Labyrinth of the abyss ~神々の迷宮~

天地隆

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第4章

第67話

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 秋が深まりすっかり寒くなった今日この頃。夕方から夜半にかけては、金の雄羊亭で最も忙しい時間帯であった。宿に宿泊している冒険者達が一斉に帰って来るからだ。迷宮からにせよ、あるいは修行や休暇を街で過ごしたにせよ、大体の者が夕飯時に示し合わせたように帰って来るのだ。
 というのもこの宿の食事はリーズナブルな価格で、かつ宿主のシェーバの見事な料理の腕前と合わさって、外で食べる事はあまりせず宿で夕食を取るのが定番になっている者が多かったのである。加えて宿泊料金も良心的な事もあって新人や下位の冒険者に人気で、一度この宿の居心地の良さを覚えてしまうと他の宿に移れなくなってしまう者も出るぐらいであった。最近は多くの客が長期逗留してほぼ何時も満員状態が続いており、シェーバ達は大忙しといった体である。マリナやリリが次々と湯気の立つ熱々の出来立て料理を運び、新しい注文を取って来てはシェーバがひたすら自慢の包丁と鍋を振るう、そんな忙しい書き入れ時であった。
 そんな中、エルは酒場の隅の席を確保するとライネル達、兄貴分や姉貴分が帰って来るのを笑みを浮かべて待っていた。今日は話したい事も多いし、極上の食材も用意したので、きっとシェーバが素晴らしい品に仕上げてくれるに違いない。きっと義兄達も喜んでくれるだろうと予想すると、楽しみで仕方なかったのだ。待つだけの時間は若干苦であったが何もする事が思い付かなかったので、もうしばらくだからと自分に言い聞かて我慢するのだった。
 
 エルがぼうっと周りを眺めている事しばし、お目当てのライネル達が帰って来た。今日の冒険は中々の収穫があったのか、皆上機嫌である。
 エルが立ち上がり手を振ると、目敏くライネルが発見し仲間を伴って歩み寄って来た。そして、エルの頭に手を置くと髪をくしゃくしゃにしながら撫でつけた。一見乱暴そうに見えるが、その実親愛の情の籠った優しい手つきである。
 エルも気持ち良いのか目を細めると、ライネルの好きにさせている。

「今日はどうした? エルが俺達より帰るのが早いなんて珍しいじゃねえか?」
「そうね、エルくんが先に居るから驚いたわ。何かあったの?」
「それなんですけど、とりあえずこれを見てください」

 エルが冒険者カードを取り出すと皆に見せる。カードの一番上には燦然と輝く星、冒険者のランクを表す星が5つ並んでいた。この少年が上位冒険者に成った事を示す何よりの証拠である。

「やったじゃねえか!! これでエルも上位冒険者だな!!」
「おめでとう!! すごいじゃない!」
「エルくん、おめでとうございます。お姉さんはびっくりです」
「おめでとう。とうとうエルも上位冒険者か。大分先に行かれちまったなぁ」

 皆祝福するとエルの頭を撫でたりして可愛がってくる。4人に一度にされると何だか揉みくちゃにされた様な気分になるが、喜びの方が勝っているのでそこまで気にはならない。
 夫々が満足すると手を止めて離れ、立ち話は何だからとエルの確保していたテーブルの椅子に腰かけた。

「よし、それじゃあ今日も宴会でもって……、そういやこの間もそんな事を言わなかったか?」
「そうね。たしか、10日ぐらい前だったかしら?」
「はい、4つ星に昇格したのがちょうど10日前ですから、エミリーさんの言う通りで間違っていません」

 見た目も態度も豪放磊落という言葉そのものを体現したかのような長身の大男ライネルの問いに、パーティ一の女丈夫でしっかり者のエミリーが自信無さ気に言うと、エルがにこやかな笑顔で肯定した。
 だが肯定された方はたまったものではない。
 更に褒めて欲しいのか満面の笑顔を浮かべて見詰めてくるこの少年は、たった10日で40~50階層を踏破し、あまつさえ強力な守護者を打ち倒したというのだ。先に冒険者カードを見せられなければ、いくら優秀な弟分の言う事であっても否定したかもしれない、目を見張らんばかりの驚異的な速度での攻略である。

