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狼の章
まほろば3
しおりを挟む「俺だよ、開けて」
同じホテルに居て、声と匂いで部屋がバレたのだろう。昢覧がドアを開けると鬼の形相の絢次が入ってきた。今にも飛び掛かりそうな勢いで野本を睨みつける。
「あれ誰? 二人で何してたの?」
「さっきすぐそこで知り合ったんだ。ちょっとなでなでしただけで別にまだ何も」
「嘘だ! じゃあなんであいつ裸なんだ!」
「裸って、そんなのぉわっ!」
絢次の指さした先には、人型に戻ったばかりで素っ裸の野本がベッドに腰を下ろしていた。ホテル、密室、二人きり、ベッド、全裸。言い訳できない条件が揃っている。
「あれを……なでなで……」
「違っ、違う! 誤解だ! そうじゃなくて、あいつは人狼なの! 俺は狼を撫でただけ! なっ? そうだよな知悠!?」
「ああ。押し倒された」
「そんなことっ……そんなことは…………落ち着け、したけど落ち着け。俺は狼を可愛がっただけなんだ。可愛がったってそういう意味じゃないぞ。ああもう、なんで俺こんな言い訳してんだよ!?」
「狼ならなんでもいいの!? 昢覧のばか! 浮気者!」
野本は服を着ながら二人の口論を横目で見た。怒る人狼を宥める吸血鬼という構図は、なかなかお目にかかれるものではない。誇り高い吸血鬼が下手に出るなんて、普通は在り得ないことだ。野本は認識を改めた。この二人は強い信頼関係にある。吸血鬼に口答えなどという真似は、絶対に傷付けられないという確信がないとできない。あの吸血鬼は人狼を可愛くて格好いい生き物だと言った。あの人狼はきっと本当に普通のことしかさせられていないんだろう。ボール投げをして、街を散歩して、自由に……
野本は奪い取るように背後から昢覧を抱きしめた。絢次から視線を外さず耳元に口を寄せる。
「俺、行くとこないんだ。飼ってくれるよな?」
「ん? うーん……」
「絶対だめ!! そいつの言うこと聞かないで! おまえ昢覧から離れろ!」
人狼二人を引き連れて昢覧は家に帰った。野本知悠は昢覧の理想に近いクールな人狼だった。無駄なお喋りはしない。同じベッドに上がらず床に寝るか、与えられた自室で寝る。散歩は一人でして、セックスを褒めろなどと酔狂な要求はしない。こうなると逆に構いたくなるのが人情というもの。しかし知悠は昢覧が遊びに誘っても乗ってこない。従うが媚びない。だから余計に構いたくなる。それが絢次の神経を逆撫でした。絢次は何かというと知悠に突っかかり、知悠も律儀に相手をした。知悠から挑発することも多くあった。
「お前なんか全然可愛くない!」
「昢覧は甘えられるのが好きじゃないんだ。だから俺を連れて帰ったんだよ。お前みたいなのは内心鬱陶しいと思っているだろうな」
「殺してやる!」
物理的にも二頭に挟まれた昢覧は気が休まらない。今日の喧嘩は激しすぎたらしく、二頭揃って家から摘まみ出されてしまった。いつまでもここにいても仕方がないと思い、放り投げられた服を身に着けて知悠は出掛けることにした。気ままに街をぶらつき、適当な飲食店に入る。ランチタイムが始まったばかりの時間帯で客は疎らだった。
昢覧のもとに来てから何も仕事をしていない。衣食住のほかに小遣いまで与えられている。昢覧から求められたのは、家では狼型でいることだけだった。今まで騙して殺して奪い取るものだった居場所が、ただそれだけで手に入る。普通に、自由に振舞えばいい。その何気ない一挙一動を昢覧は愛でる。知悠は渋い顔で食後のコーヒーを飲んだ。
一週間同居して、昢覧と絢次がどういう関係なのかも大体わかった。絢次は昢覧が好きで恋人として独占したい。その割には外に女を作ったりやりたい放題だ。昢覧が甘やかすからつけあがって益々我儘になる。ベッドで絢次に何をされているか知ったときは驚いた。異性愛者である昢覧がよく耐えている。それだけ絢次が可愛いのかと思うと面白くない。昢覧からの愛撫はなく、最後の一線も超えていないと聞いたときはいい気味だと思った。絢次は嫌いだ。馬鹿で自分勝手。昢覧も嫌いだ。狼ってだけで優しくして、調子が狂う。
「はぁ……」
同居を始めてからずっと気分が苛立って落ち着かない。端末を手に取って依頼主からの定期連絡に目を通す。まだ進展はないようだ。こちらからは「計画は順調に進んでいる。この分なら吸血鬼を完全に篭絡する日も近い」と送信した。恵を気に入っているのが吸血鬼ではないことは報告していない。吸血鬼をなんとかしないといけないことにかわりはないのに値切り交渉など持ち掛けられたくない。
昢覧は二頭の人狼にかまけて恵のことは忘れているようだった。早いとこ昢覧が好きそうな若い女を孕ませてしまえば、あんな中年女のことなどどうでもよくなるだろう。そう思って一人で散歩に出ては女を物色しているのだが上手くいかない。すぐに気も漫ろになってしまう。頭に浮かぶのは昢覧ばかり。温かい眼差し、優しい手、心地よい声……
溜息がまた一つ。頬を叩いて目を覚まさせる。結局夕方までぼんやりと街をぶらついて、何もしないで家路についた。
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