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第1部:鮮血の王冠
第3話:首輪をつけられた獣
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次は、裏社会を支配する男だ。
この男は暴力そのもの。扱いを誤れば喉笛を食いちぎられる狂犬だが、一度首輪をつけてしまえば、これほど忠実で、かつ獰猛な番犬もいない。
私はアルカディアスを言いくるめ、貧民街の視察へと連れ出した。目立たぬよう粗末なローブを羽織り、私たちは汚水と腐臭が漂う通りを歩く。
このむせ返るような澱んだ空気。けれど、これから手に入れる「雄」の匂いに比べれば、香水のようなものだ。
――いた。
通りの奥、木箱に腰掛けてリンゴをかじっている男。
三十代半ば。鍛え抜かれた鋼のような肉体は、薄汚れたシャツの上からでも筋肉の隆起がわかる。右目に走る深い傷跡。
貧民街の顔役、ザックだ。
彼は獲物を狙う獣の目で、退屈そうに通りを眺めている。
(時間通りね)
その時――轟音と共に、暴走した馬車が通りに突っ込んできた。
悪徳貴族ギーゼル・バラン子爵の差し金だ。貧民街を裏で仕切るザックを邪魔に思い、『事故』を装って始末しようとするのを助けるヒロインのイベントだ。
リリアーナ、ザックは私がいただくわ。
(今だ!)
「ロゼノア!?」
アルカディアスの制止を振り切り、私はザックに向かって身を投げた。
「なっ――!?」
ドンッ!
ザックの岩のような体を突き飛ばすと同時に、私の華奢な体は地面に激しく叩きつけられた。
「――っ!」
全身に鋭い痛みが走り、視界が明滅する。
泥と砂利が肌に食い込む感触。
遠くで兵士たちの怒号と、馬の嘶きが聞こえた。
「おい、アンタ! なんて無茶しやがる!」
ザックが慌てて私を抱き起こした。
彼の腕は鉄のように硬く、汗と土、そして男特有の獣のような匂いがした。王宮の軟弱な男たちにはない、荒々しい生の匂い。
至近距離で見る彼のダークブラウンの瞳は、公爵令嬢である私がおよそ関わることのない、野卑で強烈な光を宿していた。
「ザック……無事で、よかった……」
「あ? なんで、俺の名前を……」
そこへ、顔面蒼白のアルカディアスが駆け寄ってくる。
「ロゼノア! なんてことを! 怪我は!?」
「殿下……っ、お願いがあります」
私は痛みに顔を歪めながら、彼の腕を掴んだ。
「バラン子爵を拘束し、別邸を直ちに調べさせてください。そこに貧民街襲撃の計画書と、不正の証拠があります」
「し、しかしロゼノアを置いてはいけない!」
「私は大丈夫です! 今行かなければ、証拠隠滅されてしまいます。……国のためです! お願い、行って!」
私の鬼気迫る懇願。そして「私の命令は絶対」という契約の圧。
アルカディアスは苦渋の表情で唇を噛み、頷いた。
「……すぐに戻る。それまで、おい、お前! こちらは公爵令嬢だ。丁重にお仕えしろ!」
彼は兵士を率いて、馬車の来た方角へ飛び出していった。
残されたのは、私とザック。
「なんなんだ。アイツ、偉そうにしやがって……!」
ザックは舌打ちをし、私を軽々と横抱きにした。
華奢な私の体など、彼にとっては小枝のようなものだろう。胸板に押し付けられた頬が熱い。
「チッ、厄介なお姫様を拾っちまったな」
近くの粗末な小屋に運び込まれた。
薄暗い部屋。カビ臭さと、男の体臭が染み付いた空間。
軋むベッドに腰かけ、私はローブを脱ぎ捨てた。
「……おい、手当てするぞ。見せろ」
ザックが不器用に布と水を持ってきた。
彼は大きく無骨な手で、私の足首を掴む。
「……ぁ」
ザラリとした指先が触れた瞬間、私はわざと甘い吐息を漏らした。
冷たい水を含んだ布が、熱を持った傷口に押し当てられる。
「痛えか?」
「……平気よ。続けて」
彼は私のふくらはぎを掴み、ゆっくりとドレスの裾を捲り上げていく。
白磁のような足があらわになり、膝の上にある赤い擦り傷が見えた。
「こんなところまで……」
ザックの喉がゴクリと鳴る。
薄暗い小屋の中で、貴族の女の白い肌は、あまりにも場違いで、扇情的だった。
彼の手が膝の傷を拭う。
その指先が、わざとらしく太ももの内側を掠めた。
「んっ……」
「……!」
私の反応に、ザックの目がぎらりと光る。
彼は無意識なのだろうか、それとも本能なのだろうか。傷の手当をするふりをして、その大きな手で私の太ももを包み込むように撫でた。
「ザック……」
私は彼の手を止めなかった。むしろ、身を乗り出して彼との距離を詰めた。
「わたくし、あなたに会いに来たの」
ザックの動きが止まる。
私は彼の手を取り、自分の頬に触れさせた。
ザックの呼吸が荒くなる。
「この街の疫病を、わたくしが治してみせます」
「はっ……世間知らずが。水源が汚染されてるんだ、どうにもならねえ」
「水源の権利を持つバラン子爵は、今夜失脚するわ。……わたくしがそう仕向けたから」
ザックの瞳が見開かれる。
私は彼の硬い胸板に手をつき、押し倒すように密着した。
私の甘い香水と、彼の獣のような体臭が混じり合い、濃厚な空気が生まれる。
「ひと月。ひと月だけ時間をちょうだい。必ずこの街を救ってみせる」
「ほう……もし、できなかったら?」
ザックが挑発的に笑い、私の腰を引き寄せた。
その手つきは、もう怪我人を労るものではない。女を組み敷こうとする雄のものだ。
彼の下半身から、硬い熱が伝わってくる。
「あんたみたいな上等な女、俺たちみたいなゴロツキに何をされるか……わかってんのか?」
彼は私を試している。
この美しい獲物を、食らっていいのかどうか。恐怖で震えるのを待っているのだ。
私は逃げなかった。
むしろ、彼の太ももの上に跨るようにして、耳元で囁く。
「もし達成できなければ──」
私は彼の手を取り、自身のドレスの胸元、豊かな膨らみの上へと導いた。
薄い布越しに伝わる、私の速い鼓動と、柔らかな弾力。
ザックの指が、ビクリと震え、私の体が反応する。
「……!」
「……その時は、わたくしを好きにして構わないわ」
私は熱っぽい瞳で彼を見下ろした。
ザックの瞳孔が開く。
目の前にいるのは、国一番の高貴な美女。それが今、自ら生贄のように身を晒している。
理性など、一瞬で吹き飛ぶほどの誘惑。
「……二言は、ねえだろうな」
動揺したのか、ザックの指が無意識に強張り、私の柔らかな肉にぐにゅりと食い込んだ。
「……いい度胸だ」
彼は飢えた獣のような目で私を見上げ、舌なめずりをした。その顔には、隠しきれない情欲と加虐心が浮かんでいる。
恐怖? いいえ。
私は下腹部が疼くような高揚感を感じていた。
(そうよ。もっと欲しがりなさい。私に飢えなさい)
私は、彼の浅黒い首筋に、そっと唇を寄せた。
そして、猫が甘えるように、首筋を舌先でひと舐めした。
「くっ……!」
「ふふ……」
ザックの身体が弓なりに反り、私の腰を強く掴んだ。
そのまま押し倒そうとする彼の動きを、私はその唇を人差し指でそっと塞いで制した。
「でも今は……『お預け』よ」
私は身体を離し、乱れた髪を直しながら、聖女のような微笑みを浮かべた。
