1 / 18
1話 狼男のホットミルクと、冷たいベッド
しおりを挟む
「人間ちゃん、ちょっとだけ! 一回オレとヤッてみない? 絶対楽しませるから!」
「結構です! 近寄らないで!」
夕方の繁華街で、ラナはしつこい男に迫られていた。その男は頭にヤギのようなうねった角があり、耳は尖っていて背中には蝙蝠のような皮膜の羽を生やしている――インキュバスだった。ラナは掴もうとしてくる男の手を振り払い、走って路地に入る。
ラナはモテる――否、モテるといっても本人の魅力からではない。彼女の存在が希少だからだ。
この世界は色々な種族が生活している。このインキュバスのように魔族と呼ばれる者や、動物と人間の特徴を備えた半獣の者、そして喋る動物たちだ。共通しているのは、その各々が角や羽、全身を覆うもふもふの体毛など、何かしらの種族的特徴を持ち、基本的には一目で何の種族かわかるということだ。
だがそんな様々な種族たちが暮らす世界で、ラナだけは何の特徴もない。耳も小さく角も、もふもふの体毛も尻尾もない――古い書物によると“人間”という種族だった。
昔はそれなりの数が居たから人間という種が記録されているのだろうが、今となっては滅多に見掛けることがない。ラナが今住んでいるこの街にも人間は他に居らず、交易や旅の者たちも人間という存在を殆ど知りもしない。
故に物珍しさから交尾をする種族のコンプリートを狙う淫魔や、人間の血の味を試してみたい吸血鬼なんかに、物心付いたときからこうして狙われる毎日だった。育った街を出て、流れ着いたこの街で暮らしてみてもそれは同じで辟易する。
インキュバスを撒こうと、ラナは酒場の角を曲がる。
路地の裏口には無造作に置かれている大きな樽や箱が積み重ねられていた。この隙間に入れば上からも見つからないだろう。ラナは地面に手をついて身をかがめて隙間に潜り込み、体を縮こまらせて息をひそめた。
どうして、好きでもない男と交わらねばならないのか。あのインキュバスだって、ラナのことが好きだから交わりたいわけではないだろうに。淫魔とはそういうものだとわかってはいるものの、愛のない行為をしようとする男が悍ましい。身体が震えるのは恐怖からだろうか、嫌悪感と腹立たしさからだろうか。
どのくらい身を潜めていただろうか。耳を澄ませても辺りは大通りの喧騒しか聞こえず、静かなままだ。
「行ったかな……」
そっと道の様子を伺うために顔を出そうとしたその時――――
「見~つけた~♡」
「ヒッ!」
インキュバスはずっと上空でこの辺りを見張っていたのか、ラナは体を掴まれて引きずり出されてしまう。密着するように後ろから抱き着かれ、体を弄られる。その手の感触に全身鳥肌が立った。
「いやっ! 触らないで!」
「減るもんじゃないしいいだろ? インキュバスとヤりてぇ女なんて幾らでもいるのになんで拒むんだよ」
「じゃあそういう人とやればいいでしょ! 離して!」
「あんまり暴れるなよ。人間なんてひ弱すぎて潰しちまう」
ラナは振りほどこうと抵抗するが、インキュバスはびくともしない。人間は近い大きさの種族の中では一番力が弱く、身体も脆いのだ。しかも女のラナが男の淫魔であるインキュバスに適うはずもない。
「やだ……っ!」
このままだとどこかに連れて行かれて犯されてしまう。ラナは絶望に顔を歪める。どうしてこんな風に毎日怯えて暮らさなければならないのか――諦めかけたその時、ラナの頭の上でガッ! と鈍い音がした。直後、インキュバスが「ぐっ」とおかしな声を上げて体の力が抜けて、地面に倒れた。
「お嬢さん大丈夫?」
優し気な声に振り向くと、そこには銀色の髪とピンと立った三角の耳を頭に生やした男が立っていた。
顔は獣ではなくラナと同じ人間の男のような容姿で、恐らくイヌ科の獣人か狼男だろう。その手には割れたワインの瓶があり、それでインキュバスを殴って助けてくれたのだと分かった。
「あ……ありがとうございます……」
「こいつどっかにやらねーと起きたらお嬢さんの事探すかな」
耳の生えた男は倒れたインキュバスを見下ろして少し考えたのち、無造作に抱え上げると、近くにあった空の樽に押し込めた。どうするのかとラナが黙って見ていると、男はよっこらせと樽を抱えて、道の脇を流れる用水路となっている小川に落とした。ドボン! と重い水音が響く。
「えーっ!? そんなことしていいんですか!?」
「目が覚めたら飛んで家に帰るだろ」
流石に大丈夫なのかとラナは樽が流れて行く用水路を覗き込むが、男はなんとも思っていないような顔をして立っていた。よく見ると背が見上げる程高く、その目鼻立ちはくっきりとしていてかなりの美丈夫だった。思わず見惚れてしまう。
「あ、あの、助けて頂いてありがとうございます。私はラナって言います。お兄さんは……?」
「オレ? 狼男のリゲル。ここの酒場で働いてる。酒でも飲んでく?」
「いえ……お酒弱いので……」
「でもキミ、震えてるぜ?」
ラナはそう言われて初めて自分の手や身体が震えていることに気付いた。助けてもらってホッとしたら緊張の糸が解けてしまったのだ。
「まだ開店前だし、中で温かいものでも出すよ」
リゲルに促され、ラナは裏口から酒場へ入った。
「くぉらリゲル! お前またサボってただろ!!」
「違いますよ~。人助けしてたんですよ」
酒場の中に入るや否や、男の怒鳴り声が響いた。ラナはそれに驚き、反射的にリゲルの後ろに隠れる。怒鳴った男の顔には大きな鋭い嘴があり、どうやらトビの鳥人のようだった。リゲルはその男に事情を話し、ラナを店の奥の部屋へ連れて行った。
「ちょっとここで座っててな」
ラナは木でできた古い椅子に座らされ、肩に上着を掛けられた。酒場のバックヤードなのか、狭い空間の棚には所狭しと酒瓶が置かれていた。
酒を飲まないラナには物珍しい瓶のラベルを眺めていると、ギシギシと床の軋む足音がしてリゲルが戻ってきた。片手には木を削って作られた取っ手のついたカップを持っている。
「おまたせ。これ飲んでみてよ。落ち着くよ」
「ありがとう……」
受け取ると、中身は湯気の立っているホットミルクだった。ラナはふぅふぅと息を吹きかけ、冷まして唇を付けた。蜂蜜が入っているのかほんのりと甘く、温かさがじんわりと体中に広がっていった。
「ラナちゃんて有名なんだな。監督がキミは街で有名な珍しい人間って種族だって言ってたぜ。――あ、監督ってのはさっきのトンビのおじさんな。街のトール・ボールチームの監督もしてるから、オレや常連は監督って呼んでる。なんでインキュバスに襲われていたんだ?」
リゲルはミルクを温めている間に、店主から街で顔が知られているラナのことを聞いたのだった。
ラナはこれを話すと、リゲルも自分のことを希少な種の生き残りとして見るのではないかと不安に襲われたが、助けてくれた相手の質問を無視するのも気が引けて話すことにした。
「その……私が珍しい種族だから、血の味とか身体とか〝試して〟みたい人がいるんですよ……」
自ら口にして自然と涙が溢れてしまった。この街にも一人で暮らす自分を助けてくれる親切な顔馴染みはいるが、淫魔や吸血鬼など自らの欲望に忠実な種族の男には、ラナのことを一個人ではなく欲望をコンプリートするための一部としか見ていない者もいる。そんな自らの尊厳を無視され、物のように扱われ続けることはラナの心をずっと蝕んでいた。
「すみません……泣きたいわけじゃないのに……」
涙を拭うが、なかなか止まらない。他の住人たちには同族がいるのに、自分だけ一人ぼっちで、狙われる日々に疲れ切ってしまっているのかもしれない。だからこんな少しの優しさで、張り詰めた緊張の糸が切れてしまう。
ラナは泣き顔を見せるのが恥ずかしくて俯いたまま、顔をなかなか上げられなかった。そんな彼女の背を、リゲルは大きな手の平を乗せて撫でた。その手は大きくて、とてもあたたかい。
「きついこと告白させてごめんな。もうすぐ店が開いちまうからオレは店に出るけど、好きなだけここにいていいから。……あ~……夜道は危ないから店が終わるまで待ってくれたら送ってやれるんだが、遅過ぎるか」
「大丈夫です。落ち着いたら一人で帰れます」
「そうか?」
「何か助けて貰ったお礼をさせてください。いつもここにいるんですか?」
「オレは西の森の奥に住んでて、休みの日以外は夕方にここに出勤してる」
「じゃあ、今度このお店かご自宅にお魚のパイを作って届けに行ってもいいですか? 私お魚のパイ作るの得意なんです。お嫌いじゃ無ければ……」
「いいの? パイは何でも好きだぜ。お言葉に甘えちゃおうかな。明日仕事? オレは明日は休みなんだけど、店に来ると、ここそんなに治安よくねえからオレの家に来ない?」
「じゃあ明日私の仕事が終わったら届けに行ってもいいですか?」
リゲルは目を細めるように微笑った。
ラナはリゲルが店に出る前に住所と地図を紙に書いてもらい、裏口から店を出た。早く帰って明日のパイの仕込みに備えなければならない。
