『神託』なんて、お呼びじゃない!

温風

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間章 ◯◯◯◯

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 燃える村。誰もいない家。土足で踏み躪られた人形。
 村を留守にしたのは、たった半日程度だった。
 たった半日の間に村は滅び、父も母も弟も……みんなみんな、消えてしまった。十四歳の秋の日だった。

 あの日から五年近くの歳月が流れた。消えた家族の手がかりを求めて海を渡り、異国の言葉を習得し、名前も異国風に改名した。


 王都の外れ。狭苦しい下宿部屋に戻ると、懐から文を取り出した。
 糸のように細く捻じられているのは、鳩の脚に忍ばせていたためだ。蝋燭に翳して焼却しようとしたが考え直し、また懐に戻す。
 鳩で届いたのは『長官に渡す資料をすり替えろ』という伯爵からの指示だった。自身の悪業の隠蔽に必死なご様子だが、バレるのは時間の問題だろう。王宮でも何人かの文官が伯爵領について調査している。そうなるように仕向けておいた。

 腐った貴族に仕える日々も、もうすぐ終わる。
 ただ、あの人に『鳥』を見られたのは失態だった。

「嫌だなあ。パヴェルさんには恨まれるだろうな」

 でも仕方がない。罪深いのは彼だ。無理だと断ったのに、勝手に姿を描いたのだから。

「ちゃんと忠告したんだけどね」

 作り付けの棚に、パヴェルから奪った絵筆とペンが転がっている。当初はさっさと燃やすつもりでいたが気が乗らず、放ったままにしている。
 パヴェルが見せてくれた素描は素晴らしい出来だった。驚くべきは彼の観察眼だ。

「『経文』まで描くかな、普通……」

 故郷では『鳥』と言えば『鳩』を指す。
 鳩というのは島国の民にとってそれだけ身近で愛すべき鳥だった。
 鳩を仕込んで伝令に使う技は、故郷の島国特有のものだ。
 この国の王宮にも鷹や鷲など大型の猛禽は飼育されているが、王侯が狩りに出かける時にだけ帯同させる飾りのような存在だった。鳥を通信に使うという発想がないらしい。
 鳩につけた飾りには、お守り代わりに母国語の『経文』が織り込まれていていた。大事な鳥が、往復の道のりを無事に帰って来れるようにと願いを込めたものだ。文字体系が違うから、この国の人には謎の記号にしか見えない。
 でもパヴェルは、一度遠目に見ただけの文字を、ほぼ正確に線描していた。恐ろしい才能の持ち主がいたものだ。

「……『立つ鳥跡を濁さず』なんて言うけど、そもそも僕、清らかな身の上じゃないし」

 研いだ刃の鋭さを指先で確かめてから鞘に収めた。後戻りはできない。文官見習いのヨナシュという仮面とは今日でおさらばだ。

「失敗すれば、ウミノモクズだなあ」

 ただし、あの花のような白い泡になって散るのは、家族の敵を破滅させたあとだ。
 精神を落ち着けるため、一度瞼を閉じた。
 眼裏に浮かぶのは幼い弟の顔だ。『ぼくもつれてってよ、にいちゃん』と無邪気に甘える弟。その腕を自分は無情にも振り払った。あれが最期になるなんて、思わなかったから。

「ごめん、ごめんね……。兄ちゃんは必ずやり遂げるから」

 強い意志を込めて、瞼を開ける。
 誰もいない部屋。作り付けの家具があるだけで、私物は極端に少ない。それでよかった。もう帰ってはこない部屋だ。

 下宿屋の扉を開けて、ヨナシュは賑わう王都の景色に姿を消した。

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