり取りが、ひとときの時間を心地よく満たしていく。
けれど──
1時間ほど経った頃、桔平が急に手を止めた。
「……翠心」
「ん?」
「……ちょっと、ゲームやめていい?」
「え、負けるから?」
「違ぇよ」
桔平が笑いながら、でもどこか真剣な目で画面を閉じた。
リモコンをテーブルに置き、少しだけ間をあける。
翠心も気づいて、真顔になる。
「……実はさ。今日、お前呼んだのって──遊びだけじゃなくて」
「……うん」
「伝えたいこと、あって」
翠心の喉が、ごくりと鳴った。
窓の外では、風が木の葉をわずかに揺らしている。
どこか遠くで、救急車のサイレンが微かに聞こえる。
そして、桔平がふっと視線を逸らさずに、言った。
「やっぱり──僕、お前にずっと隣にいてほしい」
翠心は、目を見開いた。
すぐには返せない。けれど、心のどこかで、待っていた言葉だった。
「……お前、マジで言ってる?」
「マジで。今までは、なんか言い訳して誤魔化してたけど……正直なとこ、もう他のやつといる自分、想像できないんだよな」
「……東京、遠いぞ?」
「わかってる。でも、お前と話すたびに、距離なんかどうでもよくなる。でも……こっち、来てくれて嬉しかった」
翠心は、唇を噛んで目を伏せた。
静かに息を吐いてから、桔平の方に体を向ける。
「……実は、来る新幹線ん中でも、ずっと考えてた。お前と会うの、なんか怖かった」
「なんで?」
「……期待しちまうからだよ。変わってなかったらどうしよう、とか。……変わってたらどうしよう、とか」
桔平が、小さく笑う。
「変わってなかった?」
「変わってなかった。……相変わらず、ウザいくらい俺のこと見てんなって思った」
「……バレたか」
ふたりは、笑った。
小さな声で。
でも、まっすぐに。
そして──
翠心が、照れ隠しのように言った。
「……俺も、隣にいてほしいって思ってた。たぶん、前より強くなってる」
「──そっか」
桔平の表情が、ふわりと緩んだ。
ふたりの距離が、そっと近づく。
手が、自然に触れる。
そのまま、ゆっくりと桔平が身を傾けた。
翠心も、視線を逸らさずに、じっと見つめ返す。
呼吸の音がやけに大きく感じるほど、部屋は静かだった。
そして、ほんの一瞬の迷いのあと、唇が触れた。
熱くもなく、軽くもなく──
確かめ合うように、ゆっくりと重ねられたそのキスは、
たしかに今のふたりの距離だった。
やがて唇が離れ、ふたりは目を合わせる。
何も言わずとも、その目に映っているものは、同じだった。
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