6 / 9
第1章
きっかけというか、理由というか 5
しおりを挟む
(え? は? い、意味わかんないんだけど……)
頭の中が真っ白になる。でも、そんな俺を気にも留めず、蒔田さんは淡々と言葉を紡いだ。
「実を言うと、俺、特別な相手とか作りたくないんだよ」
「え、えぇっと」
特別な相手とは、それすなわち恋人とか配偶者とか。そういう存在のことなんだろう。
でも、愛人って……。
「さ、さっきも言いましたけど、俺、男なんですけど……」
男が男の愛人なんて出来るのか……? そりゃあ、同性愛者だっているわけだし、無理っていうほど無理じゃないだろうけど。
「知ってる」
蒔田さんは俺の言葉を蹴り飛ばした。そのまま、俺のことをまっすぐに見つめてくる。
これ、回答しないと話が進まない奴だ。
(お、俺が、この人の愛人……)
正直な話をすると。俺の恋愛対象は女だ。ノンケという奴だ。だから、男の愛人なんて絶対にごめん……なんだけど。
(けど、借金を肩代わりしてくれるっていうし)
頭の中の天秤が、グラグラと揺れる。
どうしようか。どうすればいいんだろうか。だって、この提案めちゃくちゃありがたいし。
(三千万なんて、俺じゃあ絶対に返せない額だし)
かといって、男の愛人。しかも、おっかない人の愛人。
「あの、いくつか聞いてもいいですか……?」
恐る恐る声を上げれば、蒔田さんは頷いてくれた。よし、気になっていることを聞こう。
「その、蒔田さんは……男が、好きなんですか?」
視線を逸らしてそう問いかける。
怒られる? 殺される? 直球すぎた?
そんな俺の考えも無視して、彼は「ちょっと、違う」と答えてくれた。その声は、とても穏やかなもので。殺されることはなさそうだとほっと息を吐いた。じゃあ聞くなっていう話なんだけど。
「俺はバイ……いわば、女も男も恋愛対象に出来る人間だ」
「……へぇ」
確かに、そういう人もいるっていうのは聞いたことがある。ならば、ある意味納得。
「じゃあ、その、えぇっと……どうして、俺なんですか……?」
言ってはなんだけど、特別な魅力なんてない。けど、なにかないと愛人に……なんて打診はしないだろう。
俺がそう思っていれば、蒔田さんは「都合がいいから」とあっけらかんと答えた。
「恩を売っておけば、がんじがらめに出来るだろ? 逃げようなんて気も、起きないはずだ」
にたりと笑ってそういう蒔田さん。……この人、下衆かもしれない。俺のこと、がんじがらめにするつもりだ。
それに気が付いて、一気に逃げたくなる。だって、この人の側にいたら、俺は絶対……縛り付けられる。普通の生活は送れそうにない。
「ま、選択肢は与えてやる。愛人になるか、一生借金地獄に陥るか。選べ」
選べって言われても。その選択肢、両方最悪なんだけど……と、思ったものの。
(選択する余地も、ないよなぁ)
このまま一生借金地獄になるくらいならば。三年半、この蒔田さんという人の愛人をするほうが絶対にいい。もしもこの提案を蹴り飛ばせば、間違いなく俺は後悔するだろう。
「その」
「あぁ」
「蒔田さんの愛人に……なり、ます」
今にも消え入りそうなほど小さな声でそう言えば、蒔田さんが笑ったのがわかった。
そのままおもむろに立ち上がり、歩を進める。契約書でも、作るのだろうか?
そう思ったものの、蒔田さんはすたすたと歩いて俺のほうに寄ってくる。彼は、俺の隣に腰を下ろす。
彼の指が、俺の顎をすくい上げた。
「え、あ、あの、契約書、とか……」
なんかヤバい空気を感じ取って、俺は控えめに主張をしてみる。
すると、蒔田さんは「必要ない」と蹴り飛ばした。
「別に契約書なんていらないだろ。だって、契約が終わるまであんたは俺から逃げられない」
……知ってる。それは、嫌と言うほどに知ってる。
「大丈夫、三年半が経てば解放してやる。約束はきちんと守るさ」
「あ、はい……」
だったら、まだいい……のか。
と、俺が思っていると。唇に触れる、温かいなにか。
(……え?)
驚いて目を見開く。至近距離にある、蒔田さんの精悍な顔。……え、え。俺、キスされてる……?
(っていうか、煙草臭い……!)
いやまぁ、さっきまでこの人煙草吸ってたんだから、当たり前なんだけど。
「ひっ、ん」
俺が出そうとした悲鳴も呑み込むように、蒔田さんが何度も何度もキスをしてくる。なんだろうか、この感覚。
(悪く、ないかも……)
先ほどまで、俺は男と『そういう関係』になるなんて絶対にごめんだという考えが、頭の片隅にあった。
けど、この人だったら……身を委ねてもいいかも、なんて。我ながら、流されやすすぎる。
「ひぃっ、まき、た、さんっ……!」
唇が離れた隙に、彼のことを呼ぶ。彼の胸を押して、なんとか離れてもらおうとする。
「なに?」
彼が小首をかしげてそう問いかけてくる。うわ、その姿は少し子供っぽくて可愛いかも……って、違う違う!
「い、いきなりキス、しないでください……」
視線を彷徨わせて、抗議する。
「もしかして、ファーストキスとか、そういう奴?」
「は、はい……」
誤魔化しても絶対にバレると思ったので、俺は素直に頷いた。
頭の中が真っ白になる。でも、そんな俺を気にも留めず、蒔田さんは淡々と言葉を紡いだ。
「実を言うと、俺、特別な相手とか作りたくないんだよ」
「え、えぇっと」
特別な相手とは、それすなわち恋人とか配偶者とか。そういう存在のことなんだろう。
でも、愛人って……。
「さ、さっきも言いましたけど、俺、男なんですけど……」
男が男の愛人なんて出来るのか……? そりゃあ、同性愛者だっているわけだし、無理っていうほど無理じゃないだろうけど。
「知ってる」
蒔田さんは俺の言葉を蹴り飛ばした。そのまま、俺のことをまっすぐに見つめてくる。
これ、回答しないと話が進まない奴だ。
(お、俺が、この人の愛人……)
正直な話をすると。俺の恋愛対象は女だ。ノンケという奴だ。だから、男の愛人なんて絶対にごめん……なんだけど。
(けど、借金を肩代わりしてくれるっていうし)
頭の中の天秤が、グラグラと揺れる。
どうしようか。どうすればいいんだろうか。だって、この提案めちゃくちゃありがたいし。
(三千万なんて、俺じゃあ絶対に返せない額だし)
かといって、男の愛人。しかも、おっかない人の愛人。
「あの、いくつか聞いてもいいですか……?」
恐る恐る声を上げれば、蒔田さんは頷いてくれた。よし、気になっていることを聞こう。
「その、蒔田さんは……男が、好きなんですか?」
視線を逸らしてそう問いかける。
怒られる? 殺される? 直球すぎた?
そんな俺の考えも無視して、彼は「ちょっと、違う」と答えてくれた。その声は、とても穏やかなもので。殺されることはなさそうだとほっと息を吐いた。じゃあ聞くなっていう話なんだけど。
「俺はバイ……いわば、女も男も恋愛対象に出来る人間だ」
「……へぇ」
確かに、そういう人もいるっていうのは聞いたことがある。ならば、ある意味納得。
「じゃあ、その、えぇっと……どうして、俺なんですか……?」
言ってはなんだけど、特別な魅力なんてない。けど、なにかないと愛人に……なんて打診はしないだろう。
俺がそう思っていれば、蒔田さんは「都合がいいから」とあっけらかんと答えた。
「恩を売っておけば、がんじがらめに出来るだろ? 逃げようなんて気も、起きないはずだ」
にたりと笑ってそういう蒔田さん。……この人、下衆かもしれない。俺のこと、がんじがらめにするつもりだ。
それに気が付いて、一気に逃げたくなる。だって、この人の側にいたら、俺は絶対……縛り付けられる。普通の生活は送れそうにない。
「ま、選択肢は与えてやる。愛人になるか、一生借金地獄に陥るか。選べ」
選べって言われても。その選択肢、両方最悪なんだけど……と、思ったものの。
(選択する余地も、ないよなぁ)
このまま一生借金地獄になるくらいならば。三年半、この蒔田さんという人の愛人をするほうが絶対にいい。もしもこの提案を蹴り飛ばせば、間違いなく俺は後悔するだろう。
「その」
「あぁ」
「蒔田さんの愛人に……なり、ます」
今にも消え入りそうなほど小さな声でそう言えば、蒔田さんが笑ったのがわかった。
そのままおもむろに立ち上がり、歩を進める。契約書でも、作るのだろうか?
そう思ったものの、蒔田さんはすたすたと歩いて俺のほうに寄ってくる。彼は、俺の隣に腰を下ろす。
彼の指が、俺の顎をすくい上げた。
「え、あ、あの、契約書、とか……」
なんかヤバい空気を感じ取って、俺は控えめに主張をしてみる。
すると、蒔田さんは「必要ない」と蹴り飛ばした。
「別に契約書なんていらないだろ。だって、契約が終わるまであんたは俺から逃げられない」
……知ってる。それは、嫌と言うほどに知ってる。
「大丈夫、三年半が経てば解放してやる。約束はきちんと守るさ」
「あ、はい……」
だったら、まだいい……のか。
と、俺が思っていると。唇に触れる、温かいなにか。
(……え?)
驚いて目を見開く。至近距離にある、蒔田さんの精悍な顔。……え、え。俺、キスされてる……?
(っていうか、煙草臭い……!)
いやまぁ、さっきまでこの人煙草吸ってたんだから、当たり前なんだけど。
「ひっ、ん」
俺が出そうとした悲鳴も呑み込むように、蒔田さんが何度も何度もキスをしてくる。なんだろうか、この感覚。
(悪く、ないかも……)
先ほどまで、俺は男と『そういう関係』になるなんて絶対にごめんだという考えが、頭の片隅にあった。
けど、この人だったら……身を委ねてもいいかも、なんて。我ながら、流されやすすぎる。
「ひぃっ、まき、た、さんっ……!」
唇が離れた隙に、彼のことを呼ぶ。彼の胸を押して、なんとか離れてもらおうとする。
「なに?」
彼が小首をかしげてそう問いかけてくる。うわ、その姿は少し子供っぽくて可愛いかも……って、違う違う!
「い、いきなりキス、しないでください……」
視線を彷徨わせて、抗議する。
「もしかして、ファーストキスとか、そういう奴?」
「は、はい……」
誤魔化しても絶対にバレると思ったので、俺は素直に頷いた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
164
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる