剣は振るえないけどその代わりにフライパンを振るってもいいですか? 〜貧乏領地に追放された最弱冒険者は胃袋を掴むのだけは得意のようです〜

早見羽流@3/19書籍発売!

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プロローグ

5. 余り物の簡単レシピ

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 ☆  ☆


 馬車はゆっくり草原に敷かれた街道を西へ西へと進んでいく。年季の入った車体はガタガタと大きく揺れ、荷台に座っていると尻が痛くなってくる。かといって寝っ転がったところで背中が痛くなるだけなので、私は荷台のヘリにしがみつくようにして尻へのダメージを軽減しながら景色を眺めた。

 王都から出るのは何年ぶりだろうか。魔法学校に入学した時だから、六年前くらいだと思う。当時十二歳だった私は一人祖国を離れ、王都ディートリッヒにやってきたのだった。王都周辺の景色は驚くほど記憶に残っていなかったし、それはいくら西に進んでも変わらなかった。

 私は王都の外のことについて思いを巡らせてみた。
 王都の外について知っていることは祖国のことと、『黒猫亭』を訪れる商人や冒険者などの噂話を聞きかじったものくらいだ。。それによると、セイファート王国は、西を『ゲーレ共和国』、北を『ノーザンアイランド連合』、東を『東峰とうほう帝国』、南を『オルティス公国』に囲まれた国であり、『東峰』と『オルティス』とは上手く関係を築けているのだが、『ゲーレ』と『ノーザンアイランド』については戦争とはいかないまでも領地を治めている領主同士の小競り合いが絶えないらしい。そのせいか、二つの国と国境を接する領地は若者が減り、過疎化が進んでいるという。

 恐らくゲーレ共和国と接しているヘルマー領も似たような状況なのだろう。私は胸の中に抱いていたなんとも言えない不安感の正体に気づいて気分を曇らせていた。


 やがて、赤く傾いた日が遠くにそびえる山の稜線をくっきりと黒く際立たせ始める頃になると、不意に老人が話しかけてきた。

「お嬢ちゃん、王国の出身じゃないじゃろ? どこの出身だえ?」
「……」
「その髪色はセイファート王国ではなかなか見ないで。よそ者じゃろ? かといって肌が白いから東峰やオルティスというわけでもない……」

 私は自分の紫がかった白髪という珍しい色の髪を右手で軽く弄んだ。この髪色には私の出自が深く関係している。でも、それはあまり口にしたくないものでもあった。それに、私は身体は少し違っていても、心はれっきとしたセイファート王国民だ。少なくとも今は。

「私は生まれも育ちも王国です」

 だから咄嗟に嘘をついた。
 すると老人はそれ以上は尋ねてこなかった。が、それは私の言葉に納得したからではなく、私の言葉の裏に触れてはならない何かを感じたからかもしれない。とにかく、触れずにいてくれるならそれにこしたことはなかった。

(ごめんね。おじいちゃん……)

 いつか、私が冒険者として名をせ、夢を叶えるようなことがあったとしたら、その時はしっかりと自分の口から真実を伝えよう……そう強く決意した。いま、まさにその夢に向かって第一歩を踏み出しているのだから。


 辺りが薄暗くなってきた頃。老人は道端に馬車を止めてテントを広げ、野営の準備を始めた。

「野営するんですか? 大丈夫なんですか?」
「あぁ、ここら辺はモンスターは少ないし、野盗が来ても盗るものもないで。……それに、頼もしい冒険者がついとるでな」
「なぁっ!? 私をアテにされても困りますよ! 私、戦闘では役立たずだと思ってください」
「運んでやってるんだから、それくらい働いてもバチは当たらんで」
「むぅっ……」

 確かに老人の言うとおりだ。乗せてもらった対価として私はこの老人に何かしてあげないといけない。でも戦闘では役に立てない。──だとしたら?

(大人しくお金を払うか……いや、私だって貧乏だから大した額は持っていない。肩もみでもしてあげるかな? ……それとももっと──)

 私はブンブンと慌てて頭を振った。思考が危ない方面に行きかけていた。こういう時に取り柄のない冒険者は困ってしまう。私ときたら料理くらいしか取り柄が──
 私はふと、ボリボリと不味そうな保存食を齧っている老人に視線を向けた。

(ん? 料理? ……料理かぁなるほど!)

 私はパンッと柏手を打った。そして、その音に少し驚く老人にこう尋ねた。

「おじいちゃん、お腹すいてませんか? ──ここに積んである野菜。料理してもいいですか?」
「ん? あぁ、そいつらはもう売り物にならんで、国に帰って家畜のエサにでもしようと思ってたところだで、構わんよ」

 老人の返答を聞くやいなや、私は荷台によじ登って余りものの野菜を物色する。野菜は二種類あった。まずはオレンジ色で細長い形の『ニンジン』という野菜。そして、茶色くて丸っこい『ジャカルタイモ』という名前の芋。料理店に勤めていた私には馴染み深い野菜たちだ。どちらも地中にできる野菜だが、掘り起こして時間が経っているであろう目の前の野菜たちからは無数のが出てきていてそのままでは食べられない。

(この食材と、麻袋の中の道具で、あまり手間をかけずにできる料理は……)

 私は五年間の『黒猫亭』での経験を総動員して、とある一品に辿りついた。シンプルで、かつ美味しい逸品に。


「よーし、調理開始ショータイム!」

 私は荷台から数個のジャカルタイモを手に取ってみる。芽は出ているものの大きさ形共に申し分ない。きっとかなり美味しいイモだろう。
 マントを脱いでイモを包み、そのまま耳を澄ます。微かに水の流れる音が聞こえる。川が近くにある証拠だ。

(暗くなる前に早く川にたどり着かないと!)

 マントに包んだジャカルタイモを持って、水の音がする方へ一直線に走る。私の身長よりも高い草をかき分けて草原を駆けること五分ほど、目の前に小さな小川が現れた。私は川辺にしゃがみこんで包丁でジャカルタイモの芽をほじくり出して、イモの表面を綺麗に洗っていく。泥が落ちると、イモの表面はツルツルになり、ツヤツヤと黄金色に輝き始めた。まるで『黒猫亭』で冒険者が自慢していたことがある『トパーズ』という宝石のようだった。

(綺麗なおイモ……)

 と、感心している場合ではない。こうしているうちにも辺りはどんどん暗くなっていく。作業をするのに真っ暗ではなにもできないし、ランプなんていう高級品は私は持ち合わせていない。

 私は川辺に生えていた大きめの葉を数枚取ってイモを包む。そして、それをさらにマントで包み直すと、フライパンに水を溜めて荷車の所へ持ち帰る。帰りは水がこぼれないように運んでいたため、行きよりもだいぶ時間がかかってしまい、老人の元に戻った時にはすっかり辺りは暗くなっていた。
 老人が焚き火を焚いて待っていてくれたので、迷うことはなかった。

「おぉ、戻ったか」
「今から作りますので少し待ってくださいね! あ、焚き火お借りします!」

 私は水を入れたフライパンに、葉に包んだイモを浮かべると、そのまま火にかける。すっかり重くなったフライパンを中腰の体勢で保持しなければいけないので、すぐに腕や足腰が痛くなってきた。

(うぅ……やっぱり屋外で調理するのは不便だな……)


 やがて、フライパンに入れた水が沸騰しはじめ、葉に包まれたイモは擬似的に蒸されたような状態になる。これで、しばらく蒸しているとジャカルタイモはホクホクと柔らかくなり、生で齧るよりもかなり美味しく食べられるのだ。

 本来ならここにバターをつけて食べるとかなり美味しいのだけど、残念ながらバターは保存がきかないので、手持ちの調味料には含まれていない。

 私が辛そうにしているので、老人が心配そうにし始めたあたりで、やっとジャカルタイモが蒸しあがったのだった。
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