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第1章
第1話
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「父上、これは条約に違反しております!」
部屋に男の声が響いた。声の主は気にすることなく、中年の男に詰め寄った。
中年の男は軽くあごひげを撫で、困ったような表情を浮かべている。
「だが、その条約も百年近く前のもの。やつらの言い分もわからんことはない」
「でしたら、父上はエルミスの要求を呑むというのですか!?」
こぶしをテーブルに打ち付け、男は悔しそうな表情を浮かべる。
二人の様子をアンジーははらはらしながら見守る。室内は緊張感に包まれていて、空気が重い。
「誰もそんなこと言っておらん。今ハジェンズに相談しておるところだ」
詰め寄っていた男は、鋭い視線を浴びてぐっと唇を噛んだ。
そして、渋々自身の席に戻る。
「良い返事がもらえるかは別として、かの国は長年エルミスと敵対しておる。なにかいいアドバイスがもらえるかもしれん」
「……それはつまり、我が国だけでは手詰まりだと」
「言い方を変えれば、そうなるな」
会話が途切れる。空気が一段と重くなり、アンジーは膝の上で手を握った。
(私も、なにかできたらいいのだけど……)
つい先日、アンジーの祖国であるグリーナウェイにとある書簡が届いた。
送ってきた相手は隣国のエルミス。そこには様々なことがつづられていたが、要約すると『グリーナウェイの土地を譲ってほしい。拒否する場合は武力を持ち出しても文句を言うな』ということ。
二国間には九十年前に結んだ平和条約がある。しかし、エルミスいわく『時代遅れの条約もあるがゆえ、守る必要もない』と。無茶苦茶な言い分だとわかっているが、国力はエルミスのほうが上。攻め込まれると、グリーナウェイ側はひとたまりもない。
「ハジェンズの王はまだ王位を継いで三年。正しい答えを導き出せるとは思えません」
「ですが、ハジェンズの言葉があるかないかは、重要ですよ」
先ほどから黙っていた中年の女性が声をあげる。彼女は大きくため息をついた。
「それとも、あなたはこの土地を火の海にしたいというのですか?」
女性の鋭い視線にさらされ、男は黙った。
今までにないぴりついた空気を肌で感じ、アンジーはついうつむいてしまう。
「アンジー。気分が悪いなら部屋に戻ってもいいんだよ。キミが聞く必要なんてない」
「……いえ、聞きますわ。私もこのグリーナウェイの王族ですもの」
首を横に振ると、声をかけてきた男はアンジーの肩を軽くなでてくれた。
男――兄はいつもアンジーを気にかけてくれる。いや、この場にいる誰もがアンジーを気にかけてくれている。
先ほどから父に詰め寄っている長兄も、詰め寄られている父も。長兄をたしなめる母も。
もちろん――ほかの兄たちも同様。
(なにかしたくても、私は王女に過ぎない。お兄さまたちのように役に立てるわけがない……)
それぞれの分野で活躍する五人の兄。比べ、アンジーは無力だ。なにもできない。
室内はたびたび沈黙に包まれ、そのたびに空気が重くなる。王太子である長兄と国王である父の議論を聞きつつ、アンジーは目を伏せた。どうしたら、自分もこの国の力になれるだろうか――。
「陛下! ハジェンズから書簡が届きました!」
扉越しに文官が叫ぶ。父が許可を出すと、文官が部屋に足を踏み入れた。
そして、父親に書簡を手渡す。
父が書簡を開いて、目を通していく。誰もが固唾をのんで、彼の言葉を待っている。
「――そうか」
「陛下、お返事の内容は?」
母の言葉に、父は書簡を文官に手渡す。彼は父から指示を受け、部屋を出ていった。
「ハジェンズ側はグリーナウェイを庇護してもいいと言っている。ただし、それには条件があると」
「……条件、ですか?」
「あぁ。妃として王女が欲しいということだ」
聞こえた言葉に、アンジーの肩がびくりと跳ねた。
「王女を妃として嫁にもらえるのなら、庇護下に加えてもいいと」
場の空気が一瞬で凍てついた。
(妃として、王女がほしい? それって――)
この国の王女はアンジーたった一人で――。
「父上、それはアンジーを差し出すということでしょうか?」
先ほどアンジーの肩を撫でてくれた三番目の兄が、手を挙げて発言する。父が神妙な面持ちでうなずいたのが見えた。
「……僕はアンジーを嫁がせたくありません」
「どうしてだ」
「当たり前でしょう! それは国のためにアンジーに犠牲になれと言っているようなものです!」
確かにそう受け取ってもおかしくはない。アンジーだって考えなかったといえば、嘘になる。
「ハジェンズの王にはいいうわさを聞きません。話によると、人間に興味がないとか。そんな男の元に嫁いだとて、アンジーが幸せになれるわけがない」
「……お兄さま」
顔をあげると、当の兄と目が合った。彼はアンジーに向かって安心させるようにうなずく。
「陛下。わたくしも反対です」
母が兄の言葉に同意する。
「アンジーはわたくしたちの大切な子です。そんな、国のために犠牲になるなんてあってはなりません」
