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六、小さな攻防
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長い廊下を歩く私はひたすら目の前の背中を追いかけた。
かつて私が暮らしていた望月家の屋敷は広かった。
長い石畳の階段を上り、赤い鳥居を潜り、母屋を迂回してようやく離れへとたどり着く。門から最も遠く離れた奥の奥、それが私にあてがわれた部屋だ。
小さな部屋だけが私の世界。屋敷内を歩き回ることは許されておらず、あやかし退治で疲れた体を引きずって部屋に戻るのにはいつも苦労していた。
それだけ広い敷地に広大な屋敷であると認知していたけれど、このあやかし屋敷も相当らしい。なにしろ未だ目的地とやらに到着していないのだから。
廊下を歩けば嫌でも外の様子が目に入る。
名も知らない花がたくさん咲いていた。着には青々とした葉が生い茂り、手入れが行き届いていることは無知な私でもわかる。何故かといえば、これまで私が眺めていた光景と違うからだ。
私の部屋から見えていた生え放題とは明らかに異なる雰囲気で、調和が取れているように思う。私を怖れてなのか、それが言いつけだったのか、知ったことではないけれど……私の部屋の周りは別世界のように荒れていた。
途中、何度か人とすれ違った。その度に彼らは丁寧に頭を下げていた。私に対するものであるはずがない、となれば前を歩く藤代へだ。彼は屋敷内でそれなりの地位に就いているのかもしれない。そんな彼に命令していた妖狐は屋敷の主――という認識でいいのだろうか?
妖狐が治めるあやかし屋敷。自分の置かれた状況を意識して緊張につばを呑む。けっして気を抜いてはいけないと己を戒めた。
しばらく歩いて通されたのは最奥の間だ。
またか……
あやかしの中に在っても所詮、私は人目に晒すに値しないのだろう。しかもその事実に多少なりとも落胆していることに驚かされた。いったい私はあやかし相手に何を期待していたのだろう。けれど私の前に広がる景色は想像と異なるものだった。
部屋の空気は頻繁に風が通されているようで清潔感があった。横目に映る襖には見事な花の絵が描かれている。まるで見る者を楽しませるような造りだ。
藤代が戸を開ければ外には庭園が広がっていた。枝葉まで整えられた木々、大きな池に魚はいないが水に浮かぶ葉と薄い桃色の花が浮いている。
大切な部屋なのだろう。そんな場所を私に与えるはずがないと思うのに、邪険に扱われてきたからこそ『特別』には敏感だ。望月家で与えられてきた部屋との違いばかりを見つけてしまう。
「ここは……」
いっそ鉄格子の向こう側に放り込まれる方が似合うのだが。
「椿の間にございます」
藤代の口からまたその名を聞く。不本意ながら私の名と同じ花、もしかするとこの部屋から閃いたのかもしれない。
もう、椿でいいかと投げやりな思考に至る。名前がないのも不便だ。彼らとはいずれ手を切るのだから今だけのこと、なんと呼ばれようとも構わないと納得することにした。
「椿様?」
黙り込んでいると再度、藤代が呼びかけていた。気を抜いてはいけないと戒めたばかりなのに失態だ。
「な、何?」
「朧様の羽織も似合っておりますが、じきに着物やその他の品も手配できますかと。もうしばらくお待ちくださいませ――と申し上げておりました」
「着物?」
「いつまでもそのような格好でいさせるわけにはまいりません。朧様の言いつけで用意しているところです。そうなってはわたくしだけでは手の回らないこともありますね……こちらも手配しておきましょう」
「そう……」
曖昧な返答。けれどそれ以外どうこう言うべき事柄も見当たらない。
「……ところで妖狐はどうしているの?」
離れられたのは好都合だが、離れていては好機を逃しているも同じだ。
すると藤代はしばらく考え込んでいる。知らなければ一言「知らない」で済むはずなのに、迷うことがあるだろうか。
「失礼ながら、この屋敷には多くの妖狐が暮らしております。おそれながら、どの妖狐でしょうか?」
わかりきっていることを何故聞き返すのだろう。妖狐とやり取りを見た限り有能そうな印象を受けたのだが。
「だから、私を攫ってきた妖狐を」
説明すれば、わざとらしく困った表情が浮かべられる。
