黒薔薇の刻印 ~死ぬほど愛される、重すぎる愛の逆ハーレム~【ダークファンタジー】

ALMA

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第1部:鮮血の王冠

第1話:熱い吐息と甘い毒

「……ロゼノア。本当に、あの男が……兄上がそんなことを?」

 第二王子アルカディアスが、苦悶に顔を歪め、私を見つめている。
 天蓋付きのベッドの脇。薄暗いランプの灯りが、彼の銀色の髪と、端正だが影のある横顔を照らし出していた。
 すでに人払いはしてある。この部屋には二人きりだ。

 私はシルクのシーツを弱々しく握りしめ、わざとらしく肩を震わせてみせる。

「はい……。聞いてしまったのです。エルネスト殿下とリリアーナ様が『ロゼノアさえいなければ』と……。それに『アルカディアスも邪魔だ』とも……」

 嘘の中に、致死量の真実を一つだけ混ぜる。
 そうすることで、言葉はどんな刃物よりも深く相手の心を抉る「猛毒」になる。

「わたくし……突き落とされたのです。あの冷たい階段から」

 その瞬間、アルカディアスのまとう空気が凍りついた。
 彼は優秀でありながら、魔力のない「呪われた子」として冷遇され、常に兄エルネストの影に隠れて生きてきた。その積年のコンプレックスと、私への庇護欲を刺激すれば、彼は驚くほど簡単に堕ちる。

「許せない……ッ! 私だけでなく、貴女まで愚弄するとは!」

 ギリ、と彼の奥歯が鳴る音が聞こえた。
 獲物は、もう罠にかかっている。あとは仕上げだ。

「アルカディアス様……」

 潤んだ瞳で彼を見上げ、震える指先で彼の袖を掴んだ。

「怖いです……。わたくし、また殺されるかもしれません。誰も信じられない……」

「ロゼノア……」
 射るように鋭く、それでいて飢えたような金色の瞳。
「信じられるのは、貴方だけです」
 私は彼の手を取り、強く引き寄せた。

 予期せぬ力に、アルカディアスがバランスを崩し、ベッド上の私に覆いかぶさる形になる。

「ロ、ロゼノア……!?」
「お願い、離れないで」

 私は彼の首にするりと腕を回し、ネグリジェ一枚の身体を密着させる。
 私の柔らかな乳房が、彼の硬い胸板に押し潰され、彼の体温が一気に跳ね上がった。

「っ……! こ、こんな……いけない」

 そう言いながらも、彼は離れない。
 むしろ、腰に回された腕に力が籠もり、雄の匂いと熱が私を包み込む。

 私は耳元で、甘く、熱い吐息をたっぷりと吹きかけた。

「わたくしの心臓の音……聞こえますか? こんなに早く打っているの」

 彼の手を取り、ネグリジェの胸元――私の左胸の上へと導く。
 薄い布越しに刻まれる鼓動。

「あ……」

 アルカディアスが息を呑んだ。
 震える指先が、柔らかさを確かめるように蠢く。

「貴方がいないと、この心臓は止まってしまうかもしれません」
 上目遣いで、縋るように囁く。

「ロゼノア……ああ、愛しい人……」

 理性の光が消え、暗く濁った情欲が瞳に浮かぶ。
 彼は耐えきれず、私の首筋に顔を埋めた。荒い鼻息が首をくすぐる。

「ん……っ」

 甘い声を漏らすと、抱きしめる腕の力が強まる。
 彼の中に眠っていた「衝動」が、理性を食い破ろうとしている。
 顎を掬われ、唇が重なりそうになった、その瞬間――

「……っ、あ」

 私は小さく、けれど明確な拒絶の色を混ぜて身を引いた。
「す、すまない! 怪我に障ったか!?」
 ハッとしたように、アルカディアスが身体を離す。
 私は乱れた髪を指で直しながら、この世で一番切なく、妖艶に微笑んでみせた。

「いいえ……でも、続きはまた。ね?」
「う……」

 指先で、彼の唇をそっと塞ぐ。

「きっと……その時は。わたくしの王子様」

 目の前にぶら下げられた餌。
 寸前で焦らされた欲求。
 アルカディアスの喉がゴクリと鳴った。

「ああ……誓う。必ず、君を守り抜く。兄上だろうと、邪魔者は全て排除する……!」

 その瞳に映るのは、盲目的な執着と、危うい狂気だけ。

「嬉しいですわ。……では、また後ほど」

 名残惜しそうに何度も振り返りながら、アルカディアスは部屋を出て行った。
 バタン、と重い扉が閉まる。

 静寂が戻る。
 私は胸元を整え、冷ややかな笑みを浮かべた。

(ふふ……ちょろいわ)

 単純で、正義感が強くて、愛に飢えた王子様。
 最高の「剣」を手に入れた。


 * * *


 私がこの世界で目覚めたのは、つい数時間前のことだ。
 全身を打ちつけたような痛みと共に目を覚ました私は、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖女と薔薇の騎士』の世界だと理解した。
 そして私は、ヒロインに踏み台にされ、最後は処刑される公爵令嬢、ロゼノア・デ・ローゼンになっていることも。
 鏡に映ったレディッシュゴールドの髪。アメジストの瞳。
 派手な美貌と、男を惑わす滑らかな肢体。まさに悪役令嬢ロゼノアそのものだ。

 状況を整理するうちに、全てが繋がった。
 私は階段から突き落とされたのだ。
 犯人は、聖女候補のリリアーナ。そしてそれを黙認し、事故として処理しようとしている私の婚約者、第一王子エルネスト。

(……前世と同じね)

 私、結城蕗星ゆうき ろぜは資産家の娘として生まれ、その時までは順調な人生を送ってきた。
 けれど、両親の死後に待っていたのは、婚約者とその愛人による非道な仕打ちだった。
 屋敷に監禁され、少しずつ毒を盛られ、衰弱した手で無理やり遺言書にサインさせられたのだ。

 でも――ただ泣いて死んだわけじゃない。
 今頃、あの裏切り者たちは顔を青くしているはずだ。
 だって、彼らが手に入れた遺言書で相続できるのは、私がこっそり作った「莫大な借金」だけなのだから。

 金目のものは全て処分し、動物愛護団体に全額寄付した。屋敷も抵当に入れた後だった。

『君さえいれば、財産なんていらない』
 そう言っていたものね? だから望み通り、一文無しにしてあげたわ。

 毒で薄れる意識の中で、私は彼らの絶望と破滅を確信して、わらって死んだのだ。

 ――そう。私は元々、こういう女。
 やられたらやり返す。奪われる前に、奪い尽くす。

 今の私には、公爵家の権力と美貌、そしてこの世界の未来を知るゲームの知識がある。
 そして今、本来ならヒロインを守るはずだった「最強の王子」アルカディアスを手に入れた。

「さあ、次は誰かしら」
 廊下から、聞き覚えのある規則正しい足音が近づいてくる。

 私は鏡の中の自分に向かって、凶悪に、けれど最高に魅力的に微笑んだ。

「歓迎してあげるわ。……地獄へようこそ」
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