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狼の章
躾
しおりを挟む人狼とはどういう存在であろうか。噛まれた人間に伝染していくのか、そういう種族なのか。繁殖は可能か。その場合性質は遺伝するのか。どこから来てどこへ行くのか。謎に包まれている。絢次は自分の出自を知らない。物心ついた頃には良美と暮らしていた。
不老不死ではない。人間同様に年をとる。人間よりは丈夫だが吸血鬼のような治癒力は持っていない。おそらく欠損は再生できないし、酷い怪我をしたら死んでしまうだろう。人型だと普通の人間だ。社会に紛れ込むのも容易なはず。どこかに群れが潜んでいてもおかしくない。例えば山奥の小さな集落。なんの変哲もないそこが実は人狼の巣窟で、うっかり足を踏み入れた人間は彼らの牙に……そう考えるとロマンがある。
まだ見ぬ群狼に思いを馳せる昢覧の口から喉、乳首へと、ところどころ甘噛みしながら絢次の愛撫が下りた。ちゅうっと吸って指で捏ねる。腹筋を辿って臍を舐め、窪みに唾液を溜めた。そして当然のように陰茎を口に含む。舌を絡めながらじゅるじゅると音を立てて吸った。解放されたそれはてらてらと光っていやらしい。
様子を見ながら片足を持ち上げて大股を開かせると、臍に溜まっていた唾液がつうと流れ落ちた。昢覧が何も言わないのをいいことに、尻に顔を突っ込んで丹念に肛門をねぶる。舌を尖らせて、固く窄んだそこを柔らかく解きほぐしていく。飲食の必要がなく排泄をしない吸血鬼の肛門。そこを使うことがあるとしたらそれは―――
「こら。入れようとするんじゃない。昨日散歩したばっかりだろ。なんでそんなにしたがるんだ」
「昢覧がいい。昢覧としたい。昢覧が好きだから入れさせて?」
「おねだりすればなんでも叶うと思うなよ」
「じゃあ入れる?」
何がじゃあなのか置いといて、昢覧は想像してみた。デカくてもふもふの狼に突っ込む自分。ない。獣姦は普通にありえない。次に人型絢次に突っ込む自分。これもない。ガチムチ野郎という時点で御免被る。そもそも絢次相手じゃ勃たない。最低限度明日紀くらいの美少年になって出直してくれないと無理だ。というか自分は例外として、絢次はおばちゃん専門だと思っていた。
「おまえ、男としたことあんの?」
「ないよ。でも昢覧とならしたい。好きだから一緒に気持ち良くなりたい。全部俺のものにしたい」
「俺のこと好き過ぎだろ……」
可愛い狼に悲しい思いをさせるのは心苦しいが、じゃあやるかとはならない。吸血鬼の性交は征服を以て喜びとする。その過程は暴力的で尊厳を踏み躙るほど快い。性交即ち暴力。愛撫は肌を切り裂くこと。挿入は食事を美味しくするためのスパイス。特に昢覧は死の気配がないと興奮できない。
暴力無しの性交は高校時代が最後となる。思えば当時から性交が愛の行為という認識がなかった。あのときは自傷行為を仕向けて、それで興奮していた。中学時代も似たようなものだから、昢覧は人として正常に愛し合ったことがない。根っからの異常者だ。絢次が望むような、互いに心を通わせて一つになる愛し方は難しい。
絢次が雄の人狼なのも問題だった。昢覧は若い女しか眼中にない。これはかなりの異端だ。人間のときの性的嗜好がどうであれ、普通は吸血鬼化したら相手の年齢性別など問わない。そんなことより悪魔への供物として相応しい美貌の持ち主かどうか、強い感情を放って欲望を満たしてくれるかどうかが重要だからだ。
その普通の吸血鬼たちも人外には手を出さない。吸血鬼を満足させるのは人間だけ。人外では腹の足しにならない。同族相手ならまだ征服の楽しみがあるが、はじめから優劣のついた相手ではそれすらない。ただのセックスになってしまう。やるだけ無駄なのだ。
「はあ……昢覧……」
挿入を断られた絢次は固い男根を昢覧の太腿で挟んだ。身体をまさぐりながら腰を動かす。絢次の先走りで、昢覧の股間はにちゃにちゃと音を立てた。昢覧の耳裏に鼻を付けて深く荒く呼吸する。舌を伸ばして耳朶を食むと少しくすぐったそうにするのが絢次の興奮を煽った。昢覧の陰茎を握って優しい手つきで扱く。
「昢覧も気持ちいい?」
「ああ、気持ちいい」
それほどでもない、とは言わない。くすぐったいだけだから耳を舐めるなとも言わない。譲れない部分を守りたいだけで、絢次に冷たくしたいわけではないのだ。握られているモノの状態から、全然興奮していないことは絢次にもわかっているはず。それでもめげずに縋り付いてくる様子が健気だ。どうして突き放すようなことが言えるだろう。
最近では人型で抱きつかれることにも慣れてしまった。腕を伸ばして背後の絢次の頭を撫でてやると狼のようにクゥ、と鳴く。胴体に回した腕が一層強く昢覧を抱きしめ、吐き出された精液が昢覧の股間を濡らした。昢覧を仰向けにし、上から覆い被さって深く口付ける。精液を潤滑油にして、絢次はまだ治まらない陰茎をゆっくり擦り付けた。早く終わってくれと願いつつ、なすがままにされる昢覧。ペットの健康管理と思って我慢する。何か濡れたものが顔に付く感触で目を開けると、精液まみれの股間が目の前にあった。
「ぎゃーーーー!!! 汚ねえっ!! こ、こ、このバカ絢次いい加減にしろ! やっていいことと悪いことがあるだろ! 怒るぞ!」
「怒んないで……」
ベッドから蹴り落とされた絢次が恐る恐る顔を覗かせた。一瞬の間に狼に変身していて、申し訳なさそうな表情がかわいい。
「くっ……まだ怒ってねえよ。でも今度ああいうことをしたら本当に怒るからな」
「ごめんなさい。でも俺昢覧に触ってほしい。手ならいいでしょ? 次は触ってね」
「は? 待て待て。俺にお前のあれを触れって言うのか?」
「うん。ちんちん同士こすってるんだから、手で触るくらい大丈夫でしょ?」
「あぁ……」
なるほど一理ある。デリケートゾーンがOKで手はNGというのは確かにバランスがおかしい。
「やった! ありがとう昢覧大好き!」
「待っ、違っ……! 今のはそういう意味じゃ……」
絢次はベッドに飛び乗って昢覧の顔を舐めた。否定の言葉を無視してはしゃぐ絢次に、昢覧は溜息を吐いた。
「絢次、人型に戻れ」
言われた通り人型になって向かい合わせに座ると、昢覧はゆっくりと顔を近づけた。初めて昢覧からされる口付けに、絢次はうっとりと目を閉じて応じる。頬をなぞる昢覧の爪が皮膚を薄く傷付けた。
「んっ、昢覧、痛いよ」
「痛くしてんだよ。俺のやり方を知ってて誘ったんだろ?」
驚いて目を見開いた絢次の瞳には、赤光を放って微笑む吸血鬼が映っていた。組み敷いた絢次の両手を片手で押さえつけ、空いた手と口で愛撫する。絢次の身体はあっという間に傷だらけにされてしまった。どうにか逃れようと身を捩るが、ずっと体重が軽いはずの昢覧はびくともしない。
「昢覧、やめて」
「おまえがしてほしいって言うから触ってやってるんだぞ。我儘ばっかり言うんじゃない」
すっかり元気をなくした股間をむにゅむにゅと揉む。時折突き立てられる鋭い爪が余計萎えさせた。
「去勢したら少しはいい子になるかなぁ」
「やっ……やめて! やめて! いい子にするからやめて!」
昢覧は青褪めた顔で懇願する絢次を面白そうに見下ろした。人差し指の爪を柔らかい皮につぷりと突き刺す。
「そうか。じゃあ今日は片方だけで勘弁してやる」
「ごめんなさい! やだ! 許して! うわああぁ!!」
「そんなに嫌なら止める。だから絢次も俺が嫌なことはするな。約束できるか?」
「わかった……ごめんなさい……」
その後は絢次を落ち着かせるために抱きしめてキスをして、たくさん好きな気持ちを伝えた。もちろん狼型にさせてからだ。
「ってことがあって、それ以来だよ」
「ああ、うん、そうなんだ~……」
最近絢次の聞き分けが良くなったのに気付いた明日紀がなんとなしに話題にしたら、返ってきたのが上記の話である。昢覧にとってはペットの躾の話でしかない。
昢覧は絢次を飼うようになってから狼の魅力に目覚めてしまい、いまやメロメロになっている。人型の絢次と裸で抱き合ったり肛門を舐めさせたり、最初の頃なら絶対許さないことばかりだ。放置されて怒った絢次の機嫌を取るため譲歩に譲歩を重ねたらしい。昢覧もおばちゃんとの行為の見守りを無しにさせているので、一方的にやられっぱなしというわけではない。それでも、以前の昢覧なら顔に股間をつけられた時点で半殺しにしてもおかしくない。
「どっちが躾けられてるのかな」
明日紀の呟きは昢覧の耳に届かなかった。
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