43 / 119
狼の章
まほろば3
しおりを挟む「俺だよ、開けて」
同じホテルに居て、声と匂いで部屋がバレたのだろう。昢覧がドアを開けると鬼の形相の絢次が入ってきた。今にも飛び掛かりそうな勢いで野本を睨みつける。
「あれ誰? 二人で何してたの?」
「さっきすぐそこで知り合ったんだ。ちょっとなでなでしただけで別にまだ何も」
「嘘だ! じゃあなんであいつ裸なんだ!」
「裸って、そんなのぉわっ!」
絢次の指さした先には、人型に戻ったばかりで素っ裸の野本がベッドに腰を下ろしていた。ホテル、密室、二人きり、ベッド、全裸。言い訳できない条件が揃っている。
「あれを……なでなで……」
「違っ、違う! 誤解だ! そうじゃなくて、あいつは人狼なの! 俺は狼を撫でただけ! なっ? そうだよな知悠!?」
「ああ。押し倒された」
「そんなことっ……そんなことは…………落ち着け、したけど落ち着け。俺は狼を可愛がっただけなんだ。可愛がったってそういう意味じゃないぞ。ああもう、なんで俺こんな言い訳してんだよ!?」
「狼ならなんでもいいの!? 昢覧のばか! 浮気者!」
野本は服を着ながら二人の口論を横目で見た。怒る人狼を宥める吸血鬼という構図は、なかなかお目にかかれるものではない。誇り高い吸血鬼が下手に出るなんて、普通は在り得ないことだ。野本は認識を改めた。この二人は強い信頼関係にある。吸血鬼に口答えなどという真似は、絶対に傷付けられないという確信がないとできない。あの吸血鬼は人狼を可愛くて格好いい生き物だと言った。あの人狼はきっと本当に普通のことしかさせられていないんだろう。ボール投げをして、街を散歩して、自由に……
野本は奪い取るように背後から昢覧を抱きしめた。絢次から視線を外さず耳元に口を寄せる。
「俺、行くとこないんだ。飼ってくれるよな?」
「ん? うーん……」
「絶対だめ!! そいつの言うこと聞かないで! おまえ昢覧から離れろ!」
人狼二人を引き連れて昢覧は家に帰った。野本知悠は昢覧の理想に近いクールな人狼だった。無駄なお喋りはしない。同じベッドに上がらず床に寝るか、与えられた自室で寝る。散歩は一人でして、セックスを褒めろなどと酔狂な要求はしない。こうなると逆に構いたくなるのが人情というもの。しかし知悠は昢覧が遊びに誘っても乗ってこない。従うが媚びない。だから余計に構いたくなる。それが絢次の神経を逆撫でした。絢次は何かというと知悠に突っかかり、知悠も律儀に相手をした。知悠から挑発することも多くあった。
「お前なんか全然可愛くない!」
「昢覧は甘えられるのが好きじゃないんだ。だから俺を連れて帰ったんだよ。お前みたいなのは内心鬱陶しいと思っているだろうな」
「殺してやる!」
物理的にも二頭に挟まれた昢覧は気が休まらない。今日の喧嘩は激しすぎたらしく、二頭揃って家から摘まみ出されてしまった。いつまでもここにいても仕方がないと思い、放り投げられた服を身に着けて知悠は出掛けることにした。気ままに街をぶらつき、適当な飲食店に入る。ランチタイムが始まったばかりの時間帯で客は疎らだった。
昢覧のもとに来てから何も仕事をしていない。衣食住のほかに小遣いまで与えられている。昢覧から求められたのは、家では狼型でいることだけだった。今まで騙して殺して奪い取るものだった居場所が、ただそれだけで手に入る。普通に、自由に振舞えばいい。その何気ない一挙一動を昢覧は愛でる。知悠は渋い顔で食後のコーヒーを飲んだ。
一週間同居して、昢覧と絢次がどういう関係なのかも大体わかった。絢次は昢覧が好きで恋人として独占したい。その割には外に女を作ったりやりたい放題だ。昢覧が甘やかすからつけあがって益々我儘になる。ベッドで絢次に何をされているか知ったときは驚いた。異性愛者である昢覧がよく耐えている。それだけ絢次が可愛いのかと思うと面白くない。昢覧からの愛撫はなく、最後の一線も超えていないと聞いたときはいい気味だと思った。絢次は嫌いだ。馬鹿で自分勝手。昢覧も嫌いだ。狼ってだけで優しくして、調子が狂う。
「はぁ……」
同居を始めてからずっと気分が苛立って落ち着かない。端末を手に取って依頼主からの定期連絡に目を通す。まだ進展はないようだ。こちらからは「計画は順調に進んでいる。この分なら吸血鬼を完全に篭絡する日も近い」と送信した。恵を気に入っているのが吸血鬼ではないことは報告していない。吸血鬼をなんとかしないといけないことにかわりはないのに値切り交渉など持ち掛けられたくない。
昢覧は二頭の人狼にかまけて恵のことは忘れているようだった。早いとこ昢覧が好きそうな若い女を孕ませてしまえば、あんな中年女のことなどどうでもよくなるだろう。そう思って一人で散歩に出ては女を物色しているのだが上手くいかない。すぐに気も漫ろになってしまう。頭に浮かぶのは昢覧ばかり。温かい眼差し、優しい手、心地よい声……
溜息がまた一つ。頬を叩いて目を覚まさせる。結局夕方までぼんやりと街をぶらついて、何もしないで家路についた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
花鳥見聞録
木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる