夜行性の暴君

恩陀ドラック

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狼の章

まほろば2

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「おにいさん、俺になんの用?」


 人通りが途絶えたのを見計らって吸血鬼が振り返る。その顔には好奇心がありありと浮かんでいた。機嫌が良さそうで助かった。しかし油断はできない。吸血鬼は変わり者が多いと聞く。どこに怒りのスイッチがあるかわからない。


「あんた人狼が好きなのか」

「ああ、可愛いからな」


 急な質問にも動じず力強く言い切るその態度に野本は気圧されてしまった。人狼が可愛いなど初めて聞いた。田坂には下賤の扱いを受け、正体に勘付いた者からは気味悪がられ、そうでなくても巨大な狼の姿は恐れられたことしかない。さすが最強種の吸血鬼は違うと息を吞んだ。


「新しい狼が欲しくないか?」

「どういうこと?」

「俺も人狼だ」

「証拠、見せて?」


 これだけあれば充分だろうと思っていた間合いを瞬時に詰められて、両肩をがっしりと掴まれた。顔が近い。くわっと見開かれた目から赤光が漏れている。野本は今まで吸血鬼と接点がなかった。遠目に見たことがあるだけで、こんなにも接近したのは初めてだ。吸血鬼に意識を向けられるとこんなにも肝が冷えるものなのか。逃げないように前を歩かされて、さっきのホテルに戻り新しく部屋を取った。


「最初に聞いておきたいんだけど、なんで俺に近付いた?」

「人狼なら強い主人に従いたいと思うものだ」

「へぇ~、そうなんだ?」


 嘘だ。人狼にそのような習性はない。人狼を飼っている吸血鬼がそれを知らない筈はない。腹の探り合いは既に始まっている。と思っているのは野本だけだった。この吸血鬼が人狼にかわいさしか求めておらず変身能力以上の知識がないことはまだ身内しか知らない事実で、全掃工業のファイルにも記載がない。


「名前聞いてもいい?」

「……知悠」

「へえー、知悠。いい名前だね。俺は昢覧っていうんだ。よろしく。えっと、知悠は狼なんだよね?  どんな毛並みなのかなぁ。早速だけど変身、してくれる?」


 妙な雰囲気を出してくる昢覧に促され野本は変身した。美しい獣の登場に昢覧は口元を両手で覆い、目は潤んで眉尻が下がっている。ベッドの前でお座りした野本は、期待に満ちた目で差し出された掌の上に仕方なく前足を重ねた。


「手、おっきい」


 ふにゃりと笑った吸血鬼は固い肉球を揉んだ。次に頬に手を伸ばされる。大人しくしていたら両手で頭や首を撫でまわされ、最後は押し倒されて全身で毛並みを堪能された。


「くっ……堪らない、この感触!  もふもふ!  もふもふしてる!  あーかわいい!」


 この吸血鬼は聞いていた通りの人狼大好き変態野郎だったようだ。この流れでセックスに持ち込めば仕事は終わったようなものだろう。正直言って不安しかないしドン引きしている。野本はセックスにおいてどノーマルだ。人型で人間のかわいい女の子と普通のセックスをしたい。ホモもケモナーもアナルセックスも理解の外。この仕事のために小さめのディルドなら入るようにしたが、良さはわからなかった。その辺は演技でカバーするとして、問題は吸血鬼がどのようなプレイを望むかだ。ひどい目に合わされませんようにと願うしかない。


「このままするか?  それとも人型の方がいいか?」

「そりゃもちろんこのまま……あ、でも待って、今日は……」

「あんたのものになる。あんたが命令すれば子供も作れる」


 反吐が出るようなセリフも仕事の、復讐のため。器用に口だけでベルトを外し、ファスナーの摘まみを前歯で咥えた。


「ちょーっと待ってくれるかな。たぶんすごい誤解してるぞ、あんたは」


 急に真顔になって距離を取られた。話しながらベルトを元に戻している。


「入れられる方が好きか?」

「誰がだ!  俺はそんな変態じゃない!  なんで絢次みたいなこと言うんだよ。人狼て全部そんなんなの?  なんで黙ってじっとしていられないんだ。それさえなけりゃ可愛くて格好いい生き物なのに!」


 どうも保井の情報には誤りがあるようだ。人狼好きには違いないが、そういう対象ではないらしい。割と本気で残念そうな顔をされてしまった。となるとここから先どうやって取り入ればいいのか。アナルセックスを回避できて安心している場合ではなかった。


「わ、悪かった……もうしない」

「本当にぃ?」

「ああ。俺も別に男同士ってのは好きじゃない。ただあんたはその……こんなとこに連れて来るからてっきり……」

「だって外じゃ誰に見られるか分からないだろ。それに、あれはボール投げかと思ったんだよ。今日はボール持ってないけど」

「ボール投げ?」


 ボール投げって、河原とかでやるあれのことだろうか。取ってこーいって言いながらボールを遠くに投げて、犬が咥えて戻ってくるやつ。こいつらいつもそんな遊びをしてるのか?  犬じゃなくて人狼だぞ。ボール投げって。なんてことだ。恥ずかしいと思わないのか――野本はなんだか気が抜けてしまった。


「他に、あの人狼に何をさせてるのか訊いてもいいか?」

「なにって別に、散歩したりご飯あげたり、あとは家でブラッシングしたり。普通のことしかしてないけど」

「普通の……」


 ペットの犬なら普通だろう。だが人狼相手に。では人狼相手の普通とは?  異常な生い立ちの自分に普通などわかるはずがないと、野本は答えを出すのを諦めた。


「あとさあ、急に子供作るってなに?  あんたどう見ても雄だよな?」


 絢次よりは小さいが、人型の野本は昢覧より長身でガタイがいい。かわいい狼にも股間に男のシンボルがついている。


「それは……人狼の子が欲しいんだろ?  だったら俺のだっていいじゃないか」

「いつから見張ってた?」

「今日初めてだよ。子供のことはさっき外で話してるのが聞こえたから。俺の子は可愛いだろうな。孕ませたい女はいるか?」


 人狼に子供を作らせてどうするつもりなのか、野本には全く見当がついていない。吸血鬼の考えをいちいち理解しようとするのは無駄なこと。利用できるなら利用するだけだ。先刻野本は、昢覧が絢次に女の趣味が悪いと言うのを盗み聞いていた。そこから恵を気に入っているのは昢覧ではなく絢次だと気付き、自分なら若い美女を連れて来るぞと揺さぶりをかけたのだ。うまいことに昢覧は悩み始めた。この路線でもう一押ししてやろうと意気込んだところで何者かが部屋のドアをノックした。







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