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5、お願い、そんなにいじめないで
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自分の給料では、大きなベッドを置ける部屋に引っ越すなんて、ムリ。
翔太はぼんやりとそう考えながらシャワーの水栓を閉じ、風呂場を出た。
「ショウちゃん」
奥の部屋から行人が翔太を呼んだ。翔太の好きな、優しい声だ。
「おいで」
「ユキさん……」
翔太は洗い立ての髪をバスタオルで拭きながら、呼ばれるままに行人の前へ歩いた。
「貸して」
「いいですよ、自分でやりますから」
ベッドに腰かけた行人は、翔太を自分の前の床に座らせた。
「いいから」
行人は翔太の手からバスタオルを取り上げて、リズミカルにその髪の水分を拭き取った。翔太は仕方なく、ペットの犬のように行人のしたいようにされていた。
「何だよ。嫌なの?」
憮然としてされるままになっている翔太に、笑いを含んだ声で行人は尋ねた。
「嫌じゃないです」
翔太はムスッとして答えた。行人は腕を伸ばしてドライヤーを取り、翔太の髪を乾かし始めた。
「『嫌じゃない』って声じゃないね」
行人の細くて長い指が、しなやかに翔太の短い髪を揺らす。
「……俺のこと、嫌いになったら、そう言ってね」
翔太は勢いよく振り返った。ドライヤーの熱風が顔に当たった。
「ユキさん!?」
翔太は今度は自分が行人の手からドライヤーを取り上げた。
「……ショウちゃん」
「ユキさん、どうしてそんなこと……」
翔太は行人の肩を押さえ、そのままその手に重心をかけた。行人は逆らわなかった。
「俺はただ……」
押し倒されたまま、行人は翔太の顔を見上げていた。行人はゆっくりと手を伸ばし、翔太の頬を両手ではさんだ。
「ただ……何?」
呟くように行人は言って、翔太の答えを促した。
「……恥ずかしくって」
消え入りそうな声で翔太はやっと言った。
「そっか……、ショウちゃん、俺にお世話されるの、照れくさかったんだね」
よかったーと行人は翔太の頭を胸に抱きしめた。
「どうしてそんなに可愛いの!?」
翔太は行人の胸で、くぐもった声でやっと言った。
「ユキさん、ちょっと大げさですよ。俺がユキさんを嫌いになる訳、ないじゃないですか」
「どうかな」
「ユキさん……?」
翔太の耳の奥で、また不安定な低音が鳴り始めた。行人の声は、昼間の行人とは全く違って自信なさげに、いや、淋しげに響いたからだ。
行人は翔太の背中をポンポンと叩いた。
「さあ、ショウちゃん。まだドライヤー終わってないよ。ちゃんと髪乾かしておかないと。寝グセがぴょんと跳ねてるショウちゃんは、俺にとって凶器だからね。朝からそんなの見せつけられたら、可愛すぎて俺死んじゃうよ」
翔太はおとなしく言うことを聞いた。ドライヤーの熱風が根元まで当たるように、行人の指が翔太の髪を梳くように持ち上げては、宙で離すを繰り返す。行人の指の感触。それは翔太の胸に甘い戦慄をもたらす。
「はい、これでよし」
行人はドライヤーにコードをくるくると巻き付け、元あったところに戻した。
「あ……ありがとうございます」
翔太がぼそぼそと言うと、行人は「ふふっ」と笑った。
「ショウちゃんは甘え下手だね。そっちから来てくれないから、俺から行っていじめちゃうんだ」
甘え下手。引っ込み思案と同じジャンルの表現だ。子供の頃からの性格は、そうそう変わるものじゃない。でも。
「それを言ったらユキさんの方がよっぽどですよ。滅茶苦茶ツンデレなんだから」
アサヅカに入社した頃、翔太は上司である行人に冷たくあしらわれて、自分でも気付かないほどに傷ついていた。
そう。初めて、リアルに触れ合える距離のひとを、好きになった。自分にはそんな誰かが現れることはないと思っていた翔太の前に、このひとが。
結局、似たもの同士なんだろう。恥ずかしくて、照れくさくて、素直に感情を表現できない。
まあ、行人の場合は、職場で素直に表現していい感情レベルではないのだったが。
行人の顔が近付いてくる。顎をとらえられ、唇が触れ合う。翔太はくらくらして行人の胸に倒れ込んだ。行人が翔太をギュッと抱きしめて、耳許で言った。
「ショウちゃん、好きだよ」
同じ言葉を何度聞いても泣きそうに嬉しい翔太と、猛々しい欲望に撞き動かされる翔太が、同時に行人の身体を押し倒した。
「ユキさん……、ユキさん……」
翔太は行人の首に、鎖骨に、噛みつくように唇を這わせた。行人の長い指が、翔太の髪を梳くように弄ぶ。行人の身体を味わう翔太をしばらくそのままにさせていたが、やがて行人は身体を起こした。
「ショウちゃん……、俺のこと、どう思ってるの」
行人の瞳がじっと翔太の目をのぞきこんでいた。翔太は心の中まで見透すされているような気がして恥ずかしくなった。
「どうって……」
行人の長い指が翔太の顎を上向かせた。
「ショウちゃんにとって、俺って何」
「ユキさん?」
行人の睫毛が頬に影を落とす。
「どうして俺にいつまでも敬語なの。俺のこと、好きなんじゃないの?」
行人の長い指に顎をつかまれて、その瞳にこんなに近くのぞきこまれて、翔太は気が遠くなった。行人がぞんざいに羽織った柔らかい生地のシャツに、そっと指を伸ばし握りしめた。行人が部屋着として持ち込んだシャツだ。こんなときの行人は、翔太が答えるまで許してくれない。翔太が恥ずかしくて、思い浮かべるだけで気絶しそうな言葉を、はぐらかそうとしても絶対に逃がさず口にさせる。
「す……好き、です」
「好き? ホントに? じゃあショウちゃん、俺のどこが好き?」
「ユ、ユキさん……?」
行人は片手で翔太の顎をつかんだまま、もう一方の手を翔太の頬から下へすべらせた。翔太の肩を撫で、その腕を背中に回した。
「俺のどこがいいの」
ほとんど翔太の唇の上で行人はそう言った。微かに触れる唇の感触。
「ユキさん……」
「言って」
行人は今度は翔太のまぶたに唇を触れて翔太を追い詰めた。
「言わないと……ダメですか?」
翔太はあえぐように小さく言った。
「ダメ」
行人は容赦ない。翔太は行人のシャツの襟元をつかみ、そこへ顔を伏せて言った。
「……カッコ……いいとこ」
消え入りそうな声でやっとそう言った翔太の背中を、行人の長い指が伝っていく。
翔太はぼんやりとそう考えながらシャワーの水栓を閉じ、風呂場を出た。
「ショウちゃん」
奥の部屋から行人が翔太を呼んだ。翔太の好きな、優しい声だ。
「おいで」
「ユキさん……」
翔太は洗い立ての髪をバスタオルで拭きながら、呼ばれるままに行人の前へ歩いた。
「貸して」
「いいですよ、自分でやりますから」
ベッドに腰かけた行人は、翔太を自分の前の床に座らせた。
「いいから」
行人は翔太の手からバスタオルを取り上げて、リズミカルにその髪の水分を拭き取った。翔太は仕方なく、ペットの犬のように行人のしたいようにされていた。
「何だよ。嫌なの?」
憮然としてされるままになっている翔太に、笑いを含んだ声で行人は尋ねた。
「嫌じゃないです」
翔太はムスッとして答えた。行人は腕を伸ばしてドライヤーを取り、翔太の髪を乾かし始めた。
「『嫌じゃない』って声じゃないね」
行人の細くて長い指が、しなやかに翔太の短い髪を揺らす。
「……俺のこと、嫌いになったら、そう言ってね」
翔太は勢いよく振り返った。ドライヤーの熱風が顔に当たった。
「ユキさん!?」
翔太は今度は自分が行人の手からドライヤーを取り上げた。
「……ショウちゃん」
「ユキさん、どうしてそんなこと……」
翔太は行人の肩を押さえ、そのままその手に重心をかけた。行人は逆らわなかった。
「俺はただ……」
押し倒されたまま、行人は翔太の顔を見上げていた。行人はゆっくりと手を伸ばし、翔太の頬を両手ではさんだ。
「ただ……何?」
呟くように行人は言って、翔太の答えを促した。
「……恥ずかしくって」
消え入りそうな声で翔太はやっと言った。
「そっか……、ショウちゃん、俺にお世話されるの、照れくさかったんだね」
よかったーと行人は翔太の頭を胸に抱きしめた。
「どうしてそんなに可愛いの!?」
翔太は行人の胸で、くぐもった声でやっと言った。
「ユキさん、ちょっと大げさですよ。俺がユキさんを嫌いになる訳、ないじゃないですか」
