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第1部 第1章
⑩
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僕は部屋から持ってきたラフな衣服を身にまとう。
ぴっちりとした従者服ではなく、寝るためのゆったりした衣服。それに身を包んで、自分の頬を軽くたたいて「よし」とつぶやいた。
「今日も、がんばるぞ……!」
これが、セラフィンさまのためになるから。
自分自身に言い聞かせ、浴室から出ていった。
セラフィンさまは私室のソファーで優雅に就寝前のお茶を飲んでいた。美しく無駄のない仕草でカップを口元に運ぶ彼は、やっぱり王子さまだ。
再認識すると、ごくりと息を呑んでしまう。
「あぁ、ルドルフ。終わったのか」
セラフィンさまが僕に気づいて声をかけた。僕はこくんと首を縦に振る。
すると、セラフィンさまは僕ににっこり笑いかけてくれて。自身の隣をぽんぽんとたたいた。
「おいで。一緒にお茶でもしよう」
こういうとき、従者なら断らなくてはならない。
けど、セラフィンさまは頑固だ。僕が断ったところで、うなずくまで誘うだけ。
何度か経験しているから、よくわかっている。
だから、僕は言われるがままにセラフィンさまのお隣に腰を下ろした。
(距離がっ、近い――!)
少し距離を置いて座ったのが、気に食わなかったのか。
セラフィンさまは僕に近づいて、隙間を埋めた。肩と肩が触れ合い、いたたまれない。
「ルドルフの分も、淹れてあげる」
「え、それは……」
彼が流れるような仕草で、ティーポットを手に取った。
僕は慌てる。王太子殿下に、こんなことさせられない。
「いいんだよ。……そもそも、今日の昼間、お茶を淹れるのに失敗したのはだれ?」
……こういわれたら、なにも返せない。
僕が言葉に詰まったのを見て、セラフィンさまは満足そうにうなずいた。こういうところは本当に意地の悪い人だ。
「そ、その。本当に申し訳ございません――!」
なんだか謝りたい気分になって、謝罪の言葉を口にした。
僕はセラフィンさまに迷惑をかけてばかりだ。彼には大きな恩があるというのに、あだで返しているようなものじゃないか。
「どうして謝るんだ? 俺は好きでやっているだけなのに」
「……だって」
「だってじゃない。……ほら、お茶でも飲んで落ち着いて」
セラフィンさまがカップを僕の前に置いた。僕は、カップを口に運んだ。
少し冷ますようにお茶を息に吹きかけて、口に含む。心がほわっとするっような味わいに、自然と肩から力が抜けていく。
「気に入ってくれた?」
……僕が気に入ったかなんて、気にしなくてもいいだろう。
そう思うけど、そんな風に返すとセラフィンさまのご厚意を無下にしてしまったことになる。
それがわかるから、僕は「はい」と返事をした。
「そっか。じゃあ、もう少し用意しようかな」
くすくすと声を上げて笑うセラフィンさまは、とても楽しそうだ。
彼の姿に胸がきゅんとするというか。なんというか。むず痒い気持ちが胸いっぱいに広がっていく。
でも、なんだろう。……ちょっとした、違和感。
「あ、あの、セラフィンさま……」
「うん? どうしたの?」
彼はなんてことない風に言うけど、僕との距離がどんどん縮まっているのは気のせいじゃない。
もちろん、物理的に。
「ちかく、ないですか……?」
カップをテーブルの上に戻すと、セラフィンさまにその手をつかまれた。
驚いて彼の顔を見つめると、美しい笑みを向けてくる。
「別にいいんだよ。ここには俺たち二人しかいないんだから」
「それは、そうですけど……」
確かにこれを言われると、なにも返せない。
わかってはいるんだけど。
「それに、ほら。このあともっと密着するんだから、これくらいでうろたえていたら身が持たないよ?」
……違う。
僕はこの業務をはじめてから、一度もうろたえなかったことがない。
ずっと心臓はバクバク音を鳴らしていて、セラフィンさまに身も心も翻弄されている。
「赤くなってる、可愛いね」
「からかわないで、くださいっ――!」
顔を手で覆った。もしも、彼の言葉通りに僕の顔が赤くなっているのだとすると。
そんな顔、セラフィンさまには見せたくなかった。
「からかっていないよ、俺は本気」
けど、彼のほうが何枚も上手だ。いつだって、僕を翻弄する。心臓の音は大きくなって、僕の心は動揺する。
「じゃあ、そろそろ寝ようか」
僕の肩を抱いたセラフィンさまは、僕にささやいた。
ぴっちりとした従者服ではなく、寝るためのゆったりした衣服。それに身を包んで、自分の頬を軽くたたいて「よし」とつぶやいた。
「今日も、がんばるぞ……!」
これが、セラフィンさまのためになるから。
自分自身に言い聞かせ、浴室から出ていった。
セラフィンさまは私室のソファーで優雅に就寝前のお茶を飲んでいた。美しく無駄のない仕草でカップを口元に運ぶ彼は、やっぱり王子さまだ。
再認識すると、ごくりと息を呑んでしまう。
「あぁ、ルドルフ。終わったのか」
セラフィンさまが僕に気づいて声をかけた。僕はこくんと首を縦に振る。
すると、セラフィンさまは僕ににっこり笑いかけてくれて。自身の隣をぽんぽんとたたいた。
「おいで。一緒にお茶でもしよう」
こういうとき、従者なら断らなくてはならない。
けど、セラフィンさまは頑固だ。僕が断ったところで、うなずくまで誘うだけ。
何度か経験しているから、よくわかっている。
だから、僕は言われるがままにセラフィンさまのお隣に腰を下ろした。
(距離がっ、近い――!)
少し距離を置いて座ったのが、気に食わなかったのか。
セラフィンさまは僕に近づいて、隙間を埋めた。肩と肩が触れ合い、いたたまれない。
「ルドルフの分も、淹れてあげる」
「え、それは……」
彼が流れるような仕草で、ティーポットを手に取った。
僕は慌てる。王太子殿下に、こんなことさせられない。
「いいんだよ。……そもそも、今日の昼間、お茶を淹れるのに失敗したのはだれ?」
……こういわれたら、なにも返せない。
僕が言葉に詰まったのを見て、セラフィンさまは満足そうにうなずいた。こういうところは本当に意地の悪い人だ。
「そ、その。本当に申し訳ございません――!」
なんだか謝りたい気分になって、謝罪の言葉を口にした。
僕はセラフィンさまに迷惑をかけてばかりだ。彼には大きな恩があるというのに、あだで返しているようなものじゃないか。
「どうして謝るんだ? 俺は好きでやっているだけなのに」
「……だって」
「だってじゃない。……ほら、お茶でも飲んで落ち着いて」
セラフィンさまがカップを僕の前に置いた。僕は、カップを口に運んだ。
少し冷ますようにお茶を息に吹きかけて、口に含む。心がほわっとするっような味わいに、自然と肩から力が抜けていく。
「気に入ってくれた?」
……僕が気に入ったかなんて、気にしなくてもいいだろう。
そう思うけど、そんな風に返すとセラフィンさまのご厚意を無下にしてしまったことになる。
それがわかるから、僕は「はい」と返事をした。
「そっか。じゃあ、もう少し用意しようかな」
くすくすと声を上げて笑うセラフィンさまは、とても楽しそうだ。
彼の姿に胸がきゅんとするというか。なんというか。むず痒い気持ちが胸いっぱいに広がっていく。
でも、なんだろう。……ちょっとした、違和感。
「あ、あの、セラフィンさま……」
「うん? どうしたの?」
彼はなんてことない風に言うけど、僕との距離がどんどん縮まっているのは気のせいじゃない。
もちろん、物理的に。
「ちかく、ないですか……?」
カップをテーブルの上に戻すと、セラフィンさまにその手をつかまれた。
驚いて彼の顔を見つめると、美しい笑みを向けてくる。
「別にいいんだよ。ここには俺たち二人しかいないんだから」
「それは、そうですけど……」
確かにこれを言われると、なにも返せない。
わかってはいるんだけど。
「それに、ほら。このあともっと密着するんだから、これくらいでうろたえていたら身が持たないよ?」
……違う。
僕はこの業務をはじめてから、一度もうろたえなかったことがない。
ずっと心臓はバクバク音を鳴らしていて、セラフィンさまに身も心も翻弄されている。
「赤くなってる、可愛いね」
「からかわないで、くださいっ――!」
顔を手で覆った。もしも、彼の言葉通りに僕の顔が赤くなっているのだとすると。
そんな顔、セラフィンさまには見せたくなかった。
「からかっていないよ、俺は本気」
けど、彼のほうが何枚も上手だ。いつだって、僕を翻弄する。心臓の音は大きくなって、僕の心は動揺する。
「じゃあ、そろそろ寝ようか」
僕の肩を抱いたセラフィンさまは、僕にささやいた。
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