夜行性の暴君

恩陀ドラック

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吸血鬼の章

楽しい一夜4

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 壱重が自分の掌を打ち抜いた。二巡目の始りだ。明日紀はまた太腿を撃たれた。一巡目と逆の順序らしい。三番目は斎藤。昢覧の額にも脂汗が伝う。部屋に鳴り響いたのは鈍い金属音だった。空撃ち。当たりだ。ほっとしていた昢覧に銃口が向けられる。


「危っ、まだやんの!?」

「冗談」

「壱重ちゃん意地悪しないで!」


 革張りのワークチェアに腰掛けた明日紀が机越しに訊いた。


「おまえ飯田基樹の友人だそうだな。仇でもとりたくて俺たちの周りをうろついてたのか?」

「殺したのか」

「要らなくなったから処分した」


 明日紀の代わりに、壱重が事も無げに答えた。人は他の生物の命を手玉に取る。生から死まで管理される家畜、殺しを娯楽にされる魚、楽しみのために籠に入れられる鳥、ただそこに居ただけで潰される虫。吸血鬼にとっての人間も同じだ。利があれば消費され、害があれば駆除される。


「どうしてだ?  飯田はあんたのことを大事にしてただろう?  あんただって憎からず思っていた。だから一緒に逃げたんじゃないのか?  やめろ!」

「苛々して」


 つい撃ってしまった。持っていると撃ちたくなるのでリボルバーは昢覧に渡す。受け取った昢覧は早速格好いいポーズの研究を始めた。斎藤は自分に向けられた壱重の、物を見るような目に不穏を感じた。飯田の件は一旦置いておいて本題に入ることにした。


「提案なんだが、俺と協力しないか?  聞いた話だと逃げ隠れして暮らしているそうじゃないか。俺なら住まいから何から提供できる。ヴァンパイアハンターを始末することもできる。代わりに、たまにこうして敵対組織を潰してくれ」

「そうだなー」


 明日紀が背凭れに身体を預け、西洋剣を模したペーパーナイフを弄びながら思案する。その顔には微笑が浮かんでいた。この調子なら悪くない結果になる。そう斎藤は思った。俺は生き残ったんだ。ツキは俺にある。この場面も切り抜けられる。欲しいものを手に入れて、もっと先に行ける。


「こいつにロシアンルーレットの景品をやろう。一人一つ考えて。昢覧はそれでしょ?」

「おう!  俺からのプレゼントは鉛玉これだ!」


 弾は左上腕に命中した。〆にガンスピンで格好つけようとして失敗して、昢覧は床に落ちた銃を拾いにいった。


「くっそ……こんなの当たりじゃねぇだろ!!」


 斎藤の御尤もなツッコミに、吸血鬼たちは笑みを漏らした。ロシアンルーレットに意味はない。リボルバーがあったからその場のノリで始めただけ。当たりも思い付きで言っただけ。誰が勝っても関係ない。今日のシナリオはどのルートを辿っても、メインイベント "知った人間" の殺害へとつながる。


「次俺ね」

「お、日本刀じゃんカッコいい!  この家なんでもあるね!」


 明日紀は戸棚から取り出した刀を鞘から抜いた。真剣が鈍く光る。思わず後退る斎藤を壱重が捕まえ部屋の中央に押しやる。転び出てきた斎藤に向かって、明日紀は上段から刀を振り下ろした。


「ぉぐっ!!  ぐは……!」


 よろめいた斎藤は、ちょうどソファーに腰を下ろす形となった。刀を受けた左肩は僧帽筋と鎖骨が破壊され、シャツの下からじわじわ血の染みが広がる。斎藤の頭を新田の言葉がよぎった。吸血鬼が美しいのは見た目だけ。中身は悪魔。人間を苦しめて喜ぶ、質の悪い化け物。


「安心しろ、峰打ちだ」

「いや、すげー痛そうなんだけど。安心できない峰打ち」

「いっぺん言ってみたかったんだもん。最後は壱重、よろしく」


 壱重は明日紀が弄んでいたペーパーナイフを手に取った。斎藤の顎を掴んで先端を右目に向ける。斎藤はまだ動かせる右手で抵抗したが頭部の固定は緩まず、ナイフの直進も止められなかった。


「やめろ……」


 ぎゅっと閉じた瞼に冷たい金属が当たる。ナイフはゆっくりと瞼を突き破り、眼球を貫き、鍔があたるまで押し込まれた。ぐりぐりと前頭葉が掻き混ぜられた斎藤は獣のような唸り声を上げてじたばたと暴れ、やがて全身を弛緩させた。残された目の焦点は合わず、口からは涎を垂らして、股間はお漏らしでびしゃびしゃ。

 吸血鬼たちは斎藤が嫌いではなかった。途中でしてきた提案は意味がわからなかったが、一人で吸血鬼に挑もうという心意気が良い。欲望に忠実なところや、負傷して弱っても眼光だけは失わないしぶとさも好感が持てた。なんと言ってもこの間抜けな死に様。三人は声を出して笑った。

 一頻り笑うとシャワーで汚れを綺麗に洗い流して、自分たちの服を着た。吸血鬼たちは今宵を存分に楽しんだ。犯して、殺して、笑った。憂いも片付いた。もうここでやることはない。パーティーはお開きだ。


「昢覧、壱重。もう帰ろうか」

「そうだね。ああ面白かった」

「昢覧が面白かった」

「ふふ、確かに」

「ちょっと二人とも!?」



 それから数日後。絢次が一人で家に帰ってきた。精神干渉が弱まったら勝手に帰って来るだろうという軽い気持ちで誰も迎えに行かなかった。絢次の扱いとしては悪手である。作戦が完了したのに放置されていたと知って盛大に臍を曲げてしまった。昢覧は絢次のご機嫌をとるのに大層心を砕かねばならなかった。







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