「どうかな」
「ユキさん……?」
翔太の耳の奥で、また不安定な低音が鳴り始めた。行人の声は、昼間の行人とは全く違って自信なさげに、いや、淋しげに響いたからだ。
行人は翔太の背中をポンポンと叩いた。
「さあ、ショウちゃん。まだドライヤー終わってないよ。ちゃんと髪乾かしておかないと。寝グセがぴょんと跳ねてるショウちゃんは、俺にとって凶器だからね。朝からそんなの見せつけられたら、可愛すぎて俺死んじゃうよ」
翔太はおとなしく言うことを聞いた。ドライヤーの熱風が根元まで当たるように、行人の指が翔太の髪を梳くように持ち上げては、宙で離すを繰り返す。行人の指の感触。それは翔太の胸に甘い戦慄をもたらす。
「はい、これでよし」
行人はドライヤーにコードをくるくると巻き付け、元あったところに戻した。
「あ……ありがとうございます」
翔太がぼそぼそと言うと、行人は「ふふっ」と笑った。
「ショウちゃんは甘え下手だね。そっちから来てくれないから、俺から行っていじめちゃうんだ」
甘え下手。引っ込み思案と同じジャンルの表現だ。子供の頃からの性格は、そうそう変わるものじゃない。でも。
「それを言ったらユキさんの方がよっぽどですよ。滅茶苦茶ツンデレなんだから」
アサヅカに入社した頃、翔太は上司である行人に冷たくあしらわれて、自分でも気付かないほどに傷ついていた。
そう。初めて、リアルに触れ合える距離のひとを、好きになった。自分にはそんな誰かが現れることはないと思っていた翔太の前に、このひとが。
結局、似たもの同士なんだろう。恥ずかしくて、照れくさくて、素直に感情を表現できない。
まあ、行人の場合は、職場で素直に表現していい感情レベルではないのだったが。
行人の顔が近付いてくる。顎をとらえられ、唇が触れ合う。翔太はくらくらして行人の胸に倒れ込んだ。行人が翔太をギュッと抱きしめて、耳許で言った。
「ショウちゃん、好きだよ」
同じ言葉を何度聞いても泣きそうに嬉しい翔太と、猛々しい欲望に撞き動かされる翔太が、同時に行人の身体を押し倒した。
「ユキさん……、ユキさん……」
翔太は行人の首に、鎖骨に、噛みつくように唇を這わせた。行人の長い指が、翔太の髪を梳くように弄ぶ。行人の身体を味わう翔太をしばらくそのままにさせていたが、やがて行人は身体を起こした。
「ショウちゃん……、俺のこと、どう思ってるの」
行人の瞳がじっと翔太の目をのぞきこんでいた。翔太は心の中まで見透すされているような気がして恥ずかしくなった。
「どうって……」
行人の長い指が翔太の顎を上向かせた。
「ショウちゃんにとって、俺って何」
「ユキさん?」
行人の睫毛が頬に影を落とす。
「どうして俺にいつまでも敬語なの。俺のこと、好きなんじゃないの?」
行人の長い指に顎をつかまれて、その瞳にこんなに近くのぞきこまれて、翔太は気が遠くなった。行人がぞんざいに羽織った柔らかい生地のシャツに、そっと指を伸ばし握りしめた。行人が部屋着として持ち込んだシャツだ。こんなときの行人は、翔太が答えるまで許してくれない。翔太が恥ずかしくて、思い浮かべるだけで気絶しそうな言葉を、はぐらかそうとしても絶対に逃がさず口にさせる。
「す……好き、です」
「好き? ホントに? じゃあショウちゃん、俺のどこが好き?」
「ユ、ユキさん……?」
行人は片手で翔太の顎をつかんだまま、もう一方の手を翔太の頬から下へすべらせた。翔太の肩を撫で、その腕を背中に回した。
「俺のどこがいいの」
ほとんど翔太の唇の上で行人はそう言った。微かに触れる唇の感触。
「ユキさん……」
「言って」
行人は今度は翔太のまぶたに唇を触れて翔太を追い詰めた。
「言わないと……ダメですか?」
翔太はあえぐように小さく言った。
「ダメ」
行人は容赦ない。翔太は行人のシャツの襟元をつかみ、そこへ顔を伏せて言った。
「……カッコ……いいとこ」
消え入りそうな声でやっとそう言った翔太の背中を、行人の長い指が伝っていく。
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