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第1部:鮮血の王冠
第2話:婚約者という名の躾
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ノックの音。
返事をする間もなく、扉が無遠慮に開かれた。
「――邪魔をするぞ」
入ってきた男を見て、私の目が冷ややかに細められる。
黄金を溶かしたようなブロンドの髪、青い宝石のように鋭い碧眼。神が作りたもうた彫刻のような美貌を持つその男は、この国の第一王子、エルネスト・ディ・ローゼンハイム。
この乙女ゲームの「メイン攻略対象」であり――ロゼノアの婚約者だ。
ゲームのロゼノアは十代の頃から王宮にこの部屋を与えられ、妃となるべく、そして王子に従順となるべく教育を受けてきた。その記憶が湧き上がり、私は頭を振り払う。
(ロゼノア……よく耐えたわね。こんな屈辱に……)
「ロゼノア。危なかったと聞いたよ。リリアーナも心配している。彼女は優しいからな」
開口一番、愛人の名前。
私はベッドの上で上体を起こし、王族への礼を示す。
「ご心配感謝します、エルネスト殿下。ですが、わたくしは至って――」
「エルネスト様ぁ!」
私の言葉を遮り、甘ったるい声が飛び込んできた。
エルネストの背中から顔を出したのは、平民出身の聖女候補、リリアーナ・リリエール。
光に透けるプラチナピンクの髪、澄んだ水色の瞳。守ってあげたくなるような、儚い美少女。
「ここは私室です。許可なく入るのは――」
「あらぁ、ロゼノア様! 私、あなたのために、この特製のハーブ軟膏をわざわざ調合してきたんです! ねえエルネスト様、私って優しいですよね?」
リリアーナが甘えるようにエルネストの腕に抱きつく。
「エルネストさまぁ」
エルネストは嬉しそうに彼女の腰に手を回した。婚約者の病室で、堂々と愛人を撫で回す。神経を疑うが、彼にとっては日常なのだろう。
「ロゼノア。見舞いに来た者に対してなんだその態度は。リリアーナの訪問は私が許可する」
(は? 私の部屋なんですけど)
「お可哀想なロゼノア様。エルネスト様に相手にされなくて、寂しいんですよね?」
リリアーナが身を屈めて私を覗き込む。その目の奥には冷たい嘲笑があった。
「ロゼノア様、誰かに突き落とされたんですかぁ? 嫌われていらっしゃるのかしら。まあ、当然ですわね。だってロゼノア様って、いつも高飛車で感じ悪いんですもの」
「……事故ですわ」
「ふふ、そうですか。でもお可哀想。お顔に傷が残ったら大変。だってロゼノア様、お顔とお家柄しか取り柄がないんですもの。魔力もなく、性格も悪く、誰からも愛されない。……あ、ごめんなさい! 私ったらつい本当のことを!」
口元を手で覆う仕草。わざとらしすぎてもはや清々しい。
「それに比べて私は、聖女として王のために、毎日祈祷していますの。王宮の皆様も、私のことを慕ってくださって。ロゼノア様には、そういう経験ないですものねぇ」
リリアーナが私の頬にべっとりと軟膏を塗る。その指にわざと力を込め、傷口をグリグリと押し込んだ。
「っ……!」
(これは……痛みがヒリヒリと広がる。唐辛子でも入ってるんじゃないの! この女ならやりかねない)
「あら、ごめんなさい。痛かったですか? でも、ロゼノア様、我慢強くないとお妃様になれませんわよ? ……あ、でももう無理ですわね。エルネスト様、もうロゼノア様には興味ないですものね?」
リリアーナが振り返り、エルネストに甘える。
私はハンカチで軟膏を拭き取る。
「ねえ、エルネスト様ぁ。私、ロゼノア様が可哀想で可哀想で。こんな惨めな方、見たことないですもの。婚約者なのに、愛されないなんて」
「リリアーナは本当に優しいな。こんな冷たい女のために、わざわざ軟膏を作ってくれるなんて。君も少しは彼女の純真さを見習ったらどうだ? 魔力だけでなく、心まで貧しいとはな」
その言葉は、私が「聖女の力が覚醒していない」ことをあてこすったものだ。ここで激昂しては三流の悪役令嬢と同じ。
(ここは耐える場面……)
あのベタな突き落としイベント。
ゲームでは犯人不明だったけれど、この女の態度で確信した。リリアーナだ。
「マリエ」
私は静かに侍女を呼んだ。
「お二人がお帰りよ。出口へ案内して」
「なっ……私を追い出す気か!」
「お医者様より、安静を命じられておりますので」
エルネストが舌打ちをする。だが、すぐに何ごとかを思いついたように、粘着質な笑みを浮かべた。
「……いいだろう。リリアーナ、すまないが先に部屋に戻っていてくれ」
「え……でも……」
「私はロゼノアに少し話がある。わかってくれ」
そう言ってリリアーナの額に軽くキスをした。
「やん……エルネスト様ぁ。お待ちしてますわ」
リリアーナの顔がぱっと明るくなる。
彼女は去り際、私に勝ち誇ったような笑みを浮かべ、すれ違いざまに囁いた。
「……負け犬。エルネスト様は私のものよ」
バタン、と扉が閉まる。
「ロゼノア、大事な話だ。人払いを」
真剣な顔をした王太子の命令では断れない。
「……マリエ」
名を呼ばれ、侍女のマリエは承知しているように退出した。
部屋に残されたのは、私とエルネストだけ。
その瞬間、エルネストの表情が変わった。
先ほどまでの「王子」の仮面が剥がれ落ち、そこには欲望に濁った雄の顔があった。
「さて……」
エルネストがベッドに近づく。その目が、私の身体を舐めるように這い回る。
「何のご用ですか、エルネスト殿下」
「用? 婚約者なのだから、こうして二人きりになるのは当然だろう?」
エルネストがベッドの縁に腰を下ろす。不快なほど近い。酒の臭いがした。
「どれ、傷を見てやろう。……美しい顔だ。中身は空っぽの不良品だが、その顔だけは評価してやる」
エルネストの手が私の顎を掴み、無理やり上を向かせる。
「あと……この、男を誘うようないやらしい体もな……」
逃げようとする私の肩を、彼は乱暴に押さえつけ、ベッドに縫い止めた。
「嫌がるな。お前のような可愛げのない女には、躾が必要だ――」
彼の手が、私の寝間着の襟元を乱暴に掴んだ。
その瞬間。
彼は両手で、左右に大きく引き裂いた。
プチプチプチッ、と乾いた音が連続して響き、小さなボタンが弾け飛んで床に転がった。
「きゃあ……ッ!?」
「ほう……」
暴力的に暴かれた私の胸元。
エルネストは、露わになった私の豊満な膨らみを見て、とろけるような陶酔の表情になる。
「はぁ、素晴らしい……。なんて淫らな果実だ」
彼は熱に浮かされたように呟くと、ゆっくりと顔を近づけた。
逃れようと身をよじるが、腕を掴まれて敵わない。
「やめ……離して……ッ!」
「動くな」
チュッ。
彼が、私の左胸のふくらみに唇を押し当てた。
愛おしむような、粘着質な口づけ。
舌先が、柔らかな肉を這う。
「やっ……!」
「いい匂いだ。最高だよ、ロゼノア」
エルネストは私の胸に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。その吐息が熱く肌にかかり、鳥肌が立つ。
屈辱で目の前が真っ白になる。
「リリアーナを正妃にする。お前は聖女の力がないのだから、王妃にはなれない。だが、俺のそばに置いてやる。俺専用の『慰み者』としてなら、使い道はあるだろう?」
言いながら、彼は再び唇を落とした。今度は、尖り始めた先端すぐ近くへ。
舌先で、焦らすようにつつく。
「っ……んぅ……!」
「なんだ、いい声が出るじゃないか。体は正直だな……クックッ」
生理的な嫌悪感で鳥肌が立つが、悲しいことに身体は異性の刺激に反応してしまう。
「公爵令嬢が愛人、か。屈辱だろう? ふふ、その顔がまたいい。お前のその高慢なプライドを、俺が砕いて泣き叫ばせてやるのが楽しみだ」
彼の手が下へと伸びる。
薄い下着の上から、秘所を指先でツンツンとつついた。
「っ……!」
「ここも、どうなっているかな」
彼の中指が慣れた手つきで線をなぞるように這う。そして、一番敏感な部分を、円を描くように弄った。
「あ……んっ……」
彼が口を開き、胸を甘噛みしようとした、その時。
バアァァンッ!!
