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第2章
第5話
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「でしたら、素直に言わせていただきます。私は陛下とお会いできて嬉しゅうございます」
彼が多忙なことはわかっている。そして、本来ならばこの時間にここを通る必要などないということも知っているのだ。
「私は陛下が私の元に来てくださることを迷惑だなんて思いません」
拗ねたような声で告げる。
イライアスはなにも言わない。その様子に使用人たちがハラハラしているようだった。
「……口ではなんとでも言えるだろう」
「それはお互いさまです」
微笑むと、イライアスの瞳が見開いた。だが、すぐに咳ばらいをした。ごまかすためなのか。
「キミは一体なにが言いたいんだ」
「いえ、特には」
彼は王だ。つまり、ある程度の鋭さはある。アンジーの言いたいことくらい、手に取るようにわかるはず。
胸の中にある確信は、王族としての勘なのかもしれない。
「……しおらしい姫だと思っていたのだがな」
吐き捨てるような声だった。
「王族がしおらしいだけでやっていけるはずがありませんわ」
アンジーだって、猫をかぶって過ごすことも考えていた。
けど、昨日一日でその考えは捨てた。必要ないからだ。
「私、ただ飯を食べるつもりはありません。ここにいる以上、必要なことはさせていただきます」
彼の瞳をじっと見つめて決意を口にする。
視線を絡ませるみたいに見つめ合う。イーノスやオパールたちが二人のやり取りを見守っている。口を出すこともなく見守るのは、自分たちが口を出すことではないと思っているからなのか。
「妃としての一番の役割は世継ぎを産むことだ」
「存じております。一番の役割をないがしろにする気はありません」
そのために娶られたことは重々承知している。物事の優先順位をはき違えるような真似はしない。
「……だったら、もう好きにすればいい」
アンジーに背中を向けた彼は、ぼやいた。
「ただし、こちらにも考えがある。こちらが大人しくしてほしいときは、大人しくするように指示を出す」
「かしこまりました」
「そして、今日に限っては大人しくしておけ。明日からは自由にしていい」
大きな足音を鳴らしながら、イライアスは場を立ち去った。彼の背中が見えなくなって、アンジーはほっと胸をなでおろす。
彼から好きにしていいと言質は取った。これで、ただ飯ぐらいにならずには済みそうだ。
「アンジーさま」
イーノスが抗議の視線を向けてくる。名前を呼ぶ声も、どこか低い。
かといって、怒っているわけではない。声にこもっている感情は心配だ。
兄たちもこういう話し方をするから、よくわかる。
「あまり陛下を挑発しないでくださいませ。ご機嫌を損ねられたらどうするのですか」
イーノスの心配はもっともである。アンジーにだってその心配は常に頭の片隅にある。
ただ、今の彼は機嫌を損ねることはないだろうという確信のほうが強かったのだ。
「陛下はお優しいから、お怒りになることはないと思ったの」
彼が姿を消した廊下の先を見る。今は彼の姿はかけらもない。すでに歩いて行ってしまったのだろう。
「どうしてそう思われるのですか」
「だって、この時間帯に陛下はここを通らないもの。なのにお通りになった。私の様子を見に来てくださったと考えるのが妥当でしょう?」
唇に人差し指を押し当てて、自分の考えを口にしていく。
「政略的な意味で娶った妻を気遣ってくださるのだもの。陛下はお優しい人よ」
もちろん、昨夜のこともあるけど――ということは、心の中だけで付け足す。口に出すのは恥ずかしかった。
(彼が冷たい人を装うのは、国王である以上仕方のないこと。だけど、少しでも私は彼の心のよりどころになりたい)
せめて自分の前だけで、彼が背負ったたくさんの荷物を下ろすことができるように。
アンジーは彼から信頼を得たかった。これには下心も思惑もなにもない。ただの純粋な好意だ。
彼が多忙なことはわかっている。そして、本来ならばこの時間にここを通る必要などないということも知っているのだ。
「私は陛下が私の元に来てくださることを迷惑だなんて思いません」
拗ねたような声で告げる。
イライアスはなにも言わない。その様子に使用人たちがハラハラしているようだった。
「……口ではなんとでも言えるだろう」
「それはお互いさまです」
微笑むと、イライアスの瞳が見開いた。だが、すぐに咳ばらいをした。ごまかすためなのか。
「キミは一体なにが言いたいんだ」
「いえ、特には」
彼は王だ。つまり、ある程度の鋭さはある。アンジーの言いたいことくらい、手に取るようにわかるはず。
胸の中にある確信は、王族としての勘なのかもしれない。
「……しおらしい姫だと思っていたのだがな」
吐き捨てるような声だった。
「王族がしおらしいだけでやっていけるはずがありませんわ」
アンジーだって、猫をかぶって過ごすことも考えていた。
けど、昨日一日でその考えは捨てた。必要ないからだ。
「私、ただ飯を食べるつもりはありません。ここにいる以上、必要なことはさせていただきます」
彼の瞳をじっと見つめて決意を口にする。
視線を絡ませるみたいに見つめ合う。イーノスやオパールたちが二人のやり取りを見守っている。口を出すこともなく見守るのは、自分たちが口を出すことではないと思っているからなのか。
「妃としての一番の役割は世継ぎを産むことだ」
「存じております。一番の役割をないがしろにする気はありません」
そのために娶られたことは重々承知している。物事の優先順位をはき違えるような真似はしない。
「……だったら、もう好きにすればいい」
アンジーに背中を向けた彼は、ぼやいた。
「ただし、こちらにも考えがある。こちらが大人しくしてほしいときは、大人しくするように指示を出す」
「かしこまりました」
「そして、今日に限っては大人しくしておけ。明日からは自由にしていい」
大きな足音を鳴らしながら、イライアスは場を立ち去った。彼の背中が見えなくなって、アンジーはほっと胸をなでおろす。
彼から好きにしていいと言質は取った。これで、ただ飯ぐらいにならずには済みそうだ。
「アンジーさま」
イーノスが抗議の視線を向けてくる。名前を呼ぶ声も、どこか低い。
かといって、怒っているわけではない。声にこもっている感情は心配だ。
兄たちもこういう話し方をするから、よくわかる。
「あまり陛下を挑発しないでくださいませ。ご機嫌を損ねられたらどうするのですか」
イーノスの心配はもっともである。アンジーにだってその心配は常に頭の片隅にある。
ただ、今の彼は機嫌を損ねることはないだろうという確信のほうが強かったのだ。
「陛下はお優しいから、お怒りになることはないと思ったの」
彼が姿を消した廊下の先を見る。今は彼の姿はかけらもない。すでに歩いて行ってしまったのだろう。
「どうしてそう思われるのですか」
「だって、この時間帯に陛下はここを通らないもの。なのにお通りになった。私の様子を見に来てくださったと考えるのが妥当でしょう?」
唇に人差し指を押し当てて、自分の考えを口にしていく。
「政略的な意味で娶った妻を気遣ってくださるのだもの。陛下はお優しい人よ」
もちろん、昨夜のこともあるけど――ということは、心の中だけで付け足す。口に出すのは恥ずかしかった。
(彼が冷たい人を装うのは、国王である以上仕方のないこと。だけど、少しでも私は彼の心のよりどころになりたい)
せめて自分の前だけで、彼が背負ったたくさんの荷物を下ろすことができるように。
アンジーは彼から信頼を得たかった。これには下心も思惑もなにもない。ただの純粋な好意だ。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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