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第1章
第6話
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兄のエスコートで、大聖堂に足を踏み入れる。
聖堂内は厳かな空気に包まれており、アンジーは緊張をほぐすように深呼吸をした。
隣を歩く兄の顔をちらりと見てみる。いつも通りに見えるが、彼の表情はわずかに強張っていた。
(お兄さまも、緊張しているのね)
聖堂の奥では神父とイライアスが待っている。朗らかな笑みを浮かべた神父に対し、イライアスは無表情だ。
「……行っておいで」
エスコートが兄からイライアスに移る。
イライアスの顔を見上げる。視線は合わない。
(もう少し、私を見てほしいのに)
けど、口に出すことはなかった。
神父のありがたい言葉を聞きながら、アンジーはこれからの生活に不安を覚える。
自分はイライアスの妃として、王妃としてやっていけるのか――。
つい、怖くなってしまった。
「……おい」
神父の言葉の最中、隣から声が聞こえた。視線だけ向けると、前を向いたイライアスが言葉を紡いでいく。
「辛気臭い顔はやめろ。最低限堂々としていろ」
「……わかっております」
アンジーの声は、自分でも驚くほどに沈んでいた。
それから少しして、神父の言葉が終わる。婚姻誓約書にサインをして、アンジーはイライアスと向き合った。
いよいよ、誓いのキスの時間だ。
イライアスの手がアンジーのヴェールをあげる。クリアになった視界で見るイライアスは、想像していた以上にずっと美しかった。
数日前に見たときよりも、ずっと、ずっと……。
「言っておくが、俺はキミに期待しない」
「……はい」
追い打ちをかけるような言葉に、アンジーは唇を軽く噛んでしまう。
「……だが、そうだな。ひどい扱いをするつもりもない。そこは、安心しろ」
「え、っと」
瞬きをして小首をかしげるアンジーの唇になにかが触れた。
(――え?)
気づいたときには、誓いのキスは終わっていた。
神父が夫婦関係が成立したことを宣言する。大聖堂が拍手に包まれる。
アンジーは、現状をなに一つとして理解できなかった。
(陛下のお言葉は、どういう意味? それに、覚悟する間もなくキスが終わって)
立ち尽くすアンジーの身体を、イライアスが横抱きにした。突然浮遊感に襲われて、縋りつくようにイライアスの首に腕を回す。
「へ、陛下――!」
「暴れるな。このままじっとしていろ」
アンジーにだけ聞こえる声量でささやいて、イライアスが大聖堂の中央を歩いていく。
「このまま馬車に乗って、王城に戻る。そのあとは披露宴だ」
「ぞ、存じて、おります」
「着替えの時間はゆっくり取ってある。その間に、休息も取っておけ」
彼の言葉はアンジーにとって予想外だった。
だって、披露宴の時間は一分一秒だって惜しいはずなのに……。
(本来、着替えはさっさと済ませろというはずなんだけど)
披露宴だって、立派な外交の時間。ほんの少しでも、多く時間を取りたいに決まっている。
「意外そうな顔だな」
アンジーの顔を見たイライアスの言葉に、ためらいながらもうなずく。彼はアンジーの素直な答えに、ふっと口元を緩めた。
「キミが疲れていることは、よくわかっている。長旅の疲れは、数日では取れないだろ」
もしかして、こうやって運んでくれるのも、彼の思いやりの一環なのだろうか?
(でも、恥ずかしい!)
自分の顔は真っ赤に違いない。ごまかすようにイライアスの首に回した腕に力を込める。
「……それでいい」
イライアスがぽつりとつぶやく。大聖堂の入り口が開くと、眼下に広がるのはたくさんの民衆の姿だ。
彼らの表情は明るくて、アンジーは目を見開く。
(この国の人たちは、陛下をお慕いしているのね)
そうじゃないと、こんな風に祝福してくれないはずだ。
「――行くぞ、アンジー」
イライアスの言葉に、アンジーはうなずいた。
聖堂内は厳かな空気に包まれており、アンジーは緊張をほぐすように深呼吸をした。
隣を歩く兄の顔をちらりと見てみる。いつも通りに見えるが、彼の表情はわずかに強張っていた。
(お兄さまも、緊張しているのね)
聖堂の奥では神父とイライアスが待っている。朗らかな笑みを浮かべた神父に対し、イライアスは無表情だ。
「……行っておいで」
エスコートが兄からイライアスに移る。
イライアスの顔を見上げる。視線は合わない。
(もう少し、私を見てほしいのに)
けど、口に出すことはなかった。
神父のありがたい言葉を聞きながら、アンジーはこれからの生活に不安を覚える。
自分はイライアスの妃として、王妃としてやっていけるのか――。
つい、怖くなってしまった。
「……おい」
神父の言葉の最中、隣から声が聞こえた。視線だけ向けると、前を向いたイライアスが言葉を紡いでいく。
「辛気臭い顔はやめろ。最低限堂々としていろ」
「……わかっております」
アンジーの声は、自分でも驚くほどに沈んでいた。
それから少しして、神父の言葉が終わる。婚姻誓約書にサインをして、アンジーはイライアスと向き合った。
いよいよ、誓いのキスの時間だ。
イライアスの手がアンジーのヴェールをあげる。クリアになった視界で見るイライアスは、想像していた以上にずっと美しかった。
数日前に見たときよりも、ずっと、ずっと……。
「言っておくが、俺はキミに期待しない」
「……はい」
追い打ちをかけるような言葉に、アンジーは唇を軽く噛んでしまう。
「……だが、そうだな。ひどい扱いをするつもりもない。そこは、安心しろ」
「え、っと」
瞬きをして小首をかしげるアンジーの唇になにかが触れた。
(――え?)
気づいたときには、誓いのキスは終わっていた。
神父が夫婦関係が成立したことを宣言する。大聖堂が拍手に包まれる。
アンジーは、現状をなに一つとして理解できなかった。
(陛下のお言葉は、どういう意味? それに、覚悟する間もなくキスが終わって)
立ち尽くすアンジーの身体を、イライアスが横抱きにした。突然浮遊感に襲われて、縋りつくようにイライアスの首に腕を回す。
「へ、陛下――!」
「暴れるな。このままじっとしていろ」
アンジーにだけ聞こえる声量でささやいて、イライアスが大聖堂の中央を歩いていく。
「このまま馬車に乗って、王城に戻る。そのあとは披露宴だ」
「ぞ、存じて、おります」
「着替えの時間はゆっくり取ってある。その間に、休息も取っておけ」
彼の言葉はアンジーにとって予想外だった。
だって、披露宴の時間は一分一秒だって惜しいはずなのに……。
(本来、着替えはさっさと済ませろというはずなんだけど)
披露宴だって、立派な外交の時間。ほんの少しでも、多く時間を取りたいに決まっている。
「意外そうな顔だな」
アンジーの顔を見たイライアスの言葉に、ためらいながらもうなずく。彼はアンジーの素直な答えに、ふっと口元を緩めた。
「キミが疲れていることは、よくわかっている。長旅の疲れは、数日では取れないだろ」
もしかして、こうやって運んでくれるのも、彼の思いやりの一環なのだろうか?
(でも、恥ずかしい!)
自分の顔は真っ赤に違いない。ごまかすようにイライアスの首に回した腕に力を込める。
「……それでいい」
イライアスがぽつりとつぶやく。大聖堂の入り口が開くと、眼下に広がるのはたくさんの民衆の姿だ。
彼らの表情は明るくて、アンジーは目を見開く。
(この国の人たちは、陛下をお慕いしているのね)
そうじゃないと、こんな風に祝福してくれないはずだ。
「――行くぞ、アンジー」
イライアスの言葉に、アンジーはうなずいた。
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