「わたくしには、どの妖狐があなた様をお連れしたのか見当も付きません。現場を目撃したわけはありませんので……」
ああ、なるほど。そういうことか。ふとこの男の狙いがわかってしまった。
「朧!」
つまりは名前を呼ばせたいのだ。そして私の推測は正しかった。「ああ、なるほど!」と、これまたわざとらしい――正確には演技が下手なわけではないけれど。添えられた極上の笑みが過剰過ぎて、初対面の私ですら警戒してしまう。それと同時に確信する。この男は根っから妖狐……朧の見方なのだと。
私にとっては数いるあやかしのうちの一匹、それ以上でも以下でもない。あやかしとしての名だけ分かれば十分で、名乗られようが妖狐と呼び続けていたけれど、この男にとってはそうではいのだ。
まあ確かに、妖狐が多数暮らしているのなら面倒だけれど。これからは名を呼ぶことにしよう。あくまで本人の前以外では! 呼んでしまったら何故か酷く後悔しそうな気がする。主に私が……。
「これでわかった? 満足?」
「はい」
どうせ不満がる私の理由も理解しているのだろう。満足そうに笑みを浮かべている藤代とは言い争いをして叶う相手ではないと悟った。
後に藤代は、この功績を大層褒められたることになるが、私にとっては知ったことではない。
私は藤代を前に今後の予定を話し合う。
座学――屋敷のこと、しきたり、奥方として身につけておくべき知識。私に教えたいことは、それはそれは大量にあるらしく……はっきり言って頭が痛い。それらをこなさなければ稽古をつけてもらえないというのだ。
やるしかないけれど……何しろ勉学に励んだことがない。未知の領域に明日からどうなるのかと目眩がする。
「失礼いたします。藤代様、お食事をお持ちしました。それと言いつけの物は全て仕上がっております」
「ああ、野菊か。頼む」
運ばれてきた食事に唖然としていると、私の前にみるみる支度が整えられていく。
「すっかり昼を回ってしまいましたね。配慮が遅れ申し訳ありませんでした。どうぞお召し上がりください」
懐柔されるのも癪ではあるが私は黙って箸を持つ。空腹はどうしたって抑えようのない欲求だ。
「いただきます」
誰に言ったつもりもない。聞いていてほしいと思ったわけでもない。
一人での食事は慣れている。だから一人きりで取り残されるのも構わないのに、野菊という女性は居座るつもりのようで、私は無心を決め込み食事を続けた。ちなみに藤代はとっくに姿を消している。
「ごちそうさま」
そう告げれば見計らったように善が下げられる。当然のように給仕されたこともあり、私はつられるように「美味しかった」と口にしていた。
「もったいないお言葉です」
野菊は短く告げると部屋を出て行く。
同じ女性としても立ち居振る舞いが洗練されていると認めざるを得ない動きだ。しなやかで無駄がないと、戦いを基準にそんなことを考えた。
やがて藤代が戻ってくると、何故かその手には大量の荷物を抱えている。
「どうしたの?」
あまりにも量が多く不安定な有様だ。
「お見苦しいところを、失礼いたしました」
さすがに本人もきついのか余裕がないと見える。
「これらは全て椿様のものにございます」
「妖狐……その、朧から?」
また同じ問答をするつもりはないので訂正しておく。
「もちろんです。例えば、こちらにお召し変えされてはいかがでしょう」
黄色を深くしたような生地には白い花の模様。一言でまとめるなら『可憐な花柄の着物』を提示されている。
私にも物を『可愛い』と感じる心が残っていたのね。戦いに身を費やしてばかりの人間には久しい感覚――ではなくて。
「これを私に着ろと言うの!? あ、ありえない。こんなもの似合うわけがない。目は確か!?」
「渾身の力で叫ぶほど喜ばれては朧様も幸せでしょうね」
どうして微笑ましい顔で私を見るの!?
「絶対に違う! それと、私はこんなもの着たことがないから似合うわけがない」
このままでは目の前の『可憐な花柄の着物』を着ることになってしまう。なんとしてでも阻止しなくては!
「俺の見立てを疑うのか?」
「だからそういうっ――ど、どこから現れて!?」
あまりにもさり気なく口を挟まれ、驚くなと言う方が無理だ。あやかしなのだから瞬間的に姿を眩ませたり現したりするのはお手の物? なんて怖ろしい!
「おい、何を想像した? 普通に入口からに決まっているだろう」
本当だった。襖はしっかり開いている。
「何を言い争っているかと思えば、着てみればいいだろう。君のために用意させた品だ、おかしな物は紛れていない」
「どうだか。見なさいよこの着物!」
大袈裟ともとれる動作でそれを指差した。
「こんなに可愛い着物なんて着たことがないのに、どうしたら私に似合うと思えるの?」
朧の感性が不思議でならない。
「では日頃どんなものを着ている? 場合によっては調達してやろう」
「生れてから今日まであの黒い装束よ。何か問題がある?」
朧は信じられないとい目を覆う。
「年頃の娘が黒一色とは、虚しいものだ」
あやかしから憐れみの眼差しを向けられている私って一体……。
「よ、余計なお世話! だからこれらは私に必要ない物。こんな明るい色、落ち着かない。可憐で、見る者を虜にするような着物……」
言いながら、私は自分に驚かされる。こんなにしゃべることが出来たのね。
「なるほど、着物を褒めてもらえるとは光栄だな」
「そんなこと――」
――ないわけがない。
思い返せば私の発言は称賛以外のなんでもなかった。ともすれば、似合うも似合わないも、たかが着物ごときに幼稚な反論を繰り返す自分に呆れてしまう。着てしまえば同じだろうに。
仮に望月家から支給されたとして、私は躊躇うことなく袖を通す。そうすることが当然だと受け入れる。けれど今は、朧相手には素直に受け入れることが難しかった。
あやかし相手だから反発している? きっとそれだけではない。交渉、約束、契約? この曖昧な関係をなんと呼ぶ? たとえどんな呼び名であろうと、変わらぬ現実があることに私は気付かされていた。
朧は私と対等に会話してくれる。
それだけは……評価しているのかもしれない。いつのまにか自然に、彼は私の発言に耳を傾けてくれる相手だと認識してしまっている。
抵抗など無視することもできるのに言葉を交わしてくれる。呆れることなく向き合てくれる。いえ、呆れてはいるでしょうけれど。
一方的に会話を拒絶し終えることをしない。そんな対応に喜ぶなという方が無理だ。あやかしなのにあの家の人たちとは違う。こんな私の声を聞いてくれる。誰かと話すことの嬉しさを感じてしまう。
かつて私が暮らしていた望月家の屋敷は広かった。
長い石畳の階段を上り、赤い鳥居を潜り、母屋を迂回してようやく離れへとたどり着く。門から最も遠く離れた奥の奥、それが私にあてがわれた部屋だ。
小さな部屋だけが私の世界。屋敷内を歩き回ることは許されておらず、あやかし退治で疲れた体を引きずって部屋に戻るのにはいつも苦労していた。
それだけ広い敷地に広大な屋敷であると認知していたけれど、このあやかし屋敷も相当らしい。なにしろ未だ目的地とやらに到着していないのだから。
廊下を歩けば嫌でも外の様子が目に入る。
名も知らない花がたくさん咲いていた。着には青々とした葉が生い茂り、手入れが行き届いていることは無知な私でもわかる。何故かといえば、これまで私が眺めていた光景と違うからだ。
私の部屋から見えていた生え放題とは明らかに異なる雰囲気で、調和が取れているように思う。私を怖れてなのか、それが言いつけだったのか、知ったことではないけれど……私の部屋の周りは別世界のように荒れていた。
途中、何度か人とすれ違った。その度に彼らは丁寧に頭を下げていた。私に対するものであるはずがない、となれば前を歩く藤代へだ。彼は屋敷内でそれなりの地位に就いているのかもしれない。そんな彼に命令していた妖狐は屋敷の主――という認識でいいのだろうか?