街灯はあるが薄暗くなっている道を小走りに、ラナは誰もいない家になんとか無事に辿り着いた。街外れの古びた集合住宅がラナの家だ。育ての親のチンチラ夫婦の家を出てこの街に流れ着き、一番安く借りられたからここに住んでいる。暖房器具も家具も満足にない家だが、冬は寒いこと以外は不便はしていない。いつもなら共同のシャワーを浴びてから寝るが、今日はもう疲れてしまったから明日にして寝よう。ラナは少量のチーズをパンに挟んだものを紅茶で流し込んで寝床に入った。
「リゲル……さん……」
今日、助けてくれた狼男の名前を口に出してみる。つい、勢いでお礼にパイを焼くなんて言ってしまった。雰囲気は優しそうだったが、信じてもいいのだろうか。男という存在がすっかり怖くなっているラナだったが、彼はこの街で有名になってしまっている自分のことを知らなかった。きっと、本当に優しい人かもしれない。そんな淡い期待を抱き、毛布を頭まで被る。
一人ぼっちの硬いベッドは寝心地が悪く、肌寒くなってきた最近は少し寒かった。
「結構です! 近寄らないで!」
夕方の繁華街で、ラナはしつこい男に迫られていた。その男は頭にヤギのようなうねった角があり、耳は尖っていて背中には蝙蝠のような皮膜の羽を生やしている――インキュバスだった。ラナは掴もうとしてくる男の手を振り払い、走って路地に入る。
ラナはモテる――否、モテるといっても本人の魅力からではない。彼女の存在が希少だからだ。
この世界は色々な種族が生活している。このインキュバスのように魔族と呼ばれる者や、動物と人間の特徴を備えた半獣の者、そして喋る動物たちだ。共通しているのは、その各々が角や羽、全身を覆うもふもふの体毛など、何かしらの種族的特徴を持ち、基本的には一目で何の種族かわかるということだ。
だがそんな様々な種族たちが暮らす世界で、ラナだけは何の特徴もない。耳も小さく角も、もふもふの体毛も尻尾もない――古い書物によると“人間”という種族だった。
昔はそれなりの数が居たから人間という種が記録されているのだろうが、今となっては滅多に見掛けることがない。ラナが今住んでいるこの街にも人間は他に居らず、交易や旅の者たちも人間という存在を殆ど知りもしない。
故に物珍しさから交尾をする種族のコンプリートを狙う淫魔や、人間の血の味を試してみたい吸血鬼なんかに、物心付いたときからこうして狙われる毎日だった。育った街を出て、流れ着いたこの街で暮らしてみてもそれは同じで辟易する。
インキュバスを撒こうと、ラナは酒場の角を曲がる。
路地の裏口には無造作に置かれている大きな樽や箱が積み重ねられていた。この隙間に入れば上からも見つからないだろう。ラナは地面に手をついて身をかがめて隙間に潜り込み、体を縮こまらせて息をひそめた。
どうして、好きでもない男と交わらねばならないのか。あのインキュバスだって、ラナのことが好きだから交わりたいわけではないだろうに。淫魔とはそういうものだとわかってはいるものの、愛のない行為をしようとする男が悍ましい。身体が震えるのは恐怖からだろうか、嫌悪感と腹立たしさからだろうか。
どのくらい身を潜めていただろうか。耳を澄ませても辺りは大通りの喧騒しか聞こえず、静かなままだ。
「行ったかな……」
そっと道の様子を伺うために顔を出そうとしたその時――――
「見~つけた~♡」
「ヒッ!」
インキュバスはずっと上空でこの辺りを見張っていたのか、ラナは体を掴まれて引きずり出されてしまう。密着するように後ろから抱き着かれ、体を弄られる。その手の感触に全身鳥肌が立った。
「いやっ! 触らないで!」
「減るもんじゃないしいいだろ? インキュバスとヤりてぇ女なんて幾らでもいるのになんで拒むんだよ」
「じゃあそういう人とやればいいでしょ! 離して!」
「あんまり暴れるなよ。人間なんてひ弱すぎて潰しちまう」
ラナは振りほどこうと抵抗するが、インキュバスはびくともしない。人間は近い大きさの種族の中では一番力が弱く、身体も脆いのだ。しかも女のラナが男の淫魔であるインキュバスに適うはずもない。
「やだ……っ!」
このままだとどこかに連れて行かれて犯されてしまう。ラナは絶望に顔を歪める。どうしてこんな風に毎日怯えて暮らさなければならないのか――諦めかけたその時、ラナの頭の上でガッ! と鈍い音がした。直後、インキュバスが「ぐっ」とおかしな声を上げて体の力が抜けて、地面に倒れた。
「お嬢さん大丈夫?」
優し気な声に振り向くと、そこには銀色の髪とピンと立った三角の耳を頭に生やした男が立っていた。
顔は獣ではなくラナと同じ人間の男のような容姿で、恐らくイヌ科の獣人か狼男だろう。その手には割れたワインの瓶があり、それでインキュバスを殴って助けてくれたのだと分かった。
「あ……ありがとうございます……」
「こいつどっかにやらねーと起きたらお嬢さんの事探すかな」
耳の生えた男は倒れたインキュバスを見下ろして少し考えたのち、無造作に抱え上げると、近くにあった空の樽に押し込めた。どうするのかとラナが黙って見ていると、男はよっこらせと樽を抱えて、道の脇を流れる用水路となっている小川に落とした。ドボン! と重い水音が響く。
「えーっ!? そんなことしていいんですか!?」
「目が覚めたら飛んで家に帰るだろ」
流石に大丈夫なのかとラナは樽が流れて行く用水路を覗き込むが、男はなんとも思っていないような顔をして立っていた。よく見ると背が見上げる程高く、その目鼻立ちはくっきりとしていてかなりの美丈夫だった。思わず見惚れてしまう。
「あ、あの、助けて頂いてありがとうございます。私はラナって言います。お兄さんは……?」
「オレ? 狼男のリゲル。ここの酒場で働いてる。酒でも飲んでく?」
「いえ……お酒弱いので……」
「でもキミ、震えてるぜ?」
ラナはそう言われて初めて自分の手や身体が震えていることに気付いた。助けてもらってホッとしたら緊張の糸が解けてしまったのだ。
「まだ開店前だし、中で温かいものでも出すよ」
リゲルに促され、ラナは裏口から酒場へ入った。
「くぉらリゲル! お前またサボってただろ!!」
「違いますよ~。人助けしてたんですよ」
酒場の中に入るや否や、男の怒鳴り声が響いた。ラナはそれに驚き、反射的にリゲルの後ろに隠れる。怒鳴った男の顔には大きな鋭い嘴があり、どうやらトビの鳥人のようだった。リゲルはその男に事情を話し、ラナを店の奥の部屋へ連れて行った。
「ちょっとここで座っててな」
ラナは木でできた古い椅子に座らされ、肩に上着を掛けられた。酒場のバックヤードなのか、狭い空間の棚には所狭しと酒瓶が置かれていた。
酒を飲まないラナには物珍しい瓶のラベルを眺めていると、ギシギシと床の軋む足音がしてリゲルが戻ってきた。片手には木を削って作られた取っ手のついたカップを持っている。
「おまたせ。これ飲んでみてよ。落ち着くよ」
「ありがとう……」
受け取ると、中身は湯気の立っているホットミルクだった。ラナはふぅふぅと息を吹きかけ、冷まして唇を付けた。蜂蜜が入っているのかほんのりと甘く、温かさがじんわりと体中に広がっていった。
「ラナちゃんて有名なんだな。監督がキミは街で有名な珍しい人間って種族だって言ってたぜ。――あ、監督ってのはさっきのトンビのおじさんな。街のトール・ボールチームの監督もしてるから、オレや常連は監督って呼んでる。なんでインキュバスに襲われていたんだ?」
リゲルはミルクを温めている間に、店主から街で顔が知られているラナのことを聞いたのだった。
ラナはこれを話すと、リゲルも自分のことを希少な種の生き残りとして見るのではないかと不安に襲われたが、助けてくれた相手の質問を無視するのも気が引けて話すことにした。
「その……私が珍しい種族だから、血の味とか身体とか〝試して〟みたい人がいるんですよ……」
自ら口にして自然と涙が溢れてしまった。この街にも一人で暮らす自分を助けてくれる親切な顔馴染みはいるが、淫魔や吸血鬼など自らの欲望に忠実な種族の男には、ラナのことを一個人ではなく欲望をコンプリートするための一部としか見ていない者もいる。そんな自らの尊厳を無視され、物のように扱われ続けることはラナの心をずっと蝕んでいた。
「すみません……泣きたいわけじゃないのに……」
涙を拭うが、なかなか止まらない。他の住人たちには同族がいるのに、自分だけ一人ぼっちで、狙われる日々に疲れ切ってしまっているのかもしれない。だからこんな少しの優しさで、張り詰めた緊張の糸が切れてしまう。
ラナは泣き顔を見せるのが恥ずかしくて俯いたまま、顔をなかなか上げられなかった。そんな彼女の背を、リゲルは大きな手の平を乗せて撫でた。その手は大きくて、とてもあたたかい。
「きついこと告白させてごめんな。もうすぐ店が開いちまうからオレは店に出るけど、好きなだけここにいていいから。……あ~……夜道は危ないから店が終わるまで待ってくれたら送ってやれるんだが、遅過ぎるか」
「大丈夫です。落ち着いたら一人で帰れます」
「そうか?」
「何か助けて貰ったお礼をさせてください。いつもここにいるんですか?」
