夜行性の暴君

恩陀ドラック

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狼の章

恵を廻る男たちⅡ

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 恵はあまり存在感がない女子だった。顔は普通。性格はやや内向的。友人は多くない。男子からは大きなバストに注目されるが、同時に太めの体型を揶揄されるのが定番でモテとは程遠かった。周りの女子がどんどんお洒落に綺麗になっていくのを目の当たりにして、自分に危機感を感じるようになる。

 一念発起して、高校三年生になる頃には標準より少し重い程度まで減量できた。同級生と卒業と同時にお付き合いを開始。性行為も経験した。しかし彼氏が地元を離れ遠距離だったのと、恵の体重の倍増によって一年待たずに破局。それ以来浮いた話がないまま中年になってしまった。哀しいかな体重もそのままだ。

 最近、忘れていた欲望に悩まされるようになった。ずっと眠ったままだった女の奥の方が疼いて仕方がない。十数年振りに自分を慰めた。それでもまだ足りない恵は、一夜の遊びに慰めを求めるようになってしまった。インターネット上で約束を取り付け、実際会えればまだいい方。多くは約束だけで対面はできずに終わる。顔を合わせたとしても、食事を奢らされるだけでお別れということもしばしば。たまに抱かれるときは電気を消して、ただ欲望の捌け口にされるだけ。でも捌け口を求めているのは恵も同じ。文句は言えなかった。


 そんな中出会った保井やすい正晴まさはる。同い年。清掃会社の正社員。離婚歴あり。原因は性格の不一致。子供はいない。中肉中背。彼だけは恵を女扱いしてくれた。優しくエスコートして、目を見て微笑んで、抱くときは恵を喜ばせることを第一に考えて。体から始まった関係だが、恵は本気になってしまった。向こうがどう思っているのかはわからない。会えばとても優しい。連絡もマメにくれる。誰にでもそうなのかも知れない。恵の乏しい恋愛経験では判断がつかなかった。それでもいい。何も証明するものがなくても、彼といる間の幸せな気分は本物だ。

 恵が妊娠に気づいたのは保井と付き合って二ヶ月目に入った頃だった。胎児は中絶可能な期間を過ぎていた。明らかに保井の子ではない。もともとの生理不順と肥満体のせいで気付くのが遅れてしまった。妊娠した時期のことはなぜか思い出せない。

 悩みに悩んだ末、保井に妊娠を打ち明けた。するとなんと保井はまったく怒らず受け入れてくれて、結婚を考えているとまで言ってくれた。しかしその日を最後に保井と顔を合わせていない。仕事のためと説明は受けていてテキストでの連絡は取れる。恵は不安な毎日を過ごした。そのうち連絡も取れなくなるだろう。どこの誰かも知れない男の子を身籠っている女なんて、捨てられても仕方がない。元を正せば自分がふしだらな生活をしていたせいだ。保井には頼らずに生きていこう。そう思ってみても希望を捨てきれなかった。




 保井正晴が恵と距離を置いた本当の理由は仕事ではなかった。彼も嘘を吐きたくて吐いたのではない。不可抗力だ。彼には決して敵わない強い力が出現したのだ。それは吸血鬼。恵を訪ねて大橋家に通う昢覧だ。吸血鬼の獲物を横取りしたらどうなるか。全掃工業に勤めている保井は、吸血鬼に弄ばれた者の変わり果てた姿をよく知っていた。ああはなりたくない。

 保井はグールだった。グールが人間と結婚するのは珍しいがなくもない。前妻と百八十度違う恵のぱっとしない容姿、家庭的でおっとりした性格に保井は惹かれた。始めは遊びだったが徐々に本気になっていった。太った女が好きだったわけではない。しかし抱いてみれば柔らかさと温かさが病みつきになった。恵は性欲が強く積極的に求めてくる。それは男として気分がいい。妊娠をマイナス要素とは思わなかった。生後半年の赤ん坊は高級食材だ。むしろ運がいい。遊んでいたのはお互い様なので気にしない。

 結婚に向けて浮かれていたところに現れた吸血鬼。一番の安全策は恵と別れることだ。それができたら悩みはしない。どちらが先に恵に目を付けたのか。横取りしようとしているのは吸血鬼の方かも知れない。人外たちは最強種の吸血鬼に敬意を払っている。だが隷属しているのではない。こちらの利益を不当に犯すのであれば反撃する権利はある筈だ。どうしても諦めきれない保井は恵の奪還を決意した。

 あの吸血鬼はよく人狼を伴っていて、ときには食事まで共にするほど大事にしている。人狼が好きで他にもいないか探しているらしい。上得意でもある吸血鬼の情報は社外秘で蓄積されている。社員がそれを共有するのは普通のことで、保井が問い合わせても特に怪しまれなかった。

 保井は仕事を介して知り合った野本のもと知悠ちはるという男を呼び出した。彼もまた人狼である。生活圏がまったく被っていないため昢覧の目に触れることなく今日まできた。出産して恵の体調が落ち着いたらどこか遠くへ引っ越す。それまでの間、野本に吸血鬼の興味を逸らしてもらおうという算段だ。

 これでもかなり思い切った作戦だ。吸血鬼と敵対したら味方はいなくなる。会社も一族も庇ってはくれない。先にそっちに捕まって吸血鬼に差し出されるだろう。そうしないと自分たちにどんな被害が及ぶかわからないからだ。


「俺の家から吸血鬼を遠ざけてくれ。報酬は手付で五十、成功したらもう五十。おまけに死体処理一年間無料を付ける」

「吸血鬼相手にたったそれだけか?」


 野本は腕を組んで難しい顔をした。彼は殺しを中心とした裏の仕事で生計を立てている。当然吸血鬼の恐ろしさは知っていた。まさに鬼のようなパワー、スピード、瞬発力を備え、性質は自尊自大。下手をすれば命を落とす仕事でこの報酬は割に合わない。保井の提示は初手の様子見だ。三倍までなら上乗せするつもりでいる。


「別に殺せと言ってるんじゃない。気に入られるだけでいいんだ。上手くいけば吸血鬼の後ろ盾もできる。悪い話じゃないと思うけどなあ」

「それなら代わりに……」


 野本が要求したのは人探しだった。尋ね人の名は田坂たさか京子けいこ。野本は彼女を強く恨んでおり、捜し出して復讐をしたいらしい。全国展開する全掃工業のネットワークを使えば人間一人を探し出すことは難しくないだろう。それくらいなら予算内に収まりそうだ。保井は要求を飲むことにした。野本と保井の交渉は、百万円と死体処理一年間無料、それに田坂の捜索で折り合いがついた。







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