黒薔薇の刻印 ~死ぬほど愛される、重すぎる愛の逆ハーレム~【ダークファンタジー】

ALMA

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第1部:鮮血の王冠

第4話:剥がれた聖女の仮面

(さあ、断罪劇の時間よ)

 王宮の庭園。煌びやかな「慈善活動報告会」の会場。私は扇子で口元を隠し、冷ややかな視線で獲物を見定めた。

 中央の席には、リリアーナ・リリエール。
 プラチナピンクの髪を揺らし、令嬢たちに囲まれて聖女ごっこに興じている。

「リリアーナ様、毎日のお祈り、ご苦労様です」
「いいえ。わたくしは皆様の幸せを願っているだけですの」

 中身のない会話。
 彼女は、ただ祈っているだけだ。実際には何の力も使わず、安全な王宮で甘い菓子を食べているだけ。
 ……だからこそ、引きずり下ろすのが楽しいのだけれど。

「ごきげんよう、皆様」
 私が足を踏み入れると、空気が凍りついた。
 怪我で療養していたはずの公爵令嬢、ロゼノアの登場だ。
「まあ、ロゼノア様……! まだ安静が必要なのでは?」
 リリアーナが心配そうな顔を作る。その目の奥には「なんで来たのよ」という苛立ちが見えた。

「ご心配感謝します。ですが、居ても立ってもいられなくて」
 私は殊勝な顔で胸に手を当てた。
「リリアーナ様。あなたは祈りを捧げてくださっているそうですね。……ええ、とても立派ですわ。何もせずに祈るだけで、国が救われると思っていらっしゃるなんて」

「え……?」
 リリアーナの笑顔が引きつる。
「今、貧民街では子供たちが泥水をすすり、疫病で死んでいます。聖女様ともあろうお方が、まさかそれを知らぬ存ぜぬで、ここで優雅にお茶会を楽しんでいるわけではありませんよね?」

「そ、それは……わたくしは、陛下のために……」
「陛下のため? 国民を見捨てるのが、陛下のためになると?」
 私は一歩踏み出し、わざと大きな声で周囲に聞こえるように嘆いた。
「ああ、嘆かわしい! まさか聖女という肩書きが、ただ贅沢をするための飾りだったなんて!」
「な、何よ! あなたこそ、魔力もない癖に……!」

 私は視線を巡らせ、咳き込んでいるセレスティーヌ伯爵令嬢を見つけた。貧民街の視察で体調を崩した、心優しき清楚で美しい令嬢だ。

「セレスティーヌ様、失礼いたします」
 私は彼女の熱い額に、そっと手をかざした。セレスティーヌは苦しげに荒い息を吐いている。
 私は目を閉じ、意識を集中させた。
 
(……本来のゲームシナリオなら、ここでリリアーナが祈りを捧げ、聖女として覚醒するはずだった)
 脳裏に浮かぶゲームの知識。

(悪いけれどリリアーナ。その『聖女覚醒イベント』……私がいただくわ)

 私は心の中で、明確なイメージと共に魔力の水門を開いた。
 癒やしなどという生ぬるいものではない。周囲をひれ伏させるための、圧倒的な「光」の奔流を。

(――さあ、いくわよ!)

 カッ――――!
 その瞬間だった。
 私の掌から、目も眩むような黄金の光が溢れ出した。
 ドクン、と胸の奥が熱くなる。
 体内を魔力が駆け巡り、指先から噴出する感覚は、まるで絶頂にも似た甘い痺れを伴っていた。

「あっ……ん……っ!」
 セレスティーヌの口から、思わず熱い吐息が漏れる。

 それは、周囲の景色が一瞬白く染まるほどの輝き。
 ただの回復魔法ではない。神々しく、それでいて圧倒的な魔力の波が、会場全体を包み込む。

「あ……温かい……力が、入ってくる……」
 セレスティーヌの顔色が、見る見るうちに桜色に戻っていく。苦しげだった呼吸は整い、肌には艶が戻った。

 それだけではない。会場にいた他の令嬢たちの、些細な体調不良や疲れさえも、余波だけで吹き飛ばしてしまった。

「嘘……咳が止まったわ。体が軽い……!」
「なんて神々しい光なの……」
 会場がどよめいた。
 誰もが言葉を失い、私を見つめている。

 それは、「祈ってるだけ」の偽物とは決定的に違う、圧倒的な奇跡の具現化だった。
「す、すごい……」
「あれこそ、本物の聖女の力では?」
「リリアーナ様は、今まで何を……?」
 称賛の視線が私に集まり、軽蔑の視線がリリアーナに突き刺さる。
 リリアーナは蒼白になり、小刻みに震えていた。
「ありえない……わたくしが聖女なのに……!」

