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本編
12. 巽視点
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――その日、平凡な男子学生である秋風 巽は女神に出逢った。
「なぁなぁ、巽~。辻さんって、知ってる?」
「はぁ?」
大学に入学してすぐのこと。巽はいつも通り親友兼幼馴染の遊馬 千晶と共に行動していた。
千晶はとても明るく、軽薄に見える見た目からか中学時代からとてもモテた。そんな彼だが、何処となく憎めない性格から巽は彼と親友で居続けている。最近では家の居心地があまりよくないと巽が一人暮らししているアパートに転がり込んでくるのは迷惑極まりないが。
「……誰だ、それ」
「辻 朱夏さん。とんでもない美女なんだってさ!」
千晶はそう言いながら「いや~、一目見てみたよな!」と続ける。しかし、巽はいまいち興味を持てなかった。
「……別に。俺、興味ないから」
巽はあまり女性が好きではない。というのも、幼少期から体格のよかった巽は同年代の女性に怖がられ続けてきたのだ。水泳を始め、そこに拍車がかかるとそれは悪化した。
そのため、生まれてこの方彼女など出来たことがない。
「え~、巽もそろそろ彼女作ろうってば。いいよ~」
「……いや、俺は、別に」
千晶の軽口を軽く躱していた時だった。隣を女子学生のグループが通り抜ける。
それは、別に気にすることではなかった。ただ、巽の目を引いたのは……一番左側を歩く、美しすぎる女性。
さらさらとした肩の上までの髪と、ぱっちりとした目。淡い桃色のロングスカートと、真っ白なブラウスがよく似合う、清楚な女性。彼女は友人と談笑しながら歩いていた。
そんな彼女が歩くたびに、周囲の男子学生たちが頬を染めていく。
生まれて初めて、巽は女性をきれいだと思った。
「……うわぁ、相変わらず辻さんきれいだ……」
近くにいた男子学生がそんな声を上げる。その言葉を聞いて、巽は初めてあの女性が先ほど千晶が言っていた辻 朱夏という人物なのだと理解した。
(……きれい、だ)
その日、巽は一瞬で朱夏に心を奪われた。
それからは、学内にいるときは朱夏を目で探すようになってしまった。時折見つければ、彼女のことを見つめてしまう。それは徐々に悪化し、千晶がいないときは朱夏を捜すようにさえなってしまった。
幸いにも同じような男子学生は多く、そこまで怪しまれることはなかった。朱夏自身はあまり警戒心がないらしく、周囲をあまり見ていないようだ。
そんな彼女を危ないなぁと思いながら見守り続け、巽は恋心を膨らませ続けていた。
(……あれ、は)
そして、いつしか朱夏は学内の屋内プールに顔を見せるようになった。彼女はニコニコとしながら誰かを見つめている。もしかしたら、ここに好きな人がいるのかもしれない。
朱夏の好きな人は誰だろうか。部内で一番モテるというあの学生だろうか。それとも、女遊びの激しい部長だろうか。そんなことを思うと、怒りで身を焦がしてしまった。自分の方が朱夏のことを好いているのに。彼女を幸せにできるのは――自分だというのに。いつしかそんなおこがましい感情を抱くようになり、巽は朱夏のことを追うようになっていた。
その結果、巽は朱夏の行きつけの居酒屋を知り、そこでアルバイトをするようになった。そう、つまり――あの日巽が朱夏と遭遇したのは、偶然などではなく必然だったのだ。
(……可愛らしい)
自分の隣ですやすやと眠る朱夏の髪を手で梳きながら、巽は幸せをかみしめる。
あの日、朱夏の好きな人が自分だと知った。絶対に似合わないと思って告白は断ろうとした。けれど、朱夏がほかの男性の元に行くと考えると殺意が湧き上がりその男性を殺してしまいそうになった。そのため、彼女と付き合うことにしたのだ。
側に居れば側に居るほど、巽は朱夏のことを好きになった。その家庭的なところも、ちょっぴり重いところも。すべてが好きになってしまう。それに、彼女は何よりも母親想いだった。
(……いつか、結婚したい)
むしろ、結婚しないという選択肢はない。結婚という名の鎖で、自分に縛り付けてしまえばいい。そうすれば、彼女は一生自分のものだ。そんな感情さえ芽生え、一流の企業に就職しようと決める。幸いにも千晶の父親は大企業を経営しており、彼は巽に「卒業したらうちで働かないか?」と声をかけてくれていた。そこに就職すれば、朱夏のことを苦労させないで済むだろう。
「朱夏さん、好きです」
