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7、契約結婚しました
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いつものことではあるが、昼に訪ねたというのに打ち合わせを終えたのは夜である。
「遅くまでごめんなさいね」
「お母様こそ、お忙しいのにありがとうございます」
「私はいいのよ。でも貴女は明日サイン会でしょう。それに、新婚なんだから」
事実を言われてもセレナは今思い出したという心持ちである。するとネヴィアがじりじりと距離を詰めてきた。まるで逃さないと言われているようだ。
「仕事の話はここまで。本の話もいいけれど、私は貴女の話も聞きたいわ」
「私ですか?」
「人気小説家リタ・グレイシアが新婚だなんて知ったらきっとみんな驚くわね」
楽しそうに語る母の姿に、セレナは苦い思いで紅茶に手を伸ばす。
「まさか、契約結婚ものを書いていたら自分が契約結婚をすることになるとは思いませんでした」
「現実って、時には物語を超えてしまうのよね。死んだはずの娘が生まれ変わって目の前に現れることもあるのだから、きっとそういうこともあるのでしょうけれど」
「本当に」
神妙な顔で頷けば、自身の境遇は改めて物語のようだ。
悲劇の王女セレスティーナとして死に、同じ時代の同じ国に伯爵令嬢として生まれ変わった。
前世の母と再会し、作家と編集のような関係を築いている。
さらに言えば先日契約結婚をしたばかりの新婚だ。
しかし結婚に関しては物語のようにはいかないらしい。母を心配させたくないセレナは慎重に言葉を選んだ。
「でも私たちの結婚は物語のようなロマンスには発展しないと思いますよ? 旦那様との距離は相変わらず遠いですし」
「そうなの?」
「そうなんです」
期待の眼差しから困ったように首を傾げられても、セレナには断言することしかできない。
伯爵令嬢であるセレナと公爵家当主のラシェル。それは互いの利益のために結んだ契約結婚である。セレナは小説を書き続けるために。ラシェルは早急に結婚する必要があったという。
(あの人は私にお飾りの妻でいいと言ってくれた。リタ・グレイシアであり続けるためには最高の結婚相手だと思った。だから結婚したのよね)
セレスティーナの伯母一家として知るロットグレイ家であれば、見知らぬ家に嫁ぐという不安もないので有り難い。夫婦仲が良好な伯母夫婦は早々と息子に爵位を譲り、自由を満喫しているそうだ。
(まさか私の結婚相手がラシェルになるとは思わなかったけど)
彼がまだ幼かった頃、セレスティーナとして言葉を交わしたことがある。
当時セレスティーナは十七で、ラシェルは六歳だった。セスティーナが嫁ぐ少し前、伯母夫婦が子供を引き取ったと紹介されたのだ。
(あの頃のラシェルは可愛かったけど)
小さくて幼くて。臆病な姿が庇護欲を掻き立てる。自分が公爵夫妻の本当の子供ではないことを気にして、庭の隅で泣くような子だった。
(それが今や冷血公爵って詐欺でしょう)
評判を耳にした時は別人を疑ったほどだ。
(お互い見ているものが違うと思うのよね。私たちに共通点があるとは思えないし、普段の会話にだって困るんだから)
セレナは結婚してからほとんど部屋に閉じこもっているが、ラシェルはそれで構わないと言ってくれた。だからきっと、この先も恋愛に至ることはないだろう。ロマンスを期待していた母には申し訳ないが、現実はこんなものである。
しかしネヴィアは諦めなかった。契約結婚であることは聞いているが、やはり娘には幸せになってほしいのだ。悲劇的な結末で前世を終えたからこそ、尚更その思いは強い。
「焦ることはないわ。あの子も忙しい人だし、セレナだってこの間まで新刊の原稿で手一杯だったでしょう? これからじっくりお互いを知っていけばいいのよ」
「そう、ですね」
期待に応えられる自信のないセレナは曖昧に笑う。
(私もう結婚に憧れってないのよね……)
セレスティーナであれば素直に頷き喜んで結婚生活の憧れを語っただろう。前世の自分は恋に夢を見ていたと自覚している。あの頃は王子様と結婚するのだから幸せになれると信じてた。
(けど現実は、物語のようにはいかない)
憧れの王子様からは手酷い裏切りを。お姫様は愛する人と結ばれることなく、短い生涯を終えた悲劇の王女と呼ばれている。
愛していると言ってくれた婚約者は自分のことなど愛していなかった。夢ばかり見ていたせいで現実に気づけず、簡単に騙されてしまったことが悔しい。もう同じ過ちを繰り返すのも、誰かに期待して裏切られるのもたくさんだ。
(だから私は幸せな物語を紡ぐの。セレスティーナとして幸せになれなかった分まで)
そのための契約結婚だ。夫に対する過度な期待はしていない。きっとラシェルも同じ気持ちでいるからこそ契約結婚を選んだ。そんな二人がはたして愛情を育めるだろうか。
(ごめんなさい、お母様。純粋だったセレスティーナはもういないのです)