「エル、50階層の守護者はどうだった? きつくなかったか?」
「守護者は 赤竜レッドドラゴンだったんですけど、そんなに強くなかったですね」
「強くなかったって、真竜でしょ? 強敵じゃない!?」
「えーと、先に 餓竜スタービングドラゴンの名持ちと闘ったじゃないですか。ヴォリクスと比べると、正直数段劣るというか……」
「そんな事もありましたね。エルくんがマリナさんを助けるために危険な敵と闘いに行ったって後から聞いて、あの時は本当に顔が真っ青になりました」

 純白の神聖な衣に身を包んだ生命の女神セフィーの信徒である物腰の柔らかな女性、クリスがため息混じりに言葉を発した。
 今は元気に宿を切り盛りしているマリナも、実は10日前程命の危機に瀕していたのだ。いや、何年も前から重い病気を患っていて、寝てばかりの病人だったといった方が正確だろう。病気の特効薬は餓竜から取れるキモしかなく、このレアモンスターは出現が非常に稀でいつも品薄状態で入手が不可能に近かったのだが、折り悪く病状が悪化し昏睡状態に陥ってしまったのだ。もはや薬も手に入らず死を待つだけかと思われた時に、エルが自分の信望する神に代償を払う事で試練を願い出て、試練達成の報酬としてスタービングドラゴンと闘る機会を得たのである。
 当時エルはまだ3つ星の冒険者であり、67階層に出現するこの真竜と闘う事は不可能であった。しかも、この竜には6つ星の冒険者でも不覚を取る程の強さを誇り、エルが勝つ確率など正味1割にも満たなかったのだ。
 だがそれでも、お世話になったマリナを助けられるのは自分しかいないからと、大切な親友のリリの悲しむ姿は見たくないからと決死の覚悟で闘いの赴いたというわけだ。実際に闘ってみると実力差は歴然であり、真竜のあまりの強さに何度も諦めかけたが、不屈の心と掛け替えのない仲間達への思いによって奇跡を起こし、見事餓竜スタービングドラゴンを打ち倒したのである。
 そのおかげでマリナの元気な姿が見られるようになったわけであるが、弟分が自ら死地に赴いた事を後で知らされたライネル達の心情は形容し難いものがあった。
 重病人を助けるために手を尽くす事は称賛してしかるべきであろう。
 だがそのために、自分の命を賭すのは如何なものか。よしんば、マリナが助かってもエルが死んだのなら遺恨が残ったに違いない。もっとも実際は、2人共助かるかあるいは死ぬかというオールオアナッシングな非常に危険な試練であったが……。
 エルを助けに行けるだけの実力もなく、ただ座して待つだけの時間がなんと長く苦痛であった事か。少年が無事帰って来た後は皆でこっぴどく叱ったものだ。

「ああ、あん時は正直焦ったぜ。エルが死んじまったらどうするかって、本気で考えたからな」
「うっ!? そっ、その、心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
「人助け自体はえらいんだけど、まさか勝算がほとんどない敵と闘いに行くなんて思わなかったわよ」
「私達じゃ頼りにならなかったのは事実ですが、せめて事前に言って欲しかったですね」
「もっと俺達を頼れ」
「すいません、時間が無くて焦っていました。無謀な試みだったと反省してます」

 以前にも何度も説教されたのだが、この件に関して自分が悪いのは百も承知しているのでエルは縮こまると頭を下げ、その後も殊勝な態度を取り続けた。
 ライネル達が心からエルの事を思ってくれたのは事実なのだ。
 それに、一歩間違えば2度と会えなくなった可能性も否定できない。
 そんな危険な行為をするのに一言も告げずに出て行ったのなら、怒るのは至極当然の事だ。自分が逆の立場だったなら間違いなく憤慨していたに違いない。
 真剣に反省している様子を見せるエルをしばらく眺め続けると、ライネルは盛大に息を吐き出し再びエルの頭を撫でた。

「たくっ、ちゃんと反省したなら今度からは気を付けろよ。今回はエルしか助けられなかったのかもしれないが、お前が怪我すれば俺は苦しいし、まして死んだりしたら心に穴が開いちまうぜ」
「義兄さん……」
「ライネルだけじゃないわよ。私達だってエルくんの事を、弟みたいに思ってるんだから。だから、あんまり無理しないでね」
「エミリーさん」
「そうです。エルくんに会えなくなったら、私泣いちゃいますからね?」
「時には引く事も大切なんだ。何も考えず我武者羅に突き進むのは、勇気じゃなくてただの蛮勇だ。勝てない相手には逃げる、冒険者の鉄則だぞ」
「クリスさんにダムさんも……。こんなに僕の事を心配してくれてありがとうございます。無謀な事はしないように気を付けます」
「頼むぜ?それと、今度からは伝言でもいいから、必ず先に言ってから行けよ?」
「そうよ、後から知らされる身にもなってね」
「はい、本当にすいませんでした。直接言うか、必ず誰かに伝えてから行くようにします」
「よし、エルもきちんと反省しているようだし、これで終わりだ。さーて、次はエルの昇格祝いだな。今日もぱあっと派手にいくか?」
「あっ、その事なんですけど、4つ星のお祝いもちょっと前にやりましたし、親しい人達だけでやりませんか?」
「そうか? エルがそれでいいなら構わんが……」
「まあ、あんまり連続でやり過ぎると他人の妬みを買うかもしれないし、いいんじゃないかしら」
「私達がエルくんをお祝いする事には変わりありませんから、エルくんのしたい方でいいと思いますよ。それにしても、エルくんも考えるようになりましたね。周りの人の事を配慮するのも大切ですからね」
「そうだな、何も悪くなくとも人の成功を羨む者はいるからな。余計な騒動に巻き込まれないためにも、殊勝な態度を心掛けるのはいい事だ」

 ライネル達が口々に褒め称える中、当の本人のエルはというとただこくこくと頷くだけであった。身内だけでやりたいというのはそれ程深い意味があったわけではなく、自分のためにライネル達に連続でお金を出して宴会してもらうのが悪いと思ったからだ。
 実は、周りの人の事は全く考慮していなかったというか、そこまで思い至っていなかったのだ。予想外の事で称賛されたため気が動転し、何とか笑顔を装ったがその実ちょっと顔が引きつり少し汗ばんでいた。
 幸いにしてエルの細かい変化に誰も気付かなかったので、本人の意向を組んでこじんまりとした祝宴を行う事に決定した。
 それじゃあ宴会のために注文しようかと云う件で、図ったかの様にマリナとリリが両手に沢山の料理を載せた皿を運んできた。気配り上手な2人の事だ、きっとこちらの様子を窺い、ちょうど良いタイミングで持って来てくれたに違いない。

「はい、どうぞ。うちのパパ特製の料理よ。熱いうちに食べてね? それと飲み物もすぐ持ってくるわね」
「あらっ、マリナさんありがとう。まだ注文してなかったけど、エルが先に言っておいてくれたのかしら?」
「そうよー。しかもこの料理は特別なのよ。うちで初めて出す料理なんだから」

 淀みない動きで皆の前に皿を置きながら、マリナはエミリーの質問に答えた。リリの方はさっさと料理を置き終えると、厨房に引き返していく。きっと飲み物を取りに行ってくれたのだろう。
 それにしても、料理を配膳するマリナの顔はどことなく誇らし気だ。それほどこの料理に自信があるのだろう。

