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ユレネ編

17.緊急クエスト!?※R18描写なし

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「どうぞ」
「ありがとうございます」
 ソファに座ったミルラに陶器のカップに入れたお茶を渡して、セナはテーブル側の椅子に座った。
 あの後、結局そのまま泊まったミルラは、朝になってセナの勧めでシャワーを浴びた。今は湯上りの血色のいい頬を晒し、バスタオルで濡れた髪を包んでお茶を飲んでいる。まだ数回しか着ていないセナのパジャマを身に着けた姿は、元カノのお泊りを思い出させて気恥ずかしい。ミルラは男だし、恋人でも何でもないのだが。それに昨日散々乱されたのは自分だし、未だじくじくと疼きを訴える乳首はミルラが好きなだけ弄繰り回したのが原因だ。
「あ、あーのぉ……朝ごはんはどうしますか?」
「私朝は食べないんです。もうすぐ出勤の時間なので、着替えたらギルドへ行きます」
「そうですか」
「セナさんは今日もクエストですか?」
「そうですね。いつもと違うクエストに挑戦してみようかと思います」
 ミルラのおかげで、と言っていいのかどうかは悩むところだ。とにかくMPもだいぶ補充できたことだし、少し難易度の高いクエストもこなせそうだ。
「ミルラさんはいつもどういったお仕事を?」
「主な業務は冒険者の鑑定です。ギルドのサブマスターの役職もありますので、事務方は私が取り仕切っています。とはいえ、うちはそれなりに優秀なメンバーがいて私がするのはランクに見合っているか確認して承認するだけ、後は雑務を少々」
 カップを置いたミルラがバスタオルを外して髪の毛を拭き始める。柔らかなピンク色の髪は濡れたせいか少し彩度が落ちて暗く見えた。丁寧に水気を拭い去っていくミルラの手は、よく見ると爪先にも薄いピンク色が乗っている。
「ミルラさんは……どうしてその、」
「女性の格好をしてるんですか?ですか」
「あ、あの、差し支えなければ……!」
「よく聞かれますので構いません」
 とんでもなく失礼なことを聞いてしまったのではないかと慌ててセナは付け加えるが、にっこり笑ったミルラは特に気にした風もなく答えた。
「だって可愛いでしょう」
「え」
「私、可愛いくないですか?」
「あ、はい!可愛いです!」
 確かに、ミルラは可愛い。奇抜な髪の色を除けば、セナの現代日本でも十分な可愛さだ。丸くて小さな頭、ぱっちりした二重の垂れ目は長い睫に縁取られて程よく大きい、ツンと尖った小ぶりな鼻先、ぷっくりした艶々の赤い唇、細くて折れそうな首筋も、守ってあげたくなるような華奢な肩のラインも女性と見紛うようだった。実際、服を脱がなければセナはミルラが男だと気づかなかっただろう。
「でしょう?だからです。私の見た目なら、男より女の格好をした方がより可愛いので」
「……、確かに?」
 つまりは単純な趣味という事だ。
 指先から温風を出して髪の毛を乾かしたミルラは、躊躇いなく服を脱ぎ捨てて昨日のブラウスと紺色のタイトスカートに身を包む。髪は下ろしたままだったが、艶やかに纏まったそれは彼の体に沿って柔らかく曲線を描いた。
「そろそろ行きますね。セナさん、ありがとうございました」
「いえ!お構いもしませんで!」
「……ふふ、とんでもない。昨日たっぷりお構いしてもらいましたから」
 目を細め、口元を緩めていやらしく笑うミルラに、セナがギクリと身を強張らせる。その反応を一頻り楽しんだミルラは、あっさりとセナの家を後にしギルドへ向かって行った。



 事は、セナがクエストを終えて帰ってきた夕暮れに起こった。本日のクエスト、森の奥に自生する木に寄生する虫の捕獲を済ませたセナがカウンターで報告を行っている時だ。
「あら、生け捕り。すごいですね」
「え、生け捕りじゃないんですか?」
「これ、うっかりすると人間にも寄生しちゃうの。初心者の人はみんな殺してくるわ」
「おぉ……ん?」
 顔を青くしながら中の寄生虫が蠢く袋を手渡したセナはふと、外が妙に騒がしいのに気付く。人の怒号や悲鳴、大勢の足音が聞こえてきた。少し間があって乱暴にギルドの扉が開かれ、緊張がギルド中に広まった。
「誰か!ゼガイさんを呼んでくれ!治癒士も!早く!」
 大柄の男性冒険者が、両肩に二人ほど細身の人を担いでいる。男性本人も傷だらけ、頭にも怪我を負っているらしくそれをボロキレを巻いて止血していた。担がれた二人は意識が無いのか、ぐったりとその身を預け切っていた。
「セナさん、ちょっと待っててくださいねっ」
 受付嬢は身を翻してカウンターの奥へ消えていき、奥からすぐに数人の職員が駆け出してくる。手に手に道具を持っている事から、すでに事態は把握しているようだった。カウンター前に寝かされた二人は、一人が灰色に黄土色の縁取りをしたローブを纏った女、もう一人はショートソードを携えた男だ。 女の方は一見して外傷は少ないようだが顔色は悪く、ローブのあちこちが切り裂かれて肌が露出している。男の方も顔色は同じように悪く、全身血塗れで特に脇腹に深い傷があるらしく布を巻きつけてはいるが未だ出血は止まっていないようだった。
「意識は?」
「ない。一人は魔力切れ、一人はどてっぱらを抉り取られてる」
「わかりました。こちらで引き受けます。あなたは?」
「俺はまだ大丈夫だ。ゼガイさんに事情を話したい」
 手際よく女に薬を飲ませ始めた職員の横で、別の職員が男の腹に巻き付けられた布を切り取っていく。野次馬根性を出して覗いたセナは、内臓がはみ出しかけている傷口を見てしまった。
「う、わ……」
 思わず顔を背けるセナを他所に、職員は傷口を見分しながら魔法の詠唱を始める。緑色の強い光が職員の手元から発せられ、男の傷に当てられた。だが傷がすぐに塞がるという訳でもなく、更に別の職員が男の口元に薬を流し込んでいる。女の方は応急手当てが終わったのか、ギルドの奥へ運ばれていった。
「どうしたぁ?随分物々しいな」
「ゼガイさん!」
 外から戻ってきたらしいゼガイは、ギルド内の様子に少し驚いていたが大柄の男性冒険者が駆け寄るとすぐに表情を引き締める。ちらりと怪我人に目を走らせはしたが、もう動揺は微塵も感じられなかった。
「ユレネの洞窟に魔人が出ました」
 その言葉に、ギルド内が一瞬静まり返る。次の瞬間どよめきが一気に広がりパニック状態になった。クエストボード前にいた冒険者たちも、飲食スペースで食事をしていた冒険者も口々に何かを喋り怒鳴るため何も聞き取ることはできない。なぜか我先に逃げ出そうとギルドの出口へ駆け出した冒険者につられるように、他の人々も出口へ殺到していく。かろうじてギルドのカウンターにいたセナはその人の流れに巻き込まれることはなかったが、屈強な男たちの多い冒険者が一斉に動き出すのは恐ろしささえ感じる勢いだった。
『お静かに!!』
 響き渡ったその声は、魔法で大きくしてあるのか誰の耳にも正確に届いた。声の出どころを振り返ると、ギルドの関係者出入口の前にミルラが立っていた。朝会った時とは違って、髪は三つ編みに結わえて後ろに垂らしている。普段のにこやかな表情が嘘のように、深刻な表情を浮かべていた。
『Cランク以上の腕に覚えのある者以外は立ち去りなさい。誇りある冒険者として、相応の動きを心がけるように。ギルドより緊急クエストが出る可能性があります』
 ミルラの誘導で、ザワついた面々は二手に分かれた。ギルドを出て行く連中と、居残る面々だ。居残りの面々は食事スペースにて席に座り、待機するようだった。回復や治療の手段を持つ数名は、怪我人の手当てを申し出ている。
「セナさん」
 自分は駆け出しのEランクだし、この場にいてもできることはないだろうし今日の所は出直そうと足を踏み出した瞬間、ミルラに声をかけられた。少し苦い顔をしたミルラが、振り返ったセナに言葉を続ける。
「セナさんにも協力をお願いするかもしれません。スキルの力です」
「あ……、あぁ」
 有事の際は、冒険者がギルドにスキルを提供する事があるというのは聞いていた。今も、他の冒険者が怪我の手当てを自分のスキルを使って行っている。だがセナに置き換えると、それは体液を見知らぬ他人に提供するという事だ。
「ユレネの町には、Bランク以上のパーティーは常駐していません。魔人は非常に強い魔物の上位種です。Aランクの冒険者が相手をすることがほとんどで、生まれたての魔人であってもBクラス相当です。洞窟の魔素濃度は一気に上がり、放置すれば魔物の大量発生が起きる可能性も……」
「わ、わかりました。俺も、できるだけ協力します」
「ありがとうございます。すぐに緊急クエストの段取りを整えます。あちらでお待ちください」
 飲食スペースを示されて、セナは人で込み合うスペースへと移動する。空いている席はないかと見渡していると、クロエネダのメンバーが見えてそちらへ近づいた。
「お、セナ。お前Eランクだろ。ここにいていいのか?」
「いやあ、ミルラさんにスキルの提供があるかもしれないって言われて。皆さんは参加するんですか?」
 ウィルが席をズレてセナの座る場所を空けながら聞いてくる。腰かけながら答えたセナは、あー、という顔をされて苦笑いを返してから尋ねた。返事はあまり芳しくなく、テーブルに頬杖をついたルーシャも眉間にしわを寄せていた。
「そうね……」
「俺たちはゴルシュもいない。3人での魔人討伐っていうのは難しい所だな」
 腕を組んだロコが言い、ウィルとルーシャは頷く。ゴルシュは怪我の治療で治療院にいると聞いていたが、セナが思っているような魔法で一瞬にして怪我が治るという都合のいいことはなさそうだった。先程の脇腹を抉られたという男も、ようやく止血が終わって今運び出されていく所だ。
「回復魔法とか、薬とかってどんな感じで効くんですか?こう、すぐにパッと治るものではなさそうですけど」
「そうだな。薬も魔法も基本的には怪我の治りを促進するものだ。本来の治癒スピードを速めるのだから、本人の体力や魔力は大幅に消費する。切り裂かれた部分を塞ぎ、止血しても血が戻るわけでもない。しっかりとした休養は不可欠だ」
「そういう……」
「内臓の再生にはさらに時間がかかる。再生が終わるまで止血はするが傷は塞げないし、塞ぐまでに体力や魔力が尽きれば死ぬ。塞ぐところまでは生きていたとしても体力魔力が回復するには時間がかかる、そのまま死ぬ奴もいる」
 割とシビアな回復事情に何とも言えなくなっていると、ロコがビシ、とセナの顔を指さしてくる。思わずその指先を見つめてしまったセナに、ロコが続けた。
「そこで、お前の体液だ。疲労回復の効果がある。与えれば多少手助けになるだろう」
「え……いやでも、怪我人に……そんな無体な」
「無体?体液を与えるだけだぞ」
 そう言われても、怪我をして意識のない人間に自分の精液を飲ませるなどセナにはできそうもない。自分で扱いて出すにしたって、非道な行為に思えてしまう。
「いやだってその、体液ってほら、ね」
「血液でも唾液でも尿でも何でもいいんだ。別に精液だけじゃない」
「あ……」
 キョトン、とした顔のロコに、セナは自分の勘違いに気づいて恥ずかしさに顔を真っ赤にする。隣で会話を眺めていたルーシャがにやにやと顔を歪ませながら、セナの肩を小突いた。
「あらぁ?セナったらステータスアップの体液=精液だって思いこんでるのかしらぁ?」
「や、その……効果が一番高いって聞いてて、ぇえーとぉ」
「ふふーん?」
「あんまりいじめてやんなよ。まあクエストが出るまではしばらく待機だしな」
 ウィルの呑気な言葉に、一同頷く。ルーシャが追加の料理や飲み物を注文しに行く背中を見送り、セナは床の血溜まりを掃除している職員たちに視線を向けた。ゼガイにもミルラにもクロエネダのメンバーにも散々注意はされていたが、やはりクエストには命の危険が伴うと実感させられる。
 初クエストでスライムに不意打ちから襲われたのも、自分でなければ捕食されていた可能性は十分にある。あのまま消化液で溶かされて食われていたかと思うと、背筋がぞっとする。対岸の火事と思わずに気を引き締めなければ。



 夜になってから、ようやく緊急クエストが発表された。緊急クエスト:ユレネの洞窟に新しく現れたダンジョンマスターを調査せよ、だ。勿論討伐しても構わない。クエストの受注カウンター前に立ったゼガイが、大きな声でクエストの発注を宣言した。
「新しいダンジョンマスターは魔人。被害者の話だと緑色の肌をした男性型だ。属性は土、水、風のどれかの可能性が高い。言語を理解していたかは不明。魔力を吸い取られていることから、ドレインが使える様子だ。クエストの開始は明日朝。報酬は情報の重要度で決まるが、討伐で金貨500を予定している。状況によってはランクアップも検討する」
 ゼガイが逃げ帰ってきたパーティーから聞き取った情報が、口頭で伝えられる。途端、他の冒険者たちが口々にパーティーごとに相談を始めてギルド内は一気に騒がしくなった。クエストに参加するか、しないか。自分たちの戦力と照らし合わせて方針を決定し、決まった者たちから立ち上がって出て行った。
「き、金貨500?」
「正体不明の魔人だからね。初見で倒した人間に報酬は弾んでもらえるの。今後情報が多く手に入って正体がわかれば少し下がるかも」
「どうする。ウィル。ランクアップがかかってくるぞ」
「あー……、あれ多分俺らに向けて言ってたよなあ。こっち見てたもんなあ」
 そうだ。ランクアップの話をしていた時、ゼガイはクロエネダのメンバーの方を見ていた。このクエストで何か功績を残せばランクアップも可能なのだと示している。
「ん゛ーーーー……」
「いつまでもこの街にいるわけにはいかないでしょ」
「あぁ。そうだな」
「Bランクに上がればもっといろんなクエストが受注できる」
「そうだよなあ……」
 ごん、とテーブルの上に突然ゴブレットが置かれ、全員が顔を上げた。普段着姿のゴルシュがそこに立っていて、驚いたウィルが立ち上がる。ゴルシュはいつもの重装備こそ身に着けていないが、包帯が巻かれていることもなく一見して元気そうだった。
「ゴルシュ!?怪我はもういいのか?」
「うん。大丈夫。もう治った」
「でもお前……」
「大丈夫。僕たちはもうCランクになって長い。これを逃すとまたしばらくランクアップのチャンスが無くなる。行こう、ウィル」
 力強いゴルシュの言葉に、ウィルは少し悩んでいたが頷いた。ロコを見てルーシャを見て、自分のゴブレットを手に取ってゴルシュのそれにぶつけた。
「よし、行こう」
「それでこそアタシたちのリーダーね」
「行くからには実績を残すぞ」
 ルーシャとロコも自分のゴブレットをぶつけ、四人は一気に杯を空けた。ウィルはすぐに人のごった返す受付カウンターに向かってしまい、彼らも各々片づけを開始する。手早く食器をまとめたルーシャがそれを食堂カウンターへ持っていき、残ったロコが荷物をまとめている。
「セナはもう少し残るのか」
「一応、ゼガイさんに声をかけてみようと思います」
「そうか。俺たちは明日に備えて一度宿に戻ることにする」
「そうですか。……あの、お気をつけて」
 少し驚いた顔でセナを見たロコは、僅かに視線を逸らしてから頷いた。先程の慌ただしい惨状と怪我をした冒険者二人の姿がクロエネダに重なってつい口をついて出た言葉だったが、ロコが照れていると遅れて気付いたセナもどこか気恥ずかしくなり視線を逸らした。
「危険な仕事なのは分かってるんですけど……、その、あんまり無理せず、って言ってもすごく強い魔人だったら、無理しないとあれかもなんですけどっ、ケガもなるべくしないように……っ」
「ふっ……、分かった分かったから落ち着け」
 慌てて余計なことをさらに口走ってしまい、ロコが噴出して笑った。
「セナ、ちょっといいか」
 ゼガイに呼ばれ、セナは人混みをすり抜けながら受付カウンターへ向かう。クエスト受注に大忙しの受付嬢を横目に、ゼガイと共にカウンター横の関係者入口を通り抜けた。廊下を通り、ギルドマスターの部屋へ入るとソファへ座るよう示される。
「悪いなバタバタして」
「いえ」
「これは途中だった今日のクエストの清算だ。生け捕りとはよくやるじゃないか」
「ありがとうございます」
 テーブルの上に置かれた報酬を受け取り、クエスト受注時に教えられた報酬より多いのに気付く。生け捕りの成果であることはすぐに分かって、ほくほく顔でポケットにしまう。
「で、だ。お前も知っているかもしれんが、このユレネの町の周囲ではそれほど強い魔物は出ない。クエストも難易度の高いものはほとんど無いし、街にいる冒険者はほとんどCランク。Bランクのパーティーが1組いるだけだ。別のクエストに出ていて、まだ帰ってきてない」
「はい」
「……、本来であればクエスト達成の可能性が高いBランクパーティーにセナを引き合わせ、ステータスアップしてからクエストに出発するのが望ましい」
「はい……」
 ふーー…、とゼガイが長いため息をついた。険しい顔のまま、眉間を指で挟んで解している。上司がこんな顔で仕事してたなとふと思い出して、つられて重い気持ちになった。
「だが、だ。Bランクのパーティーをお前に紹介するには、不安がある」
「ふ、あん……、と言いますと」
「アイツらはクロエネダと違って素行が悪い。いや、冒険者というよりは傭兵だな。ダンジョンに潜るよりは、護衛か人相手の仕事を主にしている。今回もクエストに参加するかは微妙なところだ」
「っでも、俺のスキルが必要なんですよね。なら……!」
「問題はその後だ。味を占めたソイツらからお前さんが自分で身を守れるか?」
 勢い込んで前のめりになるセナに、ゼガイは首を横に振る。続けて言われた言葉に、セナは言葉に詰まった。身を守る術が逃げる一択しかないセナは、仲間であった冒険者に悪意を持って捕まえられたら抵抗する術はない。
「それは……」
「この世界でステータスアップというのは誰もが喉から手が出るほど欲しいものだ。通常ステータスを上げるには時間も経験もかかる。それが一時的とはいえ一瞬だ。誰だってお前さんを離しゃしないだろうな」
「いやでも俺は男ですし、こんなおっさんですし」
 セナの感覚からすれば、見目が良いわけでも若いわけでもない男の自分が、ステータスアップの体液というスキルがあるぐらいでそこまで執着されるほどかとは思う。だがセナは思う以上にステータスアップというのはこの世界では重要であるようだし、ゼガイの次の言葉でそれ以外の要因も解消された。
「……、あぁ、そうか。お前さんの世界じゃ男は女と番うのが大半だったか」
「そうです。俺はミルラさんみたいに綺麗じゃないし、ただのおっさんですから」
「こっちじゃ大多数の人間が男も女も関係なく番う。極稀にどちらか一方しか無理だっていうやつはいるが、そっちが珍しいほうだな」
「っそ、そうなんですか!?」
 異世界転移のスキルや魅了スキルがあるからという訳ではなかったようだ。道理でゼガイやミルラがあっさり自分に手を出したわけだ。二人とも、というかこの世界の多数派が男女ともに欲情する性質であったからだ。女としかセックスしたことがないと言っていたロコが少数派だったという訳だ。
「見た目や年齢は好みの問題だろうし、まあ俺としちゃあ……もうちょっと肉を付ければ抱き心地が良くなっていいと思うがな」
「ゼガイさん!話ずれてます!」
「ん?あぁ。まあそんなわけで、お前さんがそのパーティーに飼い殺される理由は十分ある。それ以外にも話が広まって冒険者同士での奪い合いになる可能性もある」
 今回のクエストでBランクパーティーにスキルを提供した場合、彼らから他の冒険者にセナの事が広まる。ゼガイの口振りではそれは確実のようだ。彼らに緘口令は通用しないのだろう。
「とにもかくにもアイツらがクエストを受注しなけりゃどうにもならんがな」
「協力してもらえそうな人たちじゃないんですか?」
「気まぐれな奴らでな。いつ戻ってくるかもわからん。悪いがセナ、明日またここへ来てくれ」
「わかりました」
「気を付けて帰れよ」
 送り出されて、セナは未だ混沌としているギルドを出ることにした。夜通し職員や冒険者が滞在するようで、外にも多くの人が佇んでいた。普段はない篝火が冒険者ギルドの前で焚かれ、冒険者たちが高揚した表情であれこれと話し合っている。それは緊張感があるというよりは、浮足立ったような祭りの前の日の様な興奮が漂っていた。
 ダンジョンを攻略する事を主としている冒険者には、魔人の出現は名を上げるチャンスなのかもしれない。ゼガイがランクアップをちらつかせてクエスト受注を決めたクロエネダのように、他の冒険者たちも正体不明の魔人を倒せば少なくともこの町では英雄扱いだ。
「…………」
 不謹慎だ、と思うのはあの負傷者二人を見てしまったせいだろうか。冒険者たちだって命を懸けて戦っているというのに、だ。
 ギルドの裏を回って自宅の前に来た時、薄暗い玄関の前に人影が見えた。セナが気付く前からこちらを見つけていたようで、軽く片手を上げて手を振っている。
「セナ、ちょっといいか」
「ウィルさん?どうしたんですか。あ、どうぞ中に。座ってください」
「ああ」
 鍵を開けて中に入ると、セナはローテーブルの魔導ランプに火を付けた。ぼんやり部屋の中が明るくなり、ウィルがソファーに座る。生成りのシャツにベージュのパンツ姿のウィルは、一見してその辺の町の人々と何も変わりない。だが、細身の体にしっかりのった筋肉が薄手の服から浮かび上がり、ただの人ではないのを表している。唇を引き結んで俯いて深刻そうな顔をしていたが、セナが声をかけるとこちらを見た。
「何か飲みますか?」
「いや……。セナ、頼みがある」
 この状況で口にされた頼み、となれば想像はつく。ウィルであればそもそもセナのスキルの事は知っているし、その後悪用するようなことにもならないだろう。
「スキルですよね」
「……あぁ。ステータスアップの体液を俺に分けて欲しい」
 頷きかけて、スキルの効果が1日しか継続しないのを思い出す。ユレネの洞窟は中で一晩過ごしたと、クロエネダはゼガイに報告していたはずだ。途中でスキルの効果は切れてしまう。
「あ、でも、スキルは1日で切れるって聞きましたけど……」
「だから、一緒にユレネのダンジョンに潜ってほしい」
「っは!?俺がですか!?」
「ダンジョンにはセーフエリアがある。俺たちは前回そこで一晩過ごした。今回もそこで一晩過ごしてから、魔人に挑戦しようと思う。ダンジョンに入る前にステータスアップしておいて、セナを守りながら進む。セナはセーフエリアで待っててもらって、直前にもう一回ステータスアップして俺たちだけで向かおうと思う」
 生きたポーションタンク扱いと誹られかねない作戦だが、強さの詳細が不明である魔人の討伐に乗り出すなら打てる手は打っておきたいという所だろう。ダンジョンに入る前にステータスアップしておけば、セナを守りながら進む余力ができる。セーフエリアに魔物が入ってくることはないから、セナの安全は守られるしクロエネダはステータスアップした状態で魔人に挑めるという訳だ。
「なら俺は魔力を補給しとかないといけないわけですね」
「……悪いな、セナ。補給は俺がやるから」
「緊急事態ですし……まあ、その……あ、先に湯浴みしますか?」
 それほど抵抗がなくなってきていると、人に伝えるのはそれを受け入れてしまうようでまだ言いにくかった。しかしウィルは気付かなかったのか、セナが勧めるまま浴室へ消えていく。見送ってから、セナは寝室へ向かった。
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