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第1章 女騎士から聖女にジョブチェンジ!?
巡った運命 3
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その後、セレーナが現実に戻ってきたのは、クラリスたちが騎士団の本部を出て行った頃だった。
彼らが豪奢な馬車で帰っていくのを見送った後、セレーナはハッとして自らの手を見つめる。
「……セレーナ嬢」
隣から、アッシュのぼんやりとしたような声が聞こえてくる。
だからこそ、セレーナは「い、意味が、わからなかった、です……」と言いながらゆるゆると首を横に振る。
(本当に私が聖女? そんなの、あり得ないわよ……!)
このリネル王国では五年に一度聖女を選ぶ。今年が聖女を選定する年だということはセレーナも知っていたが、まさか自分が選ばれるなんて想像もしていなかった。
そもそも、聖女は光の魔力を持つ女性から選ばれる。セレーナも光の魔力を持っているが、それは微々たるものであり、表立って「持っているの!」と自慢できるようなレベルじゃない。
「そうですね。俺にも、いまいちよく分かりませんでした」
セレーナの言葉にアッシュが同意してくる。どうやら、意味がわからなかったのはセレーナだけではなかったらしい。それにほっと息を吐くものの、セレーナからすればこの状況はいいものではない。
「あ、アッシュ、隊長……!」
「……どうかしましたか?」
「聖女の立場を、どうにかして断ることは出来ないでしょうか……?」
聖女になるということは、女騎士を辞めるということでもある。聖女になれば神殿で祈りを捧げる生活が待っている。自由な時間はほとんどないと聞くし、普段は聖女仲間に神官。あとは護衛騎士としか関わることが出来なくなるという。そんなの、絶対にごめんだ。
「セレーナ嬢?」
「わ、私、騎士を辞めたくないです。危険な仕事だってわかっていますが、最近ようやくやりがいみたいなものを、見つけたので……」
首を横にぶんぶんと振るものの、アッシュの表情は硬いままだ。
「……大聖女さまの命令は、絶対的なものです。悪いのですが、セレーナ嬢には騎士を辞めてもらうしか、ないですね」
淡々とアッシュがそう言う。
……セレーナは、顔から血が引くような感覚に襲われる。
「そもそも、聖女になれば実家に手当てが出ます。なので、ビーズリー男爵家は裕福になりますよ」
「それは、そうですけれど……」
聖女になれば多額の手当てが出るということは、セレーナだって知っている。だって、家から一人娘を奪うようなものだから。
(……お母様方は、喜んでくれるだろうけれど)
手当以上に、聖女を輩出するということは名誉なことなのだ。古い貴族は聖女を輩出することにこだわっているし、今セレーナ自身が置かれている立場が、普通の人ならば喉から出るほどに欲しい立場だとも、わかっている。
でも、不安なのだ。
(私は、聖女としてやっていけるの……?)
家族から引き離され、限られた人物としか関われない生活。セレーナはそれで満足できるのだろうか?
それから、セレーナは聖女としてやっていけるのだろうか?
様々な不安が胸中に渦巻き、セレーナは胸の前で手を握る。
「……よかったじゃ、ないですか」
セレーナが悶々としていると、不意に隣からそんな声が聞こえてきた。
それに驚いて顔を上げれば、そこにはただ遠くを見つめるアッシュがいる。
「セレーナ嬢は、これで危険な仕事を辞めることが出来る。家も裕福になる。……これ以上に素晴らしいことは、ないですよ」
確かに彼の言っていることは、間違いない。だけど――そんな簡単に、割り切れるようなものじゃない。
(それに、アッシュ隊長へのこの気持ちを抱えたまま、お別れなんて……)
不謹慎かもしれない。しかし、アッシュへの気持ちが胸の中でくすぶっている。この気持ちが恋なのか、はたまた尊敬なのか。その判別もつかないまま、彼と別れるのは――どうしようもないほどに、辛いことだった。
「いいですか、セレーナ嬢?」
「……はい」
「あなたは女騎士ではなく、聖女として今後生きていくんです。……俺たちのことなんて忘れて、騎士としての生き様も忘れて。ただ聖女として過ごしてください」
まるで幼子に言い聞かせるかのような口調だった。それは、まるで――セレーナの気持ちを知っているかのような口ぶりだ。
……嫌だ。このままアッシュとお別れなんて、騎士の仲間たちとお別れなんて、嫌すぎる。
「嫌ですっ! 私、聖女になんてなりたくない……!」
「セレーナ嬢」
両肩にアッシュが手を置いてくる。その手のぬくもりが、今はなによりも苦しい。……もう、会わないと言いたげな彼の目が、ひどく冷たいものに見えてしまった。
「あなただって、もう大人ですよ。……そんなわがまま、通じるとは思わないでください」
「……存じております」
それくらい、セレーナだってわかっている。でも、割り切れないのだ。
「正式な退職ということで、退職金をまたビーズリー男爵家に届けに行こうと思います。……今まで、お務めご苦労様でした」
アッシュのその言葉は、セレーナへの別れを意味していたのだろう。
だからこそ、セレーナの胸がぎゅっと締め付けられる。
(もう、アッシュ隊長は私とは会ってくださらないのよね……)
好きかもしれない。その気持ちはどうやら一生叶いそうにないらしい。
彼らが豪奢な馬車で帰っていくのを見送った後、セレーナはハッとして自らの手を見つめる。
「……セレーナ嬢」
隣から、アッシュのぼんやりとしたような声が聞こえてくる。
だからこそ、セレーナは「い、意味が、わからなかった、です……」と言いながらゆるゆると首を横に振る。
(本当に私が聖女? そんなの、あり得ないわよ……!)
このリネル王国では五年に一度聖女を選ぶ。今年が聖女を選定する年だということはセレーナも知っていたが、まさか自分が選ばれるなんて想像もしていなかった。
そもそも、聖女は光の魔力を持つ女性から選ばれる。セレーナも光の魔力を持っているが、それは微々たるものであり、表立って「持っているの!」と自慢できるようなレベルじゃない。
「そうですね。俺にも、いまいちよく分かりませんでした」
セレーナの言葉にアッシュが同意してくる。どうやら、意味がわからなかったのはセレーナだけではなかったらしい。それにほっと息を吐くものの、セレーナからすればこの状況はいいものではない。
「あ、アッシュ、隊長……!」
「……どうかしましたか?」
「聖女の立場を、どうにかして断ることは出来ないでしょうか……?」
聖女になるということは、女騎士を辞めるということでもある。聖女になれば神殿で祈りを捧げる生活が待っている。自由な時間はほとんどないと聞くし、普段は聖女仲間に神官。あとは護衛騎士としか関わることが出来なくなるという。そんなの、絶対にごめんだ。
「セレーナ嬢?」
「わ、私、騎士を辞めたくないです。危険な仕事だってわかっていますが、最近ようやくやりがいみたいなものを、見つけたので……」
首を横にぶんぶんと振るものの、アッシュの表情は硬いままだ。
「……大聖女さまの命令は、絶対的なものです。悪いのですが、セレーナ嬢には騎士を辞めてもらうしか、ないですね」
淡々とアッシュがそう言う。
……セレーナは、顔から血が引くような感覚に襲われる。
「そもそも、聖女になれば実家に手当てが出ます。なので、ビーズリー男爵家は裕福になりますよ」
「それは、そうですけれど……」
聖女になれば多額の手当てが出るということは、セレーナだって知っている。だって、家から一人娘を奪うようなものだから。
(……お母様方は、喜んでくれるだろうけれど)
手当以上に、聖女を輩出するということは名誉なことなのだ。古い貴族は聖女を輩出することにこだわっているし、今セレーナ自身が置かれている立場が、普通の人ならば喉から出るほどに欲しい立場だとも、わかっている。
でも、不安なのだ。
(私は、聖女としてやっていけるの……?)
家族から引き離され、限られた人物としか関われない生活。セレーナはそれで満足できるのだろうか?
それから、セレーナは聖女としてやっていけるのだろうか?
様々な不安が胸中に渦巻き、セレーナは胸の前で手を握る。
「……よかったじゃ、ないですか」
セレーナが悶々としていると、不意に隣からそんな声が聞こえてきた。
それに驚いて顔を上げれば、そこにはただ遠くを見つめるアッシュがいる。
「セレーナ嬢は、これで危険な仕事を辞めることが出来る。家も裕福になる。……これ以上に素晴らしいことは、ないですよ」
確かに彼の言っていることは、間違いない。だけど――そんな簡単に、割り切れるようなものじゃない。
(それに、アッシュ隊長へのこの気持ちを抱えたまま、お別れなんて……)
不謹慎かもしれない。しかし、アッシュへの気持ちが胸の中でくすぶっている。この気持ちが恋なのか、はたまた尊敬なのか。その判別もつかないまま、彼と別れるのは――どうしようもないほどに、辛いことだった。
「いいですか、セレーナ嬢?」
「……はい」
「あなたは女騎士ではなく、聖女として今後生きていくんです。……俺たちのことなんて忘れて、騎士としての生き様も忘れて。ただ聖女として過ごしてください」
まるで幼子に言い聞かせるかのような口調だった。それは、まるで――セレーナの気持ちを知っているかのような口ぶりだ。
……嫌だ。このままアッシュとお別れなんて、騎士の仲間たちとお別れなんて、嫌すぎる。
「嫌ですっ! 私、聖女になんてなりたくない……!」
「セレーナ嬢」
両肩にアッシュが手を置いてくる。その手のぬくもりが、今はなによりも苦しい。……もう、会わないと言いたげな彼の目が、ひどく冷たいものに見えてしまった。
「あなただって、もう大人ですよ。……そんなわがまま、通じるとは思わないでください」
「……存じております」
それくらい、セレーナだってわかっている。でも、割り切れないのだ。
「正式な退職ということで、退職金をまたビーズリー男爵家に届けに行こうと思います。……今まで、お務めご苦労様でした」
アッシュのその言葉は、セレーナへの別れを意味していたのだろう。
だからこそ、セレーナの胸がぎゅっと締め付けられる。
(もう、アッシュ隊長は私とは会ってくださらないのよね……)
好きかもしれない。その気持ちはどうやら一生叶いそうにないらしい。
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