「へえー、それは楽しみですね。見た所スープとお肉の薄切りを焼いたものに見えますけど、これは何ですか?」
「それは食べてみてからのお楽しみよ。とりあえず食べてみて」
「マリナさんがそこまで言うからには、余程自信があるんですね。食べるのが楽しみになってきました。リリちゃんもありがとう」

 クリスがマリナと話をしているのうちに、リリが戻ってきててきぱきと皆に飲み物を配っていった。エルは定番のククの実のジュースで、他はエール酒である。
 全員に行き渡るとライネルが勢い良く立ち上がり、酒杯を掲げた。

「よーし、それじゃあはじめようか! エルの昇格を祝って、乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」

 銘々に杯を打ち鳴らすとそのまま呷る。ライネルやダムはそのまま一気飲みして杯を空にしてしまうと、その美味しさから相好を崩した。
 そんな様子をマリナは笑顔で眺めると、すぐに2杯目を取りに戻った。リリもとりあえずエルに身振り手振りで挨拶すると、別の客の注文を取りに行ったようだ。おそらく、一段落したらまた来るという事だろう。
 エルもククの実のジュース、やや酸味のあるがあっさりとして飲み易いこの地方定番の飲み物を軽く飲むと、まずはスープを口につけた。エミリーやクリスもマリナが太鼓判を押した料理が気になって仕方ないのか、酒もそこそこに料理に手を付け始めたようだ。
 そして口にした瞬間、あまりの美味しさに皆快哉を叫んだ。

「上手い!!」
「おいしーい!! これはすごいわね」
「そうですね、びっくりするほど美味しいです」

 三者三様の表現ながら皆褒め称えた。それほどこのスープが美味であったのだ。おそらく味付け自体はシンプルで、塩胡椒に香辛料と、もしかしたらハーブの類も使っているかもしれないが、スープに染み出した濃厚な肉の味が皆の心を捕えて離さない。
 そう、肉だ。このスープには一口大の肉片しか浮かんでおらず野菜等は見られないが、おそらくこの肉こそがこの極上の味を引き出したに違いない。
 エルはゆっくり肉片を口に入れて咀嚼してみた。弾力があり独特の噛み応えがあって初めは驚いたが、だがそれも慣れてくると心地良い。噛み砕いた度に押し寄せる肉の旨味が忽ちエルを虜した。女性陣もすっかりこの肉に魅了されたようで、あまりの上手さに蕩けきっている。

「本当に美味しいわ。特にこのお肉が最高だけど、一体何なのかしら?」
「うふふっ、美味しいでしょう?」
「もうっ、マリナさん焦らさないで教えてくださいよ? このお肉は何なんです?」
「答えはエルくんが知っているわよ」
「エルくんが!?」

 いつの間にか酒杯を沢山抱えて戻ってきたマリナから予想外の返答が返ってくると、指名されたエルに視線は集中した。
 夢中でスープを飲んでいたエルが突然の成行きについていけず目を白黒させていたが、やがて心当たりに行き着く。そういえば、自分がシェーバにお願いしたものがあると。

「あっ、そうするとこれが 赤竜レッドドラゴンの尾肉ですか?」
「はい、正解」
「レッドドラゴン!? これが? つまり、真竜の肉ってこと?」
「おいおい、行き成りすげーもんが出てきたな……」

 自分達の食べた食材の答えを聞くと、剛毅なライネルといえどかなり驚いたようだ。なにせ真なる竜の肉なのだ。下位冒険者では到底食べる事ができない高級食材である。加えて、魔素をその身にふんだんに含んでいるので、冒険者の成長を促進させる意味でも、これほどの食材は中々お目に掛れないに違いない。

「つまり、これが今日のエルの戦果ってわけか」
「ええ、ついちょっと前に倒した赤竜の尻尾から作ってもらったものです」
「なるほど、真竜のお肉を使っているから、このスープはこんなに美味しいんですね」
「あらっ、スープだけじゃないわよ。そっちの薄切り肉も食べてみて? パパがちょっとした仕掛けをしているそうよ」
「へえっ、どれどれ……!? 何だこれ!? 旨過ぎるぜ!!」

 マリナに促されるまま、ライネルが真竜の尾肉を薄切りにして焼いた肉を食べると、仰天して立ち上がった。ライネルがそこまでの態度を現すのは本当に珍しいが、それほどまでにこの肉の与える衝撃が大きかったのだ。
 薄いながら弾力があり歯応えを楽しませてくれると共に、絶妙な焼き加減と絡みついたソースが絶妙なハーモニーを醸し出している。それに、この食欲を掻き立てる匂いは、炭火で焼いたに違いない。
 一般的な家庭では木をくべて料理するのが当たり前であるが、ここ迷宮都市(アドリウム)ではちょっと事情が異なる。便利な魔道具が開発され普及していたからだ。魔物が落とす魔石を原料として火を起こし火力も調整できる魔道具、火昆が開発され冒険者達の携帯用としても広く使われているのだ。この宿でも火昆を用いており、そのおかげで薪を使う必要が無くなったというわけである。ただ炭についてはある種の料理においては必需品であり、この都市でも一定数の需要がある。シェーバも料理の研究のために備蓄してあり、今回思い付いた調理法に相応しいだろうと、急遽引っ張り出してきたというわけだ。

「こんなに美味しい料理今まで食べた事もないですよ! マリナさん、ありがとうございます!!」
「そう言ってもらえると頑張ったパパも喜ぶと思うわ。本人も初めてやったけどいい出来だって、満足そうだったわよ」
「さすがシェーバさんですね。こんな料理食べれて幸せです」
「うふふっ。それじゃあ、次の料理ができたら持ってくるわね」
「はい、お願いします」

 自分の夫が誉めちぎられて悪い気がしないのか、マリナは上機嫌で厨房に戻っていった。

「真竜の肉ってこんなにおいしかったんですね。初めて食べましたけど、病み付きになりそうですよ」
「そうですね。エルくん、そんな高級食材を取ってきてくれてありがとうございます。こんなサプライズを用意くれるなんて、お姉さんびっくりです」
「いえ、偶々ですよ。レッドドラゴンを倒したら偶然手に入ったので、これなら喜んでもらえるかなって」
「偶然でもその心遣いはうれしいわ。よしよし、エルくんも色んな方面で成長しているのね」
「エミリーさんまで……。からかわないでくださいよ」

 弟分の粋な計らいとお酒の力が手伝って顔を赤らめご機嫌になったエミリーが、エルの頭をぐりぐりと撫で回した。今日何度頭を撫でられたかわからないぐらいだ。どうにも最近スキンシップが多い気がする。
 きっと肉体的接触を好み異常なほどエルを可愛がるアリーシャに触発されての事だろう。まあ、皆が自分の事を本当の弟の様に思ってくれている事がわかるので、嬉しい気持ちはあっても嫌悪感など微塵も抱かったので問題なかったが……。それにしても、皆に代わる代わる撫で回され過ぎると、僕の頭が禿げるんじゃないか、なんて変な考えも浮かんできてしまうぐらいだ。

「しかし、俺達もペースを上げて38階層を攻略できるかって所まできているが、エルの4つ星から5つ星への昇格は早過ぎだな」
「そうね、41階層からはそんなに簡単だったの? 他の冒険者がそんなに早く攻略したなんて聞いた事もないんだけど」
「えっと、それには理由がありまして。実は4つ星になるまでに色々あって、鍛え過ぎていたんですよ。たぶん4つ星になるだけだったなら、1、2ヶ月前に昇格できていたと思います」

 照れくさそうに顔を赤らめながら説明するエルの言葉は、衝撃の事実が含まれていた。ただでさえ攻略速度が早いのに、実はさらに早める事が可能だったというのだ。おそらく原因は定かではないが、3つ星の間に修行や魔物との闘いを繰り返し続け、41階層以降の敵が余裕で対処できるまで成長したという事であろう。その説明なら、まあある程度は得心がいくというものだ。