妖狐が治めるあやかし屋敷。自分の置かれた状況を意識して緊張につばを呑む。けっして気を抜いてはいけないと己を戒めた。
しばらく歩いて通されたのは最奥の間だ。
またか……
あやかしの中に在っても所詮、私は人目に晒すに値しないのだろう。しかもその事実に多少なりとも落胆していることに驚かされた。いったい私はあやかし相手に何を期待していたのだろう。けれど私の前に広がる景色は想像と異なるものだった。
部屋の空気は頻繁に風が通されているようで清潔感があった。横目に映る襖には見事な花の絵が描かれている。まるで見る者を楽しませるような造りだ。
藤代が戸を開ければ外には庭園が広がっていた。枝葉まで整えられた木々、大きな池に魚はいないが水に浮かぶ葉と薄い桃色の花が浮いている。
大切な部屋なのだろう。そんな場所を私に与えるはずがないと思うのに、邪険に扱われてきたからこそ『特別』には敏感だ。望月家で与えられてきた部屋との違いばかりを見つけてしまう。
「ここは……」
いっそ鉄格子の向こう側に放り込まれる方が似合うのだが。
「椿の間にございます」
藤代の口からまたその名を聞く。不本意ながら私の名と同じ花、もしかするとこの部屋から閃いたのかもしれない。
もう、椿でいいかと投げやりな思考に至る。名前がないのも不便だ。彼らとはいずれ手を切るのだから今だけのこと、なんと呼ばれようとも構わないと納得することにした。
「椿様?」
黙り込んでいると再度、藤代が呼びかけていた。気を抜いてはいけないと戒めたばかりなのに失態だ。
「な、何?」
「朧様の羽織も似合っておりますが、じきに着物やその他の品も手配できますかと。もうしばらくお待ちくださいませ――と申し上げておりました」
「着物?」
「いつまでもそのような格好でいさせるわけにはまいりません。朧様の言いつけで用意しているところです。そうなってはわたくしだけでは手の回らないこともありますね……こちらも手配しておきましょう」
「そう……」
曖昧な返答。けれどそれ以外どうこう言うべき事柄も見当たらない。
「……ところで妖狐はどうしているの?」
離れられたのは好都合だが、離れていては好機を逃しているも同じだ。
すると藤代はしばらく考え込んでいる。知らなければ一言「知らない」で済むはずなのに、迷うことがあるだろうか。
「失礼ながら、この屋敷には多くの妖狐が暮らしております。おそれながら、どの妖狐でしょうか?」
わかりきっていることを何故聞き返すのだろう。妖狐とやり取りを見た限り有能そうな印象を受けたのだが。
「だから、私を攫ってきた妖狐を」
説明すれば、わざとらしく困った表情が浮かべられる。
「わたくしには、どの妖狐があなた様をお連れしたのか見当も付きません。現場を目撃したわけはありませんので……」
ああ、なるほど。そういうことか。ふとこの男の狙いがわかってしまった。
「朧!」
つまりは名前を呼ばせたいのだ。そして私の推測は正しかった。「ああ、なるほど!」と、これまたわざとらしい――正確には演技が下手なわけではないけれど。添えられた極上の笑みが過剰過ぎて、初対面の私ですら警戒してしまう。それと同時に確信する。この男は根っから妖狐……朧の見方なのだと。
私にとっては数いるあやかしのうちの一匹、それ以上でも以下でもない。あやかしとしての名だけ分かれば十分で、名乗られようが妖狐と呼び続けていたけれど、この男にとってはそうではいのだ。
まあ確かに、妖狐が多数暮らしているのなら面倒だけれど。これからは名を呼ぶことにしよう。あくまで本人の前以外では! 呼んでしまったら何故か酷く後悔しそうな気がする。主に私が……。
「これでわかった? 満足?」
「はい」
どうせ不満がる私の理由も理解しているのだろう。満足そうに笑みを浮かべている藤代とは言い争いをして叶う相手ではないと悟った。
後に藤代は、この功績を大層褒められたることになるが、私にとっては知ったことではない。
私は藤代を前に今後の予定を話し合う。
座学――屋敷のこと、しきたり、奥方として身につけておくべき知識。私に教えたいことは、それはそれは大量にあるらしく……はっきり言って頭が痛い。それらをこなさなければ稽古をつけてもらえないというのだ。
やるしかないけれど……何しろ勉学に励んだことがない。未知の領域に明日からどうなるのかと目眩がする。
「失礼いたします。藤代様、お食事をお持ちしました。それと言いつけの物は全て仕上がっております」
「ああ、野菊か。頼む」
運ばれてきた食事に唖然としていると、私の前にみるみる支度が整えられていく。
「すっかり昼を回ってしまいましたね。配慮が遅れ申し訳ありませんでした。どうぞお召し上がりください」