眠っている朱夏にそう声をかければ、彼女は身じろぎした後笑った。その可愛らしくてきれいな唇が、「わた、しも」と紡いだように見えて、巽はまた幸せをかみしめるのだった。
「なぁなぁ、巽~。辻さんって、知ってる?」
「はぁ?」
大学に入学してすぐのこと。巽はいつも通り親友兼幼馴染の遊馬 千晶と共に行動していた。
千晶はとても明るく、軽薄に見える見た目からか中学時代からとてもモテた。そんな彼だが、何処となく憎めない性格から巽は彼と親友で居続けている。最近では家の居心地があまりよくないと巽が一人暮らししているアパートに転がり込んでくるのは迷惑極まりないが。
「……誰だ、それ」
「辻 朱夏さん。とんでもない美女なんだってさ!」
千晶はそう言いながら「いや~、一目見てみたよな!」と続ける。しかし、巽はいまいち興味を持てなかった。
「……別に。俺、興味ないから」
巽はあまり女性が好きではない。というのも、幼少期から体格のよかった巽は同年代の女性に怖がられ続けてきたのだ。水泳を始め、そこに拍車がかかるとそれは悪化した。
そのため、生まれてこの方彼女など出来たことがない。
「え~、巽もそろそろ彼女作ろうってば。いいよ~」
「……いや、俺は、別に」
千晶の軽口を軽く躱していた時だった。隣を女子学生のグループが通り抜ける。
それは、別に気にすることではなかった。ただ、巽の目を引いたのは……一番左側を歩く、美しすぎる女性。
さらさらとした肩の上までの髪と、ぱっちりとした目。淡い桃色のロングスカートと、真っ白なブラウスがよく似合う、清楚な女性。彼女は友人と談笑しながら歩いていた。
そんな彼女が歩くたびに、周囲の男子学生たちが頬を染めていく。
生まれて初めて、巽は女性をきれいだと思った。
「……うわぁ、相変わらず辻さんきれいだ……」
近くにいた男子学生がそんな声を上げる。その言葉を聞いて、巽は初めてあの女性が先ほど千晶が言っていた辻 朱夏という人物なのだと理解した。
(……きれい、だ)
その日、巽は一瞬で朱夏に心を奪われた。
それからは、学内にいるときは朱夏を目で探すようになってしまった。時折見つければ、彼女のことを見つめてしまう。それは徐々に悪化し、千晶がいないときは朱夏を捜すようにさえなってしまった。
幸いにも同じような男子学生は多く、そこまで怪しまれることはなかった。朱夏自身はあまり警戒心がないらしく、周囲をあまり見ていないようだ。
そんな彼女を危ないなぁと思いながら見守り続け、巽は恋心を膨らませ続けていた。
(……あれ、は)
そして、いつしか朱夏は学内の屋内プールに顔を見せるようになった。彼女はニコニコとしながら誰かを見つめている。もしかしたら、ここに好きな人がいるのかもしれない。
朱夏の好きな人は誰だろうか。部内で一番モテるというあの学生だろうか。それとも、女遊びの激しい部長だろうか。そんなことを思うと、怒りで身を焦がしてしまった。自分の方が朱夏のことを好いているのに。彼女を幸せにできるのは――自分だというのに。いつしかそんなおこがましい感情を抱くようになり、巽は朱夏のことを追うようになっていた。
その結果、巽は朱夏の行きつけの居酒屋を知り、そこでアルバイトをするようになった。そう、つまり――あの日巽が朱夏と遭遇したのは、偶然などではなく必然だったのだ。
(……可愛らしい)
自分の隣ですやすやと眠る朱夏の髪を手で梳きながら、巽は幸せをかみしめる。
あの日、朱夏の好きな人が自分だと知った。絶対に似合わないと思って告白は断ろうとした。けれど、朱夏がほかの男性の元に行くと考えると殺意が湧き上がりその男性を殺してしまいそうになった。そのため、彼女と付き合うことにしたのだ。
側に居れば側に居るほど、巽は朱夏のことを好きになった。その家庭的なところも、ちょっぴり重いところも。すべてが好きになってしまう。それに、彼女は何よりも母親想いだった。
(……いつか、結婚したい)
むしろ、結婚しないという選択肢はない。結婚という名の鎖で、自分に縛り付けてしまえばいい。そうすれば、彼女は一生自分のものだ。そんな感情さえ芽生え、一流の企業に就職しようと決める。幸いにも千晶の父親は大企業を経営しており、彼は巽に「卒業したらうちで働かないか?」と声をかけてくれていた。そこに就職すれば、朱夏のことを苦労させないで済むだろう。
「朱夏さん、好きです」
眠っている朱夏にそう声をかければ、彼女は身じろぎした後笑った。その可愛らしくてきれいな唇が、「わた、しも」と紡いだように見えて、巽はまた幸せをかみしめるのだった。
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