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映画デート
しおりを挟む市街地は交通規制が多くて駐車場が少ない。映画館へ行くなら公共交通機関が便利だ。エスタルとウォルクはバスに乗った。大多数のフラウス生にとってはそれも娯楽の一つになっている。彼らは運転手付きの自家用車で移動したり、お気に入りの車を自分で運転したりするのが普通だ。エスタルも初めて公共交通機関を利用したのは実家を出てからだった。
庶民派のストール家には運転手なんていなかったし、普段からバスにも電車にも乗る。ウォルクはまだ慣れていないエスタルを見て、高等学院時代は帰路の途中で迎えの車が来ていたのを思い出した。いつも少し離れた所に停まってエスタルが乗り込むのを待っていた。挨拶しに行こうとすると「困るからやめて」と言われてショックだった。でもそのあとすぐに、車に乗っているのは家族ではなく雇われの運転手だと聞いて納得した。
「すごい人だね。こんなに混むんだ……」
週末の映画館は盛況だった。混雑するロビーを見てエスタルが驚いている。エスタルは普通の映画館に来たのもフラウスに入ってからだった。それまでは富裕層向けの劇場や個人宅の上映室しか利用したことがない。ストール家は親が投資で成功して一代で成り上がったいわゆる成金。政治家とのつながりはないし、使う施設も庶民とほぼ変わらない。片やトゥブル家は老舗高級ホテルと歴史あるワイナリーが有名だ。持っているのは資産だけではない。御曹司との育ちの違いを実感してしまう。
「まずはチケットを買おう。それからポップコーン」
いつもなら友達と手分けして効率よく購入するところを、ウォルクはエスタルと一緒に列に並んで一つずつ何を買うか相談した。今上映しているのはラブストーリーとサスペンスホラーの二本。ウォルクとしては後者を選択したい。今の関係で恋愛映画を観てもいい雰囲気になりそうな気がしない。逆にギクシャクしそうだ。ウォルクはおどろおどろしいデザインのポスターパネルを指差した。
「こっちでいい?」
「うん」
「ほんとに? 怖くて眠れなくならない?」
からかい半分でそう尋ねると、実際幽霊に遭遇したら気絶しかねないけれどもフィクションなら全然怖くない。完全に娯楽として楽しめる。今までだってホラー映画を観た後で一人で寝ていたのだから要らない心配だ。と、エスタルが珍しくムキになって早口で説明してきた。それが可愛くてにまにましてしまう。
「信じてないでしょ? 本当だから!」
「信じてるって。エスタルは怖がりじゃない。断じて。間違いなく」
続けて購入したポップコーンをまだ釈然としない様子のエスタルに持たせて、二人は上映室へと入った。ほどなくして照明が落とされる。暗がりの中のエスタルは新鮮だった。これだけの恥ずかしがり屋なのに、交流はいつも明るい光の中で行っている。たぶん無知が故に。ありがたいからウォルクから何か言うつもりはない。
映画は序盤で血生臭い悪魔召喚の儀式が始まった。覆面の人物が祭壇に乗せられた女にナイフを突き立て縦一直線に腹を掻っ捌くと、心臓を取り出すため体内に手を突っ込んだ。予想していたよりどぎつい内容のようだ。観客は息を呑んだり小さな悲鳴を上げたりした。エスタルも口に手を当てて引いている。気分が悪くなるようなら途中でも外に連れ出そうと、ウォルクは隣に気を配りつつ映画を観た。
やがて殺人鬼の疑いが濃厚な人物が複数出現した。真犯人はいったい誰なのか。緊迫感あふれる展開なのに、前の座席のカップルがイチャイチャしだして全然ストーリーに集中できない。わざとらしく怖がる彼女の肩を彼氏が抱き寄せて、俺がいるから大丈夫とかなんとか甘い言葉を囁きながらちゅっちゅちゅっちゅと……
こういう奴が居るだろうなとは思っていた。それに触発されたエスタルが真似していちゃついてこないかな、と妄想もしていた。そんなの有り得ないってことは解ってる。スクリーン上でまた一人殺されて会場がざわめいた。
「大丈夫?」
「うん……」
エスタルも映画どころじゃないのだろう。座席は前後で半分横にずれた配置になっているため、カップルのイチャイチャはちょうどエスタルの真っ正面で繰り広げられている。手の届く距離で見せつけられてかなり居心地が悪そうだ。
少しして、エスタルが二人の間に置いたポップコーンに手を伸ばしてきた。いたずら心を起こしたウォルクがその手を摑まえる。びくりと震えたけど、やっぱりエスタルは逃げようとはしない。ウォルクはエスタルの手を口に運んで、持っていたポップコーンをぱくりと食べた。
せっかくのデートなんだからこれくらいはしておきたかった。今日は移動中に少し腕があたっていたくらいで碌なスキンシップをしていない。この後もできるかどうかわからない。公共の場では絶対に駄目だ。人目があるとエスタルはとにかく恥ずかしがって何もさせてくれない。今週はどっちのルームメイトも寮にいるから、帰ってからもチャンスが有るかわからない。
すぐに手を離して前を向く。目を真ん丸にしたエスタルが何か言いたそうなのを無視して、映画に集中する振りをした。しばらくするとまたポップコーンに手が伸びてきたから、さっきと同じ方法で横取りした。三回目は素早かったけど運動神経じゃ負けない。エスタルの手から食べるポップコーンは美味しさも一入だ。
「エスタルも食べなよ」
煽られて悔しそうな表情もまた好し。なかなかポップコーンを取ろうとしないから代わりに一粒摘まんで口元に差し出すと、エスタルはたちまち狼狽えはじめた。迷って、おずおずと口を開いて、あむっと食べる。またいたずらされやしないかと疑ったエスタルは、その間ずっとウォルクから目を離さなかった。人馴れしてない野良猫みたいで笑ってしまう。
「なにもしないのに」
「よく言うよ!」
気まずい雰囲気はすっかりなくなった。二人とも映画を楽しむ。いちゃいちゃカップルのお陰で適度に気が散って、残酷なシーンもちょっと冷めた目で見ていられた。
ウォルクはいつの間にか自分の唇を指でなぞっていた。さっきは気にしないようにしていた、唇に触れたエスタルの指と、指にあたったエスタルの唇の感触をなぞるように。
あー抱きしめたい! キスしたい! セックスしたい!
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