Hate or Fate?

たきかわ由里

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「朱雨のアルペジオの最後は4カウント。ぴったり止めなくていい。自然に消えるように。そこから2カウントで同期をスタートさせる」
 3人は顔を見合わせて、ハイタッチをする。この短時間で考えたにしちゃ上出来だ。こいつら、アイデアを出したのも初めてなら、通ったのも初めてだよな。すげぇ嬉しそうで、一気にモチベーション上がった様子だ。
「夕、どうだ」
「異存なし。すげぇいいじゃん」
 この程度のアレンジなら、持ち時間にもほとんど影響もねぇし、こんな直前の変更でも問題なくやれる。
 綺悧と朱雨は俺にピースをして見せる。俺もピースで返してやる。いいぞお前ら、もっとやれ。
 礼華はにこにこと頷いて、練習を始める。時々躓いてたスケール練習も、スムーズに行くようになったよな。
 ほんと、こいつら急にバンドマンになったよ。どこに出しても恥ずかしくないって演奏レベルにはまだ遠いけど、その姿勢だけはどこに出しても恥ずかしくない。
「リハでやってみよう。問題なければそのままやる」
 宵闇の一声で確定だ。ベルノワールが、新しいフェーズに入ったって気がする。ここから、確実に幅が広がってくはずだ。
 ますます面白ぇじゃねぇか。
 宵闇は椅子に腰掛け、ベースを手に取る。俺はスティックを持って、練習パッドを叩き始めた。
 ゲイズのヤツらもなかなかバンド仲がいい様子で、わいわいやってる。楽屋は結構賑やかだ。
 俺がトコトコやってると、綺悧が隣に来て覗き込む。
「ねぇ夕さん、宵闇さんいつからタバコ吸ってるの?」
 だよね? そうだよね? 気になるよね?
 昨日からっつーのもダサいか。適当にぼかしとこう。
「こないだから」
「そうなんだぁ」
「ん? がっかりか?」
 こいつの宵闇様崇拝は計り知れねぇからな。タバコはプラスに働くのかマイナスに働くのか。
「全然! 宵闇さん、お酒もタバコもNGで、ほんと崇高って感じだったから、何かちょっとだけ人間っぽくなって近く感じるなぁって」
「いい意味で?」
「当たり前だよ。宵闇さんに悪い意味なんかないよ」
 マジでお前の宵闇教は、他の者を寄せつけねぇな。最高に宵闇を推してるファンでも、お前の背中には届かねぇわ。
「宵闇さん、何吸ってるの?」
 それ、直接聞けよ。ファンか。あ、ファンなのか。
「アメスピ」
 あえてメンソールと1mgってとこは省略してやる。それ言っちまうとかなり可愛いからな。綺悧の夢は大事にしてやらにゃ。
「わー、アーティストって感じだぁ」
 多分、こいつが想像してんのは黒い箱のアメスピペリックだわ。そっとしておこう。
「タバコ詳しいのか?」
「ちょっとね。友達はみんな吸うし」
「お前は吸うなよ」
「吸う気ないよ。俺はいつまでも宵闇さんのとこで歌いたいから」
「いい心がけだな」
 成人してから一緒にやってる朱雨や礼華はまだしも、宵闇は中学生だった綺悧の人生を決めちまった人間なんだもんな。こんなタバコ吸う吸わないって選択肢一つでも、宵闇の存在が綺悧を左右するんだ。
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