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【 三男 】龍毅
キャラ紹介小説・前編【小スカ】
しおりを挟む相川学は、誇張ではなく、首をほとんど真上に向けてその顔を見上げた。
中学三年に進級したての学が162cmと、やや低めで華奢な体格であることを加味しても、目の前の男の巨躯は相当なものだった。
「ええと……この方は……」
学がぎこちなく首を向けると、担任の教師――三上将吾が苦笑いで頭を掻いた。
「彼は一ノ瀬龍毅。出席番号隣だから、案内してもらってくれ」
「出席…番号…………まさか、同じ歳ですか?!」
「は、はは……まあでも、一ノ瀬は大人しい子だから大丈夫………多分」
「多分…?」
改めて学が一ノ瀬と呼ばれた男を見上げる。そしてようやく気がついた。
その中学生離れした体格のよさや180cmを超える背丈に気を取られて気づいていなかったのだが、目元に少しかかる黒髪の下、大きく鋭い三白眼が学を無言で見下ろしているのだ。
思わずごくりと息を飲む。
しかし三上がホームルームがはじまるからと二人をさっさと職員室から追い出してしまい、廊下で二人きりになった学は少し緊張しながらも、自分を奮い立たせた。
――僕は何も悪いことなどしてないじゃないか……怖がる必要なんか……ない!
「新学期から転入してきた相川学だ。よろしく頼む。ええと、一ノ瀬……くん」
「………………」
一ノ瀬龍毅は黙り込んでいた。
ただ、無表情に学を見つめ、そしてふいに顔をそらすと左の方へ無言で歩き出した。
「あ…っ、ちょ……!」
「…………」
背の高い龍毅が歩くと、学はあっという間に置いていかれそうになる。
慌てて小走りで後を追いながらも、学は別のことを考えていた。どうしても気になるのだ。それは彼の性分だった。
学は駆け出し、龍毅を追い越して前に躍り出ると、両手を横に広げて彼を制止した。
「ちょっと…!ちょっといいか?」
「…………」
廊下の照明の真下、瞳には前髪が影を作り、より一層不気味な無表情が学を見下ろす。
だが学は怯まずに龍毅に指を突きつけた。
「それ!ネクタイ、ボタン、シャツ!全部校則違反だ!」
「…………」
「シャツ、入れる!」
龍毅は黙り込んでいる。
ただ静かに、怒ることもなく学を見ている。
学が再びごくりと唾を飲み込んだとき、ピクリと龍毅の手が動いた。
咄嗟に防御の構えを取りかけた学は、すぐにその手が止まる。
龍毅はスラックスにシャツを押し込んでいる。
呆気に取られている学をよそに、龍毅のシャツは右を入れれば左が、後ろを入れれば前が飛び出した。
「……一ノ瀬くん、君は毎日制服を着るときにズボンを履き終えてからシャツを入れているのか?まずズボンを緩めた状態でシャツを入れないと、今みたいにすぐにシャツが出てきてしまうじゃないか」
この指摘にも、龍毅は素直に従った。
ここが学校の廊下であるとか、そういった事は学は一旦考えないことにしたが、龍毅はスラックスを緩めてシャツを中に押し込んでいる。
ベルトを締め直した龍毅がそのまま歩き出そうとするので、学が慌てて腕を掴む(その腕は、学が戦慄する太さだった)。
「ボタンとネクタイがまだだ。ボタンはふたつとも閉める!」
「…………」
静かに、龍毅が手を動かす。
その大人より大きいかもしれない指が留めにくそうにボタンを付けていく。
「次、ネクタイも」
学の指示にまた少し押し黙った後、初めて龍毅が口を開いた。
それは思わず緊張が走るような、中学生にしては野太い、体格に見合った低い声で、しかしぼそりと小さく呟かれた。
「………ネクタイ…」
「え…?」
「………付けれない…」
――ネクタイ、ツケレナイ?
「え?あ、まさか、結べないのか?…ネクタイ」
龍毅が小さく首を縦に振った。
しばらく学は唖然としたまま龍毅の三白眼をじっと見つめていた。
大人のような見た目、威圧感、低い声の彼が、「ネクタイが結べない」などという小学校上がりの新入生のようなことを言い出すとは思いもしなかったのだ。
「ああ…………あ、じゃあ、僕が結ぶよ」
そうは言ったものの、身長差がゆうに20cmを超えていそうな龍毅の首元でネクタイを結ぶのは至難の業だ。
「少し屈めるか?」
学の言葉に、龍毅はまたゆっくり反応した。
その場で膝を抱えてしゃがみ込む。
――屈むって…その場に座れって意味じゃないんだが………。
「…………いや、まあ良いか…」
「…けほっ……けほ…」
「……風邪?」
龍毅が首を横に振る。
ふと見ると龍毅がカッターシャツを下に引っ張っている。シャツの襟首が首に食い込んでいるのだ。
「シャツのせいか…!ボタン1つ外して」
「…けほっ……」
「言ってくれれば………いや、僕が強く言い過ぎたのか…?」
学は担任の三上が「一ノ瀬は大人しい子」だと言ったのを思い出した。
「とにかく急ごう。ホームルームが始まる時間だ。案内してもらえるか?」
ネクタイを手早く結び、学は廊下に座り込んでいる龍毅に手を差し出した。
龍毅のずしりとした手が、学の中学生らしい華奢な手を包み込む。
そして龍毅は手を握ったまま立ち上がって、そのまま歩き出した。
「ちょ、ちょっと…!このまま歩く気か…?!」
「………?」
「手だ!繋いでいくつもりか?」
「…………嫌?」
「い、嫌…と言うか……」
学は言い淀んだ。何故なら龍毅が(無表情ではあるが)心底不思議そうにそう尋ねるのだ。
拒絶することに心が痛むくらい。
「……良い、悪いという問題じゃないんだ。普通、手なんか繋がない。少なくとも中学生男子2人が手を繋いで教室に入るなんて、変だ」
「…………」
「さあ、離して。さっさと教室に行こう」
龍毅は視線を落として繋がれた2つの手をじっと見つめている。
――まさか、放さないつもりか…?
学の心配をよそに、龍毅の手は突然ぱっと離れた。
彼が歩き出す。今度は学が小走りにならなくても追いつくことができた。
廊下を無言のまま進んでいくと、学――そして龍毅のクラスである“3年2組”のプレートが見えてくる。
その時突然、龍毅がピタリと足を止めた。
後ろを歩いていた学は止まることができずに、その背中に激しくぶつかって弾き飛ばされるように後ろによろける。
ただ、龍毅にとっては蚊に刺されたようなものだったのか、マイペースに振り向き廊下の奥を見つめると踵を返した。
「な、なんだ?」
「……トイレ…」
「え?でももうホームルームが始まる。5分くらいで終わるんだ、先に教室に入ろう」
「…………」
龍毅が無言で頷き、すぐにまた教室に向かって歩き出した。
学が到着した2組のドアを開けると、中のざわめきが音を遮断したように突然しんと静まり返った。
その異様な空気感の正体が龍毅の存在のせいであることは、龍毅が各々集まって雑談をしていたクラスメイトでモーゼよろしく紅海の渡渉を再現してみせたことから、転入初日の学にも十分に伝わってきた。
彼はそのうち、神から十戒を授かるに違いない。
「一ノ瀬くん、ありがとう。また移動の時はよろしく頼む」
学の言葉に龍毅がこくりとうなずくと、クラスがざわめいた。
転入したばかりの学は知らないが、この学年……いや、この学校で一ノ瀬龍毅を知らないものは、恐らくいない。
それはその外見のせいに他ならない。
規格外のボディサイズのみならず、ほとんど言葉を発さない得体のしれない三白眼の強面は、この田並市立緑ヶ丘第三中学校のどんな生徒も(たとえ一部の素行の悪い生徒であっても)、「一ノ瀬龍毅には関わらない」が暗黙のルールと化していたのだ。
2人が席に着くとほどなくしてチャイムが鳴り、ほぼ同時に三上がにこにこと教室に入ってきた。
「みんな、おはよう!そして進級おめでとう。ほとんどの子は知ってると思うけど、僕は三上将吾です。みんなにもこのあと自己紹介してもらうけど、その前に――」
三上が教壇で話をする以外は静かな教室の中で、学は突如後ろに強く首を絞められる感覚に小さく「ぐぇ」とカエルのような声を上げた。
咄嗟に振り返ると、学の襟首にかかっていた龍毅の指が外れた。
どうやら彼が学のシャツの首元を引っ張ったらしい。
「一ノ瀬……!」
学が彼の机に身を乗り出して小声で注意しかけた。
しかしその言葉を遮って、龍毅が小さく呟いた。
「………おしっこ…」
「………へ…?」
学は思わず素っ頓狂な声を上げた。
目の前の大人のような身体をした男は、ただじっと学を見ている。
否。言葉の意図を考える過程で、彼をよくよく観察してみると、先ほどの幼児のような言葉の意味はすぐに分かった。
「と言うわけで、五十音順でいこうか。相川、自己紹介――」
「はいッ!!」
ガタタッ。学の椅子が騒がしい音を立てる。
手をあげて必死の形相で立ち上がった学に、言葉をさえぎられた三上がぽかんとしている。
「やる気がすごいな、相川…」
「先生!お手洗いに行ってきます!」
三上の反応も待たずに、学は龍毅に駆け寄った。
そう、気づいたのだ。
龍毅は、表情は変わらないものの、身体を縮こまらせてそわそわと落ち着きなく動かしていた。
「ごめん、行こう!」
手を差し出すと、龍毅がその手を取る。
学は両手で龍毅を椅子から引っ張り上げた。
「…………」
「どうした?早く…」
「…………出る…」
「ま、ま、待っ……と、とにかく、教室を出よう!大丈夫…!」
その場から動かない龍毅を、学が必死で引っ張る。
だが、いくら学が全力で引っ張ろうとも、20kg以上の体重差ではビクともしない。
学は自分が、彼の訴えを無視してホームルームに行かせたことをひどく後悔した。
しかし無情にも、ほどなくして教室で聞こえるはずのない水の滴る音が聞こえ出す。
学はパニックだった。
慌ててポケットからハンカチを取り出し、スラックスの裾からこぼれ始めた水滴を拭きながら叫んだ。
「み、みんな見ないでくれ!ちょっと……体調がよくないんだ!」
「相川!大丈夫だから、保健室付き添ってやってくれる?」
三上が真面目な顔をしてそう言うと、目の合った学に向かって頷いてみせた。
つられるように学も小さく頷き、龍毅を見上げて言った。
「動けるか?教室を出よう」
「………おしっこ…まだ…」
「わ、分かった……そうだな、動けるように…なったら……」
三上がクラスに「五十音の後ろから自己紹介しようか!」と呼びかけるが、それでもチラチラと露骨に戸惑いや好奇を含んだ視線を感じて、龍毅が動き出すのを待つ間、学はまるで自分のことのように心臓が握りつぶされる思いだった。
龍毅は表情を一切変えず、しかし教室から連れ出そうと学が握った手を見つめたまま、その手をぎゅうっと強く握っていた。
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