 私は彼女に近づいた。
 そして、すれ違いざまに、彼女にしか聞こえない声で囁いた。

「……残念ね。エルネスト殿下も、無能な女には興味がないそうよ?」

 私はさらに追い打ちをかける。

「……あの後、エルネスト殿下に迫られちゃったの。すごく熱く……殿下は私の胸に顔を埋めて、こう言ったわ。『ロゼノアの方が美味そうだ』って」
 
 私は自分の胸をギュウッと両腕で抱き、わざとらしく身震いしてみせた。

「殿下の舌、すごく粘着質で……あちこち舐め回されて、ああ、もう……!」

 ――プツン。
 聖女の仮面が、完全に剥がれ落ちる音がした。

「――黙りなさいよッ!!」
 リリアーナが絶叫し、手元のティーカップを私に向かって投げつけた。

 バシャッ!
 熱い紅茶が私の白いドレスを直撃し、胸元から腹部にかけてを茶色く汚した。

「きゃあぁぁっ!」
 周囲の令嬢たちが悲鳴を上げた。
 熱い。ヒリヒリする。
 ……最高だわ。
 私は濡れたまま、その場に崩れ落ちた。

 紅茶を吸ったシルクのドレスが、第二の皮膚のように私の身体に張り付く。
 豊かな胸の膨らみや、先端の形、そしてくびれた腰のラインまでが明らかになるほど、透けてしまっていた。
 痛みに耐える健気な令嬢を演じながら、私は心の中で喝采を叫ぶ。
 
(よくやったわ、リリアーナ! これであなたの社会的な命は終わった!)

「ロゼノア!!」
 血相を変えて飛び出してきたのは、アルカディアスだ。
 彼は私を抱き起こすと、鬼の形相でリリアーナを睨みつけた。

「貴様……! 私のロゼノアになんてことを!」
 アルカディアスの視線が、一瞬、私の濡れそぼった胸元に吸い寄せられた。
 薄布一枚隔てて露わになった柔肌を見て、彼の金色の瞳孔がカッ開かれる。
 怒りだけではない。自分の「所有物」が衆目に晒されていることへの嫉妬と、そして隠しきれない劣情。
 その直後、あるは自分の上着を脱ぎ、私を包み込むように隠した。
 他の誰にも、これ以上見せたくないという強烈な独占欲。

「ち、違うの! この女が私を侮辱して……!」
「黙れ! その薄汚い口を開くな!」
 アルカディアスの怒号が響く。
 その殺気に、リリアーナはひっと息を呑んだ。

「警備兵! この狂女をつまみ出せ! 二度と私の視界に入れるな!」
「いやぁ! 放しなさい! 私は聖女よ! エルネスト様ぁぁ!」

 リリアーナは警備兵に引きずられていく。
 髪を振り乱し、泣き喚くその姿は、あまりにも醜悪だった。

 私はアルカディアスの腕の中で、震えるふりをしながら、去りゆく彼女の背中を見つめた。

(さようなら、リリアーナ。あなたはもう、舞台の袖にすら立てない)

 騒然とする会場。
 私はマリエからタオルを受け取り、優雅に立ち上がった。
 濡れたドレスさえも、今の私には悲劇の聖女を演出する最高の衣装だ。

 私は王妃の名代、オーベロン伯爵夫人に静かに告げた。

「……夫人。これ以上、偽りの聖女に国を任せるわけにはいきません。デ・ローゼン家の名において、私が全権を引き継ぎます」

 誰も反対しなかった。いや、私が作り出したこの空気の中で、反対できる者などいなかった。

「……承知いたしました、ロゼノア様。わたくしから王妃様へ今日のことをお伝えいたしましょう」
 夫人が深々と頭を下げる。
 それにつられ、周囲の令嬢たちも一斉にスカートの裾をつまみ、深く膝を折った。波打つような、見事な最敬礼カーテシー
 それは、新たな女王の誕生を認める儀式のようだった。

 アルカディアスが、恍惚とした表情で私の手を取る。
「ああ、ロゼノア……。やはり君こそが、この国の光だ」
 私は彼に微笑み返した。慈愛に満ちた、完璧な聖女の笑みで。

(光? いいえ、アルカディアス様)
(これから始まるのは、わたくしという名の闇による支配よ)

 リリアーナの破滅は、ほんの序章に過ぎない。
 私は扇子を閉じ、パチン、と乾いた音を鳴らした。
 ――役者は、もう揃っている。
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