「それで、理由ってのは何だ?」
「まず武神流には、自分の肉体を気によって剣や槍にする気の武器化という技があるんですけど、その技を実戦で使えるようになるまで手惑って、1か月ぐらい遅れたと思います」
「エルくんはほとんど毎日修行か迷宮探索していますから、その1か月の間に成長したという事ですね」
「はい。それとマリナさんの薬を手に入れるために、アルド神官の伝手を頼って商人に依頼したので、そのお金を稼ぐために39階層に留まり大量の魔物を倒し続けたんです」
「なるほどな。それで極め付けはスタービングドラゴンか?」
「そうです。はるかに格上の真竜との戦いに勝利できたおかげで、一気に成長できたんだと思います。それとあの時はヴォリクスと闘う前の試練として、40階層の守護者を武神シルバ様が定めた数倒さなくちゃいけなかったんです。最後の方が数えてないから分かりませんが、多分3日間で150体くらい倒したと思います」
「150って、またすごいわね」
「なるほどな。それで41~50階層は楽勝だったといいうわけか」
「まあ、理由を聞けば一応納得したかな? よくそんなハードな事をやれたなって思うけど」
「そうですね。私達が同じ事をしようと思ったら、掛る時間は倍じゃ効かないでしょう」

 とりあえずエルの説明を聞いて、短期間での昇格にライネル達は一応納得したようだ。ただ、自分達がやれと言われたら御免被るだろう。そんな苦行の様な行為をするなら、普通に昇格して41階層以降の下層の敵と闘った方が楽だからである。魔物は下層に降りるに従って手強くなるが、その分その身に蓄えている魔素の量は増えるのだ。敵との相性もあるだろうが、いつまでも同じ階層に留まるより、下層の敵と闘った方が成長は早まるというのが冒険者の常識である。

「まっ、エルがそんだけ頑張ったって事だからよしとするか。それで目出度く上位冒険者に昇格したわけだが、やっていけそうか?」
「えっと、上位冒険者に成ってもやる事は変わりませんよね? いつも通り魔物を倒すだけなら問題ないと思います」
「あらっ、はっきり言うのね。51階層からの上位の魔物は今まで以上に強くなるから、闘いも厳しいものになるのよ。ちゃんと理解している?」
「はい、一応理由もあります。下位での経験ですが下層に降ると魔物は強くなるといっても、ちょっと前の階層の守護者の方が強いですよね? 例えば32階層の魔物より30階層の守護者の方が強いって事ですが」
「そうだな。幾ら下の階層の敵とはいえ、直近の守護者よりは弱いのは当たり前だからな」

 エルの推測には説得力があった。迷宮中を隈なく徘徊し、加えて徒党を組み倒す傍から新たに出現する魔物が、いくら下層とはいえ直近の階層を守る守護者より強くなったら、冒険者達はたちまち全滅してしまうだろう。
 神の計らいかどうかは分からないが、転移陣を護る守護者は通常の魔物より圧倒的に強く、ちょっと下層に降りたからといってその強さに及ぶものではないのだ。まあ変異種や 傷物スカー、名持ちといった強力な魔物も時には現れるわけだが、それらを含めても守護者に匹敵する強さを持つためには、かなり階層差が出なくてはならないのだ。例えば、10階層の守護者が31階層の現れる魔物と同程度の強さであるという風にだ。
 そこから判断すれば、エルの意見は的を得ていた。ダムがエルに話の続きを促した。

「それで?」
「それで、僕は赤竜と闘いましたが、正直に言って苦戦せずに倒す事ができました。そこから考えば……」
「51階層以降も問題ないだろうって事だな。たしかに間違っちゃいないな。それにしても、エルも大分考えるようになったんだな。えらいぞ」
「いつまでも無茶ばっかりして、みなさんに心配を掛けていては申し訳ないですからね。僕だって失敗を繰り返さないように、頑張ってるんですよ」
「本当にエルくんは成長してるのね。お姉さんうれしいわ」
「ええ、私もうれしくなってしまいました。ご褒美にぎゅっとしてあげますね」
「えっ!? ちょ、ちょっと!?」
 
