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第4章
先輩と後輩 2
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「……ぁ」
城川が、小さくそう呟く。奴は慌てて顔を上げる。その目が、潤んでいるのに気が付いてしまった。
「……城川?」
小さく奴のことを呼べば、その目からはらりと涙がこぼれた。え……なんで、泣いてるんだ?
慌てる俺を他所に、先輩は城川を見つめてる。じっと、視線を少しも逸らさずに。
「こういうこと、しちゃダメだからね」
「……はい」
先輩のいう「こういうこと」は自傷行為とか、そう言うことなのかもしれない。
そんなことを思って、俺はかける言葉を迷う。どういう風に声をかければいいのか。それがわからないし、そもそも今俺が口を挟めるような空気じゃない。
「もしかしたら、キミには僕の想像する以上に辛いことがあるのかもしれない」
ゆったりと、先輩が語りだす。その言葉に、城川はただ目を丸くしていた。ぽかんと口が空いている。間抜けだと思ったけれど、口に出せるような空気じゃない。あと、純粋に茶化すのは嫌だ。
「だから、話くらいは聞くよ。……僕で、よかったらだけれど」
にこやかに笑った先輩が、城川の頭を撫でた。……それは、俺がいつもしてもらっているのと同じことだった。
亜玲に恋人を寝取られて、愚痴る俺のことを先輩はただそうしてくれた。……あと、なによりも。ずっと、話を聞いてくれた。それがどれだけありがたいことなのか、俺はよく知っている。
「お、れ……」
「……うん」
「ずっと、選ばれないの」
はらはらと涙を零しながら、城川がそう零す。その手の甲で涙を必死に拭うのを見てか、先輩はタオルを引っ張り出して城川に渡した。城川は、それを素直に受け取る。
「好きになった人は、俺を見てくれない。絶対に、別の人を見ている。……それが、辛いんだ」
「……そっか」
「だから、好きになったら一直線になって、追いかけて、好きになってもらおうとする。……けど、それさえも無駄なこと」
……どうやら、城川にも城川なりの考えがあったらしい。俺は、無意識のうちにこいつの傷を抉っていたのかもしれない。今更それに気が付いて、反省する。ぐっと唇を結んで、城川の話の続きを待つ。
「好きになっても、選ばれない。選ばれるための努力をしても、勝てない。……今回だって、そうだった」
それは、亜玲のことなのだろう。亜玲の視線の先にはいつだって俺がいると、城川は言っていた。それが、憎たらしいとも。
「なにが、悪いのかわかんないんだ。どれだけ俺が頑張っても、俺は誰からも愛されない。そう、突きつけられたような気がして」
「……そっか」
「こんなの、おかしいって、思う。……ほかの奴らは選ばれるのに、俺だけ、選ばれないなんて……」
どんどん声が小さくなっていく。その言葉はまるで嫉妬を表しているかのようなのに。城川の言葉には覇気がない所為で、妬みの感情が上手く伝わってこない。ただ、純粋に悲しんでいる。それしか、わからなかった。
「ずっと、ずっとそうなんだ。……このまま俺は、誰からも選ばれないんじゃないだろうかって、思う」
「……うん」
「誰にも、分かってもらえないだろうけれど」
最後に、城川はそう吐き捨てた。
俺がその言葉になにも返せないでいると、先輩が「よく、頑張ったね」と言葉をかけていた。
驚いたように城川が顔を上げる。
「だって、そうじゃないか。……最終的にキミは相手の幸せを考えて、身を引くことが出来るんだ。とても、素敵な人だよ」
「……う」
「それに、僕だって一緒だ。僕はいつだって、好きな人に男として見てもらえない。いい友人とか、そういう感じで終わるんだ」
先輩の呟き。それは、初めて知ったことだった。
驚いていれば、先輩の視線が俺を射貫く。……なんだろうか、絶妙に居心地が悪い。そう思って、息を呑む。
城川が、小さくそう呟く。奴は慌てて顔を上げる。その目が、潤んでいるのに気が付いてしまった。
「……城川?」
小さく奴のことを呼べば、その目からはらりと涙がこぼれた。え……なんで、泣いてるんだ?
慌てる俺を他所に、先輩は城川を見つめてる。じっと、視線を少しも逸らさずに。
「こういうこと、しちゃダメだからね」
「……はい」
先輩のいう「こういうこと」は自傷行為とか、そう言うことなのかもしれない。
そんなことを思って、俺はかける言葉を迷う。どういう風に声をかければいいのか。それがわからないし、そもそも今俺が口を挟めるような空気じゃない。
「もしかしたら、キミには僕の想像する以上に辛いことがあるのかもしれない」
ゆったりと、先輩が語りだす。その言葉に、城川はただ目を丸くしていた。ぽかんと口が空いている。間抜けだと思ったけれど、口に出せるような空気じゃない。あと、純粋に茶化すのは嫌だ。
「だから、話くらいは聞くよ。……僕で、よかったらだけれど」
にこやかに笑った先輩が、城川の頭を撫でた。……それは、俺がいつもしてもらっているのと同じことだった。
亜玲に恋人を寝取られて、愚痴る俺のことを先輩はただそうしてくれた。……あと、なによりも。ずっと、話を聞いてくれた。それがどれだけありがたいことなのか、俺はよく知っている。
「お、れ……」
「……うん」
「ずっと、選ばれないの」
はらはらと涙を零しながら、城川がそう零す。その手の甲で涙を必死に拭うのを見てか、先輩はタオルを引っ張り出して城川に渡した。城川は、それを素直に受け取る。
「好きになった人は、俺を見てくれない。絶対に、別の人を見ている。……それが、辛いんだ」
「……そっか」
「だから、好きになったら一直線になって、追いかけて、好きになってもらおうとする。……けど、それさえも無駄なこと」
……どうやら、城川にも城川なりの考えがあったらしい。俺は、無意識のうちにこいつの傷を抉っていたのかもしれない。今更それに気が付いて、反省する。ぐっと唇を結んで、城川の話の続きを待つ。
「好きになっても、選ばれない。選ばれるための努力をしても、勝てない。……今回だって、そうだった」
それは、亜玲のことなのだろう。亜玲の視線の先にはいつだって俺がいると、城川は言っていた。それが、憎たらしいとも。
「なにが、悪いのかわかんないんだ。どれだけ俺が頑張っても、俺は誰からも愛されない。そう、突きつけられたような気がして」
「……そっか」
「こんなの、おかしいって、思う。……ほかの奴らは選ばれるのに、俺だけ、選ばれないなんて……」
どんどん声が小さくなっていく。その言葉はまるで嫉妬を表しているかのようなのに。城川の言葉には覇気がない所為で、妬みの感情が上手く伝わってこない。ただ、純粋に悲しんでいる。それしか、わからなかった。
「ずっと、ずっとそうなんだ。……このまま俺は、誰からも選ばれないんじゃないだろうかって、思う」
「……うん」
「誰にも、分かってもらえないだろうけれど」
最後に、城川はそう吐き捨てた。
俺がその言葉になにも返せないでいると、先輩が「よく、頑張ったね」と言葉をかけていた。
驚いたように城川が顔を上げる。
「だって、そうじゃないか。……最終的にキミは相手の幸せを考えて、身を引くことが出来るんだ。とても、素敵な人だよ」
「……う」
「それに、僕だって一緒だ。僕はいつだって、好きな人に男として見てもらえない。いい友人とか、そういう感じで終わるんだ」
先輩の呟き。それは、初めて知ったことだった。
驚いていれば、先輩の視線が俺を射貫く。……なんだろうか、絶妙に居心地が悪い。そう思って、息を呑む。
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