「……お母さま」
「陛下だって、アンジーに幸せになってほしいでしょう?」
部屋に男の声が響いた。声の主は気にすることなく、中年の男に詰め寄った。
中年の男は軽くあごひげを撫で、困ったような表情を浮かべている。
「だが、その条約も百年近く前のもの。やつらの言い分もわからんことはない」
「でしたら、父上はエルミスの要求を呑むというのですか!?」
こぶしをテーブルに打ち付け、男は悔しそうな表情を浮かべる。
二人の様子をアンジーははらはらしながら見守る。室内は緊張感に包まれていて、空気が重い。
「誰もそんなこと言っておらん。今ハジェンズに相談しておるところだ」
詰め寄っていた男は、鋭い視線を浴びてぐっと唇を噛んだ。
そして、渋々自身の席に戻る。
「良い返事がもらえるかは別として、かの国は長年エルミスと敵対しておる。なにかいいアドバイスがもらえるかもしれん」
「……それはつまり、我が国だけでは手詰まりだと」
「言い方を変えれば、そうなるな」
会話が途切れる。空気が一段と重くなり、アンジーは膝の上で手を握った。
(私も、なにかできたらいいのだけど……)
つい先日、アンジーの祖国であるグリーナウェイにとある書簡が届いた。
送ってきた相手は隣国のエルミス。そこには様々なことがつづられていたが、要約すると『グリーナウェイの土地を譲ってほしい。拒否する場合は武力を持ち出しても文句を言うな』ということ。
二国間には九十年前に結んだ平和条約がある。しかし、エルミスいわく『時代遅れの条約もあるがゆえ、守る必要もない』と。無茶苦茶な言い分だとわかっているが、国力はエルミスのほうが上。攻め込まれると、グリーナウェイ側はひとたまりもない。
「ハジェンズの王はまだ王位を継いで三年。正しい答えを導き出せるとは思えません」
「ですが、ハジェンズの言葉があるかないかは、重要ですよ」
先ほどから黙っていた中年の女性が声をあげる。彼女は大きくため息をついた。
「それとも、あなたはこの土地を火の海にしたいというのですか?」
女性の鋭い視線にさらされ、男は黙った。
今までにないぴりついた空気を肌で感じ、アンジーはついうつむいてしまう。
「アンジー。気分が悪いなら部屋に戻ってもいいんだよ。キミが聞く必要なんてない」
「……いえ、聞きますわ。私もこのグリーナウェイの王族ですもの」
首を横に振ると、声をかけてきた男はアンジーの肩を軽くなでてくれた。
男――兄はいつもアンジーを気にかけてくれる。いや、この場にいる誰もがアンジーを気にかけてくれている。
先ほどから父に詰め寄っている長兄も、詰め寄られている父も。長兄をたしなめる母も。
もちろん――ほかの兄たちも同様。
(なにかしたくても、私は王女に過ぎない。お兄さまたちのように役に立てるわけがない……)
それぞれの分野で活躍する五人の兄。比べ、アンジーは無力だ。なにもできない。
室内はたびたび沈黙に包まれ、そのたびに空気が重くなる。王太子である長兄と国王である父の議論を聞きつつ、アンジーは目を伏せた。どうしたら、自分もこの国の力になれるだろうか――。
「陛下! ハジェンズから書簡が届きました!」
扉越しに文官が叫ぶ。父が許可を出すと、文官が部屋に足を踏み入れた。
そして、父親に書簡を手渡す。
父が書簡を開いて、目を通していく。誰もが固唾をのんで、彼の言葉を待っている。
「――そうか」
「陛下、お返事の内容は?」
母の言葉に、父は書簡を文官に手渡す。彼は父から指示を受け、部屋を出ていった。
「ハジェンズ側はグリーナウェイを庇護してもいいと言っている。ただし、それには条件があると」
「……条件、ですか?」
「あぁ。妃として王女が欲しいということだ」
聞こえた言葉に、アンジーの肩がびくりと跳ねた。
「王女を妃として嫁にもらえるのなら、庇護下に加えてもいいと」
場の空気が一瞬で凍てついた。
(妃として、王女がほしい? それって――)
この国の王女はアンジーたった一人で――。
「父上、それはアンジーを差し出すということでしょうか?」
先ほどアンジーの肩を撫でてくれた三番目の兄が、手を挙げて発言する。父が神妙な面持ちでうなずいたのが見えた。
「……僕はアンジーを嫁がせたくありません」
「どうしてだ」
「当たり前でしょう! それは国のためにアンジーに犠牲になれと言っているようなものです!」
確かにそう受け取ってもおかしくはない。アンジーだって考えなかったといえば、嘘になる。
「ハジェンズの王にはいいうわさを聞きません。話によると、人間に興味がないとか。そんな男の元に嫁いだとて、アンジーが幸せになれるわけがない」
「……お兄さま」
顔をあげると、当の兄と目が合った。彼はアンジーに向かって安心させるようにうなずく。
「陛下。わたくしも反対です」
母が兄の言葉に同意する。
「アンジーはわたくしたちの大切な子です。そんな、国のために犠牲になるなんてあってはなりません」
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