「オレは西の森の奥に住んでて、休みの日以外は夕方にここに出勤してる」
「じゃあ、今度このお店かご自宅にお魚のパイを作って届けに行ってもいいですか? 私お魚のパイ作るの得意なんです。お嫌いじゃ無ければ……」
「いいの? パイは何でも好きだぜ。お言葉に甘えちゃおうかな。明日仕事? オレは明日は休みなんだけど、店に来ると、ここそんなに治安よくねえからオレの家に来ない?」
「じゃあ明日私の仕事が終わったら届けに行ってもいいですか?」
リゲルは目を細めるように微笑った。
ラナはリゲルが店に出る前に住所と地図を紙に書いてもらい、裏口から店を出た。早く帰って明日のパイの仕込みに備えなければならない。
街灯はあるが薄暗くなっている道を小走りに、ラナは誰もいない家になんとか無事に辿り着いた。街外れの古びた集合住宅がラナの家だ。育ての親のチンチラ夫婦の家を出てこの街に流れ着き、一番安く借りられたからここに住んでいる。暖房器具も家具も満足にない家だが、冬は寒いこと以外は不便はしていない。いつもなら共同のシャワーを浴びてから寝るが、今日はもう疲れてしまったから明日にして寝よう。ラナは少量のチーズをパンに挟んだものを紅茶で流し込んで寝床に入った。
「リゲル……さん……」
今日、助けてくれた狼男の名前を口に出してみる。つい、勢いでお礼にパイを焼くなんて言ってしまった。雰囲気は優しそうだったが、信じてもいいのだろうか。男という存在がすっかり怖くなっているラナだったが、彼はこの街で有名になってしまっている自分のことを知らなかった。きっと、本当に優しい人かもしれない。そんな淡い期待を抱き、毛布を頭まで被る。
一人ぼっちの硬いベッドは寝心地が悪く、肌寒くなってきた最近は少し寒かった。
6
あなたにおすすめの小説
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります
廻り
恋愛
羊獣人の伯爵令嬢リーゼル18歳には、双子の兄がいた。
二人が成人を迎えた誕生日の翌日、その兄が突如、行方不明に。
リーゼルはやむを得ず兄のふりをして、皇宮の官吏となる。
叙任式をきっかけに、リーゼルは皇帝陛下の目にとまり、彼の侍従となるが。
皇帝ディートリヒは、リーゼルに対する重大な悩みを抱えているようで。
最強魔導士に転生したけど、護衛が過保護すぎる
ホロロン
恋愛
最強魔導士に転生したけど、護衛が過保護すぎる
転生したら──とんでもない魔力を持つ「最強魔導士」になっていた!
戦える力も自信もあるのに、なぜか専属護衛の近衛騎士・アルディスが、命に代えても過保護モード。
市場に行くだけで抱き上げられ、戦場に行こうとすれば即お持ち帰り。
「私は戦えるの!」
「戦う必要はありません。あなたは私が守ります」
……いや、それはそれで格好いいけど!
そんなある日、過保護の理由に隠された彼の過去が少しずつ明らかになっていく──。
甘やかし騎士と最強魔導士の、距離ゼロ異世界ラブストーリー。
Rシーンには*をつけます。
全11話+エピローグで完結です。
完結·異世界転生したらアザラシ? でした〜白いモフモフでイケメン騎士たちに拾われましたが、前世の知識で医療チートしています〜
禅
恋愛
ネットでアザラシを見ることが癒しだった主人公。
だが、気が付くと知らない場所で、自分がアザラシになっていた。
自分が誰か分からず、記憶が曖昧な中、個性的なイケメン騎士たちに拾われる。
しかし、騎士たちは冬の女神の愛おし子を探している最中で……
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿しています
※完結まで毎日投稿します
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
3月5日コミカライズ配信♡二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる
今泉香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。
敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。
エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。
敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる