Labyrinth of the abyss ~神々の迷宮~

天地隆

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第4章

第80話

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「それで、結局あいつ等は何だったの?」
「それがよく分からないんです。余っている部屋が1部屋しかないって伝えた辺りから不機嫌になって、長期逗留するって言うから代金は前払いですよって、説明したら怒り出して……」

 夕食も済み人心地着いた辺りでアリーシャが質問すると、リリがぽつぽつといきさつを語り出した。

「うちは前払いの決まりでどなたでも先に支払ってもらってます、って言ったんですけど納得してもらえず怒鳴り散らすばかりで、怖くなって父さん達を呼んだ所で殴り掛かってきたんです」
「それぐらいで手を出すなんてよっぽどの馬鹿だな。強制退去させられるのが目に見えているだろうに」
「実力も大した事なかったし、おのぼりさんかしら?」
「多分そうだろうな。この時期はそういう馬鹿が増えるからな」
「そうね。大分寒くなってきたし、あそこ……から大勢がらの悪いのが来る季節よね」

 何やらライネルとエミリーが訳知り顔で頷き合っている。事情を知らないエルやアリーシャ達には意味不明である。アリーシャが疑問を浮かべた仲間を代表して質問した。

「どういうことなの?」
「ああ、お前らが知らないのは当たり前だな。ここ以外にも迷宮がある事は知っているだろう? あいつ等はおそらく冬幻迷宮から来た冒険者だろう」

「「「冬幻迷宮?」」」

「この時期になるとそこから冒険者達が大挙して押し寄せて来るのさ」
「冬幻迷宮はカディエス王国っていう西の小国にある迷宮なんだけど、冬になると迷宮の機能が停止し、魔物も宝も出現しなくなるそうなのよ。だから冬の間は迷宮都市アドリウムに来て、神々の迷宮に潜るそうなの」

 ライネルの端的な話を、気を利かせたエミリーが補足して説明してくれた。
 カディエス王国とはこのセレド大陸の西部にあり、海と山々に囲まれ平野部が僅かしかない小国である。塩害や耕地面積の問題から農業には向かず、海の幸や鉱石を輸出する事で足りない食料を輸入し民を養っている小国である。当然、冬幻迷宮から得られる資源も、この国の大事な収入源の1つとなっている。
 ただし、この迷宮は冬になると理由は不明だが迷宮の機能が停止してしまうのだ。そのため、冒険者をはじめとした迷宮に関わって生活していた者達が一時的に出稼ぎに来るというわけである。
 アリーシャ達が知らなかったのはこの都市での生活がまだ2年目であり、優秀であったがため早々に高級宿に移動した事が要因だ。エルにいたっては、まだ冒険者になって1年経っていないので、知らないのも至極当然である。

「なるほど、そういう人達がいるんですね。でも何で冬の間だけなんですか? 何故この都市に居着かないんでしょう? アドリウムは生活し易くて治安の良い、暮らすにはもってこいの場所だと思うんですが……」
「迷宮や冒険者に求められるものの違いだな。それは……、面倒いな。エミリー!」
「はいはい。まずは神々の迷宮なんだけど、私達の敵は魔物であり、それに闘い打ち勝つための純粋な戦闘能力が求められるの。ここまではいい?」
「はい!!」
「逆に冬幻迷宮だと、迷宮のあちこちに罠や危険な仕掛けが勝手に発生するらしいの。宝箱を開けるのにも罠が仕掛けられていて、開けるのでさえ命懸けになるんですって」
「それは、怖いですね」

 ただ強さを追い求め魔物との闘いの日々を送ってきた少年は、迷宮のあまりの違いっぷりに唖然としてしまった。アリーシャ達も神妙にエミリーの話に聞き入っている。

「それに問題なのが、カディエス王国が運営している冒険者ギルドだ。ギルドは迷宮内での諍いを制限していない。つまり迷宮内で何があっても自己責任ってこった」
「!? なっ、何でなんですか?」
「罠で嵌められたりしたらわかんねえからな。それに、冬幻迷宮の宝は迷宮がきちんと機能している時でさえ有限って話だ。冒険者の数が増えたら自然取り合いになる」
「だったら、神々の迷宮に来たらいいじゃないですか。こっちなら冒険者の数がいくら増えようと問題ないでしょう」

 神々の迷宮は発見されて千年近く経ってもなお、未だに未攻略の大迷宮である。冒険者の数が増えいくら魔物を倒そうとも、立ち所に復活し襲い掛かってくるのだ。更には冒険者の人数がいくら増えようと、魔物の数が足らなくなったという話は聞いた事がない。
 まあ、レアモンスター等の希少種の取り合いはしょうがないが……。
 神々の迷宮は多量の冒険者を受け入れるキャパシティを有し、かつセレド大陸一と称されるほどの大迷宮であるのだ。冬幻迷宮の冒険者達を全て受け入れてもなお余るというものだ。
 余裕がないならこっちにくればいいじゃないか。
 そんなエルの考えを、続くエミリーやライネルの言葉が否定していった。

「それでさっき話した冒険者に求められるものが問題になってくるの。冬幻迷宮なら罠の解除や危険な仕掛けの回避方法、それに他の冒険者へのけん制や避け方なんかね」
「冬幻迷宮は50階層までしかない中型の迷宮で、余計な事に気を配らなくちゃならねえ。その他にも原因があるかもしれねえが、ぶっちゃけると純粋な戦闘能力だけでいえばあっちの奴等は弱えんだ。向こうの最上位の冒険者がこっちだと3~4つ星、下手したら2つ星程度の実力しかねえって事もあり得る」
「つまり、あっちでは優秀で稼げていたとしても、神々の迷宮では通用せず収入が減ってしまうのよ」
「さらに言えばこっちは揉め事がご法度だから、あいつ等からしたらこっちの冒険者は強えくせにどいつこいつもお行儀が良くてお高くとまってるように見えるわけだ。そのくせ収入も減るわ、ちょっとしたいざこざだけでも罰せられる。あいつ等がここアドリウムに留まりたいと思うか?」
「……」

 ライネルとエミリーの話を聞けば、当初は人間同士で争うという点で反発を覚えたエルも渋々ながら納得せざるを得なかった。
 ようは神々の迷宮では割に合わない、その一言に尽きるのだ。
 冬幻迷宮での必須なスキルがこちらでは無用の長物であり役に立たない。
 加えて、迷宮に必要な技術の習得や知識や情報を得るために時間を取られ、純粋な戦闘能力はどうしても低くなってしまう。
 そのため元居た迷宮ほど稼げなくなってしまうのだ。
 自分が長年培った技術が通用しない。自分が同じ立場に立ったなら耐え難いものがあるだろう。それで、冬幻迷宮が閉ざされるこの時期だけ出稼ぎに来るのはしょうがないのかもしれないと、エルも一定の理解を示した。
 ただしリリへの暴力は論外であり、あの冒険者達を許すつもりなど毛頭も無かったが。

「リリちゃんも災難だったわね。あんな乱暴な冒険者達なんて会った事なかったでしょう?」
「はい。うちのお客さんは今まで皆さんの様な良識のある方ばっかりだったので……、正直怖かったです」
「ここは大通りに面した一等地で治安が良いからな。あいつ等も普段だったらもっと安くて似た様な奴らが集まる、居住区の隅の歓楽街辺りの安宿に泊まるんだがな……」
「今年は出稼ぎの人数が増え過ぎて、一杯になったのかしらね」

 ここ迷宮都市にも治安の悪い所が存在する。
 その1つが今言った居住区の一番隅、都市の外壁近くに設けられた歓楽街である。
 この都市では誰もが高いモラルを求められ、従わない者、あるいは都市の法に反する者は退去させられるのだが、誰もがいつも品行方正ではいられない。何処かでガス抜きが必要なのだ。
 そのために歓楽街が設けられているのである。酒を飲み浮世の憂さを忘れ、賭け事に興じてスリルを味わい、色事で快楽に耽る、あるいは疑似恋愛を楽しむ。
 ことに冒険者という命懸けの職業は、生存本能を刺激されるせいかストレスも多く、何処かで発散させる必要が出てくる。この都市の大事な収入源である冒険者達に凶状に走らせないためにも、後ろ暗い事も黙認される場所が用意されているというわけなのである。
 冬幻迷宮の冒険者達は、自分達に合った場所を自然と塒としている。今回の様に、大通りにある金の雄羊亭に来た事が異常事態である。リリが今まで粗暴な者達に出会わなかったのも、宿の立地のおかげなのだ。今日の記憶が蘇ったのか、一瞬辛そうな顔になったリリをエルが労わった。

「リリ、怖かっただろう? 僕がもう少し早く帰って来てれば、交渉を代わってやれたのに……」
「ううん。エルには感謝してるわ。殴られるって怖くて目を瞑って震えてたけど、いつの間にかエルが助けに来てくれるんだもの。本当にうれしかったわ」
「そっ、そうかな?」
「ありがとうエル。また助けてくれて。とてもうれしかったわ。でもエルに交渉なんてできるの? 上手くいかなくて結局同じ結果になったんじゃない?」
「うーん……、そうかも」
「あははははっ」
 
 礼を言いつつも、普段と変わりない茶目っ気たっぷりな年相応の笑顔をリリが見せてくれた。ようやく元気が出たかなと、エルはのんきな感想を抱いていたが、他は違った。
 溌剌とした笑顔とある意味ぞんざいな言葉とは裏腹に、エルを見つめる視線は隠しきれぬ信頼と熱い思いが宿っていたからだ。

 リリはエルに恋してる。

 ライネル達にとって周知の事実であった。
 約2ヶ月前リリ達家族を襲った危機に対し、エルは死に瀕してまで強敵と死闘を演じ薬の材料を奪取してきてくれたのだ。もはやマリナの死は免れないかという絶望に見舞われた最中の事である。元々気が合い親友といっても差し支えない間柄であった2人である。
 そこから関係が一歩進んだとしても何ら不思議ではない。
 エルを思う気持ちは態度や言葉に出始めたが、ライネル達は静観したのである。茶化すのは論外であるし、自分達が下手に介入してリリの尊い思いが台無しになってはいけないと危惧したからだ。
 それに、正直に言ってエル自身のせいではあるが、故郷では他人とあまり関わらない生活をしてきたせいで人間関係の機微に疎く、最近になって漸く人付き合いや友人関係を構築できてきたばかりである。そもそも恋というものを理解できていないのだ。

 自ずと理解する感情であるし、他人がとやかく言うべきではない。
 だからこそ2人の今後を温かい目で見守ることにしたのである。
 ただ、この場には新たにその事実を理解した人物がいた。
 そう、アリーシャである。ディムやカーンは分っていなかったが、色恋沙汰に関しては女性の方が敏感なのである。あるいは同じ者に恋したシンパシーからか、リリのエルに向ける瞳を見て、アリーシャは正確にその内情を掴み取ったのである。

「ふーん……」
「? アリーシャさん、どうしたんですか?」
「いや、リリちゃんも大変だったろうけど、今日は私達も大変だったなー、って思ってね」
「そんな事ありましたっけ?」

 ぼけっと呆けた様な顔でまるで鸚鵡返しの如く聞き返してくるエルが可愛くて、アリーシャは笑い声を漏らした。そして徐に立ち上がるとエルに近寄っていく。

「リリちゃん、知ってる? 今日エルはこの宿並みにおっきな魔物、鎧魔生物アーマードゴーレム相手に逃げずに真っ向勝負したのよ」
「えっ!?」
「エル? どういうことなの? 無理はしない、っていつも言ってるじゃない?」
「いっ、いや、無茶したわけじゃないんだ。ちゃんと勝算があったからやったんだ」
「アーマードゴーレムっていったら、固い魔鉱でできる巨大な魔物じゃない。 何してるの!」
「エッ、エミリーさん。本当に勝ち目があったからやったんですよ!」
「……カーン、お前達ならエルと同じことできるか?」
「無理だな。鎧魔生物の拳を受け止めきれずに潰されるのだけだな」
「エル!!」
「エルくん!!」

 アリーシャのパーティで前衛を受け持つ勇猛な戦士であるカーンの否定の言葉を聞いた途端、あちこちから叱責の声が相次いだ。エルを見つめる視線も怖い。また危険な事をしてと、目が口ほどにものを言っていた。
 アリーシャは笑っているだけで、助ける気があるかわからない。焦るエルはなんとか皆に納得してもらおうと拙い説得を試み続けた。

「いっ、1回やってみて大丈夫だと思ったから続けたんですよ。実際に勝ったじゃないですか!」
「それでも無謀な事にはかわりないでしょ? カーンだって受け止められないって言ってるじゃない」
「いっ、いや、本当に受け止められると確信があったんですよ! ほっ、本当ですよ?」
「ふふふふふっ」
「アリーシャさーん、笑ってないで助けてくださいよー」

 情けない声で助けを求めてくるエルの姿を見てさえ、アリーシャは愛しいと感じていた。強く猛々しいエルも好きだが、ちょっと頼りない弟の様な姿も可愛くて仕方なかったのだ。
 自分は相当エルにやられていると自覚してもなお、改めるつもりなど欠片もなかった。それ所かもっともっと好きになっているであろう未来を思い浮かべると、嬉しくて仕方なかった。それでようやくエルに助け舟を出してやる事にした。

「はいはい、そこまで。エルが勝算があったのは確かだし、少しは無理したけど大怪我せずに見事な勝利を収めたのも事実よ」
「でも、カーンでさえ無理って言ったじゃない!」
「だからエルは私達より強くなったのよ。私達より上なら私達のできない事ができても何も問題ないでしょ? ねっ、ディム、カーン?」
「そうだね。エルくんの方が僕達よりもいつの間にか強くなっているよ」
「悔しいがな。事実だし嘘はつけねえよ」

 自分達よりエルの方が上だと、問われたディムもカーンも即答した。
 先ほど悔しいと発言したが、カーンはそれほど無念そうにはしていない。強さを心棒する赤虎族としての矜持もあるだろうし、自分達を凌駕するほどの修行と闘いの日々を送り成長したエルに賞賛の気持ちを抱いていたからだ。少し口惜しくはあるのは事実だが、これから自分達も努力すればいいのだ。相手の強さを認めつつ、自分が更に強くなるために精進すればいいのだ。それが赤虎族の戦士の正しい姿である。
 カーンやディムの言葉や態度を受けると、さすがにこれ以上エルを責めるわけにはいかない。リリやエミリーとしてはもう少しエルの蛮勇を諌めたかったが、渋々と口を噤まざるを得なかった。
 そんな中、アリーシャは艶やかに微笑んだ。普段の快活的な笑顔ではなく、強く性を意識させる様な女の顔になると、エルの後ろに回り抱き締めたのである。

「わわっ!? またですか!」
「すごかったわ。まだまだだって思っていたけど、エルが成長して私達を追い越していく姿が見れてうれしかったわ。私達ももっともっと頑張らなくっちゃって、久しぶりに思えたわ。エル、ありがとう」
「そ、それはいいですけど、離れてくださいよっ」
「だーめ」
「……」

 何時もの様にエルを抱きしめるアリーシャの姿にリリは嫉妬を覚えふくれっ面になったが、一瞬で真顔に戻った。
 エルの背中に豊かな胸をこれでもかと押し当て、困り果てるエルの横顔にほおずりするアリーシャの瞳が僅かな間リリに向けられたのだ。
 彼女の気持ちを悟るのに言葉は要らなかった。
 特別な思いの籠った瞳が潤み、エルを愛していると如実に物語っていたのだ。
 今正に恋をし、同じ人を好きになったリリに分からないはずがなかった。
 そしてアリーシャもまた、リリが自分のエルへの思いを理解した事を悟ったのである。
 アリーシャはエルを抱きしめていた腕を解くと、すくっと立ち上がり常と変わらぬ活力に満ちた陽気な笑みを浮かべた。

「リリちゃん、ちょっと2人でお話ししようか」
「……はい」
「ちょっ、ちょっと、アリーシャ!?」
「アリーシャさん?」

 あっさりアリーシャの申し出を承諾して椅子から立ち上がったリリの冷静沈着な態度は逆に、周りの方が慌てだした。エミリーやクリスが驚いて立ち上がり、ようやくアリーシャの束縛から逃れたエルも疑問を呈した。
 そんな周囲の驚愕を他所にアリーシャも落ち着き払っていた。諍いを起こすつもりがない事を言外に態度で示している。そしてわくわくした楽しそうな口調で話し出したのである。

「何も心配いらないわ。ちょっと2人で確認というか、女同士の話しをするだけよ。ねっ、リリちゃん?」
「はい、そうです」
「そうなの?」
「そうよ、女だけの秘密のお話。だからエルは終わるまで待っていてね」
「はあっ……」

 困惑し顔中に疑問符を浮かべたエルに向けてひらひらと手を振ると、アリーシャはリリを伴い人気の少ない壁際に連れだって移動していった。

 他人に聞かれず2人だけで話せる場所に移動し終えると、アリーシャはリリに振り返り真っすぐ見返した。その顔は怒っているわけではなく真剣ではあるが、どこかわくわくとして楽しそうな雰囲気を醸し出していた。リリの方は緊張しているようだが、それでもアリーシャを真っ向から見返していた。
 そんなリリの様子に満足そうに笑うと、アリーシャは口火を切った。

「わかっているだろうけど、私はエルの事が好きよ。自分の夫にしたいくらいにね」
「私も、エルの事が大好きです」

 物おじせずに正面から瞳を見返し正直に自分の気持ちを吐露するリリが可愛くて、アリーシャはコロコロと子気味良さそうに笑った。
 そもそもアリーシャはリリの事を嫌っていない。
 むしろ幼いながら率先して宿の手伝いを行い、病弱であった母の代わりを務める姿は好意しか抱かなかった。
 それにエルとの掛け合いは端から見ていても微笑ましかった。
 闘い以外の事がてんで疎いエルに対し、お姉さんぶって色々世話を焼くリリの姿は可愛くて仕方なかったのだ。我慢できなくなって抱きしめては、怒られる事も何度もあったほどだ。
 つまる所、アリーシャはリリの事を年の離れた妹のように思っていたのだ。自分が末子である事から弟妹が欲しく、元気で愛くるしく働き者なリリを可愛がっていたのである。
 エルを分け合ってもよいと思うほどに、リリの事を好ましく感じていたのだ。

「リリちゃんさえ良ければ私は一緒にお嫁にいってもいいわよ。まあ、正妻の座は譲らないけどね」
「……」

 あっけらんと提案してくるアリーシャの姿は堂々としたもので、逡巡し気おくれした所など欠片も感じられない。リリにはその姿が眩しくて仕方なかった。

 アリーシャ。

 最上位冒険者として名を馳せた赤虎族の長の娘であり、本人も稀有な才能を有する戦士だ。迷宮都市に訪れてまだ2年経たないというのに6つ星にまで昇格している事からも、彼女の非凡さの一端が窺い知れるだろう。ライネル達から聞いたが、アリーシャ達は若手の中でも早くも一目置かれた有望株として注目を集めているらしい。
 それだけではない。燃える様な深紅の髪にやや浅黒い肌、長い手足に豊満な胸、そしてくびれた腰など、親しみ易く実はちょっと子供っぽい性格に反して、彼女は成熟した女性の魅力を兼ね備えているのだ。女性なら誰もが羨むであろうプロポーションを有しているといった方が正確だろう。
 十代前半で背も小さく、第二次成長の途中の少女という言葉が似つかわしい自分とは比較にもならない圧倒的な差である。いや、例え成長したとしても、アリーシャの素晴らしい肉体には並ぶ事さえ叶わないだろう、自然にそう思えてならなかった。

 また、アリーシャは普段からエルや自分を弟妹として扱い可愛がってくれる。時には構い過ぎで逃げ出したくなる事もあったが、姉弟のいない身としては新しい姉ができたみたいでうれしかった。戦場では全てを灰燼に帰す炎の化身の様な存在だそうだが、リリの前ではスキンシップを好む優しく姉であったのだ。リリもアリーシャの事が大好きだった。
 そんな彼女からの提案は正直驚愕したが、それと同時に嬉しくもあった。

 甘美な誘惑といって良いだろう。
 自分さえ我慢すれば誰も不幸にならない。今までの関係が壊れずにより発展したものになる。
 そんな未来を夢想すると、それでも良いのではないかと頷きそうになってしまったほどだ。
 だが、リリはアリーシャの提案を受け入れられなかった。
 自分の中にある想い。彼女に嫌われる結果になろうとも、自分の想いを今ここで口にしなければならないそう思えてならなかったのだ。
 そうでなければ、赤裸々に心情を語ってくれたアリーシャに申し訳が立たないではないか。
 よしんば、彼女の提案通り家族になる未来になったとしても、自分の意見を言わず流されるだけでは何時か壊れてしまうに違いない。それにそんな弱い女はエルのためにならないし、アリーシャが妻と認めてくれるとは到底思えなかったのだ
 リリは意を決っすると、アリーシャの金色の瞳を真正面から見据えながら、ゆっくりと自分の想いを口に出した。

