黒薔薇の刻印 ~死ぬほど愛される、重すぎる愛の逆ハーレム~【ダークファンタジー】

ALMA

文字の大きさ
1 / 29
第1部:鮮血の王冠

第1話:熱い吐息と甘い毒

しおりを挟む
「……ロゼノア。本当に、あの男が……兄上がそんなことを?」

 第二王子アルカディアスが、苦悶に顔を歪め、私を見つめている。
 天蓋付きのベッドの脇。薄暗いランプの灯りが、彼の銀色の髪と、端正だが影のある横顔を照らし出していた。
 すでに人払いはしてある。この部屋には二人きりだ。

 私はシルクのシーツを弱々しく握りしめ、わざとらしく肩を震わせてみせる。

「はい……。聞いてしまったのです。エルネスト殿下とリリアーナ様が『ロゼノアさえいなければ』と……。それに『アルカディアスも邪魔だ』とも……」

 嘘の中に、致死量の真実を一つだけ混ぜる。
 そうすることで、言葉はどんな刃物よりも深く相手の心を抉る「猛毒」になる。

「わたくし……突き落とされたのです。あの冷たい階段から」

 その瞬間、アルカディアスのまとう空気が凍りついた。
 彼は優秀でありながら、魔力のない「呪われた子」として冷遇され、常に兄エルネストの影に隠れて生きてきた。その積年のコンプレックスと、私への庇護欲を刺激すれば、彼は驚くほど簡単に堕ちる。

「許せない……ッ! 私だけでなく、貴女まで愚弄するとは!」

 ギリ、と彼の奥歯が鳴る音が聞こえた。
 獲物は、もう罠にかかっている。あとは仕上げだ。

「アルカディアス様……」

 潤んだ瞳で彼を見上げ、震える指先で彼の袖を掴んだ。

「怖いです……。わたくし、また殺されるかもしれません。誰も信じられない……」

「ロゼノア……」
 射るように鋭く、それでいて飢えたような金色の瞳。
「信じられるのは、貴方だけです」
 私は彼の手を取り、強く引き寄せた。

 予期せぬ力に、アルカディアスがバランスを崩し、ベッド上の私に覆いかぶさる形になる。

「ロ、ロゼノア……!?」
「お願い、離れないで」

 私は彼の首にするりと腕を回し、ネグリジェ一枚の身体を密着させる。
 私の柔らかな乳房が、彼の硬い胸板に押し潰され、彼の体温が一気に跳ね上がった。

「っ……! こ、こんな……いけない」

 そう言いながらも、彼は離れない。
 むしろ、腰に回された腕に力が籠もり、雄の匂いと熱が私を包み込む。

 私は耳元で、甘く、熱い吐息をたっぷりと吹きかけた。

「わたくしの心臓の音……聞こえますか? こんなに早く打っているの」

 彼の手を取り、ネグリジェの胸元――私の左胸の上へと導く。
 薄い布越しに刻まれる鼓動。

「あ……」

 アルカディアスが息を呑んだ。
 震える指先が、柔らかさを確かめるように蠢く。

「貴方がいないと、この心臓は止まってしまうかもしれません」
 上目遣いで、縋るように囁く。

「ロゼノア……ああ、愛しい人……」

 理性の光が消え、暗く濁った情欲が瞳に浮かぶ。
 彼は耐えきれず、私の首筋に顔を埋めた。荒い鼻息が首をくすぐる。

「ん……っ」

 甘い声を漏らすと、抱きしめる腕の力が強まる。
 彼の中に眠っていた「衝動」が、理性を食い破ろうとしている。
 顎を掬われ、唇が重なりそうになった、その瞬間――

「……っ、あ」

 私は小さく、けれど明確な拒絶の色を混ぜて身を引いた。
「す、すまない! 怪我に障ったか!?」
 ハッとしたように、アルカディアスが身体を離す。
 私は乱れた髪を指で直しながら、この世で一番切なく、妖艶に微笑んでみせた。

「いいえ……でも、続きはまた。ね?」
「う……」

 指先で、彼の唇をそっと塞ぐ。

「きっと……その時は。わたくしの王子様」

 目の前にぶら下げられた餌。
 寸前で焦らされた欲求。
 アルカディアスの喉がゴクリと鳴った。

「ああ……誓う。必ず、君を守り抜く。兄上だろうと、邪魔者は全て排除する……!」

 その瞳に映るのは、盲目的な執着と、危うい狂気だけ。

「嬉しいですわ。……では、また後ほど」

 名残惜しそうに何度も振り返りながら、アルカディアスは部屋を出て行った。
 バタン、と重い扉が閉まる。

 静寂が戻る。
 私は胸元を整え、冷ややかな笑みを浮かべた。

(ふふ……ちょろいわ)

 単純で、正義感が強くて、愛に飢えた王子様。
 最高の「剣」を手に入れた。


 * * *


 私がこの世界で目覚めたのは、つい数時間前のことだ。
 全身を打ちつけたような痛みと共に目を覚ました私は、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖女と薔薇の騎士』の世界だと理解した。
 そして私は、ヒロインに踏み台にされ、最後は処刑される公爵令嬢、ロゼノア・デ・ローゼンになっていることも。
 鏡に映ったレディッシュゴールドの髪。アメジストの瞳。
 派手な美貌と、男を惑わす滑らかな肢体。まさに悪役令嬢ロゼノアそのものだ。

 状況を整理するうちに、全てが繋がった。
 私は階段から突き落とされたのだ。
 犯人は、聖女候補のリリアーナ。そしてそれを黙認し、事故として処理しようとしている私の婚約者、第一王子エルネスト。

(……前世と同じね)

 私、結城蕗星ゆうき ろぜは資産家の娘として生まれ、その時までは順調な人生を送ってきた。
 けれど、両親の死後に待っていたのは、婚約者とその愛人による非道な仕打ちだった。
 屋敷に監禁され、少しずつ毒を盛られ、衰弱した手で無理やり遺言書にサインさせられたのだ。

 でも――ただ泣いて死んだわけじゃない。
 今頃、あの裏切り者たちは顔を青くしているはずだ。
 だって、彼らが手に入れた遺言書で相続できるのは、私がこっそり作った「莫大な借金」だけなのだから。

 金目のものは全て処分し、動物愛護団体に全額寄付した。屋敷も抵当に入れた後だった。

『君さえいれば、財産なんていらない』
 そう言っていたものね? だから望み通り、一文無しにしてあげたわ。

 毒で薄れる意識の中で、私は彼らの絶望と破滅を確信して、わらって死んだのだ。

 ――そう。私は元々、こういう女。
 やられたらやり返す。奪われる前に、奪い尽くす。

 今の私には、公爵家の権力と美貌、そしてこの世界の未来を知るゲームの知識がある。
 そして今、本来ならヒロインを守るはずだった「最強の王子」アルカディアスを手に入れた。

「さあ、次は誰かしら」
 廊下から、聞き覚えのある規則正しい足音が近づいてくる。

 私は鏡の中の自分に向かって、凶悪に、けれど最高に魅力的に微笑んだ。

「歓迎してあげるわ。……地獄へようこそ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

転生先は男女比50:1の世界!?

4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。 「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」 デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・ どうなる!?学園生活!!

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...