4 / 39
第1章
第3話
しおりを挟む
――という経緯があり、アンジーはハジェンズの若き王イライアスの妃となることが決まったのだ。
(顔合わせ、あっさり終わりすぎじゃないかしら?)
彼と一緒にいた時間は五分にも満たないと思う。話も一方的で、アンジーの意見を聞くそぶりもなかった。
(うまくやっていけると、いいのだけど……)
しかも、妃は妃でも王妃となるのだ。予想外のことばかりで、アンジーはついため息を漏らした。
「アンジーさま。なにか不安なことでも……?」
前を歩いていた青年が振り向く。彼はほかでもない、イライアスの側近だ。
彼に王城を案内してもらっている最中だったことを思い出す。
「い、いえ。長旅だったから、疲れがたまっているだけよ」
嘘ではない。実際、十日間の旅で疲労はピークだ。
「さようでございますか。では、挙式までゆっくりお休みくださいね」
「そうさせてもらうわ」
幸いにも挙式は三日後。休む時間はそれなりにある。
「挙式の衣装は大まかには作っております。しかし、サイズを合わせる必要がありますので、その点はご協力いただきたく」
「大丈夫よ」
青年と話をしながら王城を歩く。
すれ違う使用人たちは、アンジーを見て深々と頭を下げた。彼らの態度にアンジーは恐縮してしまう。
「堂々となさってください。あなたさまは王妃となるお方なのですから」
アンジーの態度に、青年が苦笑を向けてくる。だが、慣れないのだから仕方がないだろう。
「……がんばって、慣れます」
ここはハジェンズ。郷に入っては郷に従え。きちんとこの国の文化に馴染まなくては。
「……ご無理はなさいませんように」
青年はそう言って、近くの扉に近づいた。鍵を開けて、扉を開ける。
「こちらがアンジーさまの私室になります。どうぞ」
中に入るように促されて、アンジーはそっと室内に足を踏み入れた。
室内には紺色の絨毯が敷かれている。家具はどれも白を基調としたもので、アクセントに金色があしらわれていた。
とても上品な雰囲気で、アンジーは一瞬でこの部屋を気に入った。
「もし、ご要望などございましたら遠慮なくお伝えください。ご希望に沿うものを用意させていただきます」
などと言われたが、アンジーに要望などない。今のままで十分素敵だし、アンジーの好みにぴったりなのだから。
「ううん、これでいい……いえ、これがいいわ。とっても気に入ったの!」
「でしたら、ようございました」
青年に笑みを向ける。彼の笑みを見て、アンジーは彼の名前を知らないことを思い出す。
緊張していたため、そこまで頭が回らなかったのだろう。
「あなた、お名前は?」
小首をかしげて問うと、青年は一瞬だけ目を見開く。名前を聞かれるとは思わなかったのか。
「イーノス・ロイと申します」
青年――イーノスは臣下の礼を執る。アンジーは彼の名前を頭の中で繰り返した。
「では、イーノスと呼んでも?」
「好きなようにお呼びください」
許可が出たので、今後彼のことはイーノスと呼ぼうとアンジーは思う。
「ありがとう。……ところで、イーノスにお願いがあるのだけど」
アンジーは胸の前で手を組んで、イーノスを見つめる。彼はきょとんとしたように瞬きを繰り返した。
「陛下のことを、教えてくれないかしら? もちろん、私に教えていい範囲でいいの」
アンジーはイライアスのことを知りたかった。
もちろん、嫁ぐことが決まってからある程度は調べた。けど、側近ならもっと詳しく知っていても変じゃない。
「私なりに陛下のことを調べさせてもらったわ。でも、側近であるあなたの口からも聞きたい」
うわさばかりを鵜呑みにするわけにはいかない。直接かかわっている人の意見も知りたい。
「お願いできない?」
イーノスを見つめると、彼は困ったように頬を掻いた。
「俺は、構いませんが……」
イーノスが答えようとすると同時に、彼の肩に手が置かれた。驚いて手の主を見ると、そこにいたのは――ほかでもないイライアスだ。
「そんなことを知って、どうするつもりだ」
鋭い双眸を細めて、イライアスはアンジーを見つめた。いや、にらみつけているというほうが正しいのか。
「俺はキミに世継ぎを産むこと以外、求めないと言っただろう。これは世継ぎを産むために必要なことなのか? 違うだろう」
どうやら、イライアスは必要以上にアンジーとかかわりたくないようだ。声からひしひしと伝わってくる。
「大体のことは許容すると言ったが、俺のことをかぎ回るのはやめろ」
「……これは必要なことですよ?」
アンジーはきょとんとしながら、言葉を返す。イライアスの目が見開く。
「だって、夫婦となるのですから。少しくらい、人となりを知りたいと思うのは当然です」
たとえ政略結婚だったとしても。良好な関係を築きたいと願っても、罰は当たらないはずだ。
「無駄なことだな。一時の気持ちに動かされるな」
「一時の気持ちではありませんわ。これは未来永劫、ずっと抱き続ける気持ちです」
(顔合わせ、あっさり終わりすぎじゃないかしら?)