ザックは呆然と、熱を持て余したまま私を見つめている。
その目には、既に強烈な「渇望」と「執着」が刻み込まれていた。
――堕ちた。
単純な獣。これで、最強の暴力装置が手に入ったわ。
この男は暴力そのもの。扱いを誤れば喉笛を食いちぎられる狂犬だが、一度首輪をつけてしまえば、これほど忠実で、かつ獰猛な番犬もいない。
私はアルカディアスを言いくるめ、貧民街の視察へと連れ出した。目立たぬよう粗末なローブを羽織り、私たちは汚水と腐臭が漂う通りを歩く。
このむせ返るような澱んだ空気。けれど、これから手に入れる「雄」の匂いに比べれば、香水のようなものだ。
――いた。
通りの奥、木箱に腰掛けてリンゴをかじっている男。
三十代半ば。鍛え抜かれた鋼のような肉体は、薄汚れたシャツの上からでも筋肉の隆起がわかる。右目に走る深い傷跡。
貧民街の顔役、ザックだ。
彼は獲物を狙う獣の目で、退屈そうに通りを眺めている。
(時間通りね)
その時――轟音と共に、暴走した馬車が通りに突っ込んできた。
悪徳貴族ギーゼル・バラン子爵の差し金だ。貧民街を裏で仕切るザックを邪魔に思い、『事故』を装って始末しようとするのを助けるヒロインのイベントだ。
リリアーナ、ザックは私がいただくわ。
(今だ!)
「ロゼノア!?」
アルカディアスの制止を振り切り、私はザックに向かって身を投げた。
「なっ――!?」
ドンッ!
ザックの岩のような体を突き飛ばすと同時に、私の華奢な体は地面に激しく叩きつけられた。
「――っ!」
全身に鋭い痛みが走り、視界が明滅する。
泥と砂利が肌に食い込む感触。
遠くで兵士たちの怒号と、馬の嘶きが聞こえた。
「おい、アンタ! なんて無茶しやがる!」
ザックが慌てて私を抱き起こした。
彼の腕は鉄のように硬く、汗と土、そして男特有の獣のような匂いがした。王宮の軟弱な男たちにはない、荒々しい生の匂い。
至近距離で見る彼のダークブラウンの瞳は、公爵令嬢である私がおよそ関わることのない、野卑で強烈な光を宿していた。
「ザック……無事で、よかった……」
「あ? なんで、俺の名前を……」
そこへ、顔面蒼白のアルカディアスが駆け寄ってくる。
「ロゼノア! なんてことを! 怪我は!?」
「殿下……っ、お願いがあります」
私は痛みに顔を歪めながら、彼の腕を掴んだ。
「バラン子爵を拘束し、別邸を直ちに調べさせてください。そこに貧民街襲撃の計画書と、不正の証拠があります」
「し、しかしロゼノアを置いてはいけない!」
「私は大丈夫です! 今行かなければ、証拠隠滅されてしまいます。……国のためです! お願い、行って!」
私の鬼気迫る懇願。そして「私の命令は絶対」という契約の圧。
アルカディアスは苦渋の表情で唇を噛み、頷いた。
「……すぐに戻る。それまで、おい、お前! こちらは公爵令嬢だ。丁重にお仕えしろ!」
彼は兵士を率いて、馬車の来た方角へ飛び出していった。
残されたのは、私とザック。
「なんなんだ。アイツ、偉そうにしやがって……!」
ザックは舌打ちをし、私を軽々と横抱きにした。
華奢な私の体など、彼にとっては小枝のようなものだろう。胸板に押し付けられた頬が熱い。
「チッ、厄介なお姫様を拾っちまったな」
近くの粗末な小屋に運び込まれた。
薄暗い部屋。カビ臭さと、男の体臭が染み付いた空間。
軋むベッドに腰かけ、私はローブを脱ぎ捨てた。
「……おい、手当てするぞ。見せろ」
ザックが不器用に布と水を持ってきた。
彼は大きく無骨な手で、私の足首を掴む。
「……ぁ」
ザラリとした指先が触れた瞬間、私はわざと甘い吐息を漏らした。