「私はっ、エルに私1人だけを見て欲しいです」
「……それがどういう意味かわかってる?」
「私の、我儘だとわかっています。エルはこれからもっともっと強くなっていきます。最上位冒険者に駆け上がり、どんどん有名になっていくでしょう。英雄だって夢じゃないかもしれません……」

 自分の恋した相手は優秀だ。優秀過ぎるといっても過言ではない。
 1年も経たずに上位冒険者への昇格は、ここ数十年ではなかった大記録だそうで、話してくれたライネルのまるで我が事の様に喜ぶ様が印象深かった。
 この記録は優秀なアリーシャ達でさえ霞んでしまうほどのものだ。
 そんなエルを周囲の女性が放っておくだろうか?

 いや、そんな事はありはしない。

 王侯貴族に代表されるように一夫多妻が罷り通る世の中なのだ。街の有力者や大商人、田舎でも村長や豪農等でも当たり前に行われている。
 力ある者は全てを手にできる世界なのだ。
 最上位冒険者ともなれば引く手数多であり、どの国でも貴族として迎え入れられる程の功績である。将来有望で既に一角の成功を収めているエルが、自分の好んだ女性達を娶るのはむしろ自然な流れだろう。
 それに加えて、部族の長の娘であるアリーシャの家でも何人もの妻がいたに違いない。それゆえ先ほどの様な提案が何の臆面もなく出てきたに違いない。彼女にとって一夫多妻は当たり前の事なのだ。

 だが、平凡な街娘である自分はどうだ。
 一夫一妻が常識であり、苦楽を共にしながら寄り添う様に助け合って生きてきた両親の背中を見て育ったのだ。自分の考えとはかけ離れた価値観にはどうしたって抵抗を覚えずにはいられない。
 それに、唯一人の夫を愛し、唯一人の妻である自分を愛してもらう事こそが、街に暮らす者達の当たり前の幸せなのである。
 リリは自分の思い描いてきた幸せの形をどうしても求めずにはいられなかったのだ。

「エルには力があります。多くの女性を妻にしても許されるだけの大きな力が。アリーシャさんに一緒に妻になる事を持ち掛けられた時は、正直うれしかったです」
「それならっ」
「でも! でも、私は一般的な家庭に生まれた、平凡なただの町娘です。一夫一妻が当たり前で、ただ1人の人に愛し愛されるのが幸せなんだって育ってきました。一夫多妻は遠い世界の話で私には縁のない事なんだって、そう思って生きてきたんです」
「リリちゃん……」
「せっかくアリーシャさんが提案してくれたのにすいません。それにエルの選択肢を減らすようで悪いとは思っています。だけどっ、だけど、エルには私だけを愛して欲しいんです!」
「……」

 ありったけの想いを、自分の思いの丈を全てぶちまけた。
 それは町娘として平凡な家庭に生まれた者が抱く、ごく当たり前の夢。
 アリーシャとは、一夫多妻が普通である高貴な者が見るのとは異なる小さな夢。
 無言で見つめてくるアリーシャの沈黙が不安を助長させる。
 今までの実の姉妹の様な関係が壊れてしまいそうで、怖くて仕方なかった。
 だけど、そんな危険を冒してでも自分の想いを伝えねばならなったのだ。
 自分という人間の考えを理解してもらうために。 
 そして、恋敵になった自分に真摯に心の内を打ち明けてくれた彼女に応えるために!
 だが、そうはいっても彼女との関係が変わるのは怖かった。
 互いの瞳を見つめ合いながら続く静寂が緊張を強いる。
 気を抜けば目が霞み涙が溢れそうになる。元気が取り柄な自分には似つかわしくない弱弱しい姿だ。
 不安で情けない顔になりそうになったが必死にこらえ見つめ続けた。
 どのくらい続いただろうか、やがてアリーシャは大きく息を吐き出すと破顔し近寄ってきた。
 そして、優しく包み込むようにリリを抱きしめ、耳元に優しく言葉を掛けてくれた。

「リリちゃんは強いね」
「そんなっ、私が我儘なだけです」
「ううん、そんなことないよ。自分の幸せを求めるのは当たり前の事でしょう? それに価値観の違いを私に理解させてくれるために言ってくれたのよね? 言われるまで気付かなかったわ」