懐柔されるのも癪ではあるが私は黙って箸を持つ。空腹はどうしたって抑えようのない欲求だ。
「いただきます」
誰に言ったつもりもない。聞いていてほしいと思ったわけでもない。
一人での食事は慣れている。だから一人きりで取り残されるのも構わないのに、野菊という女性は居座るつもりのようで、私は無心を決め込み食事を続けた。ちなみに藤代はとっくに姿を消している。
「ごちそうさま」
そう告げれば見計らったように善が下げられる。当然のように給仕されたこともあり、私はつられるように「美味しかった」と口にしていた。
「もったいないお言葉です」
野菊は短く告げると部屋を出て行く。
同じ女性としても立ち居振る舞いが洗練されていると認めざるを得ない動きだ。しなやかで無駄がないと、戦いを基準にそんなことを考えた。
やがて藤代が戻ってくると、何故かその手には大量の荷物を抱えている。
「どうしたの?」
あまりにも量が多く不安定な有様だ。
「お見苦しいところを、失礼いたしました」
さすがに本人もきついのか余裕がないと見える。
「これらは全て椿様のものにございます」
「妖狐……その、朧から?」
また同じ問答をするつもりはないので訂正しておく。
「もちろんです。例えば、こちらにお召し変えされてはいかがでしょう」
黄色を深くしたような生地には白い花の模様。一言でまとめるなら『可憐な花柄の着物』を提示されている。
私にも物を『可愛い』と感じる心が残っていたのね。戦いに身を費やしてばかりの人間には久しい感覚――ではなくて。
「これを私に着ろと言うの!? あ、ありえない。こんなもの似合うわけがない。目は確か!?」
「渾身の力で叫ぶほど喜ばれては朧様も幸せでしょうね」
どうして微笑ましい顔で私を見るの!?
「絶対に違う! それと、私はこんなもの着たことがないから似合うわけがない」
このままでは目の前の『可憐な花柄の着物』を着ることになってしまう。なんとしてでも阻止しなくては!
「俺の見立てを疑うのか?」
「だからそういうっ――ど、どこから現れて!?」
あまりにもさり気なく口を挟まれ、驚くなと言う方が無理だ。あやかしなのだから瞬間的に姿を眩ませたり現したりするのはお手の物? なんて怖ろしい!
「おい、何を想像した? 普通に入口からに決まっているだろう」
本当だった。襖はしっかり開いている。
「何を言い争っているかと思えば、着てみればいいだろう。君のために用意させた品だ、おかしな物は紛れていない」
「どうだか。見なさいよこの着物!」
大袈裟ともとれる動作でそれを指差した。
「こんなに可愛い着物なんて着たことがないのに、どうしたら私に似合うと思えるの?」
朧の感性が不思議でならない。
「では日頃どんなものを着ている? 場合によっては調達してやろう」
「生れてから今日まであの黒い装束よ。何か問題がある?」
朧は信じられないとい目を覆う。
「年頃の娘が黒一色とは、虚しいものだ」
あやかしから憐れみの眼差しを向けられている私って一体……。
「よ、余計なお世話! だからこれらは私に必要ない物。こんな明るい色、落ち着かない。可憐で、見る者を虜にするような着物……」
言いながら、私は自分に驚かされる。こんなにしゃべることが出来たのね。
「なるほど、着物を褒めてもらえるとは光栄だな」
「そんなこと――」
――ないわけがない。
思い返せば私の発言は称賛以外のなんでもなかった。ともすれば、似合うも似合わないも、たかが着物ごときに幼稚な反論を繰り返す自分に呆れてしまう。着てしまえば同じだろうに。
仮に望月家から支給されたとして、私は躊躇うことなく袖を通す。そうすることが当然だと受け入れる。けれど今は、朧相手には素直に受け入れることが難しかった。
あやかし相手だから反発している? きっとそれだけではない。交渉、約束、契約? この曖昧な関係をなんと呼ぶ? たとえどんな呼び名であろうと、変わらぬ現実があることに私は気付かされていた。
朧は私と対等に会話してくれる。
それだけは……評価しているのかもしれない。いつのまにか自然に、彼は私の発言に耳を傾けてくれる相手だと認識してしまっている。
抵抗など無視することもできるのに言葉を交わしてくれる。呆れることなく向き合てくれる。いえ、呆れてはいるでしょうけれど。
一方的に会話を拒絶し終えることをしない。そんな対応に喜ぶなという方が無理だ。あやかしなのにあの家の人たちとは違う。こんな私の声を聞いてくれる。誰かと話すことの嬉しさを感じてしまう。
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