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第4章

先輩と後輩 3

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 が、先輩はすぐに俺から視線を逸らした。そのまま、城川の背中を優しく撫でる。

「本当、辛いよね。……僕もそう。敵に塩を送ったようなものなんだから」

 先輩の言葉に、俺はもしかしたら……と思った。が、それを自分で問いかけるのは嫌だった。だって、そうじゃないか。

 自惚れだとか、思い上がりだとか。そういう風に受け取られてもおかしくない。そもそも、勘違いだったら純粋に恥ずかしい。

「……ねぇ、城川君」
「……うん」
「よかったら、今後も僕と会おうよ。……僕でよかったら、話を聞くからさ」

 城川の顔を覗き込んで、先輩が優しくそう言っていた。……城川は、なんのためらいもなく頷く。

「よし、解決だ。……じゃあ、三人でのんびり話でもしようか。……祈、待たせてごめんね」
「……いや、別にいいんです、けれど」

 なんていうか、口を挟めるような空気じゃなかったし。

 心の中でそう呟きつつ、俺は城川を見つめる。……亜玲との話を、聞きたくないんじゃないだろうか。

 視線だけでそう問いかければ、城川がぷいっと顔を背ける。かと思えば、先輩の肩に頭を預けていた。

「別に、上月先輩の話、したらいいじゃん。……俺、もう吹っ切れた」

 だったら、いいんだけれど。

 そう思って、俺はコーヒーを一口飲む。……なんだか、普段よりも甘く感じるのは何故なのか。

 ごくりと一口飲んだとき、不意に俺のスマホが震えていることに気が付いた。慌てて取って、着信の相手を確認する。

 ……『上月 奏輔』。その名前を見て、ぶちっと切る。

「祈? 出なくていいの?」
「あぁ、いいんです。……あんまり、出たくない人なんで」

 スマホをポケットの中に戻して、先輩に笑いかける。

(大体、奏輔もめげないな。……折り返し電話がない時点で、察しろよ)

 頭の中だけで悪態をついて、いっそ着信拒否をしようかと思った。……が、さすがにそれは可哀想すぎるというか。

 なんて、思うから俺は付け込まれるんだろうな。

「で、今日はどんな面白い話を聞かせてくれるの?」
「……先輩」
「ははっ、そんな風に睨まないで。……僕、これでも祈の幸せを願っているんだからさ」

 けらけらと笑う先輩は、本当に人が悪いと思う。……でも、この人以上に信頼を寄せられる人を、俺は知らない。

「というかさ、祈。今日は泊っていく?」

 さらには、ふと思い出したように先輩がそう問いかけてくる。……確かに今まではたまに泊まっていたけれど。夜な夜な愚痴大会を開いていたけれど。

「やめておきます。亜玲にバレたら、後が怖い」

 付き合っているわけでもないんだから、束縛なんてしないでほしいのに。

 その考えは亜玲には通用しないから、仕方がないんだけれど。

「そっか。……じゃあ――」
「あの、俺、泊ってもいいです?」

 しかし、城川よ。今日会ったばかりの人間にそれはないだろう。

 そう思って城川を見つめれば、城川は先輩の肩に頭を預けて甘えたような目をしている。……なんだ、これ。

「別に僕はいいけど。……けど、城川君はいいの? こんな会ったばかりの人間のアパートに泊るなんて……」
「いいです。……むしろ、泊まりたい」

 ……なんだか、見てはいけないものを見ているような感覚だった。

 だから、俺は額を押さえてしまう。っていうか、この二人会ったばかりとは思えないくらい、甘ったるい空気を醸し出しているような気がする。……俺、完全に邪魔者じゃん。

「あー、先輩、俺、帰ります」
「……祈?」
「なんていうか俺、邪魔者じゃないですか」

 この空気の中、ずっといることは出来ない。というか、普通に俺が辛い。

 先輩もその言葉の意味に気が付いたらしく、「ごめんね」と口パクで伝えてくる。……別に、怒っているわけじゃない。

「じゃあ、なんでしょうね……。お幸せに!」

 それだけ言って、俺はさっさと先輩のアパートを後にする。

 先輩が「また連絡して来いよ!」と俺の背中に告げるけれど、返事はしなかった。

 ……いや、単に返事が出来なかったというべきか。

(城川、変わり身早すぎない……?)

 恋の傷を癒すには、新しい恋かもしれない。……かといって、あれは早すぎる。そう思って、ため息をついた。
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