 アリーシャの優しい声音と彼女との関係が壊れなかった事の安堵から、リリは言葉が発せられなくなり、アリーシャの胸に顔を埋めて静かに嗚咽を漏らした。
 そんなリリの背中を優しく撫でながら、妹の様に思っていた少女の芯の強さにアリーシャは感じ入っていた。この様子なら、自分の発言によって仲違いする可能性がる事もわかっていたのだろう。
 それでも、はっきりと目を見返しながら自分の考えを言ってくれた。
 一夫多妻が常識の自分とは違う、一夫一妻こそが幸せだという彼女の考えを。
 そうだ、生まれによって考えや価値観が異なるのは当然の事なのだ。
 幸せの形だって千差万別である。
 その事を改めて気付かせてくれた彼女には感謝の念しかない。
 今まで以上にリリの事を好ましく思えた。
 そして、妹からエルに取り合うに相応しいライバルに認めた瞬間であった。
 しばらくして泣き止み顔を上げたリリに対し、悪戯っ子の様な顔で宣言した。

「ふふふっ。それじゃあ、これから私達は恋のライバルね。負けないわよ?」
「!? 私だって負けませんよ!」
「どうかしらね? 私は欲張りだからエルもリリちゃんも欲しくなってきちゃった。私が勝ったらリリちゃんも幸せにしてあげるから楽しみにしてなさい」
「私が勝つかもしれませんよ? どちらが勝ってもうらっみっこなしですからね」

 ようやく調子が出てきたのかアリーシャに負けじと、リリが勝気なセリフを吐いて軽くにらみ合う。
 といっても見せかけだ。長く続かずどちらともなく笑顔になると笑い合った。
 リリは改めてアリーシャの度量の広さに感心し、彼女との出会いを感謝した。

「まあ、でもすぐに決着はつかないだろうけどね」
「相手がエルですしね」

 そう、自分達が恋した相手はまだ恋を知らない少年なのだ。
 朴念仁というより成長が遅く人間関係が希薄であったがために、15にしてやっと友との付き合いを覚えた少年である。恋愛相手としたら、初心者以前のまだ舞台に上がっていない様な存在である。

 でも優しい。
 そして強い。
 一緒にいると楽しくて、何時までも共に笑い合っていたい。
 
 そんな少年である。
 エルの心が成長するまでは、争いを起こしても意味を為さないに違いない。
 こればっかりはじっくり時間をかけるしかない。他人がどうこうできる問題ではないのだ。
 リリは軽く息を吐き出した。
 アリーシャも同様の結論に至ったようで嘆息し、苦笑しながらリリを見返してくる。

「それに、私の夫として父さんを納得させるためには、最低でも最上位冒険者になってもらわなくちゃならないわ。まっ、どちらにしろ先の話ね。今すぐどうこうできるものじゃないわ」
「大変ですね。最上位冒険者なんて願ってもなれるものじゃないですし、エルじゃなかったらなるって言っても信じられないですよ」
「まあね。でも、エルなら信じられる。そうでしょう?」
「はい!」

 気持ち良いくらいきっぱりと断言したリリの姿に、アリーシャは愉快そうに笑い声を上げた。
 リリも彼女につられてクスクスと笑い出す。

「まっ、気長にいきましょ。急いでもいいことないわ」
「そうですね」
「あっ、それと、今後もライバルが増えるでしょうけど、半端なのは認めないからね?」
「私も、打算や私利私欲じゃなくて、エルの事を本当に想える相手しか認めませんよ」
「よろしい。まっ、未来はどうなるかわからないけど、私達は仲良くしていきましょう」
「はい!!」

 アリーシャが伸ばしてきた手をリリが取り、また笑い合った。
 彼女達の仲はより一層深まり、エル達の所に戻ってもまるで本当の姉妹様な親密さに誰もが目を瞠るばかりであった。
 エルが驚いて質問しても2人は笑うばかりで答えてくれず、謎が深まるばかりであった。
 何にせよ仲が良いのは良い事だろうと単純な少年は判断すると、楽しそうに声を上げる2人や多くの仲間と共に昼間の憂さを忘れて心地良い時を過ごすのだった。





 
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最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

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異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

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