【R18】政略結婚した夫が、妃の私に求めるのは世継ぎを産むことだけ……のはずだった。あれ? なんだか夫の様子がおかしいのですが?

すめらぎかなめ

文字の大きさ
2 / 39
第1章

第1話

しおりを挟む
「父上、これは条約に違反しております!」

 部屋に男の声が響いた。声の主は気にすることなく、中年の男に詰め寄った。

 中年の男は軽くあごひげを撫で、困ったような表情を浮かべている。

「だが、その条約も百年近く前のもの。やつらの言い分もわからんことはない」
「でしたら、父上はエルミスの要求を呑むというのですか!?」

 こぶしをテーブルに打ち付け、男は悔しそうな表情を浮かべる。

 二人の様子をアンジーははらはらしながら見守る。室内は緊張感に包まれていて、空気が重い。

「誰もそんなこと言っておらん。今ハジェンズに相談しておるところだ」

 詰め寄っていた男は、鋭い視線を浴びてぐっと唇を噛んだ。

 そして、渋々自身の席に戻る。

「良い返事がもらえるかは別として、かの国は長年エルミスと敵対しておる。なにかいいアドバイスがもらえるかもしれん」
「……それはつまり、我が国だけでは手詰まりだと」
「言い方を変えれば、そうなるな」

 会話が途切れる。空気が一段と重くなり、アンジーは膝の上で手を握った。

(私も、なにかできたらいいのだけど……)

 つい先日、アンジーの祖国であるグリーナウェイにとある書簡が届いた。

 送ってきた相手は隣国のエルミス。そこには様々なことがつづられていたが、要約すると『グリーナウェイの土地を譲ってほしい。拒否する場合は武力を持ち出しても文句を言うな』ということ。

 二国間には九十年前に結んだ平和条約がある。しかし、エルミスいわく『時代遅れの条約もあるがゆえ、守る必要もない』と。無茶苦茶な言い分だとわかっているが、国力はエルミスのほうが上。攻め込まれると、グリーナウェイ側はひとたまりもない。

「ハジェンズの王はまだ王位を継いで三年。正しい答えを導き出せるとは思えません」
「ですが、ハジェンズの言葉があるかないかは、重要ですよ」

 先ほどから黙っていた中年の女性が声をあげる。彼女は大きくため息をついた。

「それとも、あなたはこの土地を火の海にしたいというのですか?」

 女性の鋭い視線にさらされ、男は黙った。

 今までにないぴりついた空気を肌で感じ、アンジーはついうつむいてしまう。

「アンジー。気分が悪いなら部屋に戻ってもいいんだよ。キミが聞く必要なんてない」
「……いえ、聞きますわ。私もこのグリーナウェイの王族ですもの」

 首を横に振ると、声をかけてきた男はアンジーの肩を軽くなでてくれた。

 男――兄はいつもアンジーを気にかけてくれる。いや、この場にいる誰もがアンジーを気にかけてくれている。

 先ほどから父に詰め寄っている長兄も、詰め寄られている父も。長兄をたしなめる母も。

 もちろん――ほかの兄たちも同様。

(なにかしたくても、私は王女に過ぎない。お兄さまたちのように役に立てるわけがない……)

 それぞれの分野で活躍する五人の兄。比べ、アンジーは無力だ。なにもできない。

 室内はたびたび沈黙に包まれ、そのたびに空気が重くなる。王太子である長兄と国王である父の議論を聞きつつ、アンジーは目を伏せた。どうしたら、自分もこの国の力になれるだろうか――。

「陛下! ハジェンズから書簡が届きました!」

 扉越しに文官が叫ぶ。父が許可を出すと、文官が部屋に足を踏み入れた。

 そして、父親に書簡を手渡す。

 父が書簡を開いて、目を通していく。誰もが固唾をのんで、彼の言葉を待っている。

「――そうか」
「陛下、お返事の内容は?」

 母の言葉に、父は書簡を文官に手渡す。彼は父から指示を受け、部屋を出ていった。

「ハジェンズ側はグリーナウェイを庇護してもいいと言っている。ただし、それには条件があると」
「……条件、ですか?」
「あぁ。妃として王女が欲しいということだ」

 聞こえた言葉に、アンジーの肩がびくりと跳ねた。

「王女を妃として嫁にもらえるのなら、庇護下に加えてもいいと」

 場の空気が一瞬で凍てついた。

(妃として、王女がほしい? それって――)

 この国の王女はアンジーたった一人で――。

「父上、それはアンジーを差し出すということでしょうか?」

 先ほどアンジーの肩を撫でてくれた三番目の兄が、手を挙げて発言する。父が神妙な面持ちでうなずいたのが見えた。

「……僕はアンジーを嫁がせたくありません」
「どうしてだ」
「当たり前でしょう! それは国のためにアンジーに犠牲になれと言っているようなものです!」

 確かにそう受け取ってもおかしくはない。アンジーだって考えなかったといえば、嘘になる。

「ハジェンズの王にはいいうわさを聞きません。話によると、人間に興味がないとか。そんな男の元に嫁いだとて、アンジーが幸せになれるわけがない」
「……お兄さま」

 顔をあげると、当の兄と目が合った。彼はアンジーに向かって安心させるようにうなずく。

「陛下。わたくしも反対です」

 母が兄の言葉に同意する。

「アンジーはわたくしたちの大切な子です。そんな、国のために犠牲になるなんてあってはなりません」
「……お母さま」
「陛下だって、アンジーに幸せになってほしいでしょう?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...