 言うや否やクリスが立ち上がりエルの席に近付くと、その豊かな胸でエルを抱きしめた。純白のローブ自体も柔かく、豊満なクリスの双丘の感触がほぼ直に伝わってくる。
 頭を撫でてもらうぐらいならまだいいが、さすがにこれは恥ずかしい。やっぱり最近は、肉体的接触が過多である。嬉しい悲鳴というやつだ。エルは顔を真っ赤にしてじたばた抵抗し出した。

「クッ、クリスさん、またですか? 止めてください。恥ずかしいじゃないですか!!」
「どうしてですか? この間も言いましたが、アリーシャさんにはいつもさせるじゃないですか。私じゃ不満なんですか?」
「いやっ、不満なんてありませんけど、アリーシャさんはどうせ言っても聞かないじゃないですか。もうあきらめているんです!!」
「それなら私の事もあきらめてください。優しい弟はお姉ちゃんの言う事を聞くものですよ?」
「はあっ。エル、あきらめろ。アリーシャにはさせてるんだから、クリスに許さない理由はないだろ?」
「そっ、それはそうなんですけど、やっぱり恥ずかしいじゃないですか」
「はいはい、あきらめたあきらめた。それにしても、クリスどうしたの? 最近本当にエルくんを甘やかし過ぎじゃない?」
「そうですね。アリーシャさんに対抗意識があるのも本当ですが、それと後悔もあるんだと思います。生命の女神セフィの巫女見習いになるのが早かったせいで弟や妹と会える機会がほとんどなく、十分愛情を注いであげられなかったんです。弟達はしっかり成長してくれましたけど、お姉ちゃんらしい事があんまりできなかったのが心残りなんだと思います……」

 慌てふためくエルを胸に抱きながらクリスがしんみりと独白した。暴れていたエルも、そんな事を言われればつい抵抗を止めてしまう。エルを弟と見立てた代償行動であるが、誰がその事を咎められよう。それに代償行動の何が悪いというのだ。そこに確かな親愛の情があり、弟分のエルを思う気持ちに嘘はないのだ。

「クリスさん……」
「エルくんはそうですね、お姉ちゃんが甘えていると思っていればいいんです。他人の温かさを知っておくのも良い事ですよ」
「っ……、わかりました。恥ずかしですが、クリスさんの好きな様にしてください」
「よろしい。聞き分けの良い弟は大好きですよ」

 さらに気分が乗ったのか、エルを胸に抱きつつ慈しむ様に頭や顔を優しく撫で付け始めた。エルは大人しくなると、クリスのなすがままに身を任せた。
 ライネル達は顔を見合わせると頷き合い、語らいを再開することにした。

「とりあえず、クリスは満足するまで放っておきましょ」
「そうだな。まあエルの成長が早いのはわかっていた事だし、次は俺達が40階層に挑む事を考えなくちゃな」
「堅実にいこう。エルに日頃注意しているのに、言っている側の俺達が無理して大怪我でもしたら、それこそ目も当てられないからな」
「そうね。私達の攻略速度も早い方なんだし、焦る必要はないと思うわ。きちんと情報を仕入れて慎重に進みましょ」
「そうだな。それで……」

 その後は、満足して話に加わったクリスやエルを交え楽しい団欒の時間と相成った。何回かエルを肴にからかわれたり猫可愛がりされたりしたが、まあご愛嬌というものだろう。
 それと手の空いたリリも後から加わって、エルにとっては最高に楽しい時間となった。
 絶品の料理に、優しく信頼できる友や仲間達。
 少年の心は喜びと希望に満ち溢れ、時間が過ぎるのも忘れて夜遅くまで談笑を続けるのだった。




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