彼と一緒にいた時間は五分にも満たないと思う。話も一方的で、アンジーの意見を聞くそぶりもなかった。
(うまくやっていけると、いいのだけど……)
しかも、妃は妃でも王妃となるのだ。予想外のことばかりで、アンジーはついため息を漏らした。
「アンジーさま。なにか不安なことでも……?」
前を歩いていた青年が振り向く。彼はほかでもない、イライアスの側近だ。
彼に王城を案内してもらっている最中だったことを思い出す。
「い、いえ。長旅だったから、疲れがたまっているだけよ」
嘘ではない。実際、十日間の旅で疲労はピークだ。
「さようでございますか。では、挙式までゆっくりお休みくださいね」
「そうさせてもらうわ」
幸いにも挙式は三日後。休む時間はそれなりにある。
「挙式の衣装は大まかには作っております。しかし、サイズを合わせる必要がありますので、その点はご協力いただきたく」
「大丈夫よ」
青年と話をしながら王城を歩く。
すれ違う使用人たちは、アンジーを見て深々と頭を下げた。彼らの態度にアンジーは恐縮してしまう。
「堂々となさってください。あなたさまは王妃となるお方なのですから」
アンジーの態度に、青年が苦笑を向けてくる。だが、慣れないのだから仕方がないだろう。
「……がんばって、慣れます」
ここはハジェンズ。郷に入っては郷に従え。きちんとこの国の文化に馴染まなくては。
「……ご無理はなさいませんように」
青年はそう言って、近くの扉に近づいた。鍵を開けて、扉を開ける。
「こちらがアンジーさまの私室になります。どうぞ」
中に入るように促されて、アンジーはそっと室内に足を踏み入れた。
室内には紺色の絨毯が敷かれている。家具はどれも白を基調としたもので、アクセントに金色があしらわれていた。
とても上品な雰囲気で、アンジーは一瞬でこの部屋を気に入った。
「もし、ご要望などございましたら遠慮なくお伝えください。ご希望に沿うものを用意させていただきます」
などと言われたが、アンジーに要望などない。今のままで十分素敵だし、アンジーの好みにぴったりなのだから。
「ううん、これでいい……いえ、これがいいわ。とっても気に入ったの!」
「でしたら、ようございました」
青年に笑みを向ける。彼の笑みを見て、アンジーは彼の名前を知らないことを思い出す。
緊張していたため、そこまで頭が回らなかったのだろう。
「あなた、お名前は?」
小首をかしげて問うと、青年は一瞬だけ目を見開く。名前を聞かれるとは思わなかったのか。
「イーノス・ロイと申します」
青年――イーノスは臣下の礼を執る。アンジーは彼の名前を頭の中で繰り返した。
「では、イーノスと呼んでも?」
「好きなようにお呼びください」
許可が出たので、今後彼のことはイーノスと呼ぼうとアンジーは思う。
「ありがとう。……ところで、イーノスにお願いがあるのだけど」
アンジーは胸の前で手を組んで、イーノスを見つめる。彼はきょとんとしたように瞬きを繰り返した。
「陛下のことを、教えてくれないかしら? もちろん、私に教えていい範囲でいいの」
アンジーはイライアスのことを知りたかった。
もちろん、嫁ぐことが決まってからある程度は調べた。けど、側近ならもっと詳しく知っていても変じゃない。
「私なりに陛下のことを調べさせてもらったわ。でも、側近であるあなたの口からも聞きたい」
うわさばかりを鵜呑みにするわけにはいかない。直接かかわっている人の意見も知りたい。
「お願いできない?」
イーノスを見つめると、彼は困ったように頬を掻いた。
「俺は、構いませんが……」
イーノスが答えようとすると同時に、彼の肩に手が置かれた。驚いて手の主を見ると、そこにいたのは――ほかでもないイライアスだ。
「そんなことを知って、どうするつもりだ」
鋭い双眸を細めて、イライアスはアンジーを見つめた。いや、にらみつけているというほうが正しいのか。
「俺はキミに世継ぎを産むこと以外、求めないと言っただろう。これは世継ぎを産むために必要なことなのか? 違うだろう」
どうやら、イライアスは必要以上にアンジーとかかわりたくないようだ。声からひしひしと伝わってくる。
「大体のことは許容すると言ったが、俺のことをかぎ回るのはやめろ」
「……これは必要なことですよ?」
アンジーはきょとんとしながら、言葉を返す。イライアスの目が見開く。
「だって、夫婦となるのですから。少しくらい、人となりを知りたいと思うのは当然です」
たとえ政略結婚だったとしても。良好な関係を築きたいと願っても、罰は当たらないはずだ。
「無駄なことだな。一時の気持ちに動かされるな」
「一時の気持ちではありませんわ。これは未来永劫、ずっと抱き続ける気持ちです」
111
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる