エキゾチックアニマル【本編完結】

霧京

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第四十話【互いに許しを】前

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本当に久しぶりのように感じた。冬真の香りも体温も声もグレアも、そんなことはないのにずっと欲しかったものを与えられたかのように。
干乾びる寸前だった体に与えられる水のように。先ほどまでどのグレアに対しても覚えていた気持ち悪さも今はなかった。そう力也の体が冬真のグレアを拒否することなどあるわけがなかった。
当たり前のそれが嬉しく、とても安心する。望まないグレアに負けそうになっていた時に助けに来てくれた冬真はまるで、ヒーローのように見えた。

「ワーン!! ワアァァ!」

 恐怖でグレアを出すこともかなわなくなり、泣き出した弥生を見て冬真はディフェンスを引っ込めた。

「立てるか力也?」
「う、うん。ありがとう」

 聞きながらも抱きしめたまま、強引に立たせようとすることに笑い、力也は立ち上がった。

「で、これどういう状態?」
「え、わからずに突っ込んできたのか」

 今更ながらそんなことを聞いてきた冬真に、気が抜け呆れたように聞き返せばムッとした表情を返された。助けてもらったのに、しまったと思うがもう遅い。

「力也探してたらなんか変なグレア感じたから……」

 どうしてこうなったのか白状しろと、視線だけで責められ力也は逃れるように後退した。そんな力也へ冬真は一歩詰め、また力也は後ろに下がった。説明しようにもなにがなんだかわからない。

「え……っと」
「これも演技の練習とか言わねぇよな?」
「違うけど……俺もなにがなんだか……」

 そもそもの原因であるグレアによる不調も、なぜいきなり弥生がコマンドを使ってきたのかもわからない。

「なんのさわぎですか!?」
「弥生!」

 そうしている間に、騒ぎを聞きつけたのだろう人々が集まってきた。中には弥生のマネージャーもいて、慌てて弥生に駆け寄った。

「貴方弥生になにをしたんですか!?」
「なにかしてきたのはそっちだろ」
「冬真」

 人々が駆け付け、急に風向きが悪くなってきたことに力也は戸惑うように冬真へと声をかけた。人々は泣き続ける弥生を気遣い、冬真と力也に非難の視線を向けた。

「力也君! どうしたの!?」
「孝仁さん!」

 どう説明したらいいのかわからず、困っていると、騒ぎの中心に力也たちがいるのに気づいたらしい孝仁が走ってきた。

「そこのガキが俺の力也に胸糞悪いグレア当てたんすよ」
「弥生君が!?」
「グレアって……まさか弥生がDom!?」

 別の意味でざわざわし始めた周囲の人々に、冬真は舌打ちをすると弥生を見下ろすように見た。

「大方、何かがきっかけで早めに目覚めたんだろ。そいつは間違いなくDomだ。しかも高ランクの」
「そ、そんな……」
「弥生君がDom……」

 マネージャーはショックを受けたかのように、弥生の顔をみた。騒めく人々の様子に、力也は不思議そうに冬真を見る。

「あの……もしかして、Domって世間体ものすごく悪い?」
「今更気づいたのかよ」
「力也君、Domはね。一般的にはちょっと我が強いぐらいの認識だけど、実際は引かれるんだよ」

 Domからのグレアやコマンドがなければ生きていけない、と思っているSubの力也にとってその言葉は驚きだった。力也の中では、人々を従える力のあるDomはそれなりに重宝されるものだと思っていた。
 だが、人を従える本能があるDomを部下や友人にしたいかと考えれば答えはわかるだろう。
暗黙の了解のようなものなので、口に出されることはないほとんどなく、表向きの会話を疑うことのないSubは気づいてはいない。

「これだからSubは……」

 ため息をつく孝仁と冬真とは違い、周囲の人々からは動揺が消えることがない。

「そんなDomなんて、これからどうしたら……」

 新事実に周囲の様子と、冬真と孝仁、さらには弥生をみて状況が悪い方向に向かっているのに気づきとっさに冬真の肩を縋るようにつかんだ。

「でも、どうにかなるんだよな?」
「え……」
「冬真の行ってた学校に行けば高ランクでも制御できるようになんだろ?」
「そりゃそうだけど、お前迷惑かけられといて」

 悲観的になる周囲をどうにかしようと、咄嗟にそういった力也に冬真は更に呆れたように眉をひそめた。一番被害にあっているのになんでそっちを援護するのだろうか。

「本当ですか?」
「高校だけどな」
「そうなんですね……」

 その言葉に一瞬縋るような表情を浮かべるも、続く冬真の言葉に、弥生のマネージャーの顔が沈んだ。いまだグズグズと泣き続ける弥生に冷ややかな目線を送る冬真の肩を力也がゆする。

「なぁ、系列に中学ってねぇの?」
「……だからお前な……」

 なんでこうも、お人好しでいられるのだろう。力也はどうしていいのかわからずにいる二人を純粋に気遣い、なんとかできないかと冬真へと期待の視線を浮かべていた。

「……あー、もう! ガキ、今何歳だ!?」

 果てしなく甘やかしたいと思っているSubにそんな風に聞かれて跳ね返し続けることなど冬真にできるはずもなく、呻くように吠えると、そう尋ねた。

「弥生は」
「自分で答えられるだろ!」

 いまだ泣く弥生に代わり答えようとしたマネージャーを制すように、冬真は言った。その言葉に、一瞬ビクッとするが弥生は冬真を見た。その目からはすでに脅えは消え、代わりに挑むような瞳へと変わっていた。

「……10歳です」
「こんな早く目覚めるなんて……どうしたらいいのか……」
(もしかして、俺の所為?)
「中学もまだ先じゃねぇか」
 
 なにかがきっかけになったのなら、自分と会ってSubを知ってしまったからじゃないかと思い力也は冬真の肩をまたゆすった。

「どうした?」
「どうにかならない?俺の所為な気がするんだ」
「はぁ?」
「その子、この前力也君の誕生日の時に力也君に助けてもらって、それで気に入ったから目覚めちゃったんだと思うよ」

 力也の言葉に、意味が分からなそうに聞き返すと孝仁が補足するように説明をした。

「はぁ!?」

 今度こそ、本気で怒るように聞き返した冬真の声を受け、力也は一瞬ビクッとするも申し訳なさそうな表情になる。

「いままでこんなことなかったから……」
「油断してたってのか。お前な、油断してたのは他にもあんだろ。ガキだって言ってももっと早く気づけただろ」
「う……ごめん」

 確かに違和感を感じる瞬間はあったのだから、すっかり油断していたのだろう。もっと気をつけなきゃいけなかったのにと落ち込む力也に、孝仁が寄り添う。

「僕も気づけなかったもん仕方ないよ」
「いや、孝仁さんもですよ。二人とも、子供だからって油断しすぎです」
「僕も!?」

 きっぱりと返した冬真は、孝仁が非難の目線を向けるのを流し、少し考えた。正直手を貸す気はないし、いまだに怒りはあるが、力也が自分の所為だというならなにか対策を考えなきゃならない。
 むろん、冬真にとって力也は被害者で、後始末というのもおかしいことなのだが。それでも自分のSubが気にするならどうにかするのが主人であるDomの役割だ。

「小学校は流石にないけど、系列に中学はあるから。とりあえず、王華学校に連絡して、その後は向こうの指示を聞いて……」
「ありがとうございます!」
「僕は自分でコントロールできる」

 よかったと安心した表情を浮かべお礼を言ったマネージャーとは対照的に、弥生はいまだ好戦的な目を浮かべていた。

「できねぇよ。あのな、思春期にコントロールするのは難しいんだよ。元々欲求不満になりやすく、不安定になりやすい時だってのに、自分の欲と向き合うなんて無理だ。高ランクならなおさらな」
「でも!」
「お前な、気づいてねぇみてぇだから言ってやるよ。いまこの状況で一番傷ついてるのは誰だ?」

 言いつのる弥生から力也と孝仁を守るように立つと、冬真は冷たい目線で見下ろした。

「力也だろ?お前は好きになったSubを無理やり自分の物にしようとして、逆に傷つけたんだよ。今回は俺が来たから何とかなったけど、これがなんの抵抗もできないSubだったらどうなると思う?下手したら、意識失ってたんだからな」
「そ、そんな……」
「俺も人のこと言えたぎりじゃねぇけど、傷つけてからじゃ遅いんだよ。その前に、自分の武器をうまく操れるようにならなきゃ」

 その言葉にやっと自分の状況が理解できたのだろう、がくっと力が抜けた弥生はマネージャーにしがみついた。

「王華学校はネットですぐ出てくるから」

 “はい、はい”と頷きお礼をいうとマネージャーは弥生の背中を押し、控室へと戻っていった。早速電話するつもりなのだろう。

「で、力也調子悪いんだろ? どんな感じなんだ?」
「え、そうなの?力也君」
「調子が悪いっていうか……」

 途端に心配しだした二人に、口ごもった力也だが、先ほどのこともあり諦めて口を開いた。

「なんか冬真以外のグレアが気持ち悪くて……」
「え!? それって僕のも!?」

 驚き詰め寄った孝仁は力也の肩をつかむと、緩やかなグレアを出した。その瞬間、再び襲ってきた気持ち悪さに、力也はその手から逃れ距離を取った。

「力也君……」
「すみません……まだ……」

 咄嗟にとった自分の行動を謝るもそれ以上寄ってこない、その力也の様子に傷つき悲しそうな顔になった孝仁は次の瞬間、冬真をにらんだ。

「冬真君のバカ! 大嫌い!」

 まるで子供みたいにそう叫ぶと、くるっと背を向け走って行ってしまった。その背に思わず手を伸ばそうとした冬真は、そのまま固まった。

「孝仁さん……」
「そんな……」

 孝仁の言葉にショックを隠し切れない、冬真の様子に力也は申し訳なさそうに“ごめん”と謝った。

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