もう恋なんて甘い夢に身を委ねたくはない。セレナは心の中でかつての母に謝った。
「遅くまでごめんなさいね」
「お母様こそ、お忙しいのにありがとうございます」
「私はいいのよ。でも貴女は明日サイン会でしょう。それに、新婚なんだから」
事実を言われてもセレナは今思い出したという心持ちである。するとネヴィアがじりじりと距離を詰めてきた。まるで逃さないと言われているようだ。
「仕事の話はここまで。本の話もいいけれど、私は貴女の話も聞きたいわ」
「私ですか?」
「人気小説家リタ・グレイシアが新婚だなんて知ったらきっとみんな驚くわね」
楽しそうに語る母の姿に、セレナは苦い思いで紅茶に手を伸ばす。
「まさか、契約結婚ものを書いていたら自分が契約結婚をすることになるとは思いませんでした」
「現実って、時には物語を超えてしまうのよね。死んだはずの娘が生まれ変わって目の前に現れることもあるのだから、きっとそういうこともあるのでしょうけれど」
「本当に」
神妙な顔で頷けば、自身の境遇は改めて物語のようだ。
悲劇の王女セレスティーナとして死に、同じ時代の同じ国に伯爵令嬢として生まれ変わった。
前世の母と再会し、作家と編集のような関係を築いている。
さらに言えば先日契約結婚をしたばかりの新婚だ。
しかし結婚に関しては物語のようにはいかないらしい。母を心配させたくないセレナは慎重に言葉を選んだ。
「でも私たちの結婚は物語のようなロマンスには発展しないと思いますよ? 旦那様との距離は相変わらず遠いですし」
「そうなの?」
「そうなんです」
期待の眼差しから困ったように首を傾げられても、セレナには断言することしかできない。
伯爵令嬢であるセレナと公爵家当主のラシェル。それは互いの利益のために結んだ契約結婚である。セレナは小説を書き続けるために。ラシェルは早急に結婚する必要があったという。
(あの人は私にお飾りの妻でいいと言ってくれた。リタ・グレイシアであり続けるためには最高の結婚相手だと思った。だから結婚したのよね)
セレスティーナの伯母一家として知るロットグレイ家であれば、見知らぬ家に嫁ぐという不安もないので有り難い。夫婦仲が良好な伯母夫婦は早々と息子に爵位を譲り、自由を満喫しているそうだ。
(まさか私の結婚相手がラシェルになるとは思わなかったけど)
彼がまだ幼かった頃、セレスティーナとして言葉を交わしたことがある。
当時セレスティーナは十七で、ラシェルは六歳だった。セスティーナが嫁ぐ少し前、伯母夫婦が子供を引き取ったと紹介されたのだ。
(あの頃のラシェルは可愛かったけど)
小さくて幼くて。臆病な姿が庇護欲を掻き立てる。自分が公爵夫妻の本当の子供ではないことを気にして、庭の隅で泣くような子だった。
(それが今や冷血公爵って詐欺でしょう)
評判を耳にした時は別人を疑ったほどだ。
(お互い見ているものが違うと思うのよね。私たちに共通点があるとは思えないし、普段の会話にだって困るんだから)
セレナは結婚してからほとんど部屋に閉じこもっているが、ラシェルはそれで構わないと言ってくれた。だからきっと、この先も恋愛に至ることはないだろう。ロマンスを期待していた母には申し訳ないが、現実はこんなものである。
しかしネヴィアは諦めなかった。契約結婚であることは聞いているが、やはり娘には幸せになってほしいのだ。悲劇的な結末で前世を終えたからこそ、尚更その思いは強い。
「焦ることはないわ。あの子も忙しい人だし、セレナだってこの間まで新刊の原稿で手一杯だったでしょう? これからじっくりお互いを知っていけばいいのよ」
「そう、ですね」
期待に応えられる自信のないセレナは曖昧に笑う。
(私もう結婚に憧れってないのよね……)
セレスティーナであれば素直に頷き喜んで結婚生活の憧れを語っただろう。前世の自分は恋に夢を見ていたと自覚している。あの頃は王子様と結婚するのだから幸せになれると信じてた。
(けど現実は、物語のようにはいかない)
憧れの王子様からは手酷い裏切りを。お姫様は愛する人と結ばれることなく、短い生涯を終えた悲劇の王女と呼ばれている。
愛していると言ってくれた婚約者は自分のことなど愛していなかった。夢ばかり見ていたせいで現実に気づけず、簡単に騙されてしまったことが悔しい。もう同じ過ちを繰り返すのも、誰かに期待して裏切られるのもたくさんだ。
(だから私は幸せな物語を紡ぐの。セレスティーナとして幸せになれなかった分まで)
そのための契約結婚だ。夫に対する過度な期待はしていない。きっとラシェルも同じ気持ちでいるからこそ契約結婚を選んだ。そんな二人がはたして愛情を育めるだろうか。
(ごめんなさい、お母様。純粋だったセレスティーナはもういないのです)
もう恋なんて甘い夢に身を委ねたくはない。セレナは心の中でかつての母に謝った。
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