冷たい水を含んだ布が、熱を持った傷口に押し当てられる。
「痛えか?」
「……平気よ。続けて」
彼は私のふくらはぎを掴み、ゆっくりとドレスの裾を捲り上げていく。
白磁のような足があらわになり、膝の上にある赤い擦り傷が見えた。
「こんなところまで……」
ザックの喉がゴクリと鳴る。
薄暗い小屋の中で、貴族の女の白い肌は、あまりにも場違いで、扇情的だった。
彼の手が膝の傷を拭う。
その指先が、わざとらしく太ももの内側を掠めた。
「んっ……」
「……!」
私の反応に、ザックの目がぎらりと光る。
彼は無意識なのだろうか、それとも本能なのだろうか。傷の手当をするふりをして、その大きな手で私の太ももを包み込むように撫でた。
「ザック……」
私は彼の手を止めなかった。むしろ、身を乗り出して彼との距離を詰めた。
「わたくし、あなたに会いに来たの」
ザックの動きが止まる。
私は彼の手を取り、自分の頬に触れさせた。
ザックの呼吸が荒くなる。
「この街の疫病を、わたくしが治してみせます」
「はっ……世間知らずが。水源が汚染されてるんだ、どうにもならねえ」
「水源の権利を持つバラン子爵は、今夜失脚するわ。……わたくしがそう仕向けたから」
ザックの瞳が見開かれる。
私は彼の硬い胸板に手をつき、押し倒すように密着した。
私の甘い香水と、彼の獣のような体臭が混じり合い、濃厚な空気が生まれる。
「ひと月。ひと月だけ時間をちょうだい。必ずこの街を救ってみせる」
「ほう……もし、できなかったら?」
ザックが挑発的に笑い、私の腰を引き寄せた。
その手つきは、もう怪我人を労るものではない。女を組み敷こうとする雄のものだ。
彼の下半身から、硬い熱が伝わってくる。
「あんたみたいな上等な女、俺たちみたいなゴロツキに何をされるか……わかってんのか?」
彼は私を試している。
この美しい獲物を、食らっていいのかどうか。恐怖で震えるのを待っているのだ。
私は逃げなかった。
むしろ、彼の太ももの上に跨るようにして、耳元で囁く。
「もし達成できなければ──」
私は彼の手を取り、自身のドレスの胸元、豊かな膨らみの上へと導いた。
薄い布越しに伝わる、私の速い鼓動と、柔らかな弾力。
ザックの指が、ビクリと震え、私の体が反応する。
「……!」
「……その時は、わたくしを好きにして構わないわ」
私は熱っぽい瞳で彼を見下ろした。
ザックの瞳孔が開く。
目の前にいるのは、国一番の高貴な美女。それが今、自ら生贄のように身を晒している。
理性など、一瞬で吹き飛ぶほどの誘惑。
「……二言は、ねえだろうな」
動揺したのか、ザックの指が無意識に強張り、私の柔らかな肉にぐにゅりと食い込んだ。
「……いい度胸だ」
彼は飢えた獣のような目で私を見上げ、舌なめずりをした。その顔には、隠しきれない情欲と加虐心が浮かんでいる。
恐怖? いいえ。
私は下腹部が疼くような高揚感を感じていた。
(そうよ。もっと欲しがりなさい。私に飢えなさい)
私は、彼の浅黒い首筋に、そっと唇を寄せた。
そして、猫が甘えるように、首筋を舌先でひと舐めした。
「くっ……!」
「ふふ……」
ザックの身体が弓なりに反り、私の腰を強く掴んだ。
そのまま押し倒そうとする彼の動きを、私はその唇を人差し指でそっと塞いで制した。
「でも今は……『お預け』よ」
私は身体を離し、乱れた髪を直しながら、聖女のような微笑みを浮かべた。
ザックは呆然と、熱を持て余したまま私を見つめている。
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