扉が蹴破られるほどの勢いで開かれた。
エルネストの動きが止まる。
入り口に立っていたのは――銀色の長い髪に、金の瞳を持つ長身の男。
第二王子、アルカディアスだった。
「――何をしている、兄上」
地を這うような低い声。
アルカディアスは、乱れた私の姿と、私にのしかかるエルネストを見て、その美しい顔を鬼のように歪めた。
「やあ、アルカディアスか。ノックもなしか? 相変わらず礼儀を知らないな」
エルネストは悪びれる様子もなく、その視線は私の胸元に粘り着いたままで、名残惜しそうに舌なめずりをした。
「貴様……!」
アルカディアスが剣の柄に手をかける。
「よせよ。ただの冗談だ。スキンシップだよ、スキンシップ」
エルネストは両手を挙げておどけて見せる。
「婚約者の見舞いに来て、少し愛を確かめ合っていただけだ。なあ、ロゼノア?」
私は震える手で、はだけた寝間着を掻き合わせた。ボタンが弾け飛んでいるため、胸元を隠すのが精一杯だ。
アルカディアスが私を庇うように前に立つ。
「出て行け。二度と、彼女に汚らわしい手を触れるな」
「怖い怖い。……狂犬だな」
エルネストは鼻で笑い、出口へと向かう。
だが、すれ違いざまに、アルカディアスの耳元で吐き捨てるように言った。
「勘違いするなよ、アルカディアス。こいつは『俺の』婚約者だ。お前じゃない。お前のような役立たずの弟に、こんな上等な女は不釣り合いだ」
エルネストは勝ち誇ったような笑みを残し、部屋を出て行った。
静寂が戻る。
アルカディアスは荒い息を吐きながら、私に近づいた。
彼は無言で自身の上着を脱ぐと、私の肩にかけ、露わになった胸元を隠すように強く打ち合わせた。
「……すまない、遅くなった」
「アルカディアス様」
怯えてなどいない。泣いてもいない。
ただ、不快で、汚らわしくて、今すぐにでもこの体を洗い流したかった。
「マリエが知らせてくれたんだ。『エルネスト殿下の様子がおかしい』と」
アルカディアスの手は、私の肩を掴んだまま離れない。その指が、痛いほど食い込んでいた。
「大丈夫か。あいつに、何をされた」
低い問いかけ。けれど、その視線は私の首筋や、ボタンが弾け飛んだ胸元に向けられていた。
先ほどの光景――エルネストが私の肌に舌を這わせ、貪っていた姿が、彼の脳裏に焼き付いているのだ。
「……大丈夫です。大したことありませんわ」
私は手の甲で、エルネストに口づけられた唇を乱暴に拭った。
「ロゼノア……」
私の体は震えていた。
だが、それは恐怖ではない。
あんな男に、モノのように扱われたことへの屈辱と、煮えたぎるような怒りによる震えだ。
それを見たアルカディアスの表情が、見る見るうちに歪んでいく。
「くそっ……!」
彼は吐き捨てるように言った。
悔しさと、嫉妬と、制御できない殺意で、その肩がワナワナと震えている。
(俺はまだ……指一本、触れていないというのに……!)
ギリッ、と奥歯が砕けそうな音が響いた。
アルカディアスの瞳孔が開き、暗い炎が渦巻いている。
「絶対に許さない……いつか必ず、この手で……!」
彼は私の肩に額を押し付け、呪詛のように呟いた。
後の「狂王」の片鱗。
……いいわ。その怒り、利用させてもらう。
私は背筋を伸ばし、顔を上げた。
この程度、何の問題もない。
だが、この屈辱は、百倍にして返してやる。
(ふ……ふふ)
鏡の中の私は、獰猛な笑みを浮かべていた。
さて、攻略を始めようか。
返事をする間もなく、扉が無遠慮に開かれた。
「――邪魔をするぞ」
入ってきた男を見て、私の目が冷ややかに細められる。
黄金を溶かしたようなブロンドの髪、青い宝石のように鋭い碧眼。神が作りたもうた彫刻のような美貌を持つその男は、この国の第一王子、エルネスト・ディ・ローゼンハイム。
この乙女ゲームの「メイン攻略対象」であり――ロゼノアの婚約者だ。
ゲームのロゼノアは十代の頃から王宮にこの部屋を与えられ、妃となるべく、そして王子に従順となるべく教育を受けてきた。その記憶が湧き上がり、私は頭を振り払う。
(ロゼノア……よく耐えたわね。こんな屈辱に……)
「ロゼノア。危なかったと聞いたよ。リリアーナも心配している。彼女は優しいからな」
開口一番、愛人の名前。
私はベッドの上で上体を起こし、王族への礼を示す。
「ご心配感謝します、エルネスト殿下。ですが、わたくしは至って――」
「エルネスト様ぁ!」
私の言葉を遮り、甘ったるい声が飛び込んできた。
エルネストの背中から顔を出したのは、平民出身の聖女候補、リリアーナ・リリエール。
光に透けるプラチナピンクの髪、澄んだ水色の瞳。守ってあげたくなるような、儚い美少女。
「ここは私室です。許可なく入るのは――」
「あらぁ、ロゼノア様! 私、あなたのために、この特製のハーブ軟膏をわざわざ調合してきたんです! ねえエルネスト様、私って優しいですよね?」
リリアーナが甘えるようにエルネストの腕に抱きつく。
「エルネストさまぁ」
エルネストは嬉しそうに彼女の腰に手を回した。婚約者の病室で、堂々と愛人を撫で回す。神経を疑うが、彼にとっては日常なのだろう。
「ロゼノア。見舞いに来た者に対してなんだその態度は。リリアーナの訪問は私が許可する」
(は? 私の部屋なんですけど)
「お可哀想なロゼノア様。エルネスト様に相手にされなくて、寂しいんですよね?」
リリアーナが身を屈めて私を覗き込む。その目の奥には冷たい嘲笑があった。
「ロゼノア様、誰かに突き落とされたんですかぁ? 嫌われていらっしゃるのかしら。まあ、当然ですわね。だってロゼノア様って、いつも高飛車で感じ悪いんですもの」
「……事故ですわ」
「ふふ、そうですか。でもお可哀想。お顔に傷が残ったら大変。だってロゼノア様、お顔とお家柄しか取り柄がないんですもの。魔力もなく、性格も悪く、誰からも愛されない。……あ、ごめんなさい! 私ったらつい本当のことを!」
口元を手で覆う仕草。わざとらしすぎてもはや清々しい。
「それに比べて私は、聖女として王のために、毎日祈祷していますの。王宮の皆様も、私のことを慕ってくださって。ロゼノア様には、そういう経験ないですものねぇ」
リリアーナが私の頬にべっとりと軟膏を塗る。その指にわざと力を込め、傷口をグリグリと押し込んだ。
「っ……!」
(これは……痛みがヒリヒリと広がる。唐辛子でも入ってるんじゃないの! この女ならやりかねない)
「あら、ごめんなさい。痛かったですか? でも、ロゼノア様、我慢強くないとお妃様になれませんわよ? ……あ、でももう無理ですわね。エルネスト様、もうロゼノア様には興味ないですものね?」
リリアーナが振り返り、エルネストに甘える。
私はハンカチで軟膏を拭き取る。
「ねえ、エルネスト様ぁ。私、ロゼノア様が可哀想で可哀想で。こんな惨めな方、見たことないですもの。婚約者なのに、愛されないなんて」
「リリアーナは本当に優しいな。こんな冷たい女のために、わざわざ軟膏を作ってくれるなんて。君も少しは彼女の純真さを見習ったらどうだ? 魔力だけでなく、心まで貧しいとはな」
その言葉は、私が「聖女の力が覚醒していない」ことをあてこすったものだ。ここで激昂しては三流の悪役令嬢と同じ。
(ここは耐える場面……)
あのベタな突き落としイベント。
ゲームでは犯人不明だったけれど、この女の態度で確信した。リリアーナだ。
「マリエ」
私は静かに侍女を呼んだ。
「お二人がお帰りよ。出口へ案内して」
「なっ……私を追い出す気か!」
「お医者様より、安静を命じられておりますので」
エルネストが舌打ちをする。だが、すぐに何ごとかを思いついたように、粘着質な笑みを浮かべた。
「……いいだろう。リリアーナ、すまないが先に部屋に戻っていてくれ」
「え……でも……」
「私はロゼノアに少し話がある。わかってくれ」
そう言ってリリアーナの額に軽くキスをした。
「やん……エルネスト様ぁ。お待ちしてますわ」
リリアーナの顔がぱっと明るくなる。
彼女は去り際、私に勝ち誇ったような笑みを浮かべ、すれ違いざまに囁いた。
「……負け犬。エルネスト様は私のものよ」
バタン、と扉が閉まる。
「ロゼノア、大事な話だ。人払いを」
真剣な顔をした王太子の命令では断れない。
「……マリエ」
名を呼ばれ、侍女のマリエは承知しているように退出した。
部屋に残されたのは、私とエルネストだけ。
その瞬間、エルネストの表情が変わった。
先ほどまでの「王子」の仮面が剥がれ落ち、そこには欲望に濁った雄の顔があった。
「さて……」
エルネストがベッドに近づく。その目が、私の身体を舐めるように這い回る。
「何のご用ですか、エルネスト殿下」
「用? 婚約者なのだから、こうして二人きりになるのは当然だろう?」
エルネストがベッドの縁に腰を下ろす。不快なほど近い。酒の臭いがした。
「どれ、傷を見てやろう。……美しい顔だ。中身は空っぽの不良品だが、その顔だけは評価してやる」
エルネストの手が私の顎を掴み、無理やり上を向かせる。
「あと……この、男を誘うようないやらしい体もな……」
逃げようとする私の肩を、彼は乱暴に押さえつけ、ベッドに縫い止めた。
「嫌がるな。お前のような可愛げのない女には、躾が必要だ――」
彼の手が、私の寝間着の襟元を乱暴に掴んだ。
その瞬間。
彼は両手で、左右に大きく引き裂いた。
プチプチプチッ、と乾いた音が連続して響き、小さなボタンが弾け飛んで床に転がった。
「きゃあ……ッ!?」
「ほう……」
暴力的に暴かれた私の胸元。
エルネストは、露わになった私の豊満な膨らみを見て、とろけるような陶酔の表情になる。
「はぁ、素晴らしい……。なんて淫らな果実だ」
彼は熱に浮かされたように呟くと、ゆっくりと顔を近づけた。
逃れようと身をよじるが、腕を掴まれて敵わない。
「やめ……離して……ッ!」
「動くな」
チュッ。
彼が、私の左胸のふくらみに唇を押し当てた。
愛おしむような、粘着質な口づけ。
舌先が、柔らかな肉を這う。
「やっ……!」
「いい匂いだ。最高だよ、ロゼノア」
エルネストは私の胸に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。その吐息が熱く肌にかかり、鳥肌が立つ。
屈辱で目の前が真っ白になる。
「リリアーナを正妃にする。お前は聖女の力がないのだから、王妃にはなれない。だが、俺のそばに置いてやる。俺専用の『慰み者』としてなら、使い道はあるだろう?」
言いながら、彼は再び唇を落とした。今度は、尖り始めた先端すぐ近くへ。
舌先で、焦らすようにつつく。
「っ……んぅ……!」
「なんだ、いい声が出るじゃないか。体は正直だな……クックッ」
生理的な嫌悪感で鳥肌が立つが、悲しいことに身体は異性の刺激に反応してしまう。
「公爵令嬢が愛人、か。屈辱だろう? ふふ、その顔がまたいい。お前のその高慢なプライドを、俺が砕いて泣き叫ばせてやるのが楽しみだ」
彼の手が下へと伸びる。
薄い下着の上から、秘所を指先でツンツンとつついた。
「っ……!」
「ここも、どうなっているかな」
彼の中指が慣れた手つきで線をなぞるように這う。そして、一番敏感な部分を、円を描くように弄った。
「あ……んっ……」
彼が口を開き、胸を甘噛みしようとした、その時。
バアァァンッ!!
扉が蹴破られるほどの勢いで開かれた。
エルネストの動きが止まる。
入り口に立っていたのは――銀色の長い髪に、金の瞳を持つ長身の男。
第二王子、アルカディアスだった。
「――何をしている、兄上」
地を這うような低い声。
アルカディアスは、乱れた私の姿と、私にのしかかるエルネストを見て、その美しい顔を鬼のように歪めた。
「やあ、アルカディアスか。ノックもなしか? 相変わらず礼儀を知らないな」
エルネストは悪びれる様子もなく、その視線は私の胸元に粘り着いたままで、名残惜しそうに舌なめずりをした。
「貴様……!」
アルカディアスが剣の柄に手をかける。
「よせよ。ただの冗談だ。スキンシップだよ、スキンシップ」
エルネストは両手を挙げておどけて見せる。
「婚約者の見舞いに来て、少し愛を確かめ合っていただけだ。なあ、ロゼノア?」
私は震える手で、はだけた寝間着を掻き合わせた。ボタンが弾け飛んでいるため、胸元を隠すのが精一杯だ。
アルカディアスが私を庇うように前に立つ。
「出て行け。二度と、彼女に汚らわしい手を触れるな」
「怖い怖い。……狂犬だな」
エルネストは鼻で笑い、出口へと向かう。
だが、すれ違いざまに、アルカディアスの耳元で吐き捨てるように言った。
「勘違いするなよ、アルカディアス。こいつは『俺の』婚約者だ。お前じゃない。お前のような役立たずの弟に、こんな上等な女は不釣り合いだ」
エルネストは勝ち誇ったような笑みを残し、部屋を出て行った。
静寂が戻る。
アルカディアスは荒い息を吐きながら、私に近づいた。
彼は無言で自身の上着を脱ぐと、私の肩にかけ、露わになった胸元を隠すように強く打ち合わせた。
「……すまない、遅くなった」
「アルカディアス様」
怯えてなどいない。泣いてもいない。
ただ、不快で、汚らわしくて、今すぐにでもこの体を洗い流したかった。
「マリエが知らせてくれたんだ。『エルネスト殿下の様子がおかしい』と」
アルカディアスの手は、私の肩を掴んだまま離れない。その指が、痛いほど食い込んでいた。
「大丈夫か。あいつに、何をされた」
低い問いかけ。けれど、その視線は私の首筋や、ボタンが弾け飛んだ胸元に向けられていた。
先ほどの光景――エルネストが私の肌に舌を這わせ、貪っていた姿が、彼の脳裏に焼き付いているのだ。
「……大丈夫です。大したことありませんわ」
私は手の甲で、エルネストに口づけられた唇を乱暴に拭った。
「ロゼノア……」
私の体は震えていた。
だが、それは恐怖ではない。
あんな男に、モノのように扱われたことへの屈辱と、煮えたぎるような怒りによる震えだ。
それを見たアルカディアスの表情が、見る見るうちに歪んでいく。
「くそっ……!」
彼は吐き捨てるように言った。
悔しさと、嫉妬と、制御できない殺意で、その肩がワナワナと震えている。
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ギリッ、と奥歯が砕けそうな音が響いた。
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「絶対に許さない……いつか必ず、この手で……!」
彼は私の肩に額を押し付け、呪詛のように呟いた。
後の「狂王」の片鱗。
……いいわ。その怒り、利用させてもらう。
私は背筋を伸ばし、顔を上げた。
この程度、何の問題もない。
だが、この屈辱は、百倍にして返してやる。
(ふ……ふふ)
鏡の中の私は、獰猛な笑みを浮かべていた。
さて、攻略を始めようか。
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