一匹狼と、たったひとりのラナ

揺木しっぽ

文字の大きさ
10 / 18

10話 送り狼と、冬毛の狼

しおりを挟む
「そーいや、もうすぐ満月ね」
図書館でミュカが呟いた。
ということは、ラナはリゲルと互いの家に泊り合うような生活を続けてもうひと月になることに気付く。
リゲルと出会った先月に比べてすっかり寒くなり、外では息が白くなる季節になった。
月齢カレンダーで調べると満月は明後日だ。
リゲルにそれとなく聞いてみた方がいいのだろうか。
個人的な好奇心で、狼男と満月の関係の真実が気になる気持ちと、本人から言われない限り聞くべきではないのではという気持ちがせめぎ合っていた。
図書館での仕事が終わったラナはすっかり暗くなりそうな森の道を、少し急ぎ足でリゲルの家へ向かう。
こんな森の奥に住んでいるのも、定期的に我を忘れてしまうという可能性があるからだろうか――?
しかし、この街で狼男が悪さをしたなどと言う話は聞かない。仮に満月で狼の姿から戻れなくなっても、何の問題もないではないかと、ラナは思ってしまう。
考え事をしながら歩いていると、茂みから物音がすることに気付けなかった。ラナは急にガサッと大きな音を立てて茂みから現れたものに身構える。

「な、なに!?」

茂みから姿を現したのは、神々しいまでに銀色の体毛をした灰色狼だ。
一瞬、リゲルが満月が近く本当に狼になってしまったのかと思うが、どうやら本物の狼のようだ。

「わわわ、本物の狼さん!」

この世界には人語を解し街に住む獣も多いが、意思疎通の出来ない、野生で本能のままの生活をしている獣も多くいる。そういう獣は普通に人を襲うため、危険であった。

「あの……お話し出来る狼さんでしょうか……?」

コミュニケーションが取れるかどうかは、相手が衣類を着ているか、言葉を話すかで見分けるしかない。ラナは穏やかに話しかけてみるが、狼の返事は軽い唸り声だった。敵意は感じられないが、警戒している様子だ。

「お話は出来ないタイプの狼さんなのねぇ……。あの、この辺が縄張りなのかもしれませんが、ちょっとだけ通ってもよろしいでしょうか……?」

狼に低姿勢で話し掛けるが、通じているのかすらわからない。このままここで食べられてしまうのかと、ラナが身を縮こまらせていると悠然と狼が近付いてきた。後退っても後ろは森の茂みで、走って逃げてもラナの脚ではすぐに狩られてしまうだろう。
万事休す。
ラナはもうだめかと目をぎゅっと瞑った。だが想像した爪や牙の痛みはなく、代わりにお尻の辺りに鼻を押し付けられて、匂いを嗅がれている感触があった。

「ちょっ、そんなとこ嗅がないで~! 挨拶なのはわかるけど……!」

ふんふんと匂いを嗅がれると、大きな額を足に擦り付けられる。襲おうという気はないらしい。
恐る恐るその頭に手を置くと、もふもふの体毛の下にがっしりとした頭蓋骨の感触があった。本物の狼に触れるのは初めてで感動する。

「狼さん、この辺に住んでるの? 私もう少し先に住んでるリゲルの家に行くんだけど、行っていいかな?」

ラナの言葉に何か分かったように狼は、先導するように歩き出す。ラナは素直にその後をついて暗い森を進む。
そのまま暫く歩くと、予定通りリゲルの家が見えた。

「あ、リゲルの家。案内してくれたのね。送ってくれてありがとう、狼さん」

ラナは狼に礼を言ってひと撫でして、ドアをノックした。狼はそのままどこかへ行くのかと思ったが、一緒にドアが開くのを待っている。

「リゲル、ただいま」
「おかえり……ルーじゃん。珍しい」
「知り合いの狼?」
「そう。オレが来る前からこの森に棲んでたやつ。――なんでお前も入ってくるんだよ」

ラナと共に当然のように狼も家に入る。それがいつものことなのかと思うと、リゲルの様子からそうではないらしい。

「普段は入ってこないの?」
「ああ。外が寒いから暖を取りに来たんだろ」

ルーはラナの足元に寄り添うように立って離れない。

「リゲルと仲良くなりたいのかも」
「どーだか」
「あんまり仲良くないの?」
「顔見知り程度だよ。ご飯、もうすぐ出来るから」

今日は休みのリゲルが夕食を作っている。台所からは美味しそうな香りが漂っていた。
ルーは暖炉の前に体を投げ出し、座ってワンと一吠えした。まるでラナを誘っているように。ラナはルーに誘われるまま横に座り、思わずそのもふもふの冬毛になっている体に抱き着いた。ふかふかで温かい。

「うわー、もふもふだ~!」
「あっ! ラナちゃん!」

リゲルはルーに抱き着いているラナを看過できない。何故ならルーはオス狼で、ラナから顔が見えないのをいいことにリゲルに勝ち誇った顔をしているからだ。彼はラナがリゲルの番だと匂いで知ると、意地悪をしてやろうと、こうして家の中まで入って来たのだった。

「ラナちゃん! もふもふなら後でオレがさせてあげるから、そいつから離れて」
「えー……。だってリゲルは抱きつくとすぐ変な気を起こすから……」
「わふ!」

リゲルに勝ち誇ったような顔で吠える狼に珍しく嫉妬という気持ちを抱きながら、早く二人を引き離すべく料理の完成を急いだ。
リゲル手製の料理が出来て、ラナがテーブルに着くとルーも足元にしゃがむ。顔を上げてすんすんと、しきりにテーブルの上の料理の匂いを嗅いでいる。お腹が空いているのかもしれない。

「ルーくんにもなにか食べるものあげようよ」
「……しょうがないな。ルー、ラナちゃんに感謝しろよ」

リゲルは皿に出汁を取るために使った骨をいくつか乗せ、ルーの目の前に置いた。ルーは直ぐ様嬉しそうに齧り付いた。バキバキと骨を噛み砕いて美味しそうに食べている。

「リゲルって狼の言葉が分かるの?」
「言葉としてわかるわけじゃないけど、なんとなく言いたいことくらいは」
「そうなんだ。凄いなぁ。私は本当にそういう取り柄ないからなぁ」

ラナからすると、獣人や魔族は皆特殊能力を持っているようなものだ。しかし、自分には本当になにもない。

「ラナちゃんはラナちゃんってだけで、オレには十分過ぎるほど価値があるよ」
「ありがとう。でもそれはリゲルもでしょ」

ラナにとってのリゲルだって、狼男でなくても、もふもふでなくても、大切だ。
二人と一頭で食べる夕食は美味しかった。


リゲルはラナが来るようになってから暖炉の前にカウチを用意した。黒い布を張った、上質な物だ。二人で座るために、知り合いの大工に作ってもらったのだ。食後はいつもそこに腰掛けて、本を読むラナに膝枕をしてもらうのが恒例となっていたのに――

「ルー! 飯食ったんだから帰れよ!」

今はルーがラナの膝の上に、その大きな頭を乗せて撫でられていた。流石にリゲルも堪忍袋の緒が切れる。

「まぁまぁ、ルーくんも淋しいんじゃない? たまにはいいじゃない」

ラナはそう言うが、リゲルは知っている。

「ラナちゃん、そいつ番と子持ちだぜ。だから今やってることは浮気!」
「えっそうなの? ルーくん?」

ラナは、狼は番の相手のみを愛するのではないのかと、ルーを見た。ルーは気不味そうに喉をくるくると鳴らし、顔を逸らす。まるで人の様に感情表現が豊かだった。

「分かったらさっさと自分の群れに帰れ」

リゲルはルーを抱え上げると、強制的にドアの外に放り出す。暗がりの森をよく見ると、少し離れたところに違う狼が数頭、こちらを見ている。

「迎えが来てるじゃねーか。浮気者」

ぐるる、とルーは恨めしそうに唸り声を上げてリゲルを一瞥すると、家族の元へ駆けて行った。ルーとその番と子供たちは夜の森の闇に消える。

「また会えるかなぁ」
「どうせまた来るだろ」

リゲルはラナがルーを名残惜しむことが面白くない。
やっと二人きりになったのだ。リゲルはラナを抱き上げてソファーへ座らせると、着ていた服を脱ぐ。

「え、なんで服を脱ぐの?」
「目、閉じて」

ラナは言われた通り目を閉じた。いいよと言われ、次に目を開けた時には狼の姿のリゲルがいた。しかし、いつもよりその毛にボリュームがある気がするのは気のせいだろうか。

「オレも冬毛になってる」
「ほんとだ。もふもふでふかふか」

ラナがゆっくりとその胸元の豊かな毛に手を埋めると、まるでどこまでも埋もれていくようだった。

「オレには抱き着いてくれねぇの?」
「じゃ、じゃあ失礼して……」

両手を広げるリゲルの胸に顔を埋めると、肌触りの良いもふもふの毛に包まれた。獣の匂いと、お日様の匂いがする。

「もふもふだ~」

そのもふもふの毛はは硬さは違えど、育ての親のチンチラの毛量を思い出させ、懐かしい気持ちになった。
ここに来てから何かを忘れているような気がしていたが、リゲルが狼の姿になったことで思い出す。

「あ、リゲル、言いたくなければ答えなくてもいいんだけど、狼男って満月の夜になにかあるって本当?」
「あぁ、その話?」
「前に酒場でサキュバスも満月だから~って言ってたし」
「んー……。確かに満月の夜はこの姿から人の姿に戻れなくなるけど、それだけだよ」
「そうなんだ……」

そう言うと、リゲルは人の姿に戻ってラナに口付けた。深い口付けをしたあと、唇をラナの肌に触れさせたまま首筋、鎖骨と降りていき、衣服を脱がせる。
そういえば、あれから幾度となく抱かれているがリゲルは、いつも行為の時は人の姿だと、ラナはとろけていく思考で最後に気付いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります

廻り
恋愛
羊獣人の伯爵令嬢リーゼル18歳には、双子の兄がいた。 二人が成人を迎えた誕生日の翌日、その兄が突如、行方不明に。 リーゼルはやむを得ず兄のふりをして、皇宮の官吏となる。 叙任式をきっかけに、リーゼルは皇帝陛下の目にとまり、彼の侍従となるが。 皇帝ディートリヒは、リーゼルに対する重大な悩みを抱えているようで。

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

3月5日コミカライズ配信♡二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。 絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。

敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。 敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。 エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。 敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

最強魔導士に転生したけど、護衛が過保護すぎる

ホロロン
恋愛
最強魔導士に転生したけど、護衛が過保護すぎる 転生したら──とんでもない魔力を持つ「最強魔導士」になっていた! 戦える力も自信もあるのに、なぜか専属護衛の近衛騎士・アルディスが、命に代えても過保護モード。 市場に行くだけで抱き上げられ、戦場に行こうとすれば即お持ち帰り。 「私は戦えるの!」 「戦う必要はありません。あなたは私が守ります」 ……いや、それはそれで格好いいけど! そんなある日、過保護の理由に隠された彼の過去が少しずつ明らかになっていく──。 甘やかし騎士と最強魔導士の、距離ゼロ異世界ラブストーリー。 Rシーンには*をつけます。 全11話+エピローグで完結です。

処理中です...